その夜。
陽乃は自室のベッドにうつぶせ、悩んでいた。
明日提出の課題も捨て置いて、口から重いため息を吐き出す。
「あー、もう! イライラする! どうしてこうなっちゃうかなぁ、わたし」
ばたつく足に蹴られて、ベッドが揺れる。
蒸気した肌には巻きおこる風は心地いいが、メイドが綺麗に整えたベッドはアレに荒れている。
変な感覚だった。
胸の中に煙が漂っているような、それでいて身の毛のよだつような。
そして、どこか温かいような。
雪ノ下陽乃は生まれて今まで、様々な人たちに注目されてきた。
頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗。
完璧とまで称された彼女に向けられた視線も多種多様なものであった。
だが、その人物は今まで彼女が見てきたどの人物よりも異質だった。
「全部あいつのせいだ。こんなことになるなら、さっさと潰せば……でも、潰すってどうやって?」
あいつ、市原肇の一番厄介なところは、他人への興味の無さだ。
上辺で装っているが、その中に意思はない。
ただ、まともに見えるように動いているだけだ。
まるで、誰かに操られているように。
雪ノ下陽乃の処世術は、全て対人間用にチューニングされたものだ。
あの少年相手に使ったところで、彼は容易く受け流すだろう。
「めぐりを使う……? ううん、それだと芸がない」
本当は分かっている。
こんな考えも何の意味のないことに。
そして、自分の抱えている感情の正体に。
きっと、多分、おそらく、雪ノ下陽乃は、市原肇に──
「いや、そんなはずない。私があいつに、そんな……」
雪ノ下陽乃はバカではない。
成績として数字になっている面はともかく、頭の回転の速さはこれまで社交界などで培ってきた経験は他の同級生たちと比べてかなり高い方だ。
人心掌握能力に至っては随一と言っていい。
そして、雪ノ下陽乃はそれを自覚している。
自覚しているからこそ、実行委員でも生徒会選挙でも、それを使ってきた。
そんな彼女だが、胸の中にうずまくその感情の名前をはっきりと理解できていなかった。
いや、想像はついている。
重ねて言うが、雪ノ下陽乃はバカではない。
ただ、それが今まで興味のない人間たちからの話や、マンガの中で読んだだけだった経験の無さと。
彼女自身の高いプライドがそれを認めようとしなかった。
「はぁ……どうしようこれ」
隠すことはできる。
彼女にとって、それはいともたやすいことだ。
だが、無視するにはそのモヤモヤは大きくなりすぎた。
「あー、もう! 気分転換しよ」
幸い、明日は休日だ。
特に用事もなく、例の趣味を決行するにはちょうどいい。