ほんの少し思い出してもらうだけの話   作:氷陰

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どうしても今日中に投稿したくて書きました
こちら「ほん少」で間違いありません



とある男だった少年の場合

 

 藤堂一茶の前世だった男はその日、仕事のため大型のバスに乗車していた。

 

 

 

 取引先の会社へ向かっていた朝10時、席はほぼ埋まっていた。同じ会社の人間はいないのに、男女問わず全員スーツだったのが男にとっては印象的な光景だった。

 男はバスの中で書類や暇つぶしの本を広げることもなく、ぼうっと窓の外を眺めていた。

 

 とびきり幸福なことはなく、とびきり不幸なことも起こらない。両親は健在で、浅い付き合いの友人はいる。男はとても普通で、人によってはぬるま湯とも、幸福だとも言える生活をしていた。

 社会人として働いて、趣味に勤しみ、いつか結婚して、いずれ子供や孫に囲まれて死ぬ。そんな漠然とした夢想をしたこともある。

 

 

 

 それが星を掴むほど難しいとは一度も思っていなかった。

 

 直線の道路を走っていたバスの真横から、トレーラーが突っ込んでくる。悲鳴は…叫んでいる人間もいたが男には聞こえていなかった。

 

 車体のちょうどど真ん中を右側からブレーキもかけずに突き刺さる。バスは衝撃でガラスが割れ車体はくの字に曲がり、トレーラーは前方部分がひしゃげた。

 ガジャンッッッ!!!!!

 

 その時、男には何が起こったか、理解できなかった。

 

 首をはじめとして体は動かず、鼻からは何の匂いも感じ取れない。口に水分がたまっているような気がして反射的に吐き出すと、霞んだ視界に赤色が見えた。

 

 男はいつのまにか道路に転がっている自分を把握する。

 何となく「死ぬな」、と悟った。体の痛みを感じたと思ったらだんだんわからなくなるし、ザァーっという低い耳鳴りが大きすぎて周りがどうなっているか聞こえづらい。

 

 

「なんだ今の爆発は!!?」

「バスが横転してるぞ!」

「救急車を…!」

「中の人は生きてるの!?」

「おい……た、手を貸してくれ! まだこの人息がある…!!」

「手当を…に………」

「……! ……!」

 

 

 ばすがおうてん。きゅうきゅうしゃ? 単語を拾っても今の男には理解するに至るまで頭が回らない。

 体を揺さぶられたようだが保つべき意識は遠のいており、自分が助からないことは男が1番よく理解していた。

 

 男には知るすべのないことだが、彼以外の他の乗客はトレーラーの運転手も含めて、全員即死であった。

 乗客で1人、即死を免れただけの男は幸か不幸か。「死ぬ前の思考時間」が与えられた。頭によぎる、現実の時間では一瞬の走馬灯。

 

 重ねて言うが、男は()()()()()()()()()()平凡な一般人である。最期の大きな事故で死にはするが、それまで大怪我を負ったことはなく、皆が賞賛するような大層な賞を貰ったこともない。実に平凡。

 この事故に関しても、沢山いる乗客の1人として報道されるだろう。葬式には両親とほとんど顔も知らない身内に会社の人間と、ほんの少しの友人が来るだろう。

 

 死にかけの人間にはそのような細かい事まではっきり考えられないのだが、事実である。男は何も見えなくなった目を閉じながら漠然と考えていた。

 なんにせよ、男にとっては幸せな人生だったと断言できる。できるが……。

 

 

(…誰か…誰か、俺のことを覚えていてくれるのだろうか)

 

 

 ふと湧いた疑問。

 どうあっても他人の男を気にし続ける人間はいただろうか? いやいない。ましてや忘れっぽい薄情者を偲ぶ時間など勿体無いと思うに違いない。

 

 疑問を感じた時、家族すらも男には思いつかなかった。さらに男は、「自分のことを忘れ去る人間」に己自身が含まれるという当然の答えを得た。

 

 男は恐怖した。

「誰も覚えていないのなら、俺は本当に存在していたのか」「いてもいなくてもいい人間だったのか」。

 平凡さを恨んだことはないが、ただ死ぬだけの自身の無意味さを認めたくなかった。

 

 今さら互いを唯一無二だと言える存在は得られない。両親すら危ういのだから誰もかれも男を忘れ去っていくに違いない。

 

 

 

 ならばせめて────俺は俺を『覚えて』いなければ。

 

 

 

 こうして男は忘れ去られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どの位の時間差があったか不明だが、男は藤堂一茶になった。といっても前述のことははっきりと覚えていない。

 生まれたばかりの体や脳では男の記憶は重すぎる。負荷に耐えられるまではそれを『忘れて』いなければならなかった。

 

 その忘れている期間、一茶は『何か』が無いことに怯え、その隙間を埋めるように知識を吸収していった。それに比べれば寝返りや歩き始めるのは平均より遅かったのだが、両親にも彼自身にも誤差の範囲内である。

 

 また、目が完全に開ききってからの物覚えは非常に良かった。1度目の前で発した言葉は発音を覚え、文字を知る。母親の顔を見れば笑顔になり、知らない顔が一茶を覗けば誰なのかと凝視する。「この人はあなたのお兄ちゃんよ」と伝えれば理解したように笑い、そして眠った。

 

 

 

 夜泣きも少なく、成長も悪くない。周りの大人にとっては愛嬌もあるし手もかからない『素直ないい子』。

 しかし彼は素直すぎた。

 

 手伝ってくれと呼ばれれば素直に母の元へ行くし、父が旅行へ行こうと誘えば一切ごねずについて行く。はぐれるなといえばずっと手をつないでいる。おもちゃを他の子供に取られれば感慨なく手放す。

 

 まるで言うことだけをきくロボットのようだ。藤堂家は一茶の感情がないのではないかとひどく心配した。

 藤堂親子には子育ての比較対象になる一茶の兄がいたため、(いっさ)の異常に気がつくことができた。彼は5歳になる前に病院へ連れていかれ、医者からこう言われた。

 

 

「一茶君は自我がほぼ発達していません。この時期ならもっと親への反抗心や癇癪を起こします。

 まれに全くそういうものが無い子もいますが、一茶君の場合、自我の未発達が原因かと思われます」

 

 

 三つ子の魂百まで。この時点で一茶には「全てのことを思い出せるようにする努力」しか明確な行動を起こしていなかった。

 藤堂家は自我の発達に関する本や心を生業とする専門家にも頼りながらいくつかの改善法を試みたが、うんともすんとも言わない。

 

 

 

 しかし数ヶ月後。5歳を迎えた年の冬、ようやく『自我』と呼べるものが一茶の中に浮上する。

 今までほとんど自発行動をしなかった少年が、ある日突然泣き叫んだ。家族は驚いたが、きっかけも意味もなく泣くことは初めてだったため「もしかして自我が!」と期待した。

 

 その期待は応えられ、藤堂一茶に『自我』が芽生えた。いうことをなんでも聞く所は変わらなかったが、それ以降誕生日プレゼントを貰って気恥ずかしそうにしたり、母親と風呂に入ることを嫌がったりと人間らしい動きをするようになった。

 

 かなり発達が遅かっただけだということで、家族は全員胸を撫で下ろした。当の本人は誰が誰か、ここはどこか把握するのに躍起になっていたわけだが。

 

 

 

『自我』の芽生えた、つまり一茶が『男であった頃の記憶を思い出した』後も、関係の変化はむしろ良好だった。親や兄に遊んでもらい、絵本を読んだり、友達と遊んだり、悪ガキどもをまとめ上げて公園のリーダーになってみたり。

 

 少年は大量の知識を披露することで元の年齢程度の関係を手に入れるより、子どものうちに子供らしく遊ぶことを望んだ。

 

 というか、勉学方面以外の時事知識など印象の薄い事柄は覚えていなかった。ただし、男であった時の記憶を思い出すことができれば『藤堂一茶』の記憶として『覚える』ことができた。

 

 一応、記憶力が異常にいいことに関して検査を受けたこともあるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()()の方に比重が重かったようで一茶の検査は踏み込んだことまでしなかった。

 

 歳は近く、馬に見える形の痣があったことが印象的な男の子だったが、ほんの少ししか会話する機会がなかった。高校も同じだが生活サイクルが全く違うため、知り合いという間柄ですらない。これは全くの蛇足である。

 

 

 

 その後といえば、6歳の頃にスタンド使いである自覚を持った後の変化以外に特出することはない。強いて言うなら波紋使いとしての才能がないために修行を年単位で(おこな)ってやっと、彼の知る波紋使いたちの『3分の1』に到達したということくらいか。

 

 そんな日常を経て、『男』は今日も杜王町に存在している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「キャッキャッ」

 

「今日は赤ちゃんご機嫌ですねー」

 

「うむ、天気も良いからの。今日は一度も泣いとらんよ」

 

「…まだ母親は見つかりませんか」

 

「うむ。まあ見つからなかったらわしが育てることにしたよ」

 

「子は何人目になるので?」

 

「3人目じゃな」

 

 

 カフェのテラス席で和んでいる小さな赤子を連れた老人に話しかける。苦笑いを返すしかないのだが。

 老ジョセフはすでに仕事も引退して、やることが無いそうだ。

 

 この俺、藤堂一茶はまだ勉学も『相談所』の仕事もやらねばならないが、どうしてもやる気が起きないために彼らを相手に駄弁ることにした。今日くらいいいのだ。ここ数日依頼もないし。

 

 

「ジョセフさん。俺ね…子どもは何も考えなくて遊んでいるだけでいいのに、って思ってしまったら、しばらくその思考が抜けなくて落ち込むことがあるんですよ」

 

「そりゃいかん。子どもだって日々いろんなことを考えているんじゃから」

 

「例えば?」

 

「そうじゃのお…。おばあちゃんを喜ばせるために何をプレゼントしようとか、自分の家と他人のそれを比べて勝手に落ち込んだり癇癪起こしたり、な」

 

「そんなものですか」

 

「そんなものじゃよ」

 

 

 かと言って特に話の種もなく、思ったことを口にしてはジョセフさんが応えるの繰り返しになっている。どうでもいいことにも反応してくれるこの老人の意見は広い見聞を持ち面白く、飽きない。

 

 

「一茶君は記憶力が良いと聞いたが、それは生まれつきと言ったかな」

 

「らしいです」

 

「覚えておらんのか?」

 

「はい。正確には5歳までの記憶が、でして。

 それまでに『覚えた』言葉や名称はわかるけど、自我…『自分』が無かった為に思い出と言える部分は俺が『知らない』状態みたいです」

 

 

 それ以降の人生はほぼ全て覚えていると言えば、ジョセフさんは少し眩しそうに目を細めた気がした。

 

 

「良いことも悪いこともずっと持っているのは、辛くないか」

 

「まあ辛いこともありますよ。ジョセフさんは死体を見たことありますか?」

 

「もちろんある。わしの生きていた年代を考えてみろ」

 

「…ああ、そうでした。

 まあ、殺し合いの中ではないけど、海外旅行でちょっと治安の悪い道に入っちゃうと見ることもあるんですよね」

 

 

 特に6歳の時のエジプトはヤバかったぞ、本当に。言っちゃ悪いけど巻き込まれなくてよかった…。

 

 それに俺のスタンドの関係上、近くで誰かが死ぬと勝手にそこまで行ってしまうのだ。必然的に死体を見ることになる。

 もちろん最初は吐いた。もうだいぶ慣れてしまったが。

 

 

「正直堪えるし、悲しい気持ちになりました。しかしうちの祖父の葬式の時には俺…全く悲しくなかったんです」

 

 

 俺のスタンド、『プリーズ・リメンバー』が死者を呼び出すための条件のひとつに「故人を知る生者の記憶・知識があること」というのがある。

 

 だから俺の記憶に残っている身近な人の死より、「誰かに見向きもされなかった誰かの死」の方がよほど重たい。

 そういうとジョセフは少し哀しそうな顔をしたように見えた。

 

 あくまで『思い出す』能力のスタンドだ。

 記憶を忘れさせたり、教科書や辞書を暗記したり、結果的に死人を呼び出したりすることができるが、あくまで『思い出す』ことに重点が置かれる。これを『忘れ』ちゃあいけない。

 

 

「死を覚えることは俺にとって悪いことではありません。死んだ人間にとって『誰かが自分のことを覚えている』というのが重要だって俺は思っていますから」

 

「…ゴッホの絵は本人が死んでから評価されて生前はちっとも売れんかったので、厳しい生活を強いられたそうじゃ。それはそんな人間にも重要なことかの」

 

「重要です、とても。そんな風に聞いてきたってジョセフさんも俺の話を否定する気ないでしょ?」

 

「バレたか」

 

 

 正直この考えを押し付ける気は無いが否定をされたら俺は怒る。「死者を覚えておく」という独りよがりの意見は、少しも譲れない俺の根幹なのだから。

 岸辺露伴と相対した時のように訂正させるか、最初からなかったことのようにしてしまう。

 

 ジョセフさん…ジョセフ・ジョースターは、これまでたくさんの死にゆく人間に想いを託されたはずだ。絶対にここを軽々と扱うわけはないと踏んで話した俺も俺だが。

 

 

 

 強い陽射しを反射するパラソルの下で子連れの老人に自分の意見を伝える若者。側からみると宗教勧誘にでも見えるかなと考えてしまえば頭の中でそれが反響し、無視できない警鐘になる。

 ようは途端に気恥ずかしくなった。

 

 

「あー、話を聞いてくれてありがとうございました」

 

「いいや。わしも興味深い話が聞けたよ」

 

「本当は仗助君と話す時間が欲しいでしょうに」

 

「…おっと、この子がまたぐずり始めた。おお、よしよし…」

 

 

 反応しにくかったためか赤ん坊を盾にボケ始めたこの爺さん。今度絶対に連れてきてやる。

 

 

「あ、そうだ。ジョセフさん、よければこれもらってください」

 

「なんじゃそれは…? 学校の配布物のように見えるが…」

 

「やだなあチラシですよチラシ。たまに配っているんです」

 

 

 俺お手製の『藤堂霊媒相談所』の広報チラシ。胡散臭さMAXだが、なかったらクソガキ共の冷やかし半分の依頼しかこないから作ったものだ。渾身の出来だと自負している。

(ジョセフは最初落書きをした紙を戯れに渡されたのかと思ったし、センスのなさにドン引きしている。)

 

 

「今から小学校と中等部のクラス毎の配布用ボックスに人数分配置してくる予定なんですよ!(波紋で筋肉を強化しつつ)

 そうすれば勝手に学生が配ってくれますからね」

 

「そ、そうか。依頼人が来るといいの」

 

「今日は夜冷えるそうなので早めにホテルに戻った方がいいですよー」

 

 

 

 

 

 

 なんか帰り際のジョセフさんの顔ひきつってたけど、コーヒーが口に合わなかったんだろうか。

 まあそれは良いとして、下校中の仗助君にばったり会ったからカフェに行くことをお勧めしておいた。団欒までとは言わないが多少ただ喋るための会話でもしてろってんだ。

 

 

「あ、そういえば仗助君家の電話番号知らないや。教えて」

 

「とっ…唐突っすね…良いですけど。XXX-XXX-XXXXです。

 悪用しないでくださいよ〜?」

 

「やだなあ俺がそんなことしそうに見える?」

 

「誰かとの情報交換とかに使いそう」

 

「女子に情報を求める時にしか使わんから」

 

「ほぉら悪用だー!」

 

「嘘だ。緊急連絡用だよ。俺のケータイ番号は結構いろんな人に教えてるけど、人の電話番号よく知らないんだよね」

 

 

 俺のここ最近の履歴はホテルの外線くらいだ。鈴美さんのところに招集かかった時のやつ。悲しいね。

 

 教えてもらった電話番号を手に持っていたチラシ裏にメモを取ってからアドレス帳に登録した。メモの過程はなくして構わなかったのだが前世の名残らしく、覚えておきたいことは近くにある紙にメモを取るのが癖になっていた。

 

 まあ耳で聞くより文字で見た方が記憶にははっきり残りやすいからいい。百聞は一見にしかず、というやつだ。記憶がなくなるのも声からっていうしな。

 

 

「ところでその…チラシは本当に配布するんすか、藤堂先輩?」

 

「あったりまえだろうが。もうこっちは全校生徒分刷ってるんだよ」

 

「お、おおう…」

 

 

 なんか引いてたような気がするけど俺の意気込みに気圧されただけだろ。気にしないで行こう。

 

 また、チラシは全部配布できたのだが、東方家の電話番号を裏に書いたチラシも一緒にしてしまったので、生徒のうち誰かの手に渡っているだろう。

 

 ぶっちゃけ個人情報だから気付いた時には「ヤベーッ…!」と思ったが、電話帳にも載せているらしいので事なきを得た(得てない)。

 

 俺ももう使わないメモだし、書いてるのはたった1枚。東方家に多大な迷惑はかけないだろう…。

 

 セールスの電話が増えないように願掛けしておこう…。

 





藤堂のチラシ
A4サイズの白地が目立つチラシ。必要事項しか書いていないのにフォントも読みにくいし悪趣味な(もしくは無駄に派手な)装飾もプリントされている。

広告としてはカラーコーディネート・レイアウトなどの観点から落第点にあたるチラシ。1話あたり参照

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