というわけでどうぞ。
「……それで、ブランク。ここは一体どこなのかしら?」
私がそう問いかけると、彼は顎に手を添えて首をひねり、しばらくしてから「おっ」と何かを閃いたような表情を浮かべる。そして、最終的に神妙な顔でこう答えた。
『私にもわからん』
「ふんっ!!」
『あばす!?』
その顔面に拳を叩き込む。分かんないんだったらなんでそんなティンときたみたいな表情浮かべたんだ。
私はもんどり打って倒れたブランクの上にのしかかり、再び拳を構えた。
その様子を見たブランクが慌てて弁解しようとするが、もう遅い──乙女の純情を弄んだ報いを受けろ!
『いや待て、落ち着け! 話せばわかる!』
「問答無用って便利な言葉よね! おらっ、落ちろッ!!!」
『ちょちょ、ちょっと待って下さい! 待って!! 助けて!! 待って下さい! お願いします!! ワアアアアアアアア!!!!!!』
─しばらくお待ちください─
果てのない黒塗りの地面を自身の血で真っ赤に染めながら、ブランクは不機嫌そうな表情でこう言った。
『死ぬかと思った』
「死んでるんでしょ?」
『そう言えばそうだった』
全身についた傷口をつまんで捻り、粘土細工を弄くり回すようなノリで止血と治療を並行して行うブランク。一体全体彼の体はどんな事になっているのだろうか?
私がそんなことを考えながら治療の光景を眺めていると、ブランクは自分の体を抱きながらこう言った。
『……貞操はやらんぞ?』
「い! ら! ね! ぇ! よ!」
『痛い痛い! やめてグーはやめて俺が悪かったから!』
ふざけたことを抜かした大バカ野郎を拳でしばき倒す。
ひとしきり嬲り……訂正、躾け……さらに訂正、伸したところで、私は本題に入った。
「それで、ここはどこなのかしら? 見渡す限り真っ暗闇だけれど。互いに互いを認識できてるのが不思議なくらいの暗さだわ」
『んぁ? ああ、ここがどこか、ね。はいはいはい』
ブランクは簡潔にこういった。
『此処はお前さんの頭の中、いわゆる「心象風景」っつー奴だな。これが現実世界に現出すると固有結界になる』
「……?」
『知らねぇか? アーイアムザボーンオブマイソーってアレ』
「……知らないわね」
『マジかお前!』
大袈裟に驚いた様子を見せるブランク。
……心象風景。語感から察するに、おそらく此処は私の心が映し出した世界という事になるのだろう。
いや、いくらなんでも殺風景すぎないか。一周回って逆にオシャレに感じてきたぞ。
『あー、まあ、大分言い方に語弊があるからな。心象風景っつーか、より厳密に言うならそれを繋ぐ回廊だ』
「……回廊?」
『そう、回廊』
ブランクによると、心象風景とは単一の世界を示すものではなく、大小無数の世界、『心象世界』が複雑に入り交じって組み合わさったものの総称なのだという。
建物などで例えるなら、一つ一つの世界が部屋であり、ここはそれらを繋ぐ廊下の部分に相当する場所なのだという。
『普通ならこんなトンチキな場所に飛んだりはしねぇんだけどな。どうやらお前さん、よっぽど色んなモンに未練があると見える』
「……未練? そんなものが──」
『502小隊』
ブランクの言葉に、私の言葉が途切れる。
しかしそれに構うことなく、彼は言葉を紡ぎ続ける。
『不在防衛線、502小隊、■■■基地。テメェの旅程は、俺も見てきた。なんせまあここに居ると散歩くらいしかやる事がねぇからな。あとはなんだ、ウィルスセキュリティか? たまに紛れ込む病原菌の駆除がせいぜいか。とにかく暇で暇で仕方ねぇんだよこちとらな』
「病原菌……例えば?」
『お前んとこの部下の……MAGだったか。アイツの日記読んだろ?』
日記?
……あっ。
『おかげさまであの後しばらくてんてこ舞いだったぞ。なんだあの新世代マルウェア、えらいしぶといし増えるし……一体どんな中身だったんだよ』
なんとまぁ。
頭も頭、前置きの注意分を流し読みした段階で燃やして滅却したというのに、そこまで被害が出ていたのか。
これがもし馬鹿正直に最後まで読んでいたらどうなっていたことやら……私は過去の私の判断を褒めたくなった。でも今なら渡された時点で即刻燃やしてただろうな、とも。
『さて。そんで、お前さんは今自分の心の中にいるわけだ』
「……まあ、そういうことになるのかしらね?」
『だったら、やる事なんて一つしかねぇよな?』
そういって、ブランクは指を鳴らした。
直後、暗闇の空間は一瞬にして掻き消え──そして、世界が反転する。
現れたのは、どこかの戦場。銃弾の飛び交う最前線。そして、ここはその一角に位置する塹壕だ。
「ここ、は……」
『まあ、今のテメェにゃここが何処かなんて分かりゃしねぇだろうがな』
気が付くと、ブランクも私も、服装が先ほどまでの物からどこかの軍服へと変わっていた。
彼は手に持っていた銃を構える。それを見て、私もまたいつの間にか手に持っていた銃を構えた。
同時、一気呵成に叫び声をあげながら、敵兵と思しき集団が一斉に突撃してきた。
『さあお待ちかね、記憶追体験の始まりだ! 途中下車なんざ出来ないと思えよ!!』
「こっちだぜ」
リンクスが向かったのは、G&K本社の脇に立てられていた薄暗い倉庫のような場所だった。
502小隊が全員入ると、その背後で扉が勝手に閉まる。
「おおっ!? なんだ閉じ込められたぞ!? このまま水責めにでもされんのか!? ナイル川か!?」
「オレをどっかのファラオかなんかと勘違いしてねぇか? 一応言っとくがエジプトの頂点に立った覚えも外宇宙に繋がる大鏡をゲットした覚えもねぇぞ」
MAGの発言にリンクスが突っ込む。ちなみにMAGはあの後P90に足を持って引きずられる形で連行され、下り階段に差しかかる直前で目を覚ました。
あともう少しで階段に後頭部を連続強打するところだったが、P90は「チッ!!」と舌打ちするのみ。
そのせいでまたも殴り合いが始まりかけたが、これはXTRが実力行使で制圧した。あっ、火力制圧ってそういう……。
「さて、んじゃ始めるか」
そう言って、リンクスはパチンと指を鳴らす。
その直後、照明が一斉に起動し、莫大な光が倉庫の中を一瞬で照らしあげた。
突然の出来事に、P90は目を細め、MAGはパチパチと瞬きし、MGLは腕で目元を隠し──XTRはうっかり光源の直近に視線を向けていたために、ホワイトアウトした視界の中で悶えていた。
「ぬおおっ!? 目がっ、メガーっ!!?」
『バルス!』
『パルス!』
『ガルム!』
「いや後ろ二つ違くね?」
リンクスが突っ込む。
だが、XTRはそんなことなどそっちのけで悶絶している。特殊な出自故にシステム自体が不安定なこともあり、割と本気で危ういことになっていたりする。
しかも、諸々の事情で極端にイラついていたMAGが、あろう事かXTRの後頭部めがけて「うるせぇ!!」と拳をフルスイング。結果、壮絶な轟音とともにヤムチャしやがったポーズで倒れ込む屍が一つ出来上がった。
さすがにこの惨事は看過できず、リンクスが声をかける。
「……大丈夫か?」
『問題が発生しました。システムを再起動する必要があります』
「やべぇクラッシュしたパソコンみたいなこと言い出したぞこいつ」
「叩けば直るだろ?」
「やめろバカ!」
「イッテェ!!? テメェ何しやがる!!」
P90がMAGの尻を全力で蹴りあげる。
その後もしばらく筆舌に尽くしがたいすったもんだが続いたが、どうにかリンクスは話を戻すことに成功した。
「……ふう。そろそろ始めていいか?」
「オーケー、続けな」
「急に尊大になったな……ったく」
そして、彼女は説明を始める。
自身の身の上と、今回の事情に関する説明を。
「よっし、そんじゃあ始めるか。一応もう一回だけ紹介しとくが、オレはEN-17から来たゲパードGM6だ。ま、専ら『リンクス』で通してるがね。
「EN-17ってのは分かるか? 分かんねぇ? まあそりゃそうか。
「ざっと説明すると、EN-17っつーのはIOPとか16Labがやるとまずいいわゆる『裏方の仕事』っつーのをやってる部署だ。
「正式名称は17Lab……EN-17は通称みたいなもんだ。なんせまあウチのアホ共はどいつもこいつも厨二病の気があるもんでな?
「んで、オレはそこで作られてこき使われてる。表向きに出来ない仕事しかやんねぇからな、経理にゃあ殊更気ィ使う必要があるわけだ。
「要するに外貨稼ぎだよな。足りない分は適宜オレが傭兵業やって稼いでる。
「……そろそろ本題に入るか?
「今回の依頼主はまあだいたい察してるとは思うが、クルーガーのヒゲオヤジだ。
「依頼内容は企業内の『浄化』──まあ、要するに『リストラ(物理)』、あるいは身も蓋もない言い方をするなら『粛清』か? とにかくそんなやつだ。
「本当だったらオレもこんなしち面倒な仕事受けたくないんだがな──まあ、事情は省くが少し前の依頼でちょっとばかしやらかしてな。その補填として汗水垂らして働いてるってわけよ。
「今回の依頼の事情に関しては、まあ言わなくてもだいたい分かるよな?
「唐突に悩みの種なテメェらが帰ってしたせいで自分の利権を守ることにしか本気が出せない上層部が大慌てでなー、どうにかしてテメェらを消そうとしてるらしいんだわ。
「正直事情を知ってると無能なアイツらの自業自得にしか思えねぇんだがな。ま、困ったことにそれを納得させるにはアイツらは権力を持ちすぎた。
「クルーガーのヒゲ野郎が動くにしても、それやると大事になるしスキャンダル間違いなしだ。
「──だから、アイツは『不慮の事故』で片付けることを策略した。
「そこでオレの出番ってわけだ。裏方で好きに動けて、なおかつ存在がまだ表沙汰になってない人材。
「無論、この条件はテメェらにも該当するぜ? なんせ502、不正なゲートウェイだ──どこぞのNOT FOUNDと並ぶ特級の秘匿事項だぜ。
「故に、オレはちょいとテメェらに協力して欲しい。
「オレは人材が確保出来て、かつ依頼が達成できる。テメェらはあの真っ黒女……110BAだったか? が守れて、なおかつ迷惑な連中をぶっ飛ばせる。
「どうだ、こっちにもそっちにも利のあるオイシイ仕事だぜ?」
そこまで説明して、リンクスは不敵な笑みを浮かべる。
そして、502小隊の面々を睥睨し、芝居がかったふうに両腕を広げてみせて、こう言った。
「──さて、伸るか反るか。テメェらはどう動く?」
EX1-5が謎に難解で詰まってます