鳴海君が暴走します。
「呼び出してごめんね。私からと言うか、堀北さんから話があるんだって」
放課後、勉強会の再集結に向け、腹黒ちゃんこと櫛田がもう一度任せてほしいと意気揚々と立候補し、須藤、池、山内の三人を呼び出していた。いや、お前が説得するんじゃないのかよ。
「ななな、なにかな?俺たち、なんかした!?」
「何をそんなに動揺してんだよ。もしかして堀北ちゃんに何かやましいことでもあんのか?もしそうならこの俺の鉄拳が火を噴くぞコラ」
「話が進まなくなるからあなたは静かに教室の隅にでも丸まってなさい」
「はい、すんません」
早々に堀北ちゃんに怒られて教室の隅に体育座りになる。その様子を見ても誰も何も言わないのはどうなんだろうか。
「いつものことだからな」
「清隆、そのマンネリみたいな言い方は止めてくれたまえ」
「……」
「はい、黙ります」
堀北ちゃんからの熱い視線を浴びて再び静かに教室の隅で丸まる。堀北ちゃんは真剣モードみたいだからこれ以上ふざけるのは控えておこう。
堀北ちゃんは池と山内に平田の勉強会には参加をしないのかを尋ねると、二人は平田の悪口とともに参加の意思はなく、前日での一夜漬けでどうにかなるとバカみたいな回答をした。実際バカなんだけど。
「あなたたちらしい考え方ね。けれどこのままじゃ退学になる可能性は高いわ」
「相変わらず何様なんだよ、お前は」
堀北ちゃんのど正論に噛みついたのは、少し離れたところで机に座っていた須藤だった。須藤の言葉にイラついた俺は動こうとするも、堀北ちゃんに目で制される。俺の行動を理解する堀北ちゃんって実質俺のこと好きだよな。
「お前は行動が分かりやすすぎるんだよ」
「そんなことねぇわ!あと、さっきからナチュラルに心を読むの止めてくれない?」
「全部表情に出てるからな」
「まじか」
清隆の横で腹黒ちゃんも苦笑いで頷いているあたり本当にそうなのだろう。やはり、ポーカーフェイスに定評がある俺でも堀北ちゃんのことになると崩れてしまうんだな。堀北ちゃん恐るべし。
そんなことを考えている間にも二人の言い合いは続いていた。言い合いと言っても須藤が堀北ちゃんに食って掛かっているだけだが。櫛田が間に入るも、先日、堀北ちゃんにバスケを馬鹿にされたのが許せないのか、謝罪を要求する始末。もちろん堀北ちゃんは謝罪はしない。堀北ちゃんの性格上ありえないわな。
「私はあなたが嫌いよ」
「なっ!?」
謝罪どころか、燃え盛る炎にガソリンをぶちまける堀北ちゃん。痺れるねぇ。てか、須藤は何を驚いてやがんだ。堀北ちゃんがお前程度の男のことを好きなわけがないだろ。そもそも堀北ちゃんの罵倒はご褒美だろうが。
「けれど今、お互いを毛嫌いしているのは些細なことじゃないかしら。私は私のために勉強を教える。あなたはあなたのために勉強を頑張ればいい。違う?」
「そんなにAクラスに行きたいのかよ。嫌いな俺まで誘って」
「ええそうよ。そうでなければ誰が好き好んであなたたちに関わると?」
正直なのはいいことだけど、それを言ってしまったらだめだよ。プライドの高い須藤が受け流せるわけない。案の定須藤は怒りを募らせ、練習で忙しく、勉強をする意思がないことを堀北ちゃんに話す。しかし、堀北ちゃんはその言葉を予見していたかのようにカバンから一冊のノートをを取り出すと、それを開いて見せる。
そこにはテストまでのスケジュールが細かに書かれているようで、須藤と他の二人にも向けてに問題の解決策を説明する。
その内容は簡単に言うと、平日の授業を真面目に受け、休み時間中に分からなかったところを解説する短い勉強会を開くというものだった。そうすれば須藤の言うようにバスケの練習時間を削ることなく無駄な時間を有効活用することができる。
「本当にうまくいくのかよ」
「心配ないわ。私と鳴海くんがその授業中、全ての問題に対して分かり易く解答をまとめておくから。それを休み時間に綾小路くんと櫛田さんを含めてマンツーマンで教えればいい」
「あれ?俺、その話初めて聞いたんだけど」
「当たり前でしょ。今初めて話したもの。何か問題でもあるかしら?」
「あるとすれば俺も堀北ちゃんとマンツーマンで勉強がしたい」
「全く問題がないということで話を進めるわ」
おかしいな。俺の言葉は堀北ちゃんに届いてなかったみたいだ。しかし堀北ちゃんにマンツーマンで教えてもらえるとか羨ましい以外の何物でもない。
「物は試し。否定する前に実践してみればいいのよ」
「……やるきになんねぇな。時間かけてやったところで、そんな簡単に裏技みたく勉強ができるようになるとは思えねぇ」
堀北ちゃんが態々三人のために配慮して考えてきてくれた最高のプランをこいつはまだ否定するか。
「なぁ、清隆。そろそろあいつシバいてもいいか?」
「気持ちは分かるが我慢しろ。ようやくここまで来たんだ」
「どうどう」
今にも教室の隅から飛び出そうな俺を清隆が制し、櫛田が落ち着かせる。俺は馬じゃねぇぞ。
「根本的なことを勘違いしているみたいだけれど、勉強に近道や裏技があるとでも?地道に覚えていくしかない。それは他のことでも一緒じゃないかしら。それともあなたが情熱を注ぐバスケットには近道や裏技があるの?」
「んなわけねぇだろ。何度も何度も練習して、初めて上手くなんだよ」
須藤は自分の言葉にハッとして息を呑んだ。堀北ちゃんの言葉を自分で認めたようなものだな。
「集中力、真剣に取り組む力がない人には絶対に無理。でも、あなたはバスケットのためになら全力を出せる人よ。その力を少しでいいから、今回勉強に回して欲しい。あなたがこの学校でバスケットを続けていくために。自分自身の可能性を捨てないために」
それは堀北ちゃんの僅かながらの須藤への歩み寄りだった。それを聞いて須藤は逡巡するも、口に出たのは否定の言葉だった。
「……やっぱり俺は参加しねえ。堀北に従うってのが、納得いかねーんだよ」
これで完全に堪忍袋の緒が切れる。もちろん堀北ちゃんのではなく俺の。
「だぁーもう!男のくせに小せぇプライドを大事にしてんじゃねぇよ!」
「あぁ?なんだ……」
「口答えしてんじゃねぇ!堀北ちゃんが、お前のことを嫌いな堀北ちゃんが、必死になってお前らが退学にならないように考えて、お前らの性格とか部活のこととかも考慮して練りに練ってくれたプランを否定してんじゃねぇよ!」
「誰もそんなこと頼んでないだろーが」
「お前が頼んだかどうかなんて関係ないんだよ!誰かが自分のためを思ってやってくれたことに男がそんな女々しいこと言ってんな!有難迷惑でもなんでも自分のことを考えてくれる人いるってだけで凄くいいことじゃねぇか。それをお前は堀北ちゃんに従うのは納得いかないなんてくだらない理由でないがしろにすんのか?それがお前の小さなプライドより大事なことなのか?」
「うっ、それは……」
須藤は俺の言葉を聞いて項垂れる。須藤のことだからそれでも言い返してくるかと思ったがそこまで馬鹿ではないらしい。
「鳴海くん、あなた……」
「ただの変な人だと思ってたけどいいところあるじゃん」
「オレもただの変態だと思っていたが、見直した」
櫛田と清隆については色々話したいことがあるが、ひとまず置いておこう。だって俺の言いたいことはまだ終わってない。
「そもそもだ!堀北ちゃんにマンツーマンで勉強を教えてもらえるって時点で即決案件だろうが!」
「……へ?」
どこか感動的な空気が流れていた教室に変な空気が漂い始める。皆一様に驚いたような表情をしている。
「堀北ちゃんと二人っきりの教室で肩を寄せ合っての勉強会。ふとした瞬間に目が合う二人。次第に二人の距離は近づいていき触れ合う唇!羨ましい!俺も堀北ちゃんと勉強会(意味深)をしたい!」
「おい、鳴海。その辺にしておけ」
「止めないでくれ清隆!というか、堀北ちゃんが三人のためにスケジュールを考えてきたなんて血涙が出るくらい羨ましいんだからな!だってそれって昨日の夜はずっと三人のことを考えていたってことだろ?なんだそれ?俺の堀北ちゃんが俺以外の男のことを一晩中考えていたなんて許せん!嫉妬の炎で焼き付きしてやろうか」
「いや、だからちょっと落ち着いて」
「お前は黙ってろ腹黒」
「私だけ扱いひどくない!?」
腹黒ちゃんが止めに入るも止まる気は毛頭ない。一番許せないことがまだある。
「それと、須藤!」
「な、なんだよ」
「さっき堀北ちゃんに褒められてたよな!?軽く褒められてたよな?」
「いや、褒められたというか……」
「俺は自慢じゃないが堀北ちゃんに全く褒められないんだよ!100回罵倒され、100回呆れられた末に1回褒められることがあるかどうかのもんなんだよ!それをてめぇは簡単に!しかもそれを聞いたお前はどうした?参加を断ったよな?んなもん断るより先に喜ばんかい!あの堀北ちゃんに褒められてんのに喜ばんとはどういうことだコラ。さっさと礼を言わんかい!」
「あ、ありがとう……ございます」
俺の勢いに呑まれ謝礼を述べる須藤。
「おし、それでいい。それと、勉強会だ。参加するのかしないのかどっちなんだ?そもそも堀北ちゃんが誘っている時点で断るなんて選択肢はないんだよ!」
「お、おう。参加するよ」
「よっしゃ。これで一件落着だな」
須藤の言質を取ったところでようやく落ち着きを取り戻す。須藤の表情は怒りなどは全くなくなり、全力で引きつった表情をしていた。
「あ、そっちの二人はいい点とった奴と櫛田がデートしてくれるから頑張り給え」
「ええ!?」
その一言で池と山内の両方が簡単に吊り上がった。こんな女のケツばっかり追いかけて恥ずかしくないのだろうか。
「さて、堀北ちゃん!全部丸く収まったよ。褒めてくれてもいいんだぜ」
「ええ、そうね。気持ちが悪いから私に近づかないでくれるかしら」
「なんで!?」
堀北ちゃんはそれはもう可愛らしい笑みを浮かべていた。滅茶苦茶怒ってる奴だこれ。
「一瞬でもあなたを見直した私が浅はかだったわ」
「まじで!?俺のこと見直してくれたの?これは好感度アップ間違いなしなやつじゃん」
「話を聞いていたの?好感度なんて地に落ちたものが地面をえぐり続けてるわよ」
「地面をえぐるほど俺のことを思ってくれてるってこと?最高じゃん」
「頭のネジが外れまくっているとは分かっていたけど、まさかここまでとはね」
「愛故に、だね」
いつも通り頭を抱える堀北ちゃん。そんなに変なことを言っていたかなと記憶を辿るも特に思いつかなかったので気にしないことに決めた。
「何だかんだうまくまとまったということでいいのか?」
「い、いいんじゃないかな。結局堀北さんだけがダメージを負っている気がするけど」
「とりあえず鳴海は堀北関連では怒らせないようにした方がよさそうだな」
「うん。ホント堀北さんには同情するよ」
清隆と櫛田が何かを話し、それに他の三人も大きく頷いていたが、何だったのだろうか。大方、俺と堀北ちゃんがお似合いだとかそういう話だったのだろ。そう結論づけて堀北ちゃんに意識を向けなおした。