「ん~~……困っちまったな~」
エンゲーブから北東にある丘の上に位置している『チーグルの森』。その森に食糧泥棒と思われる聖獣チーグルの存在を探索しにきたディーであったが、その場に立ち尽くし空を仰いでいる。彼はただいま重大な問題に直面していた。そうそれは……。
「どこだよここ?」
絶賛、迷子中のディーなのである。
「ローズさんには任せろなんて言っちまったのにな~。チーグルもいない、出口も分からんじゃ話になんねよなあ……。ハアーー、仕方ねえもう少し歩いていればなんかあるだろ」
ディーは短く溜息をつき再び森の奥へと歩いていく。奥に行くにつれ陽の光は薄れ、薄暗くなる森。気温も下がり肌寒くなっていくなか、ディーは唐突に歩みを止め辺りを見渡すと先ほどよりも長い溜息をつくと腰の二本の剣の柄に手を置く。
「おら、出て来いよ」
ディーの呼びかけに答えるように木の間や草むらから何十匹もの魔物がディーを取り囲むように現れた。
現れた魔物達の姿を見たディーは、一瞬驚いたような表情をしたがすぐに獰猛な笑みへと変えるディー。
「ライガル……か。ここら辺の森には生息してないはずなんだがな……。ここ最近のことを考えるとこいつらが関係しているのは確実か」
魔獣ライガル達は威嚇するかのように殺気立ちディーを睨みつけている。だがどこ吹く風といった感じで冷静にライガル達を見渡すディー。その様子に更に威嚇を強めるライガル達はすぐにでもディーに飛びかかりそうだ。
「グルルルルルルーー」
「グルルじゃねーよ。俺はいまお前らとじゃれてる暇はねーんだは。」
腰の剣の柄に手を置きながら森の奥へと踏み出すと、ライガル達はディーを遮るように立ちはだかる。
「なるほど。その先には行かせたくないわけね」
「ガウッ!!」
剣を抜き両手に一本ずつ構え、剣先をライガル達に向けたディーはライガル達に喋りかけはじめた。
「てめえらにも譲れねえもんがあんだろうが、俺にも仕事があるんでなあ。それに個人的にだが森ってとこはあんま好きじゃねえんだよ。……特にこういう薄暗くて、ジメジメしたところはダメでよ。ちょっぴし機嫌が悪いんだは。--だからよ目の前から居なくなるならなんもしねえが、邪魔するなら叩き斬ってやるからよ……だから」
より一層深い笑みを浮かべ。
「掛ってこいや」
ライガル達がディーの言葉を理解できたと思えないが、本能的に理解したのだろう。ディーの言葉によって我慢していたものが枷が外れたようにディーへと飛びかかった。それを迎えうつようにディーは剣を振う。そして……。
薄暗い森に肉を裂く音とともに、一陣の突風が舞った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ディーがチーグルの森に入ってから数時間後、森の中に二人組の男女が歩いていた。男のほうは一目で高級品だと分かる衣服を身に着け、腰まで伸びた赤い髪が特徴的な男で正にお坊ちゃまといった風だろう。そしてその男の少し後ろをついてくる女もまた腰まで伸びた美しい髪と、凛とした空気を身に纏う綺麗な女性だ。
「オイッ!早く来いよ!」
「そんなに急がなくても大丈夫よルーク」
「そんなこと言って、チーグルが犯人って証拠が無くなったどうすんだよ!そん時はティア!お前が責任とれよ!」
赤髪の青年―—ルークはさっさと行くぞと鼻息も荒く、ズンズンと森の奥に進んでいく。その様子にティアは額を抑えながら短い溜息をつきルークの背を追いながら何故こんなことになったのかを考えていた。
思い起こせば事の発端は昨日まで遡る。とある事情によりキムラスカ王国からマルクト帝国へと飛ばされたルークとティア。なんとか馬車に乗りキムラスカの国境を越えようとした時、運悪くも盗賊団を追っていたマルクト軍の戦艦により国境に向かうための橋を落とされてしまい、近くにあった村エンゲーブに立ち寄った時に数々の問題が発生したのだ。……いや、発生したのではなくルークが起こしたが正解なのだが。
(だいたいお金の払い方を知らないなんて……貴族ってみんなこうなのかしら?)
エンゲーブの村に入ってすぐ、店の果物を勝手に食べてしまったルークはそこから村人たちと言い合いになり最近頻繁に発生している食糧泥棒に間違えられてしまった。まあなんとか誤解が解けたのだが、それでは|わがまま坊ちゃん≪ルーク≫の気は晴れず、今日こうして犯人捜しにチーグルの森へとやって来ているのだが。
「おいティア足元気を付けろよ」
「分かってるわ」
ルークの言葉に心ここにあらずといった感じで答えていたティアだったが。
(それよりも早くこの森から離れないと…………ツ!!)
考えことをしていた次の瞬間、足を滑らせ前のめりに倒れるティア。いつもならこんな失態は起こさないのだが、考え事をしていたティアは反応が遅れそのまま倒れていく。
地面にぶつかる衝撃に備え目を閉じたが。
ポスン
(痛く……ない?)
固い衝撃ではなく柔らかい感触を不思議に思い、閉じていた目を薄く開くとそこには。
「ルー……ク?」
「たく……足元に気いつけろっていっただろうが。鈍くせな」
「あ、ありがと」
どうやらルークがティアを庇ってくれたようだ。庇われたティア本人は少しの間茫然としていたが、自分が抱きしめられるようにルークの腕の中にいることに気づいたのか、頬を少し赤く染めながらルークから離れるティア。その様子に「変な奴」といって訝しげに見つめるルークがいた。
暫くしてどうにか気を落ち着かせたティアは先ほど足を滑らせた地面を見るとそこには赤黒い染みが出来ていた。
「これは……血?」
「血って、んなもんがなんでって……うわっ!!」
ルークの奇声に驚いたティアが辺りを見渡すとそこには。
「なに……これ」
二人の目の前に広がる景色それは、切り刻まれ物言わぬ肉塊となって果てている魔獣ライガルたちの夥しい数の死体が転がっている。恐る恐る近づく二人は、死体の様子を観察している。
「んだよコレ……そんなに強え魔物でもいんのかこの森」
「いえ、これは魔物仕業じゃないわ。人の手によるもの……それもかなりの手練れよ、それも兄さんと同等の腕をしているかも知れないわ」
「そ、そうかよ……って、おまえ兄貴が居んのかよ!!」
「その話しは後、今はこの先に進むのが先決でしょ」
「お、おう」
ティアは踵を返し、今度はルークを置いていくように森の奥へと歩いていく。そしてそれに続くようにルークも歩き出したのだった。
そしてライガル達を切り刻んだ当の本人ディーはというと……。
「だから…………ココ何処なんだよーーッ!!」
まだまだ迷子中のディーであった。
チーグルの森でディーは赤い青年と美しい少女。そして死霊使いと邂逅する。
この出会いは果たして偶然なのか、はたまた必然か
次回
『獣の慟哭』
獣の咆哮を風が切り裂く