「おはようおはよう、クソ大赦。あたしが四国中を回っていた事は知ってるわね?」
回るカメラの前、コートを着込んで頭に巡拝帽子を被った風変りな格好をした犬吠埼風が、どこか台本を読むような口調で語り掛ける。そのカメラの後ろには、風がこれまでに苦楽を共にしてきた愛しい部員たちが笑いを堪えるように並んでいる。
部員たちの全く抑え切れていない笑い声がカメラの音声にも拾われているにも関わらず、風の不本意さが滲み出ている口上は続く。
「部長は愛するマイシスターの合格祈願のために四国中を走り回ったの。その様子を見てくれたら嬉しいわ」
――罰ゲーム 74時間で四国八十八ヶ所完全巡拝。
先日放送された試験に出る勇者部活動報告。そこで勇者部部長・犬吠埼風は制限時間内に出題された高校受験問題を獲得目標点数まで正解できず、罰ゲームとして番組をお聴きになられている受験生の皆様の為、合格を祈願し、四国八十八ヶ所をすべて回る事になった。
しかし最後の最後で往生際の悪い彼女は「見ず知らずの他人の為ではなく、大好きな妹の為にならやる」と駄々をこね、結果、これから受験を控える妹・犬吠埼樹の為に巡拝するという個人レベルにまで没落したこの企画を、仕方なく決行される事となった。
四国八十八ヶ所は徳島県の霊山寺から、四国を一周する形で香川県の大窪寺まで。
全行程1450kmの道のりである。
これまで企画の陣頭指揮をしてきた東郷美森不在の今回の旅。
いよいよ犬吠埼風の真価が問われる過酷な旅が、スタートする。
神世紀303年1月18日
午後0時47分
徳島県鳴門市
「…………ん~……んんん~~………」
車内。犬吠埼風は何か言いたげな様子を浮かべながら唸り声をあげていた。
しかしそれに小さな笑みは零してもツッコミは与えない部員・三好夏凜は同じ部員である乃木園子が持つカメラが回り始めたのを確認するや、遠い目で外を眺める我らが部長に語り掛けた。
「もう行くからね部長。とっくに徳島県に入ってるから」
「そうねぇ……。ねえ、なんでわざわざ徳島からなの? 讃州市にもさ、すぐ傍に寺あるじゃない」
「巡拝は一番札所から始めるのが常識でしょうが。そこから始めて一周する形になるから、香川にはちょうど戻ってくる形になるわね」
「それとさぁ……この車、どこから用意したの?」
「園子が大赦に言って持ってきたのよ」
カメラを回しながらキラキラした瞳で親指を立てる園子を見つつ。
「あぁ~……なぁるほど~……」
「ほら、もう始まるから。というかもう始まってるから。いい加減観念してやっちゃうわよ。樹の為にも」
「そうねぇ~……。やってこう、やってこう」
未だ納得していないような様子だが、夏凜の言う通り、既に彼女たちは現地に乗り込んでいた。
「もうそろそろ……東郷は大橋に着いた頃かしら」
「本当にいなくなっちゃったものね。友奈と瀬戸大橋記念公園だっけ?」
「そっ。本当だったら私もこんな所で犬先輩と居るよりあっちが良いけど……仕方ないわ」
「おーい夏凜部員、今なんか聞こえたんだけど? それをアナタが言っちゃう?」
「はいはい、今後の予定を伝えるわよ」
抗議の視線を向けてくる風を無視しつつ、夏凜は持参した企画書のページをカメラの後ろから読み上げながら今後のスケジュールを述べる。
「一応の計画としては、三日間の内に八十八ヶ所を回る感じで。だから……できれば、今日20は回っておきたい所ね」
三日間で全部回る。
「20ですか」
「20よ」
「20かぁ……」
「今日中に20は回らないと」
「確かに、危険ねぇ……」
大体、八十八ヶ所は一つ一つが点在している事より、幾つもの寺が固まって建っている所の方が多い。これから風たちが向かう場所も、23もの寺が集まっている地域であり、上手くいけば今日中に23の寺は回れる計算である。
「この辺に23もあるのね。わかった、ぶっ潰すから」
「いや、潰すとかじゃなくて……。あんたが言うと冗談に聞こえないのよ。前科があるから」
「あたしが潰そうとしたのは寺じゃなくて大赦よ」
「似たようなもんでしょ。あんた、この時代にあるまじき宗教クラッシャーよね」
「だから何も破壊してないっての」
「ともかくそういう気概じゃ困るのよ、部長。受験生の……妹の、樹の合格を祈願しての巡拝なんだから」
「そう、これはあくまで罰ゲームではないのよ……」
まるで自分に言い聞かせるかのように、風は言う。
「まぁまぁ、勇者部の中では一番先に受験を経験した、いわゆる勇者部受験生代表としてね。確かに、勇者部部長としても、あたしはあの娘たちの反面教師でしかなかったのかもしれない。でも、かわいい妹たちのね、成功を祈りたいじゃない」
「ええ、そうね」
「でもあたしは全員の……姉であるつもりだから」
「うん、そうね」
「あたしは、樹が八十八ヶ所を回るのは無理だと思う」
「それは私も同感」
「多分四か所目あたりでお姉ちゃん疲れた~とか言ってダウンすると思う。できればあたしが樹を連れて行ってあげたいとも思ってる。でもね、それはやっぱり無理な話なの。だったら、だったら……あたしが、やるよ」
「一人で?」
「そう」
「風……私、あんたを見直したわ。さっき風が言った『姉』って言葉……度量の大きさを感じたわ」
「あたしは元から姉だけどね。そこに今、度量の大きさを感じちゃった? でもね、実際、あたしはそういう事しか結局できないのよ」
「不器用だから」
「不器用だから」
「一言も文句も言わず、黙々と樹の事だけを考えて……それはもう不器用と言うかシスコンと言っても差し障りないような気もするけれど。その行動だけで、あたしの姿だけを見てくれって事ね」
「そうなのよ」
「でもね、そういう不器用さってのもどうなのよって。そんなの損よ、人生にとっては」
女子高生の会話とは思えない単語が出てきている会話は、何の疑問も躊躇もなく進んでいく。それは常人には計り知れない経験を既に積んでいる元勇者――いや、真の勇者である彼女たちだからこそかもしれない。
「わかってる。でもね、ただそれは仕方ないから。でも、それをあたしは後悔した事ないから」
そう、こんなあたしだけど……いつだって傍には尊き仲間たちがいた。
そんな仲間たちが受け入れてくれたあたし自身を、あたしは――
「それが風の生きざまってわけね。……ぶふっ」
その仲間の一人になんか笑われた。
「それに、まぁ……なにより……自分のやってる事に疑問を抱いてほしくないからね……」
「疑問ね。それは抱いたら負けよ、風」
「あたしなにやってんだ? って、できないもの」
「……ッ、そ、そうでしょ?」
また噴き出しそうになるのを必死に堪えているかのような様子の夏凛を前にしても、風は一切気にする事なく続ける。
「それは私たちも一緒よ。このVTRに一体何分使うのよって話」
「そうそう」
だんだんと二人の間に共感が生まれつつあったが、何故か嘘臭い空気を感じるのは気のせいだろうか。
「だってもたないもの」
「もたない」
「一人の華のJKが、八十八の寺を回ってさ。一番から順番に……どれだけあると思ってるのって。あんまり長い事したら、樹なんてすぐに寝ちゃうわよ。愛するマイシスターがあたしの生きざまを見てくれないもの」
「そ、そうね……」
「長ぇよ(cv.犬吠埼樹)って」
「そう……ね……」
もはや笑いを堪え切れず肩を震わせる夏凛だったが、それを振り払うかのように言葉を風に返す。
「それだったらまずは一番ですよぉって呑気に言っている場合じゃないわね。二秒以内でやるわよ」
「二秒以内、ね。一ヶ所二秒」
「それくらいじゃないと進まないって事でしょ? それじゃあとりあえず練習してみるわよ」
「そうね、わかったわ」
「3、2、1……はいっ」
息を吸い込む風。次の瞬間――
「おはよぉございますっ!!」
「――そうじゃないでしょっ!?」
大口を開いた風の発した声は、ボリュームがあるだけで結局早口で言う気が毛頭感じられないものだった。
「そうじゃないでしょ。あんたの生きざまだけを見せりゃ良いわけなんだから」
「八十八ヶ所回っている所だけを見せれば良いのね……」
「そうよ。途中で疲れただとかうどん食べたいとか言わなくて良いの。何番に来ましたとかそれだけ言えば良いのよ!」
「そうね、オーケー。やる、やるわ」
「はい。それじゃあもう一回。3、2、1……はい」
「一番霊山寺(棒)」
今度はやる気の欠片も感じられないものであった。
「あんたね……」
「不器用だからね……。あたし」
「今のは不器用とかそういう事ではないでしょ」
「もう思いは100だから。気持ちは100なの、妹の事しか考えてないから」
「そうなの……?」
「でないと普通できないわよ。断るわよ」
「そうね……。ッッ……」
「じゃあなんであたしが八十八ヶ所回るんだと」
「………………」
「馬鹿言うんじゃないわよって。なんだその罰ゲームはって話よ」
風のもはや隠す気もない怒気を孕んだ声色に、とうとう堪え切れなくなった夏凜の笑い声が車内に響いた。
午後1時00分 一番札所 霊山寺
鳴門市から西に10kmほど離れた坂東という小さな町、その町外れにあるのがこの霊山寺。仁王門を入ると、左に鐘楼、多宝塔、正面に本堂、右に紀州接待所、大師堂、本坊がある。過去の歴史の中で二度の災火に遇っているが、建物は立派に再建され、一番にふさわしい伽藍となっている。
印度の霊山を大和国(日本)に移す意味で竺和山、霊山寺と名付けられた。
東郷美森MEMO
次のVTRに映し出されたのは、車内の私服姿とは打って変わって白衣に三角のすげ笠という立派なお遍路さん姿に変貌した風の姿であった。
「愛するマイシスター! あなたの合格を祈って、お姉ちゃんが只今から四国八十八ヶ所、全部回るからっ! 神世紀303年1月18日……負けるな、受験生(樹)ッ!! 一番から! 行きますッ!!」
「なんかもうヤケクソね……」
「いいよいいよふーみん先輩。良い画だよ~」
「さっきから思ってたんだけど、普通に喋って良いのあんたら!? タレントはあたしよっ!?」
①
「はい、3、2、1……」
夏凜のカウントから、映像の中心に立った風が直立した白衣姿で言い放つ。
「一番! 霊山寺!!」
②
「二番! 極楽寺!」
車内――
「良いペースね。これでいくつ回った?」
「ふたつ」
「ホント、まだ20分しか経ってないよぉ~」
二番札所の極楽寺が霊山寺から1.5kmしか離れていなかった場所に位置していたため、すぐに二つの寺を回る事ができた。
「このまま10分ペースで行けば3時間で20は回れる計算だわ」
「本当にそれができると思って……いや、でも、やるしかないわね」
「そうよ。やるしかないの」
「その調子で回れたら温泉入れちゃうよ~。ふーみん先輩、温泉入りたいでしょ~?」
「入りたいッ!」
「ほら、もうすぐ三番札所よ」
「よぉーし、俄然やる気が出て来たわよ!」
「現金な奴……」
③
「三番、金泉寺!」
④
「四番、大日寺!」
⑤
「五番、地蔵寺!」
⑥
「……六番?」
再。
「六番安楽寺……!」
⑦
「七番、十楽寺!」
⑧
「八番熊谷寺!」
⑨
「九番、法輪寺」
昼食。
「……うどん!」
⑩
「じゅうぅばん、切幡寺ぃ」
急坂。
「ちょっとちょっと、これ回れるの?」
「ここ狭! ギリギリじゃない!」
「FUUUUUU」
⑪
「十一番、藤井寺」
――移動中の車内。
「もう何個回ったのかなぁ?」
「あん?」
「夏凜、なんか毒出てる出てる」
「11よ」
「次の寺まで何キロあるのかなぁ?」
「30キロよ、園子」
「ここでかなりペースダウンしてるから」
「誰かさんがうどんおかわりしててそこで何分も使っちゃったからね。今もう確認するのも嫌になってるわ」
「あたしからうどんを取り上げたら、それこそこの企画潰してやるわよ?」
「よーし登るわよぉ。盛り上げていかないとぉ」
車内にきな臭い空気が漂い始める中、車は次の寺がある山頂に向かって険しい道へと入っていく。
そこはすぐ横に視線を移せば、木々が所狭しと急坂に向かって立ち並ぶ異様な光景が広がっていた。
「わぁ、すごいわねこれ」
「ちょっとここガードレールないんだけど! インフラはどうなってるのこれ!?」
「すごいねぇこの谷」
すぐ傍が坂である恐怖の中、一同を更に追い詰めるかのように行く先の道は狭くなっていく。
曲がり角に遭遇した時には正に声が震え上がる程だった。
「うわうわうわ、なにこれぇ」
「二人とも、『落ちる』は禁物よ!」
「『落ちる』なんて言っちゃダメよ、風!」
「うわぁ、向こうから車来たよぉ」
険しすぎる道のせいで、この時点でかなりのペースダウンを受けていた。
「今日の時点で23は回るって言ったけど。だいたいこんな所に泊まるって言ったって泊まれないわよ。ていうかあたしは絶対に嫌だからね」
「そうね、だから急がないと」
「あっ、広い道に出たよぉ」
「………………」
「………………」
「……『広い』ったってこうだからね、四国は」
風先輩、異変。
「……なんか酸っぱい気がするのよねぇ」
「風、顔色悪くない?」
「いくぶん酸っぱくなってきてないかしら?」
風先輩、酔う。
「ふーみん先輩、大丈夫ぅ?」
園子がカメラを向ける先、おかまいなしに生あくびをかます風の顔色は日の光に照らされているにしても普段より顔色が白く見えた。
その後通行止めに遭い、あまりのタイムロスにとうとう風が文句をぐちぐち零す時間が続く事もあったり、途中徒歩で山を登る事にもなったが、なんとか次の寺へと辿り着いた。
息を切らしながらも登山した三人は、十二番札所である焼山寺の前でやっとの思いでカメラを回す。
⑫
「十二番、焼山寺!」
⑫終了。
「終わったわね」
「ここまで苦労した割にあっさり……」
「そういうものだよぉ」
⑬
「十三番大日寺!」
⑭
「十四番、常楽寺」
⑮
「十五番国分寺!」
⑯
「十六番、観音寺!」
⑰
「十七番井戸寺!」
⑱
「十八番、恩山寺」
⑲
「十九番、立江寺」
――日没を迎えた午後六時半、私達は二十番札所である鶴林寺に通じる道が工事中だった為、先に二十一番の太龍寺へと向かった。
太龍寺へはロープウェイを使って行くのが通常の方法。
しかしこの時間、ロープウェイの営業は既に終了。
そこで私達は、車で一番近い所まで行き、そこから龍歩道まで歩いていき、太龍寺まで向かう事にしたのである。
大した距離ではないとタカをくくっていた私達は、ここで四国さんから停滞宣を受けるのである。
午後6時41分 ⑳太龍寺付近
「……何キロぐらい?」
「……あ"ぁ"? 3.7キロ?」
三人が目に通した案内板には、夏凜の口から乙女にあるまじきだみ声がつい出てしまう程の現実が記されていた。
寺まで3.7キロ。
「うわぁ、山道3.7キロ?」
その余りの過酷さに、園子も驚嘆の溜息を漏らしてしまう。
「3.7はつらい……」
普段トレーニングを欠かさない夏凜でさえ、その過酷さは理解できていた。
とりあえず歩く。
「いやいやいや、死んじゃうわよ。こんな凍ってる山道登ってったら」
愚痴を言いながらも、歩き始める風を園子のカメラが映し出す。
「これはあれね、意義ある撤退じゃない?」
「二十番目にして早くも……」
「行きたいのは山々だけどさぁ……」
「あっ、ちょっと待って」
重い足取りで山道を登る三人の目に、ある文字が刻まれた看板が見えた。
「ここに太龍寺って書いてあるわよ」
「………………」
㉑
「おぉう二十一番! 太龍寺!」
「………………」
「ここでおさえといてね。やっておかないとね」
「そうね……」
山道の途中にあった『太龍寺』と書かれた看板を前に、映像を取った三人の間に沈鬱な空気が流れる。
「……園子、どう? 画的にはそう違和感はないわよね?」
「……なにがぁ?」
「今までの画と」
「でもこれ、自然公園って書いてあるよぉ」
看板の上部分には、太龍寺の上に自然公園という文字がしっかりと書かれている。
「切らなきゃダメでしょ、そこで」
「そうね」
「そうだねぇ」
㉑
「……二十一番、太龍寺!」
――臨機応変な対応で太龍寺のピンチを切り抜けた私達は、後回ししていた二十番札所鶴林寺へと向かった。
しかし、私達の臨機応変な対応を快く思わない四国さんは、路面に雪を積もらせ、更に信じられない仕打ちを私達にしたのである。
午後7時18分 ⑳鶴林寺付近
「……ないわよ?」
「ないねぇ」
車のヘッドライトだけが照らす暗い山道を走る出演陣たちの目には、目的の寺がなかなか現れてくれなかった。
「寺どこなのよぉ……」
最早、風は震え上がってしまっている。
「寺ないわね」
しかも車は通行止めの看板に差し掛かる。
「歩くものねぇ、ここから」
また歩く。
しかも外灯の明かりもない夜の山道を。
「嘘でしょ!? 絶対に嫌よあたしはっ!!」
「って言ったって車は通れないんだから仕方ないでしょ。ほら、ちゃっちゃと行くわよ風」
「イヤァァァァァァ!!」
⑳
「に、に、二十番、鶴林寺ぃ……」
結局、夜道が怖い風が駄々をこねたので通行止めの看板の前で撮影を終えた。
そこから山道を下り、次の寺へ。
㉒
「二十二番、平等寺」
㉓
「二十三番薬王寺」
「……そのポーズは?」
「薬王寺のYって意味よ」
「そう」
こうして一日目が終了した。
カメラは旅館の寝間着姿に着替えた風が布団の上に座り込んでいる姿を映していた。カメラの後ろから夏凜が風に話題を振る。
「どう? 一日目を終えてみて」
「そうねぇ……」
疲労を隠し切れないその顔をお構いなく映したまま、企画の主役による感想が語られる。
「思い出しても、具合悪いものねぇ」
「車に酔うっていうのは計算外だったわね」
八十八か所を回るのは辛いとわかっていても、『酔う』という別の辛さが訪れるのは夏凜たちも予想していなかった。
「四国はやっぱり甘く見ちゃいけないわね」
「広いもの、四国」
「小っちぇー、小っちぇーと馬鹿にしてきた四国でも」
「あんた本当に四国民?」
明日は高知。
改めて地図を見て確認する。
「高知はお寺の数自体少ないのよね。お寺の数は少ないけれど、一個一個は離れているのよね」
「そうね」
「だからきついといえばきつい。ただ今日のように曲がりくねった道を行くような所ではないと思うのよ。明日朝一で向かう所は室戸岬の先端。それを終えて、明日の予定では高知をぐるーっと回って、足摺岬の先端よ」
「あぁー……これは流石に樹にも見てもらった方が良いわよこれ。見てご覧、樹。室戸岬ってこんな尖った所にあるのよ?ここまで行くの?」
地図を指し示しながら、風がカメラの向こうにいる妹に向かって訴えるように言う。
「見ていてご覧なさい、樹。明日出るから、足摺岬」
「………………」
「これよぉ。ここからこうよ、明日」
端から端。如何に遠いかは地図を見れば一目瞭然だった。
「でも風、驚いちゃだめよ」
「あ、そう?」
「その足摺岬には、昼までには着かないと!」
「そうよ樹、聞いた? あなたの夢を乗せて、あたし達は、明日の昼には足摺岬にいるから!」
「そうしないと、明日は……二十四番から始めて、五十二番くらいまでには行きたいと思ってるから」
「それ、どこにあるの?」
「松山よ。道後温泉。風、そのページにはもうないから」
「ないのよぉ、樹ぃ」
現時点で開いている四国地図のページには、最終目的地は描かれていない。
「これは樹、絶対受かるわよ。あたしがこれを本当にやれたら」
「やるのよ」
「そうよ」
改めて明日の予定を確認する。
まず早朝、室戸岬へと向かい、昼には足摺岬まで着かないといけない。そして夜、松山で終えなければならない。
本当にえらいものを始めてしまったものだと、彼女たちは旅館の布団に入りながら痛感するのであった。
一泊。
「いっぱぁく!」
起床。
「……おはよ」
午前7時5分 ホテルを出発。
「急がないと」
「そうね」
「もうこの時間には室戸岬に着いていないといけないはずなのに。びっくりしちゃったわよ」
そう、既に時刻は午前7時過ぎ。早朝に室戸岬に居るはずが、まだホテルを出たばかりだった。
「もうちょっとやる気を前面に出していかないと」
「そうね」
「やるわよぉー」
朝っぱらから酔う。
「こんな朝からツボ刺激しまくってるから」
「もう!?」
そこには先程まで威勢よく(?)声を上げていた主役本人の、手のひらの酔い止めのツボをぐいぐいと押している姿があった。
「油断しちゃったら酔っちゃうからね」
「酔い止めのツボを」
「カーブのたびに押してるから。ボタンのように」
「ぶふふっ」
酔いとの勝負であった。
「後ろはきついもんねぇ、揺れが」
後部座席の過酷さを理解している園子の発言もカメラが拾いながら、風の酔い勝負と共に企画二日目の巡拝がスタートした。
午前8時50分 室戸岬。
「二日目は室戸岬からスタートよ!」
ようやくスタート地点でしかない室戸岬から走り出したが、そんな彼女たちを待ち受けていたのはいきなりの登り道であった。
「あぁー、ふーみん先輩。またキツそうだよぉ、これ」
「笑ってんじゃないわよ夏凜」
上の目的地に辿り着くまで、カーブのたびに手のツボを押しまくる風の映像がしばらく映し出される事になった。
㉔
「二十四番、最御崎寺」
二十四番札所を終え、山を下る。
山の風景しかなかった登りとはまた異なり、下りは視界の端に蒼い海が見え、景色の良い画が撮れていたが――
「………………」
次のカットで生ける屍と化した勇者部部長の姿が惜しみなく映し出されていた。
㉕
「二十五番津照寺」
㉖
「二十六番、金剛頂寺」
次。
「……アレ?」
「アレだねぇ」
二十六番を終え山を下った三人の眼前には、遥か彼方に盛り上がった山の頭にポツリと出っ張った寺があった。
「えらい山の上なんだけど……」
「さぁさぁここからが本番よ」
「うねるよぉ」
「………………」
その後、車で登ってるのもおかしいと錯覚するぐらい過酷な山道を登り、息も絶え絶えの風が「死ぬかもしれない」とぼやいた道中を切り抜け、もはや山奥としか言い様がない目的地へと無事に辿り着いた。
㉗
「二十七番神峯寺! てやぁっ!!」
「……疲れるわねぇ、風」
「疲れるわねぇ」
「………………」
「次はフレーズインするから」
「ええ、楽しみにしてる」
「……これは拷問だわ」
「……ぶっ、あははは」
㉘
「とぉおうっ! 二十八番、大日寺!」
宣言通り、カメラの横から飛び出すように現れ戦隊モノのようなポーズを決め、二十八番札所のカットを終えた。
その後、道中の土産屋で朝からあれだけホテルのバイキングで何杯ものうどんを平らげたにも関わらず腹をすかせた風の要望により購入された野市町名物『エチオピア饅頭』を車内で頬張る風のワンシーンを間に挟み、二十九番札所へと移る。
㉙
「だぁぁうっ! 二十九番、国分寺!」
㉚
「さんじゅうぅばん、善楽寺ぇ」
㉛
「三十一番竹林寺」
㉜
「三十二番、禅師峯寺」
「………………」
「……いよいよわからなくなってきたわね」
㉝
「三十三番雪蹊寺」
工事中
「工事中だわ……」
「慣れたわよ」
三十四番に向かう道中、車は再び工事にぶち当たる。
「終わる気がしなくなってきたもの。こう言ってはなんだけど」
「………………」
「2時だもの」
予定では、昼には足摺岬(まだ200km先)にいるはずだった。
「本当は足摺岬にいなくちゃいけないはずだったのに。その間に何個も片付けなくちゃいけない」
「次は種間寺だもの」
「グレちゃったわねぇ、だいぶ。でもね……知ってる、風? 高知というのは、修行の道場ともいわれてるの。だからね、ここが一番の分かれ道なのよね。ここで修行を積むか、それとも……あぁもうここで種間寺かどうかわからなくなったわ」
ちょうど目の前に見えた交差点には、どこにも次の目的地を標す看板が見当たらなかった。
「書いてないものねぇ。どっちなのよ?」
「こっちじゃない~?」
「あっ、こっちの道は広いわねぇ」
「ここが分かれ道だからね、風。この高知でやめる人も多いから」
「襲い掛かってるものね、高知が。私達に牙をむいているもの、まるで七人御先のように」
「それはちょっとよくわからないけど」
「こんなだもの、こんな所に入れって言うのよ」
「これだものね。けもの道よ、これ」
「あぁまた向こうから車来た。すれ違えないってか」
車幅ギリギリ。高知が勇者たちを襲う。
そしてその執拗な攻撃にだんだんとやさぐれ始める。
「最後には『車輛通行止』って出すんだから。わかってるのよ。それで後は歩けって言うんでしょ? あたしたちになにか恨みでもあるの?」
「見て、風。あの看板。あんな書き方ある? 種間寺『川に沿って2km』」
「もう驚かないわよ」
㉞
「三十四番、種間寺!」
「精一杯ねぇ、風」
「精一杯だって、もう。もうもうもう……いっぱいいっぱいだって。見せれないもの、樹に今の姿は。上段蹴りがもう今の精一杯だもの」
「ぶふふ……」
「種間寺あたりはキツイわねぇ、これ」
その後も止め処なく襲い掛かる高知の猛攻を受けながら、彼女たちは次の寺へと向かう。
㉟
「ふぇぇぇぇい三十五番清滝寺。 ……もう痛々しいわよ、あたしの頑張りが」
「飛んだ今?」
「飛んだわよ」
調子に乗ってもう一回。
「三十五番清滝寺ぃ。うぇぇい」
昼食。
「かつ丼!」
㊱
「三十六番、青龍寺ぃ」
㊲
奥から走り寄り、
「三十七番岩本寺ぃ!」
三十七番を終えた頃には、既にまもなく日没という時間帯だった。
「ただいま午後5時45分、足摺岬へと出発!」
「昼頃には着いているはずだったのにね」
「まだ100キロ先だよ~」
「どこで計画が狂ったのかしら」
「おかしいわねぇ」
「おかしいわねぇ」
「でもたぶん、計画がもともと無理だったのよ」
「向こうに着くのは何時ごろになるのよ。2時間後くらいよね」
「きっとまたなにも映らないよぉ、暗くて」
「おかしい話よ、本当に……」
㊳
「三十八番金剛福寺!」
「8時でございます」
「……もう夜ね」
ちなみに次の寺までまだ100キロ。
「まだ終われないわよ、今日は。ここで終わっちゃったらもう無理だもの」
「40まで行きましょう、せめて」
「そうね」
「もう行かないと」
「ええ、行きましょう行きましょう」
「厳しくなってきた」
「……さぁ、クソ大赦。あんたにはわからないだろうけど、今日は引き算の勉強をしましょう。ここに八十八か所の寺があります。お姉ちゃんは三十八か所を回りました。さて、残りは何個かなぁ? ……残りは50個よ! さぁ、お姉ちゃんは残り50個をあと一日で回らないといけなくなりました。さぁ50個回れるのかな? 次週もこうご期待!」
次回予告
風「なんですって?」
夏凜「行かないんだったらここに置いてくわ。良いわ、ここで解散しましょう」
風「なんですって?」
風「なによあんた、ここで殴り合い?」
園子「ちょっと二人ともぉ」
風「これはミステリーねぇ」
夏凜「ちょちょ風、風!」
風「これは気管支炎よぉ」
夏凜「wwwwwwwwww」
風「苦しいものぉ」