ほんの少し思い出してもらうだけの話   作:氷陰

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1ヶ月待ってくれと言ったな。あれは結果的に嘘です。すみません、大変お待たせしました。

今回の話、話の起伏が少ないのでそれもすみません…


人ならざるものの場合

 

「サマーシーズン到来! 杜王町では毎年7月1日に海開きが行われ、街の観光収入の約7割がこれからの2ヶ月間に集中し───────」

 

 隣の部屋から聞こえてくる鮮明なラジオの音声を聞き流しながら、俺は───自室で溶けていた。

 

 昼も過ぎたし死ぬほど暑い温度と湿度ではないが、いかんせん俺の住んでいるアパートの部屋は通気性が最悪だった。風が入ってこないのだ。冬はいい物件である。空調機を使うのはせめて中旬まで我慢したい。

 

 しかしッ! 俺には秘策があるッ!! 「外に出る」というとっておきがな!

 

 ぶっちゃけ毎年『ペット・ショップ』の『ホルス神』で涼んでいるのだが、今年の夏は承太郎さんがいる。当時はイギーが倒したこともあって知らないかもしれないが、『ペット・ショップ』の方は承太郎さんの顔を見たら殺しにかかるくらいはすると思う。(初めて呼び出した時は俺にも殺しにかかってきた。)

 だから少なくとも吉良の件が終わるまで今年は無し。

 

 というか3部で死んだ刺客って意外と少ないけど、死んでたら死んでたで人間的にヤベー奴か、DIO崇拝者しかいないから呼ぶ時のリスクが高いんだよなあ…。

 

 風が通らない部屋の中よりも外で日陰に入り、じっとしている方が間違いなく涼しい。そして俺の行動はそこそこ早い。

 

 相談所を開けているからこそ部屋に居たんだが、まあドアに書き置きしとけばいいか。この時間に俺の所に来る酔狂者はいないだろう。これ以上は暑さに耐えることができない。

 

 開いたドアの隙間から感じる風は気持ちが良い。

 

 

 

 

 

 

 奴を取り逃がして町の中を隈なく探すこと数日。未だ音沙汰はない。いやこの前露伴先生がスタンド使いの子供にジャンケン勝負を挑まれたと聞いたな。俺の知らない間に『ジャンケン小僧』は来ていたらしい。

 

 そういう情報を聞いても、こっちは普通に学校行ってるからか、一種の恐ろしさが薄まっていることが不安ではある。よくみんな切り替えられるよな。

 

 また鈴美さんからの情報だが、今のところ新たに犠牲になった魂は見ていないそうだ。まだ動いていないのか、動けないのかは知らない。

 

 

 

 玄関を施錠していると、道の方から声をかけられた。俺を呼んだのはここら一帯の畑を管理している爺さんだった。野菜の直売所も立ち上げて、地域に貢献している農家のまとめ役でもある。

 

 俺にも良くしてくれるのだが、何の用だろう。奥さんは健在だから…心霊現象にでも遭ったか?

 

 

「………ミステリーサークル?」

 

「うちに牛はいないんだがのう…。とにかく、畑が荒らされたのに変わりはないから、原因を調べて欲しいんじゃ」

 

「はあ。わかりました、見てきましょう」

 

 

 牛というと、キャトルミューティレーションだったか?

 しかしミステリーサークルねえ…。誰かのいたずらだろうけど、依頼は依頼だしきっちり調べるか。

 

 やはり外の方が涼しい。依頼の為に日向を歩かねばならないが、それでも家の中よりはマシだ。すこし離れた距離から消防車のサイレンが聞こえてくる。バーベキューでもしてたのだろうか。

 

 消防車とパトカーのサイレンって違いがわかりにくいよな。パトカーならほんのちょっと音が高いから、これは消防車の方だと思うんだが。

 

 

 

 早速畑に向かうと、たしかに不可解な模様を描くように草が倒れていた。こいつは驚いた。一部に目を瞑れば、絵に描いたような「ミステリーサークル」だ。

 

 しかしそれほど緻密なものではなく、人為的に作れそうなものに見える。他人の畑にこんなものを…。作った奴はクレイジーな奴に違いない。

 

 また、円の中心に向かって非規則的な倒れ方をした草の道ができていた。これさえ無ければ俺自身、宇宙人やプラズマなど超常的な原因だと勘違いしたかもしれない。恐らく作った人間の通り道だろうと予想するが、下手人はこの場からすでに逃走している。

 

 …まさかとは思うが、犯人を探すのも俺の役目だろうか。

 

 

「うーん…原因を探すわけだし、人為的って言うなら…見つけるべきだよなあ」

 

 

 とりあえず怪しい奴がいないか町を探すか。除霊ならいくらでもできるんだけどなあ…こういう犯人探しって苦手なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 駅前に来るまでに何人かに聞き込みをしたが、ミステリーサークルができていたことも知らない人ばかりで難航した。畑あたりで怪しい人間を見ていないかとも聞いたが全て空振りだ。証拠も手がかりも出て来やしない。

 

 ウーーウーー…。

 家が多い場所へ足を運んだからか、消防車のサイレンがよく聞こえる。

 

 …ん? さっき聞こえてた音とは違うんじゃないか? きっと別の火事だ。だって今日1度目に聞いたサイレンからかなり時間が経っている。今鳴っている2度目のサイレンの発生源は、いったい何処だろう。

 

 というか、煙が上がっているから場所はすぐわかるんだが、俺の理解が追いつかないだけだ。…結論から言うと火事なのは露伴先生宅だと思う。あの煙の量だと半焼で済んでるのかな、今のところ。

 

 露伴先生なら家に火を放つくらいやりそうだが、本人の無事は確実だろうし心配はしていない。むしろ原稿は無事なんだろうな(漫画ファン並感)。

 

 それよりもその火事の家から走って出てきた仗助君の方が気になるので即座に呼び止めた。本人もやたら焦ってるし、怪しいにもほどがある。

 

 

「仗助君ちょっと待ちなよ」

 

「今サイレンの聞こえない場所まで行かなきゃならないんで! それじゃ!」

 

 

 肩を掴んでもこれだ。多分仗助君は声をかけたのが誰かもわかってないと思う。そして今回の騒動が何の『話』かうすうす気づいているから()と話がしたいが、それどころじゃないようだ。仕方ないので走り去る仗助君についていくことにした。

 そうだそうだ、宇宙人っぽい人がいたのだ。今思い出した。

 

 俺は体外に影響を及ぼす波紋疾走は上手く使えない。しかし自身の肉体に波紋を巡らせてちょっぴり強く殴れるようになったり、速く走れるようになったり、スタミナ消費を抑えたりといったことならできるのだ。副次効果みたいなものだけどね。

 

 

 

 

 

 

「あぶなかった…。でも、オレってけっこう人から恨み買うタイプなんだなあ〜…知らなかったぜ」

 

「あの……わたしはお役に立てたでしょうか?」

 

「う…うるせーよもう〜っ!」

 

「どうしたんですか?元気なくなりましたね?」

 

「あー、立て込み中失礼するが、そいつはスタンド使いか? 敵か?」

 

「!!!?」

 

「? いいえ、わたしは『宇宙人』です! こう言えば誤解なく伝わると先ほど学びました。ヌ・ミキタカゾ・ンシと申します、あなたは?」

 

「ご丁寧にどーも。俺は藤堂、オカルト的な問題を解決する仕事をやってます」

 

「なるほど、私を捕まえて解剖する気ですね?」

 

「いやそんな物騒なことしないっての…聞きたいことがあって君らを追いかけてただけだって」

 

 

 息を整える仗助君を置き去りに話を進める。2人が何から逃げているのかを聞くよりも、俺には重要なことがあるのだ。

 

 

「今も調査の最中でな、宇宙人と言うなら単刀直入に言うぞ。あっちの方の畑の草を倒して模様を描いたのは君か?」

 

「!」

 

「ふむ、もしかして宇宙船との交信跡の事でしょうか。それでしたらわたしです」

 

「あそこは人の土地で、作物が育つ場所なんだ。倒した草はどうしてくれるんだ、持ち主の爺さんが困ってんだよ」

 

「ああ! それならご心配なく。明日の朝には元通りにまっすぐ伸びているはずです。そう言う風になってます」

 

「本当に?」

 

「嘘なんか言いません」

 

「…わかった、信じよう」

 

「なんだこいつら…」

 

 

 これでこの話はひとまず解決だ。イメージがつかないが戻ると言ったら戻るんだろう。仗助君が「やっぱり変人には自称宇宙人にも理解が及ぶのか…」とか呟いているが、俺にはちゃんと聞こえている。

 

 俺にとって聞こえていると言うことは『必ず覚えている』事と同義だぜ。俺を岸辺露伴と同じくくりにするんじゃない。怨みってほどじゃないがちょっとしたいたずらくらいは、いつか受けてもらうぞ東方仗助ェ!

 

 宇宙人に関してはアレだ。元々宇宙人は存在する派だし、オカルト方面にいる立場上、いるのが前提として生きているから否定から入れないだけだ。

 

 

「本当のところ、スタンド使いか?」

 

「少なくともスタンドは見えてなかったっす。

 あっでもミキタカのやつ、スゲェーんすよ! スタンドは見えてないみたいだけど、変身できるんですよ!! さっきもサイコロになって……」

 

「自分以上のパワーのものや、機構が複雑なものには成れませんよ」

 

 

 恐らくさっきまでのことを思い出しているのだろう、得意げに話す仗助君の顔がだんだん沈んでいき、声も萎んでいく。ミキタカ君の方が感情抜きに経緯を話してくれたので、俺も今日の彼らの行動を知ることができた。

 

 自然発生とはいえ露伴邸を燃やす要因を作ったらしい。

 虫眼鏡って怖いね。うちも気をつけよう。

 

 

「チョーシに乗るとこれだもんなあ…。小指だけは治してきたけど…」

 

(バイトでもすればいいのに)

 

 

 

 そういえば、『ファン』的にはミキタカ君が本当に宇宙人なのか、はたまたスタンド使いか、人間か、確認したい気持ちはめちゃくちゃある。というか今無視できないくらいの衝動が湧き上がってきた。

 

 これは聞くしかない事柄だろう。ノーリスクなはずだし。

 

 

「なあなあ、全く関係ないんだけどひとつ聞いてもいいか?」

 

「もう勘弁してくださいよ〜」

 

「宇宙には関係あることだぜ。ミキタカ君、こう…地球から飛び出した軌道上に、人っぽい形の石……岩? は見なかったか?」

 

「? なんですそれ」

 

 

 俺も上手く説明できないため、持っていたメモ帳に簡単な絵を描いて説明する。流石に原作まんまの絵も構図もかけるはずがない。人間が石になって変な座りポーズを決めている感じにすれば近いだろう。

 下手ではないから伝わるはずだが、宇宙から来た生物でも見たことあるかはわからないかもしれない。宇宙は広いからね。

 

 二重、三重に迷い線のある絵をミキタカ君に見せる。彼は少し思案する。

 

 考えるのをやめたカーズの事を、宇宙人だと言うミキタカ君に聞きたい思いはかなり昔からあった。前世から。正確には見てたら面白いな、くらいの感覚だから、ひどく軽いお遊びみたいなものだ。

 一度はみんな思っただろ! なあそうだと言え!

 

 まあ、はっきりした返答が返ってくるとは思ってな───

 

 

「あ! 見ましたよ。地球人に近い姿でしたが…腕にあたる部分に地球で観測される鳥類の翼のようなものがついていたので、地球の支配種族の形はむしろそちらを想像してました」

 

「そんな人間いねーよ…」

 

 

 ───他にも地球で見られる動物の特徴もある、なんとも不思議なオブジェクトだったとミキタカ君は語った。

 

 大変興味深かった、という割に話題はすぐに切り替わっていった。主に仗助君がわからない話であるから自然と消え去ったのだが、俺は心中穏やかではない。

 

 

 

 ─────俺は描いた絵に翼なんてつけてないぜ、ミキタカさん。

 

 

 

 ぶっちゃけカーズが生物と鉱物の間のものになっているとして、俺は実物を見てないし、すげえポーズ決めてるなって事くらいしか知らない。俺にできるのは、終盤で翼も使ってたから考えるのをやめる時に名残があってもおかしくないと推測することのみ。

 否定から入らないと言いつつ信じきれていなかったことを俺は恥じた。

 

 俺の中でミキタカ宇宙人説が有力になったところで彼らとは別れた。この世紀の発見は誰に言うわけでもないが、この事実は思いの外俺の心を揺さぶった。もうちょっとで今世紀終わるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、ミキタカ君の親からミキタカ君が日本人として生まれ育ったような供述を聞いた仗助君が、「結局人間なのかマジモンの宇宙人なのか…判別できます?」と聞いてきたので、「畑のミステリーサークル、ものの見事に無くなってたぜ」と答えておいた。

 自分で納得できる答えを得ることだな。

 

 

 

 それからさらに2日後。

 あの日燃えていた露伴邸は半焼し、今わかるだけで約700万もの損害を出したそうだ。ドンマイ先生。仗助君も悪いと思ってるんですよ、許してやってくださいね。

 

 心の中で擁護しながら俺は───溶けていた。

 

 正確には、部屋の蒸し暑さに耐えられず再び涼しい場所を探して日陰を彷徨っていた。少なくとも日が落ちるまでゆっくり涼める場所がいい。店内で歩き回ったり立ち読みをして居座ってみようとしたが、どうにもきまりが悪くなって出てきた。

 

 うちの学校は改造制服ばかりなせいか、夏服を着ない学生が多い。俺はおしゃれより涼しさを取ったため、なんの変哲も無い半袖の白シャツを着用している。それでも暑いものは暑い。

 

 

「学校の図書館にでも行けばよかったかなー…」

 

 

 口ではそう言ってみるが、学校の冷房が効いている部屋でも設定温度が高いのか効きにくいのか、全くもって涼しくない。自室の冷房をつけるには温度は高くないが湿度が高いのだろう。どうにも汗っかきになっていた。

 

 きっとこの日陰を出たら、肌をチリチリと焼かれる痛みを味わうだろう。どこぞの吸血鬼ではないが灰になってしまいそうな錯覚すら覚える。

 

 

「涼しい場所、納涼地……納涼……」

 

 

 そして俺はたどり着いた。

 

 

 

 肝試しとは、恐ろしいものに向かって行く度胸を試す催しである。「恐ろしいもの」はおおよそ霊や妖怪といった人ではないものを指す。よって肝試し開催地には、()()と噂されている場所が選ばれるのは当然だ。

 

 杜王町には奇妙な名所が存在する。アンジェロ岩から始まり、ボヨヨン岬、カツアゲロード───はここではなかった。申し訳ない───に、誰かが生活している送電鉄塔、それから………『振り返ってはいけない小道』。

 ほとんどスタンド使いが関わっているが、杜王町にとって最も必要かつ重大な場所はこの『小道』だ。

 

 

「あなた、昔ここに迷い込んできた男の子でしょう。露伴ちゃんたちの知り合いだったなんて! この間は驚いたのよ」

 

「…その節は、どうも。

 それと岸辺露伴先生と知り合ったのはつい最近です。旧知の仲のように言わないでください」

 

「あらごめんなさい。なんだか小難しい屁理屈を考えてそうだったから」

 

「……………」

 

 

 俺が向かったのは『振り返ってはいけない小道』。幽霊が出る場所の多くは人気がなく静かで、どんな季節でも一定の温度だ。錯覚かもしれないが涼しく感じられればそれでいい。

 

 ちょっとばかり出入りの際に後ろを振り向かないように気をつけさえすれば、とても快適な心霊スポットである。安全とはいえないが。

 

 

「それにしても、康一君たちもそうなんだけど、なんであなたたち…あたしに敬語を使うのよ」

 

「そりゃあ…本来年上ですし」

 

「でもあたしの感覚ではずっと15歳なのよ? なんだかむず痒いわ」

 

「んー…。でもこれが1番しっくりくるんですよ」

 

「もう! 普通に話してくるのは露伴ちゃんだけだわ」

 

 

 多分、鈴美さんの街に対する『誇り』が、彼女に敬語を使う要因なのだろう。

 俺は直接鈴美さんから『犯人』の話を聞いておらず康一君からの伝聞なのだが、それでも死してなお彼女の街を守ろうとする『誇り』は理解できた。

 

 

 

 昔…小学2年生の時、俺はこの『小道』に訪れていた。偶然というわけでもないし、行こうと思ってたどり着いたわけではない。

 街の探検中、近道できるルートを模索している中で鈴美さんにあった。

 

 裏道を開拓し始めたは良いが、同じところをグルグルまわって抜け出せなくなった時、鈴美さんに助けてもらった。その時迷い込んだ場所が『振り返ってはいけない小道』であること、道を示してくれた少女が既になくなっている鈴美さんであることを悟った。

 

 

「そういえば…俺がここで迷った時、『犯人』の事教えてもらってなかったですね」

 

「もちろん伝えようと思ったわよ。だけどまだなんの話かわからないような年齢の子どもに言うのを躊躇っただけ」

 

「まあ、当時の俺じゃあ話を聞いてもできることは何もなかったでしょうし、納得しました」

 

「なんだか不満そうね」

 

「理解も納得もしましたが、俺としては早く鈴美さんに成仏して欲しいと思ってますから」

 

「この件が片付くまでは絶対に()()()に行けないわ」

 

「わかってます。そのためにも吉良吉影を捕まえなければならないことも…」

 

 

 俺はスタンド使いであるせいなのか、また別の理由からか、普段から『幽霊』が見える。そもそも見えなきゃ霊媒師なんぞ名乗っていない。

 

 幽霊のように見える全ての存在の多くは、木にしがみついていたり屋根の上や駅構内の隅っこにいたり、とにかく誰も通らなさそうな場所に居た。

 髪を巻き付けていたり、ちぎった粘土のように体をなくしていたり。『デッドマンズQ』よろしく、生きているものに触れると『霊としての形』を失うようで、生者に接触しないように必死であった。

 

 地上にいる幽霊は…少なくとも俺に見える範囲では少ない。しかし彼らには向かうべき場所への行き方がわからないものもいる。仮に生者にぶつかって消滅した後にあの世へ行ける保証はないし、転生する可能性はもっと低い。

 地縛霊は基本的に未練によってその場に留まり続けたせいで、身動きができなくなるのだ。また、浮遊霊にもそれが「場所」でないだけで、未練はある。

 

 だから俺に解決できる範囲の未練であればさっさと断ち切ってやるし、進むべき道を指し示してやる。それが俺の仕事。

 どうしても成仏したくない奴には強制的に退去してもらうこともあった。

 

 幽霊は居るだけで害を及ぼすものもいるから、本来現世にいてはいけない霊を払うことも俺の仕事のうちだ。生者にとっても死者にとっても、良いことはない。

 

 

 

 道の隅で座り込んでいた俺に犬のアーノルドが擦り寄ってくる。喉から血が出続けているため、撫でる時は要注意だ。

 アーノルドはよく躾けられており、それでいて人懐っこい。まったくもって吉良は許しがたい。

 

 

「そういえば、ここには鈴美さんとアーノルド以外に霊はいないんですね」

 

「ここに来るのは()()()へいくために通っていく魂だけよ。あたし、アーノルド以外の幽霊とお話ししたことないもの」

 

 

 ということは、霊と生者が触れられない事どころか霊体を損なうことも知らないのだろうか。やはり彼女は特殊らしい。

 幽霊が見えるとはいっても、ここまで踏みこめるほどの力を持った霊にあったことはない。貴重な話だ。

 

 そういえばミキタカ君と出会った後から、仗助君達と連絡を取っていない。

 暇を持て余した小学生が冷やかしに来たのでからかい半分に構ってやって、相談所のチラシを(無理矢理)持たせて帰らせるという仕事をしていたためだ。

 

 その間何かトラブルはあっただろうか。誰かしら新たなスタンド使いとあっていてもおかしくないから心配ではある。もう日も暮れてきたようだし、お暇しようか。

 

「…じゃあ、そろそろ帰ります。話し相手になってもらって、ありがとうございました」

 

「あたしだって普段待つだけなんだからいいわよ」

 

「あ、それともう一つ。この前呼び出した時はすみません。驚いたでしょう」

 

「あー! あの時自分の声が届かなかったの、怖かったのよ!」

 

「本当にごめんなさい! じゃ!」

 

 

 俺は怒られつつポストを通り過ぎ、オーソンの方へ歩みを進めた。鈴美さんは言いたいこともあるだろうに歩き始めた俺に対して無言。むやみに声をかけてはいけないからと言う配慮を感じる。

 彼女をはやく安心させてあげなければ、と使命感を抱くには十分な時間だった。

 

 

 

『そっちは危ないぞ』『正しい道は後ろにあるぞ』、そんなか細い声が後ろから聞こえる。昔通った時も似たような囁きを聞いた。無視して前へ歩を進める。

 

『何か』は触れてこないが、囁きの数だけは増えていく。やがて白々しい茶番へと変わってゆく。その中で流れる聞いたことのある喧騒。

 

 

『なんだ今の爆発は』

『バスが横転してるぞ!』

『救急車を…!』

『中の人は生きてるの!?』

『おいあんた、手を貸してくれ! まだこの人息がある…!!』

 

 

 

「無理だぜ亡者ども。その『まだ息があるバスの乗客』が俺だろう。俺が1番わかってる。手も貸せないし…ましてや助かりもしない事はな」

 

 

 前世の終わりは、俺にとって最も強く覚えている大事な記憶であり何度も振り返りたくはない傷だ。

 それでも「しかたなかった」と言えるくらい、俺の中ですでに昇華された記憶なのだ。驚く価値もない。

 

 俺は何事もなく家へ帰った。本当に何もなかった。この平穏が続けばいいのに。

 

 ────まあ吉良吉影がいる限り、平穏なんてあるはずもないか。

 




更新停滞時でも閲覧感想等ありがとうございます。
前回のあとがきにハイウェイ・スターと言いましたが訳あってボツになりました。申し訳ない。

しばらくは序盤レベルの更新速度が厳しそうなので、気長に待っていただけると幸いです。

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