「ふぅん、そんなことがあったんだ」
「うん。はじめちゃんも小さい頃みたいでとっても楽しかったんだ」
奉仕部の夕日射しこむ教室で、雪ノ下陽乃は興味深げにそう言った。
対する相手は城廻めぐり。
のほほんとした雰囲気で、陽乃に今日起こった子猫とサッカー部員の話を聞かせている。
……その大半は肇についてのことだったが。
「ねぇ、めぐり」
「何、はるさん?」
だから、この会話も世間話の一環としてだったのだろう。
個々人の思惑はともかくとして、陽乃はその疑問を口にした。
「めぐりと市原クンは本当に付きあったりしてないんだよね?」
「どうして?」
「それは……」
純粋な瞳を向けてくるめぐりに、陽乃は一瞬言葉につまる。
彼女のそういった、人間としての透明性は陽乃にとって大変好ましいところだ。
だが、この時ばかりは少し恨めしかった。
「話を聞く限り、ふたりは友人以上の関係だと思っちゃうのも仕方ないと思うけれど」
「あー」
陽乃の言うことに、どこか思うところがあったのだろう。
めぐりはその透き通ったやわらかい視線を、どこか遠くに向ける。
「あはは、そんなことはありませんよ。わたしとはじめちゃんは、幼なじみです。それに……」
何か、後ろめたいことがあるか。
秘密にしたいことがあるのか。
人の心理に聡い陽乃は、そう推測する。
「わたしははじめちゃんの恋人にはなれませんよ」
その言葉は、心からの本心だった。
だからこそ、陽乃は困惑する。
めぐりは嘘をついていないことは、彼女の目からして明らかだ。
陽乃の目から見て、ふたりの関係性は一般的な幼なじみの枠に収まるようなものではない。
交際をしている、もしくはそれに近い立場にあっても、おかしくはない。
「どういうこと? 前にも言っていたけれど」
「それは、その……だって、わたしははじめちゃんのこと、何も分かってあげられないから」
「え?」
その瞬間、奉仕部の扉が開かれる。
「めぐり、帰るぞ。……っと、やっぱり雪ノ下もいたのか」
訪問者は件の人物、市原肇だった。
彼は幼なじみの前にいる天敵に、重苦しい息を吐く。
そんな姿を見て、陽乃の中にあるスイッチが切り替わった。
それは敵と対峙した人間としてなのか、それとも──
「いちゃ悪い?」
「いや、そうとは言っていないだろう。めぐりも懐いているようだしな」
「うん! はるさん、色んなこと知ってるから話していて楽しいんだよ」
ふたりのにらみ合いを知ってか知らずか、めぐりはニコニコとした笑みを肇に向ける。
「……そりゃ良かったな」
「ものすごく複雑そうな顔をしながら言う台詞じゃないと思うんだけど」
陽乃の言う通り、少年の眉間には深いしわが浮かんでいる。
幼なじみの前だからか、口元だけは笑みを作っているのは何とも滑稽だ。
「あ、そうだ」
と、その幼なじみは何か思いついたらしい。
胸の前で手をあて、無邪気な表情をさらに緩めた。
「はるさんもお仕事終わってたら一緒に帰ろう?」
「は?」
肇の眉間のしわがさらに深くなる。
顔が真っ二つに割れそうなほどに刻まれたそれに、陽乃は小さく吹き出した。
「ううん、やめておくよ。迎えも待ってるだろうしね」
「そっかぁ、残念」
「ふぅ」
「市原クン、そんな露骨に安心しなくもいいじゃない」
「どの口がそれを言っているのか」
「この口。じゃあね、めぐり。それに市原クンも」
「うん。また明日!」
「……またな」
手を振るめぐりを先導するように、肇は部室を出て行く。
そうして、部室にはひとりの少女が残されたのだった。
「またな、か…………」