そろそろ7月にでも入ろうとしている今日この頃。梅雨から開けようか、開けまいかで天気が悩んでいるようで、焦れったくも湿っぽい空気のどんより曇りな毎日だったが、ここに来て姉のてるてる坊主と神樹様への礼拝より想いがこもっていそうな「晴れますように」という祈りが通じたのか雲一つない快晴を記録した。そこまで楽しみだったのか。少し恥ずかしいぞ。
「楽しみだね、ゆうくん!」
「たかが商店街行くだけだろ?なんでそこまで楽しみに出来るんだよ」
「だってゆうくんとお出かけするの久々だもん。そりゃあ嬉しいよ!」
「ん、そっか」
そんなに純粋な好意の笑顔で言われてしまうと、恥ずかしくなってぶっきらぼうに答えてしまう。そんな俺に気付いたのか更に笑顔を満開させる姉。やめろ、恥ずかしがってるのを楽しまないでくれよお願いだからさぁ......。
「あんまり人の事を揶揄ってると朝メシ抜きだぞ」
「わー!ごめんゆうくん!」
「まったく......」
そう言いながらもとっくの昔に姉の分の朝メシの準備はしてある。俺も甘いな。姉だし、しょうがないか。
今日のメニューはトースト、目玉焼き、ウィンナーとベーコンだ。トーストはトースターに突っ込んだし、ウィンナーとベーコンはすでに出来上がっている。
「おっ?」
目玉焼きを焼いている俺の頭の上に急に重量がかかる。まぁこういう唐突に頭の上に現れる存在は1匹しか居ない。
「お前も朝飯が欲しいみてぇだな牛鬼?」
俺の頭に乗っていた存在を指でつまみ上げて目の前に持ってくる。ピンク色をしたつぶらな瞳の牛......牛?に角と羽根を生やしたかのような存在だ。よく分からんけど勇者システムについて来た式神らしい。この牛鬼に限っては姉の指示なしにこうして飛び出てくるのだ。
「ゆうくんごめんね、牛鬼が迷惑掛けちゃって」
「いいよ、こいつにもメシ食わせる予定だったし。よし、お座り」
こいつとの生活も2ヶ月も経てば「ただのペットだな」となるもので、今では牛鬼に対して『お座り』と『待て』の芸は仕込んだ。仕込むのには苦労したが、一切のおやつと餌を与えなければ流石に言うことを聞くようになった。姉には「犬や猫じゃないんだよ!牛鬼は、こう......凄いんだよ!」と言われたけど説明があまりにも下手で雑だったのでスルーした。俺にとってはただのペットなんだよな。
「よーし、いい子だ。待てよ、まだだぞ」
お座り、というより寝転がった牛鬼に、牛鬼用に別に焼いていたベーコンを山盛り乗せてやる。こいつ大食いだからベーコン1枚だけだと俺の指まで食べようとしてくるからな。食い意地だけはパイセンみたいだ。
「よし、いいぞ」
10秒間の待てが出来たので食べていいぞと牛鬼の待てを解く。そうすると異様なまでの機敏さでベーコンの山に食らいつく牛鬼。美味いようで何よりだ。さて、俺たちも朝メシとしようか。
「お待ちどうさま姉貴」
「わーい!いただきまーす!」
テーブルに待ち構えていた姉の前に作った朝メシを置くと、待ってましたと言わんばかりに焼き立てあつあつのトーストにマーガリンを塗っていく姉貴。俺も自分の分を席において食べ始める。ちなみに俺はジャム派。今日は気分的にマーマレードにした。目玉焼きは半熟。姉は固めだ。食の好物に関しては姉弟で割と違いがあったりする。二卵性双生児だからかどうかまでは知らないが。
「ゆうくん、 ブラックコーヒーなんてよく飲めるよね。私は苦くて無理だよー」
「んー。確かに苦いけど個人的には朝には飲まないと1日が始まらない気がしてなぁ...」
コーヒーを飲めるか否かも姉と俺で違いがある。飲めるから、飲めないからで言い合いはしないのだが、姉としては俺が食べる、飲める物は食べてみたいし飲んでみたいらしい。今まで幾度となくブラックコーヒーに挑戦している姉だが、全戦全敗である。こういうところは頑固なので、諦めようとはしないのが姉らしい。
「飲めなくてもいいと思うけどなぁ」
「私は飲みたいんだよ!というわけでゆうくん!」
「ハイハイ......」
「というわけで」とは「ブラックコーヒー淹れて!」の意である。なので俺は溜息を零しながらキッチンにあるコーヒーポットから先程淹れたコーヒーを姉のマグカップに注いでやり、姉に持って行ってやった。
まぁ、結果は見えていたのだがやっぱり「苦くて飲めないよー......」ということで俺が姉の分も飲むことになったのだった。
♦︎
暑くなって来た空気の中、俺たちは商店街を歩いていた。休日の午前中ということもあり、商店街は割と人が居た。
「おーう、結城さんとこの姉弟じゃねぇか!2人揃って歩いてんのは珍しいなァ!」
そんな俺たちに声をかけるのは商店街の人達だ。話しかけて来る人達と時に立ち止まりり、俺たちは世間話をしながら商店街を歩く。
「おう勇祐坊主!今日は良い魚入ってんぞ!」
「買い物はするけど食材は後で買いに来るわ。今日のメインは姉貴の買い物なんだよ」
魚屋のおっちゃんにオススメの魚を教えられるがまだ先に買い物があるから後だ。
「友奈ちゃん!こないだありがとうなぁ、勇者部の皆にもお礼言っといてくれや。ほい、コロッケ」
「こらあんた!こんなあっちぃのにコロッケ渡す奴があるかい!ほれ2人とも、アイスあげるから食っていきな!」
「わーい!ありがとうございます!」
肉屋の夫婦にはコロッケとアイスを貰って店先の椅子に座って食べさせてもらったりした。
「おう仲良し姉弟じゃねぇか!揃うのは久々だな!」
「皆からそう言われるんだけど、そんなに久々だったっけ?」
「なに言ってんだよ坊主、中学に入学してからは覚えてる限りだとねぇぞ?」
八百屋のおっさんにそう言われてそうだったっけ、と考える。姉が「ゆうくん忘れっぽいよね。この間も宿題をやってあるのに家に忘れたりするし」と言われてやはり忘れているだけなんだな、と思うことにした。というか後半は言わなくても良かっただろ。俺を辱めるつもりか、この不特定多数がいる商店街で。八百屋のおっさんにも笑われたじゃねぇか。
「ったく...勘弁してくれよな......」
「あはは、ごめんごめん。つい楽しくって」
当初の目的地である服屋に向かいながら俺はげっそりとしていた。あの後も結局他の商店街の人たちからもからかわれて散々な目にあった。いつのまにか俺は弄られキャラになっていたらしい。まぁ、今更だなと一瞬でも考えてしまったのがなんとも負けたような気持ちになる。
「いらっしゃい......おや、友奈ちゃんに勇祐君じゃないか。珍しいね」
「あ〜お店の中涼しい〜」
商店街にある服屋さんは、以前から俺と姉の洋服を買う際に重宝している店だ。こじんまりとしているが、カジュアルな服装で俺と姉の好みをグッと抑えてくれている。デザインはこの店の店長のお兄さんらしい。
「今日はよく晴れてて暑いからね。服を見ていくんだろう?麦茶でも出すよ」
「すんません店長。気を使わせちゃって」
「ははは、いいさこれぐらい。私も暇だったしね」
店内の冷房で涼を取っている姉を見て店長さんが俺たち2人分の麦茶を入れてくれた。商店街に来てから貰ってばかりだな。それもこれも姉の人望と無敵コミュ力故か。有難がっておこう。
「店長さん、ありがとうございます。ん〜冷たくて美味しい〜」
「いつもみたいに自由に見て回ってくれてもいいんだけど、実は君達向けに1着作っちゃったんだ。見てみるかい?」
とんでもない発言が店長の口から飛んできた。俺達向けってつまり俺と姉の為に作ったって言ってるようなもんだろ......?正気か店長。
「ついつい手が滑ってね。ほら、友奈ちゃんにはこれ。半袖パーカーだけど服の下の方を桜色で染色したんだ」
店長が広げたパーカー。桜色に染色された涼しげな生地。さらに、背中には白く桜の花が模られていた。確かに、姉向けの服だろう。
「勇祐くんも、ほら。素材は同じパーカーだけど、こっちは藍染めで、春の夜をイメージしたよ」
対して俺のパーカーは姉のパーカーと同じ素材だが、全体的に濃い藍色で星空のように白い桜の花びらが模られている。
「おぉ〜......すっごい......」
確かに姉のように「すごい」の一言しか出てこないだろう。これを俺たちのために作ったというのだから凄まじいの一言だ。
「押し売りみたいになっちゃったから材料費だけでいいよ。どうだい?」
「おっ...お安い......。本当にこのお値段でいいんですか......?」
「あぁ、いいとも」
値段も、どう考えても安い。更にデザインもいい。そうとなれば、あとは決まったようなものなのだが......。
「ゆうくん......買っても、いい?」
姉の懇願する瞳。別に決定権が俺にあるわけではないので、この場合は「お揃いの服を一緒に着たいから買ってもいいか?」だろう。店長がここまで作ってくれたのだから、俺としては買わないという選択肢はないんだけどな。
「いいよ姉貴」
「やったー!ゆうくんありがとう!じゃあ店長さん、包んでください!」
「まいどあり。悪いね、買ってもらっちゃって」
俺と姉貴、2人で気に入ったから買ったんだ。不満はどこにもない。
俺たちは折り畳まれたパーカーが入った紙袋を手に店を後にした。
店を出て、商店街をウィンドウショッピングしていればそろそろ昼時。
俺の行きつけの喫茶店があるので昼メシはそこで食べる事にした。
ここの喫茶店のマスターは口が少ない。いつも競馬新聞を読んでいる。店内も暗いし外のショーウィンドウに至っては埃が積もっていたりする。しかしコーヒーと料理が格別に美味いのだ。
「おっちゃん、ランチAセット。ドリンクはアイスコーヒーで」
「私はナポリタンとオレンジジュースで!」
俺はいわゆる「いつもの」を頼む。半年ほど前からこの喫茶店で食事をする時はいつもこれだ。マスターはこちらをチラリと見て、仏頂面でキッチンに消えていく。
「そういえば、ゆうくんの買い物残念だったね...」
「ギターの弦をそろそろ買おうかと思ってたら臨時休業だもんなぁ。夏だしサーフィン行ってくる!つって」
「お休みは必要だからしょうがないよ」
「どうせ平日は暇なんだろうし、平日に行きゃあいいのになぁ」
俺はといえば目当てのギター用の替え弦を売っている店が臨時休業で買えず仕舞いだった。
今すぐ必要ではないのだが、目的が達成できないとモヤモヤしてしまう。
「じゃあこの後どうする?」
「メシ食ったらとっとと買い物済ませちまおう。暑くて外を出歩く気になれんし」
「あはは、そうだね。じゃあご飯食べたらここでちょっと休憩しよっか」
「賛成。そうしよう」
そういうことになった。
♦︎
「楽しかったねゆうくん!」
「あぁ、そうだな」
「また来ようね!」
「うん、また...だな。今度は出来れば涼しくなってから行こう。暑いのは苦手だ」
「あはは、そうだね。でも、普段の買い物なら一緒に行ってもいいでしょ?」
「そうは言っても姉貴は勇者部の活動があるだろ?いつ行くんだよ」
午後3時。ちょうど太陽の照りつけが一番強くなる頃に俺たちは家に帰ってきた。まだ夏本番ではないとはいえ、ジメジメした暑さは耐え難い。家の中はヒンヤリとしていて助かった。そろそろエアコンの準備もしないとなぁ。
「あ、合間を縫えば!」
「そこまでして行くもんでもないだろうに」
そこまで言うと涙目で机に突っ伏す姉。一々表現が大袈裟だ。ただ買い物に行くだけだろうに。牛鬼もなにか言ってやれ、と思ったがペットが喋れる筈もない。取り敢えずビーフジャーキーをおやつ代わりに与えておいた。
「今度絶対に一緒に買い物行くからさ、それで勘弁してくれよ」
姉の目の前に氷を入れた麦茶のコップを差し出す。ひとまずはこの約束でどうにか満足してもらおう。
「絶対!ぜーったいだからね!」
「おう、忘れねぇって」
「指切りしよ指切り!」
「子供かっての...しょうがねぇなぁ」
俺の顔が半分ぐらい笑っているな、と感じながら姉と指切りをする。
「ゆーびきりげーんまん。嘘ついたら正拳突きで百発なーぐる!」
「いや物騒だな」
「これぐらいしなきゃゆうくん忘れそうだから!ゆーびきった!」
こうも幸せそうな姉の顔を見たら、忘れようとしても忘れられねぇよなぁ。
「指切りもしたし、ゆうくん!ギター弾いて!」
「ちょっと休ませてくれよなぁ」
「じゃあ一休みしてからね!」
「はいはい、分かった分かった」
俺のギターのファン第1号様からのご依頼だ。無下に断る事も出来ない。俺の分の麦茶を飲んで、一休みしたら一曲、弾くかな。