あらすじ
吉良吉影、全てを忘れて安心のない場所へ。
何処にいたんだ? なんて茶化されたが、鈴美さんと一緒に合流したのだから察してほしい。
吉良吉影の魂に関しての顛末は、鈴美さんが全員に説明してくれた。もう危険は無くなった、と。
生きている人間にとっては本当にただの夏なのだが、やはり俺たちにとっては少し特別なものだった。
杉本鈴美さんとアーノルドの役目は終わった。
第4部完、というやつ。
俺にとっては1番気にしていた……行方不明とされている、吉良吉影に殺された者達の魂も正常になった。吉良が死んで口封じしていた力がなくなったためだ。彼女らも普通に話せるようになった。
俺自身、吉良吉影さえ死んでしまえばこうなるだろうと考えていたが、破壊された魂の形が元に戻らないまま……という可能性も十分にあり得たのでホッとしている。
これで死者にも平穏が訪れるだろう。こんなに嬉しいことはない。
ただし、吉良吉影に殺された方々には最後にやってほしいことがある。
「あなた達は既に死んでいますが、身内にあなた達がハッキリ死んだと知っている人はいません。行方不明者として探し続けているでしょう」
呼び出した人々に語りかける。彼女もしくは彼らは静かに俺を見る。
たくさんいた。
基本的にただの良き一般人だろうし、もしかすると嫌な奴だっているかもしれない。
それでも死んだ生き物は、俺にとって大切に扱うもの。
俺はやって欲しいことをただ告げる。
……しかし今、俺が幽霊として彼らを杜王町に呼び寄せた。あなた達にしてもらいたいことはただひとつ。
「それぞれ、会いに行ってください。1番会いたい人のところへ」
これはけじめだ。
彼らと、俺にとっての。
数日後、不思議な噂が杜王町で聞こえた。
ずっと行方の知れなかった娘が家に帰ってきただとか。
死んだかもわからなかった友人のカップルが顔を出したとか。
もうずっと見つからなかった姉が若い姿のまま会いに来たとか。
少し早い盆ですね、とラジオでは静かに盛り上がったようだ。
「先輩の仕業っスよね〜〜」
「やっぱりわかっちゃうよな〜」
「つっても早人が教えにきただけなんスけどね。ホラ」
「こ、こんにちは……」
「こんにちは、早人くん」
仗助君のでかいタッパの後ろから小学生が顔を出す。
今日、俺を探す過程で仗助君と早人くんは出会ったらしい。
バス停のベンチに座り込んでいた俺に会いに来たようだ。
吉良吉影が死んだ日から日が経った。
まあ俺は杉本鈴美を見届けた後、ネチネチと愚痴をもらいながら細かい話は聞いたのだが。
本当なら他人の家の中と外で殺し合ってたような気がするが、そういう話は聞いていない。
なんだったか、そう、『写真のおやじ』がいないから。
内容はどうあれ倒すべき相手は死んだのだから、いいのかもしれないが。
ゴタゴタと考えを巡らせていると、仗助君が話を続ける。
「探したんですよ〜っ」
「そういえばここ数日家に帰ってないな。悪い悪い」
「学校にも来ずに、なにやってんスか」
「仗助君かなり深めの傷負ってなかったか……? いや、なにって今話してたことだよ。俺の確認できる範囲で、吉良吉影に殺された人々を呼び出してる」
「噂が立ってもう1週間たっているってのに!?」
「本当は3日前には終わってたんだぜ? だけど噂が流れてすぐ
スタンド使いでもない只人を呼ぶだけとはいえ、連日、休みなく、大量に能力を使ってれば疲れもする。
ふー……。
「お疲れっスね」
「『クレイジー・ダイヤモンド』でなんとかしてくれよ」
「おれのは『治す』だけだ……っていうか、おれよりトニオさんの方が良くないですか?」
「あっ」
「頭パッパラパーになってますね」
「そうだな……後で行くわ」
「あ、あの……」
「ああ、ごめんな早人君」
話しかけられてやっと早人君を再認識する。
目には強い意志がある小学生。
スタンド使いでもないのに、黄金の意思は持っている男。
「その様子だと……話せた?」
「うん……パパと、話せたよ。ちょっとだけだけど……ママも……」
「そうか……それならよかったよ。何か得られたなら、それで」
「ありがとう、ありがとうございました」
手を振って応える。
そのまま語るべきこともないだろうと腰を浮かしたところで、早人君は何か解せないような顔をしながら俺に疑問をぶつけてきた。
「あの、あの日のことなんですけど」
「? うん、なんだ?」
「あの日、露伴……先生のところで待ち合わせしていたんですよね。アイツを探すための足掛かりとして……」
「そうだったなあ。俺のところにも一応連絡来てたんだけどな」
「でも、
「……?」
その前、というと前日……いや、違うな。
要領を得ない早人君の言葉の続きを待つ。
「あそこで、ぼくと! 会ったはずなんだ!
「……何を言っているんだ……?」
「あなたはぼくに聞いたはずなんだ……!」
「……? よくわかんねえけどよ、先輩と早人が会ったのは、終わった後だよな……?」
そうだ。
俺は全てが終わった後に初めて川尻早人と出会った。
どう思い返しても、
記憶のないことを「ある」と言われる。
言いようのない不快感が胸と腹の間に溜まった気がした。
「……『1回目』、ということか?」
早人君が大きく頷く。
仗助君が要領を得てないような顔をこちらに向ける。
そりゃあわからないだろう。
本来バイツァ・ダストをセットされた人間しか知り得ないような情報だ。
時間が戻ろうが、世界が一巡しようが、基本的に同じ行動しかしない、もしくは、できない。
そういうものだと、俺は思っていた。
「俺以外は違う動きをしたか?」
「いいや。おおよそ、ほとんど同じだと言っていいと思う」
俺がもし、バイツァ・ダストがセッティングされているであろう早人君に出会ったなら、まあ……。
俺が言いたいことなりアドバイスなり何か伝えて巻き戻させる、と思う。
だからバイツァ・ダストの1周目にそうやっていてもおかしくはない。俺が認識できてなくてもおかしくはない。が、問題はそこではない。
2周目、もしくはそれ以降。
バイツァ・ダストが解除された朝の俺の挙動が違うのはどう考えてもおかしい。
「……朝は繰り返されなければならなかった。なのに俺は違う場所へ行った」
「なにか、まだ終わってないのかもと思って、伝えようと思って探していたんだ」
「ありがとう、はこちらのセリフだな。吉良吉影の力はもうこの街のどこにも残ってない。それは確かだから、安心して欲しい」
「うん。……そうだ、あなたは自分がイレギュラーだとも言っていた」
「俺が言いそう」
恥っず。
何言ったか知らないけどなんだその単語、自信過剰で恥っっっず。
……あんまり間違ってなさそうなのが嫌だ。
「その辺は俺の問題らしい。だから『大丈夫』だ」
「ならいいけど……。とにかく、ちょっとくらい休んでくださいね」
用が済んだ早人君を送り出す。
残ったのは問題を抱えた俺と、何かを察知した仗助君だけ。
いや、マジで本当にどうしよう。
なにこれ?
何から考えればいいんだこれ。
落ち着いて考えをまとめよう。
バイツァ・ダストによって、少なくとも2回は繰り返された朝。
本来動きを大きく変えられるのは能力の対象にされた早人君だけのはずなのに、俺も違うことをした。
また、俺はその時のことを一切覚えていない。
『やったはずの動き』を覚えていない事にかなりの苛つきを覚えるが、今は考えなくてはならない。
つまり、記憶や思考はバイツァ・ダストの能力下にあったのに、身体は支配を受けなかった……違うな。
なんか違う気がする。
うまく言えないけど。
「う〜ん……」
「あのオ……なんか悩んでんなら聞きましょうか? 気が紛れるくらいはするかもってことで」
「……じゃあ、聞いてくれるか? 変な話なんだけどさ」
少し悩んだが、1人では答えが出そうにないので後輩に相談する事にした。
わざわざ「俺は転生者です」などというわけでもないが、ふんわりとしたバイツァ・ダストの仕様と俺と俺以外の差異をかいつまんで説明する。
とにかく俺がなんかおかしい、ということさえわかってくれればいい。
仗助君の出した結論。
「おれもスタンドのことなんて最近になって知ったからよ〜、まして今戦ってる最中でもないのに閃かねえっスよ」
「むしろ戦闘中なら閃くのかよ!?」
「そりゃあ勝つために頭働かせてますからねェ」
「たしかにそうだな……」
「それでもなんか結論出すなら、そっすね〜……」
いやそうなんだけど、それでちゃんと勝ち星取るんだもんな、それでいいんだろうけど。
なんというか、意思が強いんだろうな。
俺には無い。多分ない。
きっとあの朝に俺が居合わせても、大したことはできなかっただろう。
俺はいつまで経っても読者目線だ。
いつまでも……。
「世界にはまだ解ってないことばっかだって承太郎さんが言ってたんスよね。それってスタンドもそうじゃないですか。藤堂先輩が悩んでる根本的なもんがイマイチわかんないんスけど、もうそういう『わかってないこと』を理由にしちまえばいいんじゃねえか?」
「わかってないこと?」
「宇宙とか、ホラ、ミキタカも結局よくわからないし。少なくとも先輩的にはスタンド能力のせいとは思えないって言うから、それならいっそ世界中にある未知の領域の話だ!! って……思えばいいんじゃないスかね」
「でも……」
不安だ。
たしかにスタンド含めて世界には未知の事象が多い。
スタンドの矢だって結局ウイルス進化論を当てはめられる
確定ではない事実、というのが恐ろしく不安に感じる。
普段ならここまで情緒不安定でもないはずだが、やはり疲れているのだろうか。
早人君や仗助君と話している時はきちんと目線があっていた記憶があるが、だんだんと下へ向いていたらしい。
俺の視線は今や足元に落ちていた。
納得していない俺を見て「頭が固いぞ」といった語調で、仗助君は言葉を並べる。
「エエ〜? じゃあこじつけちまえ! 先輩だけが違ったのは世界のルールに逆らってるから! よっ、枠に嵌り切らない男! そんな感じでどうっすか!?」
「世界のルールに逆らっている……」
なんとなくスッと頭に入ってきた。
バイツァ・ダストの効果があるから覚えてない。
世界のルールに従ってないから同じ時間に同じ動きをしなかった。
「なぜルールに従えてないか」は簡単だ。
俺がこの世界の住人ではないからだ。
もう16年はここで生きてるのに住人ではないと結論つけてしまうのは、正直、かなり気が沈む。
が、仗助君に言語化してもらったおかげか納得できたという満足感の方が強い。
本来なら検証して初めて事実として太鼓判を押すものだが、俺が納得した。
だからこれでいい。
懸念すべきことも多いが、これでいい。
がばりと上げた俺の顔を見て仗助君が満足そうな顔をしたので、本当にこれでいいのだ。
俺が納得できたなら。
「ありがとう。俺は『枠にはまらない男』! 藤堂一茶! よし!」
「お? おう、元気出たっぽいならよかったっス」
「やっぱり俺にとっては、君がジョジョだな」
「そ〜いやちょっと前に先輩方にそんなあだ名つけられたような気がしますねェ、流行ってんスか?」
「いいや、ぜーんぜん」
じゃあなんで今そんな話を? と聞かれたので立ち上がって、
「君がすっげぇ主人公っぽいやつだなって思ったから言ってんだよ、東方仗助!!」
と叫んでやった。
「へへっ!」って感じではにかんでた。
何言われてるかさっぱりだろお前。
そうだ、能力なんてこじつけたもん勝ちみたいなもんだろう。
わからないことはとりあえずこじつけてしまおう。
少し『思い出して』理解したことがある。
メイド・イン・ヘブン。
6部において敵であるプッチ神父の最後のスタンド。時を加速させる能力でもって驚異的な強さを誇る。
その力で作られる『新世界』では
死ぬとかではなく振り落とされる。
世界に馴染んでいない人間だ、この世界から弾き出されても不思議ではないと思う。
前々から思っていた通り、あの神父はどうにかせねばならないのだろう。
漠然とは考えていたが、俺自身のために必要なことだった。
そもそも思想が理解できねえよあの神父。
『4部』は終わりだが、俺が死んだわけでも仗助君達が負けたわけでもない。
当然この先も世界は続くし俺の人生だってそうだ。
まずは……どこかでちゃんと修行でもしないとこの先のスタンド使いに太刀打ちできそうにないな。
スタンド使いは引かれ合うのだから、相手には事欠かないことを祈ろう。
できれば俺がギリ勝てそうなやつがいいけど、そんなに都合のいいやつはいないだろうな。
俺はスタンド使いがいそうな場所にあたりをつけて、長期休暇に思いを馳せた。