やはり俺の『本物』はまちがっている。   作:冬野ロクジ

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揺れる思い

 

 

 話し合いが終わった頃には、外の景色はすっかり暗くなっていた。

 だいぶ時間がかかったが、その分考えはまとまった。

 依頼人である桐谷も俺たちに任せきりにはせず協力してくれると言っていたので、そこまで大変なことにはならないだろう。

 

 

「じゃあ、明日からお願いします」

「了解した」

「うん!」

 

 

 桐谷は深々と頭を下げ、教室から出て行く。

 その後ろ姿は、疲れからか少し気怠げだった。

 あれだけ話していたから仕方ないか。

 それほどまでに、捨て猫を気にかけているのだろう。

 いっそ彼自身が飼えれば万事解決したんだがな。

 まぁないものねだりしても仕方ないか。

 

 

「さて、俺たちも帰るか」

「そうだね」

「片付け忘れたものはないな?」

「ばっちりだよ」

 

 

 二人揃って部室から出て、カギをかける。

 そして、並んで歩き出した。

 肩を並べて歩く俺たちを、天井にはりついたライトが照らしてくれている。

 

 

「そういえばはじめちゃん、はるさんと何かあった?」

「……何もないが。雪ノ下がくだらない冗談でも言っていたのか?」

「ううん、そういうわけじゃないけど」

 

 

 何か言いたげに口ごもる。

 

 

「言いたいことがあるなら遠慮せずに言え」

「うん……えっとね、今日のはるさん、どこかおかしかった気がするの。話しているときもどこか上の空だったみたいだし……。はじめちゃんはどう思った?」

「今日は会ったわけじゃないから、俺に言われても分からん」

「あれ、そうなの? 先週はいつも一緒にいたイメージがあったけど」

「というか、俺と雪ノ下の間に何かあったとしてもめぐりには関係ないだろ」

「気になるよ-、だって幼なじみだもん」

「お前の中の幼なじみの定義が分からん」

 

 

 そんな他愛もない会話をしながら、俺たちは階段の前までやってくる。

 が、その時首筋にちくりと刺すような感覚を覚えた。

 誰かがこちらを見ている……?

 

 

「……ん?」

「どうしたの?」

「いや、何でもない。気のせいだったみたいだ」

 

 

 どこかから視線を感じた気がしたんだが、周囲を見回しても廊下にもその先にあるもう一つの階段にも、人影は見受けられない。

 確かめる気もないし、気のせいということにしておこう。

 

 

「……? 変なはじめちゃん。あ、そうだ。今日の晩ご飯はどうする? 久しぶりにうちで一緒に食べる? お母さんも喜ぶと思うし」

「遠慮しておく」

 

 

 この時間から厄介になったところで、もう晩ご飯を作り始めてる頃合いだろう。

 普段でさえ城廻家で作ったご飯を持ってきてもらっているのに、こちらのわがままでこれ以上迷惑をかけるのは忍びない。

 

 

「そっか……来たくなったらいつでも来ていいからね」

「あぁ」

 

 

 頷きながらも、俺が彼女の家を訪れることは当分ないのだろうな、などと思っている自分がいた。

 

 

 

 

 

 ──らしくない。

 階段の影に隠れて、肇たちから姿が見えないようにしながら、彼女は忌々しそうに顔をゆがめた。

 ──本当にらしくない。この私が誰かの目を気にするなんて。

 

 

「どうした、陽乃」

「静ちゃん……」

「平塚先生と呼べ。それで、どうしたんだ?」

「何でもないよ」

「ふむ…………この階、このタイミング、……ははーん」

「な、何?」

 

 

 困惑する陽乃へ、鬼の杵柄を取ったように静はにやにやと笑みを浮かべている。

 自らをからかわれていると感じた陽乃はキッと目を細めるが、同級生ならともかく大人の静にとっては子どもが恥ずかしがっているようにしか見えなかった。

 

 

「いやぁ、そういう学生らしさとは無縁だと思っていたんだが、まさか陽乃がなぁ」

「何それ」

「青春っていいな、まぶしいな。こういうのでいいんだよ、こういうので」

「静ちゃんにはもう手の届かないものだもんね」

「誰か年増だ。ちょっと話そうじゃないか。目的の人物はもう帰ったみたいだしな」

「むぅ」

 

 

 静の目から見て、今の陽乃は年頃の少女のようだった。

 いや、もしかしたら外見年齢よりも幼いかもしれない。

 そんな教え子の姿を珍しく思いつつ、彼女は手元のクリップボードを乗せる。

 

 

「そうむくれるな。生徒会の方はもう大詰めなんだろう?」

「後は正式発表するだけだね」

「メンバーは決まっているのか」

「ふたりは決まってるけど、言われたのは四人だね」

「早く決めた方がいいぞ。生徒会顧問の先生も仰っていた」

「しつこく言わなくても分かってるって。それとも私、そんなに信用されてないの?」

「そういう問題じゃない。何か理由があるのか?」

 

 

 陽乃のことだ、無闇に引き延ばすようなことがしないことは分かっていた。

 ということは、何か理由があるのだろう。

 静の考え通り、彼女は一瞬だけ視線をそらした後、口を開いた。

 

 

「まぁ、ちょっと私の元対抗馬が不穏な動きをしてるんだよね」

「不穏な動き?」

「そう。裏で何か動いているって話。どうせ生徒会長になるなら、後顧の憂いは断っておきたいじゃない?」

「陽乃がそう言うんなら好きにするといい。私は生徒会顧問じゃないからな」

「大変だね」

「誰のせいだと思っているんだ、誰の」

「でも、そういうのに憧れて教師になったんでしょ?」

「不良と熱く語り合う展開に憧れてはいるが、それとこれとは別腹だ」

 

 

 これ以上話していたらこちらの分が悪くなる。

 そう思った静は話を切り上げることにした。

 陽乃もその意思を汲み取り、帰るために階段へと降りていく。

 

 

「気をつけて帰れよ」

「心配しなくても大丈夫だって」

「まぁ、そうなんだがな」

 

 

 静が手を振ると、陽乃はたったったっと小走りに階段を駆け下りていった。

 廊下は走るなよ、と聞こえもしない注意を発しながら、静は苦笑を漏らす。

 

 

「それにしても陽乃がなぁ。ここ数日で随分変わったもんだ。それもこれも、市原の影響なんだろうな」

 

 

 いいとも悪いとも言わない。

 まだそれを決めるのには早すぎる。

 だが、少し前よりは確実に変わってきていることは事実だった。

 

 

「せめて、その芽を摘まないようにしなければな」

 教師として、彼女の友人として。

 平塚静は密かに決心を固めるのであった。

 


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