やはり俺の『本物』はまちがっている。   作:冬野ロクジ

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※1/16 中盤~終盤にかけて大幅修正しました。


気分転換ひとりたび

 

 

 ──ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 

 

 雪ノ下陽乃には、いくつかの趣味がある。

 そのひとつがふらりと旅に出ること。

 自分の知見を広めるため、まだ知らない土地を見たいからなんて、理由をこじつければ多岐にわたるが、結局のところそれは堅苦しいあの家からの逃避であった。

 

 

 そう、本来ならそのはずだった。

 今、彼女が抱える悩みは、その類いのものではないが。

 

 

「はぁ……」

 

 

 大きなため息が三両編成の電車の中に消えていく。

 彼女以外、乗っている車両に人はほとんど見えない。

 子ども連れの親子も、眠そうに座る老人も、彼女が想いをはせるあの少年の姿さえ──

 

 

「っ」

 

 

 飛びそうになった思考を慌ててせき止める。

 信じられない。

 いや、信じたくない。

 彼を気にしている自分という存在を。

 

 

『次は──』

 電車に響くアナウンスに、はっと視線を外に向ける。

 

 

 電車の窓ガラスの向こうには、どこか寂れた様子のビル群が広がっている。

 反対側に目を向ければ、びっくりするほどに自然が溢れていた。

 陽乃は肩にさがったハンドバックを直す。

 

 

 ここでいいか。

 

 

 空気の抜ける音を聞きながら、軽い慣性に身体を揺らす。

 駅構内に降りると、涼しい空気が彼女の身を包みこんだ。

 

 

「へぇ、いいところじゃない」

 

 

 実家の最寄り駅から一時間ほどだろうか。

 雨ざらしの構内を吹き抜ける風は、どこか潮の香りを帯びている。

 周囲を見回してみれば、海岸までの距離を示す看板がたてかけられていた。

 

 

 その瞬間、目的地はもう決まったようなものだった。

 

 

 ──ピッ。

 

 

 電子パスをかざした改札口が軽快な音を立てる。

 足取り軽くロータリーに降りた美少女。

 忙しそうに道行く人も、近くに止まったトラックの運転手も、嫌が応でも目を引く。

 陽乃にとっては、もう飽きるほどに浴びた感覚。

 

 

「つまんないなぁ」

 

 

 口の中でぽつりとつぶやく。

どこに行ってもそうだ.

雪ノ下陽乃の一面だけを切り取って見る彼らに、彼女の本当の姿は分からない。

 小手先で笑顔を振りまいたり、仕草を操るだけでどうにでもなる。

 それは楽なことではあるけれど、楽しいわけではない。

 

 

「今まではこんなこと、あんまり考えなかったのになぁ」

 

 

 それもこれも、全てあの同級生のせいだ。

 どうしてあれほど異質な存在に今まで気づかなかったのだろうか。

 ぼんやりと考えながら、道端を歩く。

 

 

「こんにちは」

「……」

 

 

 自らに声をかけてくる青年を見向きもせず、ただぼんやりと。

 

 

 

「あれ、聞こえてる? キミだよキミ」

「あ、ごめんなさい。あまりにも影が薄くて見えませんでした」

「そ、そう。ところでキミ、あまり見ない顔だけど、ここに来るのはハジメテ?」

 

 

 鬱陶しい。

 今すぐ蹴飛ばしてしまおうか。

 そんな考えが頭をよぎる。

 

 

「やめておいた方がいいですよ」

「え」

 

 

 どくん。

心臓が跳ねる。

 身体中が熱を帯び、目の前に起こったことが認識できなくなる。

 

 

 しつこい男の腕を掴んだのは、ここにいるはずのない人物──市原肇だった。

 

 

 何故、どうして、わからない。

 『あの』雪ノ下陽乃が思考を止めるほどに、その光景は衝撃的だった。

 唖然とする陽乃をちらりと一瞥した肇は、ふたたび青年に向き直って口を開く

 

 

「こんなところで死にたくないでしょ?」

「いや、あの、オレは──」

「まっとうな人間がコイツに関わろうとしない方がいい」

 

 

 肇はすぅっと目を細める。

 肇に見られていないはずの陽乃だが、首を締められているような息苦しさと背中を駆け巡る。

 ──つまるところ、強烈な殺気だった。

 

 

「ひっ──ひぃいいいいいいい!」

 その気にアテられた青年の喉が、引きつった音を漏らす。

 かと思えば、脇にいる陽乃でさえ感じる気迫に、青年は腕を振り払って一目散に逃げていった。

 

 

「聞き分けがよくて助かった。長引くと面倒だからな」

「あんなヤツら、助けてもらわなくてもどうにでも料理できたのに」

 

 

 その言葉に嘘は含まれていない。

 あの程度の男もどうにかできないと思われているのなら、それは陽乃にとって心外に他ならない。

 しかし、彼から返ってきた返答は意外なものだった。

 

 

「分かっている。だから止めた」

「何、あの人の知り合いだったりした?」

「無関係だが、だからといって見過ごすほどお人好しでもない」

「キミが? 冗談は行動だけにしてよね」

「はぁ……俺だって止めるつもりはなかったさ。お前じゃなければな」

「…………え」

 

 

 まただ。

 どくんどくんと鳴り響く心臓の鼓動は、じんわりと身体を熱くする。

 ダメだ、ダメだ。こんなの私らしくない。

 

 

「さすがにめぐりの友人を殺人犯にする気はないからな」

「は」

「……雪ノ下?」

「…………あっそ」

 

 体温が急激に下がっていく。

 同時に、ふつふつと胸の内から湧いてくる感情があった。

 

 

 

「私を誰だと思ってるの? ばれないように殺るに決まってるじゃない」

 

 

 イライラする。

 少しでも期待してしまった自分に。

 だが、そのおかげで陽乃はすっかり正気を取り戻していた。

 

 

「というか、何でいるの? まさかストーカー?」

「どんな思考でそこに辿り着いたのかは知らないが、俺は自分自身の用事でここに来ているんだ。被害妄想も大概にしろ」

「こんな美少女が歩いているんだもの、そう思うのも普通じゃない?」

「その自覚があるのならあまり不用心にしないことだな。それじゃあ」

 

 

 それだけ言って、肇は踵を返そうとする。

 しかし、一度捕まえた獲物を逃がすほど陽乃は甘い少女ではなかった。

 

 

「おい」

「離すと思う?」

「離せ」

 

 

 肇は腕を振って、拘束を解こうとする。

 だが、雪ノ下陽乃は、自分をここまで動揺させる存在を素直に逃すつもりはなかった。

 報復もこめて、彼女は腕に力をこめる。

 

 

「どうしてここにいるの?」

「ただの偶然だ。それ以上でも以下でもない」

「そ」

 

 

 正直、その質問の答えはどうでもいい。

 才色兼備と謳われる自身の脳みそを精一杯使い、彼女はどう報復するかについて考えを巡らせる。

 時間にして数秒。彼女はその答えに辿り着いた。

 

 

「じゃ、付きあって」

「は?」

 

 

 

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