「ねぇねぇ、はじめちゃん。一緒にあそぼ?」
「ちゃんづけはやめろって言ってるだろ」
「えー、いいでしょ。かわいいし」
閑散とした住宅地にある、児童公園。
ベンチに座っている俺の前では、めぐりがほんわかとした笑顔を浮かべている。
その向こう、公園の中心では数人の男女がこちらを伺うようにちらちらと視線を向けている。
「かわいくなくていい」
「えー……じゃあ、かっこいいし!」
「言いかえてもダメだ」
ベンチから立ち上がる。
もちろん、遊ぶためなんかじゃない。
目的地は自分の家だ。
「あ、ちょっと! どこに行くの?」
「帰る」
「でも、みんなはじめちゃんのことを待ってるよ」
「待ってる?」
「うん。みつるくんもゆーちゃんも、はじめちゃんと遊びたいって」
もう一度、公園にたむろしている少年少女を見る。
こちらを眺める彼らの表情に嫌悪感はない。
ただ、どう接していいのか分からないと言った様子だった。
多分、彼らも俺が加われば、しばらくはぎくしゃくすることはあっても、受け入れてくれるかもしれない。
それをする必要性を感じないが。
「嫌だ。ほっといてくれ」
「どうしてそんなこと言うの?」
「ひとりでいたいだけだ」
そう言って、俺は公園の入り口に歩みを進める。
背後から複数の視線を感じる。
めぐりが何か言われるかもしれないな、と思いながらも
その時だった。
「遊ばないの?」
背後から、声が聞こえたのは。
聞き覚えのある、女性の声。
驚いて振り向く。
そこにいたのは、雪ノ下陽乃ではなかった。
「じゃあ、私と遊ぼうよ」
人影だった。
全身を黒子のように漆黒に染め上げたが、その姿形は雪ノ下陽乃のものだとはっきり分かる。
ぞわり。
本能的な恐怖に身体が震える
にたりと真っ赤な口がつり上がった。
ゆっくりと、ずるりと、黒い手がこちらに伸ばされ──
「──っ!」
まぶたを開いた俺の目に飛びこんできたのは、青い空と天高く伸びるフェンスだった。
身体をよじれば、背中からざらりとアスファルトの固い感触が伝わってくる。
「ぐっ」
酷い目覚めだ。
頭をトンカチで何度も殴られたような痛みが襲いかかってくる。
ああいうのを悪夢というのだろう。
まぁ、結局のところ夢は夢だ。そのうち忘れるだろう。
胸の上に乗せていた本を手に取り、起き上がる。
「……そこまで時間は経っていないか」
背中を押すように、風がそよぐ。
まだ昼は温かさを感じるが、屋上で寝るのは控えた方がいいかもしれない。
いや、寝るつもりはなかったんだが。
持ってきた恋愛小説が思った以上につまらなかったのが原因だ。
四人の少年少女が時に思いを交わし、時にすれ違う、映画にもなった青春恋愛物。
ストーリー自体は普通に面白かった。
ただ、主人公の相手であるメインヒロインに物足りないというか、毒が足りないというか……。
「何を考えているんだ、俺は」
自分の思考にストップがかかる。
雪ノ下からの告白に衝撃を受けたのは事実だが、あれからもう二日も経っているんだ。
普段の俺なら、すぐに切り替えることができたはず。
なのに。
「ダメだ、また持っていかれている」
日曜日は考えないでいれたのに、学校に来た途端にこれだ。
それに、朝から雪ノ下の姿を全く見かけないのも気にかかる。
俺という遊び道具に飽きた、というのならそれでいい。というかむしろ存分に飽きてくれて構わない。
…………行くか、奉仕部に。
出ようとしたところで、屋上の扉が開いた。
「お、市原。こんなところにいたのか」
「有岡? お前がここに来るなんて珍しいな。部活はどうしたんだ?」
「ちょっとな。おーい、いたぞー」
有岡はドアの向こうに声をかける。
扉から出てきたのは、俺の見知った人物だった。
「こんにちは、先輩」
「……桐谷?」
「以前お世話になった桐谷っす。ちょっと奉仕部に相談したいことがあるんですが……いいですか?」
入ってきた桐谷は、少し申し訳なさそうな表情をしていた。
彼の顔を見て思い出すのは、先週の捨て猫の一件だ。自分で里親を探すと言っていたが、何か問題でもあったのだろうか。
まぁ、部活が部活な以上、断るつもりもない。
「あぁ、問題ない。部室の方に移動するか」
「はい」
「よし、じゃあオレは部活に戻るから! 市原、うちの後輩をよろしくな」
「了解した」
「ありがとうございました、副部長」
「いいってことよ!」
頭を下げる桐谷に明るい笑みを向けて、有岡は慌ただしく戻っていった。