「へぇー、そんなことがあったんですね!」
「あの頃は陽乃もヤンチャしてたからなぁ。今よりも気性荒かったし」
俺が卒業した奉仕部で語る昔話は好評だった。
特に由比ヶ浜さんは恋バナに興味津々らしく、テンション高めに相づちを打ってくれるのでとても話しやすい。
が、その横で耳を傾けながらも微妙そうな表情の少女がひとり。
「ゆきのん、どうかしたの?」
「いえ、何でもないわ」
「おおよそ、自分の姉の高校生時代に複雑な気分になってるんだろうさ」
補足を入れてやれば、少女──雪ノ下雪乃ちゃんの顔がむっと歪む。
長い髪に彩られた美貌の中に陽乃の面影が見えるのは、やはり姉妹だからだろう。
違うところと言えば、表情を隠すのが上手くないところか。
雪乃ちゃんは無表情で自分の心を隠していると思っているのだろうが、目の前にいる人物が君の何倍も素直じゃない人と接してきたことを忘れてないかな。
「しれっと人の心を読むのは義兄さんの悪い癖よ。そんなことをしていたら嫌われるのではないかしら」
「別に、誰に嫌われようが構わないさ」
「姉さんにも?」
「あいつは元々俺を嫌っているヤツ筆頭だろ。俺があいつを嫌っているようにな」
「え、でもふたりはつきあってるんじゃないんですか?」
俺の言葉に、由比ヶ浜さんが驚きの声を上げる。
そんなに意外なことか?
「どれだけ俺を嫌っていようが、その上で好きでいてくれるだろうからな」
「ひゃー、アツアツだ!」
「仲がよろしいことで」
由比ヶ浜さんは顔を手で覆い、雪乃ちゃんは頭を抑えて深々とため息をつく。
外見だけならず反応も対照的な二人に見えるが、仲が悪いようではないらしい。
っと、あんまり話しすぎると後が怖い。
惚気はここまでにするとしよう。
「そういや、このお菓子って誰が持ってきたんだい? やけに高そうだけど」
「それ、平塚先生がくれたらしいですよ」
「平塚先生が?」
「……何でも、婚約者の両親に持っていく用の菓子折だったみたいで」
「あー、うん。察した」
また婚期を逃したのか、あの人は。
平塚先生の男運の無さはいったいどこから来ているのだろうか。
後で厄払いに行くことをオススメしておこう。
そんなことを考えながら、出所を教えてくれた男子生徒に身体を向ける。
「比企谷くん、だっけ」
「なんすか」
「いや、ようやくしゃべってくれたなぁ、と」
俺がそう言うと、彼は死んだ魚のような目をすぅっと細めた。
濁りきった瞳の中には警戒の色が見える。
「彼はただ目つきの悪いだけの動かない石像だから気にしなくていいわ」
「せめて動かしてほしいんだが」
「ヒッキーはもうお菓子いらないの?」
「いい」
「ふぅん……」
「…………なんすか」
イタズラ心が芽生えてきてしまった。
ちょっと脅かしてみるのもいいかもしれない、などと思うなんて、いつの間にか思考回路も陽乃に侵蝕されたのだろうか。
比企谷くんに視線を向け、少し力を込める。
「──ッ!」
ガタリ。
比企谷くんの身体が大きく跳ねた。
その表紙に椅子を倒してしまう。
今、彼の目には何が見えたのだろうか。
「おっと、驚かせちゃったか。ごめんごめん。ほら、立てるか?」
「……………ひとりで立てます」
彼は伸ばした手を払いのけるように拒み、立ち上がる。
女子ふたりには心配すんな、とだけ返し、机の上に置かれていたマッ缶を一気に煽った。
「キミはどうやらこっち側の人間みたいだね」
「何の話ですか」
「こっちの話さ。何かあったら連絡してくるといい、相談ぐらいには乗れるはずだ」
「……」
思うに、彼は警戒しすぎだな。
そんなにピリピリした視線を向けられれば、誰だって気づいてしまうだろう。一般人に擬態するならもっとうまくやる方法があるだろうに。
いや、そうすることが苦手だからこそ、こんなところにいるのかもしれないが。
「陽乃さんに絡まれた時には連絡させてもらいます」
「ははは! これは一本取られたな。いいよ、陽乃が迷惑をかけたら俺を呼ぶといい。まぁ、呼ばれたからといって何をするわけでもないけどね」
「いやそこは連れて行ってくださいよ」
「あいつに絡まれるってことはそういうことだ。諦めろ」
「最高にイイ笑顔をありがとうございます」
「男に褒められても嬉しくないな。いや、まぁでも女性に褒められたらそれはそれで陽乃が嫉妬するしな」
「……姉さん、嫉妬深いのね」
「何だ、雪乃ちゃん。意外だったか?」
勘違いされがちだが、陽乃だって立派な少女だ。
いくら中がどろどろのぐちょぐちょだとはいえ、その造詣は年頃の少女を形作っている。
だからこそ厄介なんだが。
「いえ、私の知っている姉さんとあなたの恋人が同一人物であることがはっきりと分かったわ。絶対にこの場に連れてこないでちょうだい」
「あー……善処するよ」
「そこははっきりと肯定してほしかったのだけれど」
「陽乃は気まぐれだからな、俺にだって行動の全てが分かるわけない」
まぁ、そこが面白いんだけど。
そう思えるようになったのも、きっと陽乃のおかげなのだろう。