「君はほんと何に対しても無関心だね。」

久しぶりに見かけたからといきなり話しかけた僕は世間話もそこそこにそう言ったがそれ以上話題がないことに気付いた―
彼女の言葉が胸を締め付ける。後悔を噛み締める僕とそれを見つめる彼女のおはなし。

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ミキサー

 自分と相手に温度差を感じることはままある。

 それは当然のことだ。どんなシチュエーションであってもおかしいことはない。

 けれど、だからこそこの言葉をある人物に贈る。

 

 

「君はほんと何に対しても無関心だね。」

 どこを見るでもない目がゆっくりと僕を捉えた。

「ありがとう。それは私にとってこれ以上ない褒め言葉だよ」

 言葉の抑揚とは間逆に彼女の声と表情は一貫して気持ちがこもっていない、一瞬あった視線も今は僕の前髪辺りで焦点が定まっていない。

 黒髪とは言いにくいようなややこげ茶のかかったパサついた髪が、揺れる。

「それで、とっても嬉しいけど、それが何?」

 少し強めに問いただすような聞き方は感情さえこもっていれば、と苦い思いが過る。

「思っただけだよ。」

 一呼吸おいてただ素直に言った。

 事実、そう思っただけで他にはない。

 僕はこの女性と薄い本当に薄いつながりがあって、僕は彼女に思ったことを言っただけだった。

 これ以上出てこない僕の言葉は口の中で反響する。

 

「そういえば」

 久しぶりに見かけたからといきなり話しかけた僕は世間話もそこそこにそう言ったがそれ以上話題がないことに気付いた。

 おりた沈黙を破いたのは彼女で、破いてくれたのが彼女だった。

「この前あなたを新宿で見かけたわ。デート?」

 覗きこむように聞く言葉に感情さえこもっていればと再び思う。思いながら僕は最近を思い返す。

「この前って土曜日のこと?」

 そう問う僕は彼女を見つめた。定まらない焦点がいつの間にか僕の目を捉える。

「そう」

 彼女の声が涼しかった。不快さのない声が耳の奥へ響く。

「土曜は彼女と一緒だったんだ。」

「失礼だけどずいぶん派手なのね。彼女さん」

 間髪おかない言葉がなぜか胸を締め付けた。でもこれは恋心じゃない。

「本当に彼女さん?」

 ゆっくりと聞き返す声は辺りの喧騒もかき消すように僕を揺らした。深い間柄でも、よく話しをするわけでも、会うわけでも、まして相談をするような間柄でもない。僕は彼女のことをよく知らない、知ってることといえば大まかなステータスだけで彼女もそうだろう。互いに互いを意識なんかしていない。

「彼女じゃないよ。あれは僕の好みじゃない。」

 艶っぽい流行りのカラーに染まった髪と大きな目、瞳に合わせたような長い睫毛。程よく焼けた肌には夏の名残り。胸はそこそこ正直顔もまあまあ。そばに寄って肩を抱けばかおる香水。ネイルが光りスマホをいじる。トレンドの服に少しの露出、あかい唇。僕より低い背。

「彼女じゃないけど今はそういう関係だよ。」

 思い浮かべた女性の姿に僕は胃もたれの感覚をおぼえる。

「そういう君はどうして新宿に?」

「用事」

 間をおかずに言う彼女の言葉は、聞くな。と、そう言われているようなそんな感覚に僕を陥らせる。そしてその通りに僕は聞くことをためらう。

「そっか。」

 他に言う言葉が思いつかなかった。

 僕がその女性と出会ったのは人通りも多い喫煙スペースで、彼女はタバコを吸いながらスマホの画面と熱心に向き合っていた。声をかけたのは僕の方でのってきたのは彼女。

 いわゆるナンパだった。

 待ち合わせ場所として有名な傍ら、声かけ待ちとしても有名なスポットだ。

「それじゃ私、用があるから」

 長い沈黙に彼女が立ち去った。意外に長い立ち話に足は痺れていた。 彼女の後ろ姿を遠目に深呼吸して自分の足元を見つめる。

 

「ねえ」

 急にかけられた声に僕は驚いた。振り返らないだろうと思っていた彼女が戻って来ていた。

「何?」

 驚きに鼓動を落ち着かせながら聞き返す。

「今日も新宿へ行くの?」

 なぜわざわざ聞くのだろう。自分の予定をしゃべりたがらない詮索嫌いな彼女は僕の予定を聞いた。

「わからない。」

 答えた僕に目で促す彼女は卑怯だ。

「でも、多分行かないんじゃないかな」

 それを聞いた彼女は軽く相槌を打ち、満足そうに少しだけ笑って「またね」と言った。

「うん、じゃあね」

 今度こそ振り返らない彼女は少し早歩きで立ち去った。

 家路につく足取りは軽やかに思えたけれど、それでもそれは数瞬のことで古い記憶が思い出された。

 

 

「君にはキャバ嬢がお似合いだね」

 それを聞いた彼女は一度だけ目を伏せ少しだけ黙って、けれど誇らしそうに

「それは名案かもしれない」

 と言った。

 僕はその言葉を忘れない。言ってしまった言葉もかえってきた言葉も。

 

 

 夜になった。

 辺りには街灯の心もとない明かりが満ちる。

「卑怯だ」

 こぼした言葉にはっとする。出会ったのはいつだったか、想いを寄せて打ち明けたのも随分前のこと。彼女の恋愛経験に僕は足跡を残したかった。告白してふられて、沈みきった気持ちのなか彼女は僕の想いを上げては落とすことを何度も何度も繰り返した。その度ささやかな喜びに浮かれて、落とされるたび恨めしかった。

 互いに意識していない。嘘だ。僕はまだ彼女を想う。それでも以前の初々しさはかけらもなく、それと同じくして彼女に積極的に関わることをやめた。

 彼女の用事、内容なんて聞きたくもない。興味はないし認めるのもいやだ。

 

 暗くなった静かな住宅街を見つめる。今頃新宿の喧騒が彼女の鼓膜を震わせているんだろうと、ただ夜風も夜の暗さも街の明かりも街の風もすべてを混ぜてしまいたい。

 きっと売れっ子なのだろう。

 

 

 







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