少女と魔王   作:原始人

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救いはどこ…ここ?


本能

 「名を聞いても?」

 

「…私がチト。こっちはユーリ」

 

自己紹介を済ませながらも、私の頭の中は、先ほどアマカスが投下した爆弾(ことば)でいっぱいだった。

 

――世界を滅ぼす。

 

その短い言葉に込められた意味は、途方もなく巨大である。

 

ずっと昔、まだ私とユーが小さくて、おじいさんがいて、他にもたくさんの人間がいた頃に読んだ本には、そういったことを言っている存在を描いたものもあった。

 

それは”空想”だと思っていた。

 

そんな馬鹿げたことを本気で言葉にする人間は、本の中にしか存在しないと思っていた。

 

けれど今、私の目の前にいるこの人は、そんな絵空事を為したと言う。

 

何かのたとえ話のような表現と、そう考えるのが自然なのだろう。

 

だけど――なんだろう、この言葉にできない感情は。

 

どうして私は、この人の言葉を否定できないのだろう。

 

どうして私は、黙っているのだろう。

 

どうして――アマカスがこんなにも恐ろしく感じるのだろう。

 

理屈では有り得ないと結論が出ているのに、私の中の”なにか”が警告している。

 

ありとあらゆる理屈や常識、知識を総動員しても絶対に抑え込めないこの思いは――

 

(……本能?)

 

たしかそう、こんな言葉で表す人間の性質。

 

誰もが生まれついて持っている、何かの行動へと駆り立てたり、あるいは何かを止めさせたりするもの。

 

そう――私の”本能”は、きっとこう言いたいのだ。

 

――今すぐ逃げろ。さもないと取り返しのつかないことになる。

 

「……っ」

 

だけど、私の”理性”がそれを止める。

 

私たちではおそらく、体の出来上がったアマカスからは逃げられない。だから逃走はもとより不可能で、無駄なのだと。

 

そして、何よりも――その”取り返しのつかないこと”を見てみたいという欲求。

 

そう、これが一番の理由だった。

 

おそらくこれは理屈や理性ではない。ユーだって、間違いなく同じことを考えている。

 

それは――やはり”本能”。それもおそらく、生存や逃走のためのものとは真逆の、破滅の願望。

 

”終わり”とか”区切り”を求める、自壊の衝動。

 

己が身を滅ぼすそれは、しかし”本能”と同類ゆえに抗いがたく、怖くてたまらないのになぜかどうしようもなく惹きつけられる。

 

「……ちーちゃん」

 

気づけば私は、隣にいるユーの手を握っていた。強く握ってしまったから少し驚いたユーは、だけどしっかりと握り返してくれた。

 

すっかり冷えてしまった私たちの手だったけど、それでも感じられるぬくもりに、少しだけ恐怖がやわらいだ気がした。

 

「――教えてくれ」

 

だから私は――断崖(アマカス)にむけて足を踏み出した。

 

「ここが、この都市の一番上なのか?」

 

アマカスは答えない。だから、もう一歩。

 

「ここには、あんた以外誰もいないのか?」

 

アマカスは、やはり答えない。だから……さらにもう一歩。

 

「…私たちは、これで正しかったのか?」

 

そう私が尋ねたときには、私たちはアマカスの目の前まで来ていた。

 

大人の男性としてもかなりの長身の彼を目の前にすると、自然と体が竦んでしまう。

 

私たちが見上げた視線の先で、アマカスが口を開いた。

 

「――正誤の判断など、誰にも出来ん。ゆえに俺は、あくまで事実を告げよう」

 

その声は、ぞっとするほどに冷たく聞こえた。

 

聞くな、と本能が最大の警鐘を鳴らしている。

 

聞きたい、と衝動がこれ以上ない欲求となってこみあげてくる。

 

二律背反の感情がせめぎ合い、そして共存する中で、とうとう”それ”は私たちのもとにやってきた。

 

「俺とお前たち以外に、この世界に人間はいない」

 

あくまでも淡々と、冷徹な声でアマカスは告げる。

 

「――そうだ。ここがこの都市の最も上にあたる場所。……これが、おまえたち二人が目指した旅の終点だ」

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

終末を告げるアマカスの言葉は、不思議と何の抵抗もなく私の中に入ってきた。

 

ああ、やっぱり――と、納得さえしてしまう自分がいた。

 

この場所にたどり着くまでに、私たちは何もかもを失った。

 

ずっと乗ってきた車両(ケッテンクラート)

 

ユーが肌身離さず持っていた銃。

 

私が好きだった本。

 

記憶であり記録でもあった日記。

 

そして――きっと今、この瞬間、私たちに残った最後の荷物が失われたのだ。

 

その荷物とは……多分、”希望”と呼ばれるもの。

 

目標とか、理由とか、いろいろ言い方はあるけど、要は今の今までずっと私たちの足を動かしていたもの。

 

それが失われたということは、私たちには、本当にもう何も残っていないということで。

 

「――そうか」

 

これが絶望。

 

これが死。

 

ああ、たしかにとても怖くて……そして、とても温かい。

 

「ちーちゃん」

 

ユーの手を離し、私はその場に座り込んだ。そうすると、何故かとても気が楽になった。

 

絶望と仲良くなる――かつてユーが使った表現だが、今の私を表すのにこれほど適した言葉はないだろう。

 

明確な答え(おわり)を自分自身で体験してしまえば、あとはそれを受け容れるだけでいい。

 

きっと私もユーも、とっくの前に気付いていた。その真実を、何度か告げられたこともあった。

 

私たちは、都市も世界も何もかもがとっくに死んでいることを分かっていた。

 

それでも上を目指したのは、それ以外にやることがなかったからだ。

 

止まっていれば死ぬ。それは嫌だ。

 

だから上へ。ここではないどこかへ。

 

ならば先に述べた”希望”なんてものは最初からなく、私たちが作り上げた虚構に過ぎなかったのだろう。

 

「……暗闇とは、死とは恐ろしいものだ。だからこそ人はそこに光を灯そうとした」

 

アマカスの言葉には、何かとても重いものがこもっていた。そして私たちは、ただ黙ってそれを聞いた。

 

「それが宗教――神であり、死後の世界という概念であり、人が死という最大の恐怖に抗うために作った道具だ。おまえたち二人も、旅の途中で見てきただろう?」

 

「…寺院」

 

「他にもたくさん、石像があったよね」

 

「そうだ。世の古今東西を問わず、神という道具は人の営みの中に存在した。そして俺は、それを生み出した人間というものが好きだったのだ。

苦難、試練、逆境――そういった壁を前にして、それを乗り越えんとする人間は、かくも美しく輝くのかと感嘆したよ。そして、そういった光を好ましいと思う心は、人間ならば誰でも持っている。おまえたちにも、覚えはあるはずだ」

 

「……ちーちゃん、人間って光るの?」

 

「馬鹿。例えだ」

 

アマカスの言わんとすることは分かる。私が読んだ本の中には、そういった内容のものもあった。

 

例えば冒険とか、何か”敵”を倒すとか、そういったもの。

 

「……何かをやろうと頑張っている人は、どことなく嬉しそうだったり、充実して見えるだろ」

 

「カナザワとか、イシイとか?」

 

「覚えてたのか」

 

意外だ。ユーのことだからもう忘れているとばかり思っていたけど、存外あの二人の印象は強いらしい。

 

「それこそが人間の美徳だ。だがそれは、立ち向かうべき壁がなければ、人間は生来持っているその美徳を捨ててしまうということでもある。……俺は、それが歯がゆくて仕方がなかった」

 

「高度に文明化された社会は、安寧という揺り籠を以て人を堕落せしめた。俺はそれを見ていられなかったのだ。だからこそ、俺は世界の敵となった。全ての人間に平等に試練と脅威を与える、魔王となったのだ」

 

魔王――つまり、人間にとっての脅威であり、打ち倒すべき敵。

 

そんなものになったのだと、アマカスは語る。

 

「だが」

 

アマカスが初めて、私たちから視線を逸らした。軍帽を目深にかぶり直したその様子は、まるで泣いているようだと思った。

 

「人は俺の齎した試練の中で、それに呑みこまれ消えていった。彼らが放った輝きは美しく、この上なく眩しいものだったが、それに見惚れているうちに、気づけば文明は崩壊していた」

 

「…は?」

 

あまりに信じられない内容に、私は思わず口を開けた。

 

だがそんな私にはお構いなしに、アマカスは訥々と言葉を紡ぐ。

 

「そしてその後の世界で、生き残った人間は俺という脅威から目を逸らした。

そうだ…試練を乗り越えるためにつかみ取ったはずの力を互いに向けて、彼らはさらに数を減らしていった。俺はここに至ってようやく気付いた。このままでは、人間が、俺の愛した輝きが滅ぶと」

 

「ゆえに俺は、人間から”夢”を――俺が誘い、彼らが手にした力を奪った。心苦しかったが、それでも全てが台無しになるよりは……とな。

だが、最早手遅れだった。”力”を失ってなお、人間は互いに争い続けた。そうする以外に、生きる道がなかったのだ。

――そうして、今ここに世界が滅びようとしている」

 

「その発端となったのは間違いなくこの俺だ。だからこそ俺は、最後まで人間を見届けなければならない。それが道理であり、今の俺に出来るたった一つの贖罪だからだ」

 

想像をはるかに超えた内容に、私もユーも言葉が出ない。アマカスが嘘を言っているようには見えないが、あまりにも現実感がなさすぎてど何を言えばいいのかわからない。

 

そんな私たちに、アマカスが顔を上げて再度視線を向ける。

 

「ゆえに――ただ一つだけ、おまえたちに問いたいのだ」

 

相変わらず笑っていて、それでいて泣きそうな表情だった。

 

「――おまえたちは、これからどうする?」

 

投げかけられた問いには、やはり現実感がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次で多分終わり。

甘粕を止められる人間がいない世界では、間違いなく甘粕によって人間は滅ぼされる(確信)
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