やはり俺の『本物』はまちがっている。   作:冬野ロクジ

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ラノベと紅茶

 

 

 

 部室に入ると、先客の姿があった。

 俺たちが入ってきたことに気づいた彼女は、読んでいた本から顔を持ち上げた。

 

 

「めぐり、いたのか」

「はじめちゃん、今日はもう来ないかと思ってたよ……って、桐谷くん。いらっしゃい」

「おっす、城廻」

 

 

 俺の後ろから入ってきた桐谷も、めぐりに対して頭を下げる。

 思いがけない来客に、めぐりは驚いたように口をあけた。

 が、すぐに原因が思いついたらしい。

 彼女らしいほわほわとした表情に、真剣みを帯びた鋭さが加わった。

 

 

「……もしかしてあの猫ちゃんに何かあった?」

「まぁ、そんなところ」

「ともかく好きに座るといい。客に出せるものは何もないがな」

「あ、紅茶ならあるよ。ティーパックだけど」

「手際がいいな」

「えへへ、相談を受けるのならこういうのも必要かと思って、おうちから持ってきてたんだよね」

「じゃあ、よろしく頼む」

「うん! 桐谷くんはいる?」

「もらうわ」

 

 

 めぐりはうん、と嬉しそうに頷く。

そして、教室の後ろにあるロッカーから電気ケトルを取り出した。

 結構本気で容易していたらしい。

 

 

「さぁ、みんな初仕事だよー」

 

 

 彼女は水を汲みに、教室の外に出て行く。

 教室の中には俺と、どこか居づらそうな桐谷が残された。

 ちょうどいい。

 めぐりと同じクラスの彼に聞いてみたいことがあったんだ。

 

 

「めぐりと同じクラスなんだよな?」

「は、はい。そうっす」

「あいつ、教室ではどうなんだ?」

「城廻ですか?」

「あぁ。あまりその手の話は聞いたことがなかったからな」

 

 

 普段はあまりこういうことを話す機会もないしな。

 

 

「あんまり目立ってるわけじゃないッスけど、結構人気者ッスよ。話しやすいし、たまにケンカの仲裁なんかもやったりしてくれますし、男子からも女子からも城廻に感謝しているヤツが多いんじゃないッスかね」

「なるほどな」

 

 

 何というか、昔から変わらないめぐりの評価、と言った感じだった。

 誰かが外であぶれていたりすると、自分から声を掛けに行くのが彼女だったから。

 それで救われた人間がいることも知っている。

 

 

「ただいまー。はじめちゃん、何の話?」

「学校でのめぐりの話だ」

「えぇー、何それ。恥ずかしいなぁ」

 

 

 教室に戻ってきた彼女は、恥ずかしそうにはにかみながら椅子に座る。

 ティーバッグを3つのカップに入れる彼女は、中々様になっている。家でも似たようなことをやっていたのだろうか。

 

 

「でも、ちょっと嬉しい。はじめちゃんが私のことを気にしてくれるなんて珍しいから」

「珍しいか?」

「珍しいよ。だってはじめちゃん、ちょっと前まで学校ではまったく話してくれなかったし」

「こんなひねくれたヤツと日常的に接しない方がいいからな」

「えぇ、はじめちゃんはいい人なのに。あんまり他の人と話さないだけで」

 

 

 とぷとぷとぷ、とケトルからお湯が注がれる。

 むわりと浮き上がった白い湯気、その発生源がじんわりと紅く染まってきた。

 それが妙に面白くて眺めていると、じっとりとした視線を感じた。

 

 

「……まさか、二股ッスか」

「は?」

「いや、だって城廻とやけに距離が近いし……先輩、雪ノ下先輩とつきあってるんスよね?」

「言われもない風評被害だ」

「でも、噂で……」

「君は根も葉もない噂をそのまま信じるのか。やめておいた方がいいぞ。昨今のネット社会だ、情報を精査する訓練は必須事項とも言えるだろう」

「でも先輩、先週は仲良さそうでしたよ」

「……見ていたのか」

「えぇ、まぁ。遠くからッスけど」

「雪ノ下に至ってはただ絡まれているだけだし、めぐりはただの幼なじみだ」

「あんな美人に向こうから話しかけてくるなんてご褒美じゃないッスか」

 

 

お前は雪ノ下の本性を知らないからそう言えるんだ。

 そんな言葉が口をついて出そうになったが、今俺が言ったところで証拠を示すことができない以上、嘘つき呼ばわりされるのはこちらかもしれない。

 もういい、この話は止めにしよう。

 そう思いながらため息をついたところで、桐谷は何かに思い至ったように「あ」と声を上げた。

 

 

「あれッスか。恋愛ラノベの主人公ッスか」

「誰がラノベ主人公だ。あんな実際にありえないような展開が起こるファンタジー小説と一緒にしないでくれ。というか、ラノベを読むのか」

「えっと、はい。先輩もッスか?」

「あぁ」

 

 

意外だった。

そういうジャンルとは離れたところに住む人種かと思っていたが。

本を読むことすら珍しいんじゃないだろうか。

 

 

「恥ずかしい話なんスけど、弟がハマったのをチラ読みしたらハマっちゃいまして。最近ちょこちょこ読んでるんスよ。でも、周りに話せる人がいなくて……」

「そっち側にはそっち側の悩みがあるものだな」

「何か言いましたか?」

「いや、こっちの話だ」

「はい、どうぞー」

「助かる」

「ありがとう、城廻」

「いいえー、お茶請けが出せなくてごめんね」

 

 

 申し訳なさそうにしながらも、彼女はカップを運んできてくれる。

 別に義務でもないんだから、気にする必要なんてないのに。

 でも、そうだな。

 めぐりにだけ手を患わせるのも悪いし、お茶請けは俺が用意することにしよう。

 

 

「うまいな」

 

 

 一口紅茶を呑んでみると、やわらかい甘みが口いっぱいに広がった。

 もしかするといい茶葉だったりするのだろうか。

 

 

「でしょ、はるさんにも好評だったんだ。淹れ方がうまいって」

 

 

 どうやらめぐりの技法の問題だったらしい。

 というか、あいつ来ていたのか。

 鉢合わせにならずに良かったというか、どうせなら一度見て様子を確認しておきたかったというか。

 いや、今はそんな話じゃないな。

 

 

「それで用件のほうだが、先週の捨て猫の話でいいんだな」

「はい、そうッス」

 

 

 彼はひとつ頷くと、相談内容を説明してくれた。

 

 

「なるほど……里親が見つからなかったのか」

「はい。自分で声をかけられる人は一通りアプローチしたんですが」

「家の事情もあるから、欲しいってだけで飼うことはできないもんね。マンションだと飼えないところも多いし」

「うちはそれで拒否られたんだよな……」

 

 

 ペットを飼うということはどうしても責任がついてくる。

 一度飼えば、よほどのことがない限り死ぬまで面倒を見なければいけない。

 えさ代やグッズ、トイレを用意するのにお金だってかかる。

 

 

 全員が気にすることではないが、そういうことから敬遠する人も少なからずいるだろう。

 

 

「どうする、はじめちゃん?」

「そうだな……」

 

 

 頭を悩ませる。

 依頼は思ったよりも難航しそうだった。

 


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