「おっはよー堀北ちゃん!今日もきゃわわのきゃわたんだね!可愛さのギネス記録更新したんじゃない?」
「今すぐに黙らないと埋めるわよ」
朝一番から凍てつく視線をいただきました。今日もいつも通りの朝です。
「照れ隠しかよー。かわいいかよー」
「……鳴海くんはグラウンドか、中庭のどちらに埋められたいかしら?せめてもの温情で選ばしてあげるわ」
「その選択肢って、どっち選んでも大して変わらないよねー」
今の堀北ちゃんの眼は本気で殺る眼だ。毎日殺気を浴びている俺には分かる。
「でも堀北ちゃんに埋められるのはやぶさかではないんだなー」
「はぁ、今日はいつにも増してウザイわね」
「そんな、標準でウザイみたいな言い方しないでよねー」
「そう言ってるのよ。自覚がないなんて病気じゃないかしら。さっさと入院して私の前から消えなさい」
「堀北ちゃんと会えなくなるなら、どんな病を患っても入院しないぜ!病は気から、愛があれば大丈夫」
「また訳の分からないことを」
不知の病になったとしても、俺の堀北ちゃんへの愛情があれば打ち勝つことができる。堀北ちゃん=俺の生きる糧だからな。
「変に気を使わなくてもいいわよ。別に落ち込んでたりしてないわ」
「なんのこと?」
「私を元気づけようとか思って変におちゃらけてるんでしょうけど、無意味よ。むしろ逆効果ね。あなたと話していると気が滅入るわ」
「堀北ちゃん……俺のことそんなに理解してくれてたんだな!」
「は?」
「俺の考えてることが分かるなんて、これって相思相愛ってことだよな?ついに俺の思いが届いたのか!?」
「あなたの頭には綿あめでも詰まっているのかしら」
今日、堀北ちゃんに会ってからどんどん目が死んでいっている。もちろん、朝の挨拶をした時からハイライトは消えていたぞ。真顔の堀北ちゃんに綿あめじゃなくて愛が詰まってるって言ったらガン無視された。
「そんなことより、今日のお昼休みは空けときなさい」
「俺の予定は全て堀北ちゃんで埋まってるから問題ない」
「あなたの予定が真っ白だってことは分かったわ」
おかしいな。俺のスケジュールはパンパンなはずなんだが。
「おはよっ、堀北さん、鳴海くん!」
「……ええ」
「おっはー腹黒ちゃん」
「……は?」
朝から元気よく手を振りながら満面の笑みで飛び出してきた櫛田は俺の一言でそのまま固まった。堀北ちゃんも苦い顔で固まっている。かく言う俺もなぜこの状況に陥ってしまったのか分からず固まっている。俺たち三人の空間だけ時が止まったかのようだ。
「ちょっ、ちょっといいかな?」
「お、おう」
笑顔をヒクつかせた櫛田に腕を掴まれ教室の後ろへと連れていかれる。
「なんだよ。どういうつもりだ?堀北ちゃんに勘違いされたらどうすんだよ」
「どういうつもりはこっちのセリフだよ!私の素のことは言わない約束だろ!」
「あ……」
「あ。じゃない!完全に忘れただろ!」
「メンゴメンゴ。安心しろ俺は約束は守る男だ」
「本当に頼むよ」
「任せとけ。俺が華麗に誤魔化してやる」
とっさに腹黒と口から漏れてしまったのだから仕方がない。気を取り直して二人で堀北ちゃんのところへ戻る。
「改めておはよう」
「なんで戻ってきたのよ」
「それは俺がさっき言ったのは、腹黒ちゃんじゃなくて、お歯黒ちゃんと言ったのだと堀北ちゃんに説明をするためだ」
「は?」
「鳴海くん?何を言っているのかなー?」
堀北ちゃんは訝しげに、櫛田は再び笑顔をヒクつかせて俺を見る。
「つまりだな、櫛田の趣味はお歯黒なんだわ。日夜お歯黒について研究している、生粋のお歯黒マニアであり、お歯黒界のニューウェーブなんだわ。だから、決して櫛田は腹黒なんかではない。むしろお腹は赤ちゃんのように真っ白いすべすべタマゴ肌であって……」
「ちょっと、こっち来てくれるかな?」
「あ、おい!」
またもや櫛田に腕を掴まれ、教室の後ろへと連行される。堀北ちゃんが誤解して嫉妬してなきゃいいけど。
「それはないから安心しろ」
「少しは期待してもいいじゃねぇか」
「そんなことより、お前は何を言ってるんだよ!」
「何って完璧に誤魔化そうとしてただけだろ」
腹黒からのお歯黒。なんと素晴らしい機転だろうか。それなのになにが不満と言うのか。
「不満しかないに決まってるだろ!なにがお歯黒だよ!バカなの?ひょっとしてバカなの?」
「お前よりかは頭良いぞ」
「うがー」
櫛田のやつ急に唸り始めたぞ。こいつもストレスを抱えてるんだな。ストレス社会恐るべし。
「誰のせいだと思ってるんだ」
「案外そういうのって自分自身に問題があったりするんだぜ。例えば仮面をかぶり続けていることがストレスになってるとかさー」
「地味に正論ぶつけてくるんじゃないよ!」
ストレスの原因を見つけてあげたのに何故怒られなければならんのだ。解せぬ。
「いつか絶対に殺す」
「はっはっはー。やれるもんならやってみろ。返り討ちにしてやるわ」
「あー!ムカつく!」
櫛田はカルシウム不足なのだろう。お昼休みに牛乳を買ってあげようかな。いや、待てよ。こいつに牛乳なんか与えたりしたら、ただでさえデカいこいつの乳がさらにデカくなってしまうんではなかろうか。そうなれば俺は堀北ちゃんの敵に加担したことになるのではなかろうか!
「お前には絶対に牛乳はやらん!小魚でも食ってろ!」
「何の話だよ!?」
ゼェゼェ言っている櫛田。なんでこいつはこんなに疲れてるわけ?なんかの病気?病は気から、愛があれば大丈夫だぞ。
「とにかく、ちゃんと誤解を解いて!腹黒もお歯黒も無し!」
「えー」
「文句を言わない!だいたい、お歯黒マニアってなによ。私に変なキャラ付けないでよ。鳴海くんと同類に思われるじゃない」
「俺が変なキャラみたいな言い草だな」
「え?自覚ないの?病院行った方がいいよ?」
めちゃくちゃ引かれた。そんでもってガチで心配された。俺ってそんなに変人だったのか?いや、そんなわけが無い。俺は堀北ちゃんが大好きな一途などこにでもいる男子高校生だ。
「あんたみたいなのがどこにでもいたら日本は終わりだよ」
それから再び二人で堀北ちゃんのところへ戻った。
「また来たの?あなた達は何がしたいのかしら」
「えっとな、お歯黒マニアは櫛田ではなかったらしい。俺の勘違いだったわけで、櫛田は腹黒でもお歯黒でもないってことだな。うん」
「別にどうでもいいわよ」
「でも、安心してくれ。お歯黒マニアはきっと存在する。お歯黒界をきっと救ってくれるはずだ」
「わたしに何を安心しろというのかしら?」
堀北ちゃんを安心させたところでホームルームの開始を告げるチャイムが鳴る。これにて解散となった。
そして、昼休み。堀北ちゃんと一緒に学校でも随一の人気を誇るカフェパレットへ向かった。だが、残念なことに俺だけではなく、清隆と櫛田も一緒だった。二人きりでイチャイチャ出来ると思ったのに。
堀北ちゃんが奢ってくれるということでドリンクを買ってもらった。もちろん、堀北ちゃんの分は俺が出した。4人席に俺の横に櫛田、清隆と堀北ちゃんが正面へ座った。解せぬ。なぜ俺の横が堀北ちゃんじゃない?まぁ、正面からみる堀北ちゃんも可愛いので良しとする。
それから話が始まった。話を要約すると、堀北ちゃんがもう一度、勉強会を行うために櫛田に協力を頼みそれを櫛田が了承した。
その後話は堀北ちゃんがAクラスを目指している話に変わる。そこで櫛田がAクラスを目指す活動の仲間に入ることを志願し、今回の勉強会の結果次第で協力を要請することとなった。
これで勉強会の方はうまくいくだろう。赤点回避も夢ではなさそうだ。良かった良かった。めでたしめでたし。
「いや、良くねぇよ!」
「急にどうした?」
さっきまで一言も話さず黙って聞いていた俺が急に叫びだしたから、三人とも驚きを隠せないでいる。
「だっておかしいだろ?なんで堀北ちゃんが昨日の今日でそんな改心してるわけ?絶対なんかあったじゃん!俺が部屋で堀北ちゃん抱き枕を抱いてグースカ寝てる間に重要なイベントが発生してんじゃん!」
「その抱き枕は即時焼却処分しなさい」
「抱き枕は普通にキモイけど、確かに昨日とは考え方が急に変わったよね」
「そうだよな、櫛田!そして、なんか知ってんだろ、清隆!」
「……さぁな。オレは知らん」
「今の間はなんだよ!チラッと堀北ちゃんのこと見たよな?なんか目配せしたよな?言っていいのかってアイコンタクトしたよな?」
「……別に何も無いわよ。Aクラスに上がるにはどうしたらいいのか私なりに考え直してだけ」
おかしい。それにしては急に心変わりしすぎだ。堀北ちゃんは頑固者だし、自分の考えは簡単には曲げない人だ。絶対に何かあったに違いない。
「さぁ、吐け!堀北ちゃんとどんな嬉し恥ずかしイベントがあったんだ?」
「何も無いと言っているでしょ。いい加減にしないと怒るわよ」
「ゲロっちまえよ清隆。楽になるぞ」
「黙りなさい。これ以上続けるようなら今後一切あなたに構ってあげないわよ」
「ごめんなさい。これ以上はなにも聞きません」
「弱っ!」
うるさいぞ腹黒女。男には引くべき時があるんだよ。堀北ちゃんに怒られるならまだしも、構ってもらえなくなるのは困る。酸素を奪われるようなもんだぞ。
「この話はお終いよ。いいわね?あと、鳴海くんにもAクラスに上がるための手伝いをしてもらうからそのつもりでいなさい」
「了解であります!」
こうして、話し合いは終わった。しかし、教室に帰ろうとした俺たちに近づく小さな影が一つ。
「ここにいたんですね、幸くん。教室に行ったのに姿が見えなかったので探しましたよ」
「げ」
「女の子に向かって、げとは失礼ですね。幸くんはもう少し女の子の扱いを勉強したほうがいいですよ」
俺たちの目の前には杖をついた銀髪の美少女が立っていた。
「皆さん初めまして。1ーAの坂柳有栖と申します。幸くんがいつもお世話になってます」
銀髪の美少女は天使のようなに可憐な悪魔の笑みを浮かべた。