「白面様ー?起きてくださいませー」
翌日、見知らぬ声とドアのノックの音で目を覚ました俺は寝ぼけ眼で仮面を付けた。寝間着のジャージが一瞬で装束に変わる。
眠気が覚めるかと思っていたがそうでもないみたいだ。残念。
「どちら様ですか......?いやほんとにどちら様だ?」
待たせるわけにもいかないのでとっととベッドから出てドアを開けた。知らない声だなぁと寝ぼけた頭で考えながらドアを開けると、本当に知らない巫女装束の女の子が笑顔で立っていた。
「申し遅れました。私、国土亜耶と申します。朝食の準備が出来ておりますので食堂までお越しください」
「お、おう。分かった」
「では、お待ちしておりますので」
ペコリと頭を下げて去っていく巫女にしどろもどろに返事をしてただ呆然と背中を見守る俺。今まで見た事がなかったどころか紹介すらされなかった子だ。
と、なればそもそも俺との接触が控えられていた存在ではないのか?と勘繰る。
「......そんな子がなんで俺を起こしにきたんだ?」
取り敢えず今の俺には判断できない事案だっただけに、思考を放棄して俺はひとまず食堂へと降りる事にした。
「今回の作戦は結界外の調査です。主に地形と土壌を調査をしてもらいます」
食堂でマジで出てきたゼリー飲料を文句を言いながら食った後、俺たちは展望台に集められた。どうやら遂に結界外調査を開始するようだ。作戦の決行を伝えられた俺たちは、防人達のまとめ役である女性神官から作戦の説明を受けていた。
......もしかして、これから全部ゼリー飲料はないよな?贅沢言えない身分とはいえしんどいぞ。
くっそ、春信さんに文句言ってやる。
「ねぇ、聞いているのですか白面さん?」
壁に背中を預けて考え事をしていたら近くにいた弥勒夕海子に話しかけられた。確か、楠をライバル視してるエセお嬢様だったか?加賀城曰く設定らしくていつも揶揄っているらしいが......。まぁ、大目に見て仕草は鷲尾時代の東郷っぽいとは言っておく。
「ん...あぁ。一応聞いてるよ。ただ俺はオブザーバーだぜ?」
「それでも作戦はしっかりと聞くべきですのよ?」
「.......そうだな。弥勒の言う通りだ」
押し問答が始まりそうなので先にこちらが折れておいた。プライドが高いのは知っているから、変に話が続いてキレられたらたまったもんじゃないし。
こういうところも、俺ってここ数ヶ月で丸くなったよなぁ。
「......では、続いてこの作戦の副次目標について、白面様からの御説明があります」
女性神官が俺を促す。お前の用事なんだからお前が説明しろ、という事なのだろう。言葉の端に少し怒気が篭っていた気もするが......十中八九、園子達の件だろう。大赦の人間なら俺を恨んでいてもおかしくはないし。
「んじゃあ、俺から説明する。といっても簡単だ。周りをよく観察してくれ。で、人型の存在を探して欲しい。索敵ついで、でいいから探してみてくれ。あくまで副次目標であって必ず達成しなきゃいけないもんでもない。これについては気楽にやってくれ。主任務と自分たちの命が最優先だからな」
前に出た俺は一先ず概要を説明した。タタリに触れない範囲だとこの程度しか話せない。そもそも俺も詳細を思い出さないようにしてるんだからあまり話せない、というのもあるのだが。
そればかりを気にして怪我をしたり命を落としたりしても困る。
「質問、良いですか?」
「いいぞ楠」
「人型の存在の詳細があれば教えていただけますか?」
「現状では不明。人型、としか分かっていない」
「二足歩行のバーテックスも、ですか?」
「現在はジェミニバーテックスしか確認されていないが、ジェミニを含めて全て俺に報告してくれ。通信機は俺も持って行くから離れていても報告出来るからな」
ありがとうございます、と楠の質問が終わり、続いて弥勒が手を挙げた。
「オブザーバー、という事ですが実際に戦わないという事でよろしくて?」
「弥勒は俺に手伝って欲しいのか?いいぜ、お前らの仕事全部掻っ攫うけど?」
「むしろ邪魔になるから聞いたのですわ?」
ほぉ、言うじゃん。まぁ最初っから手伝う気も無かったけど。だけど「言い返してやったぜ!ドヤ!」って顔はムカつく。楠に言いつけてキツイ訓練でもやらせるか。
「と、いうわけだ。お前達の仕事は基本的に手伝わない。俺は俺のやる事があるからな」
そこまで言って、一呼吸置く。今まで訓練で出していたような雰囲気をガラッと変えて真面目に話す。
「だが助けを呼ぶことを戸惑うな。俺も揶揄いやしねぇよ。先ずは自分の命だ。それをしっかり肝に銘じとけ」
俺の嘘偽りない本音。誰一人として天の神に関わって死んで欲しくないという願いと、32人全員を助けられるという自負。
そして今までの訓練で見せてきた、衰えはしたが防人達を圧倒出来る力。
それらがあるからこそ言える言葉だ。伊達に訓練で無理矢理に流星を使いまくってトイレに血反吐を吐いていない。
俺もこいつらに死んでほしくないから言う。一歩一歩、俺が勇者部の味方でありたいという想いを叶える為に、まずは楠が掲げる「全員生還」の目標を俺も手伝いたい。だからこそ要請がなくとも助けに行くつもりだ。
「他に質問がなければ、あとは楠に任せる。良いか?」
俺の説明も済んだのであとは楠の任せる。偉ぶるのも大概にしとかないと後で痛い目を見るのは既に東郷の一件で実証済みだからな。
♦︎
「白面様。少々よろしいでしょうか?」
作戦会議が終わり、防人たちが出撃の準備を進めている中、朝に俺を起こしてくれた巫女の少女が声を掛けてきた。
「......確か、国土亜耶さん...だったか?」
「さん付けなど要りませんよ。亜耶とでもお呼びください」
「随分と下手に出るな......大赦から俺の事どう聞いているんだ?」
「世界すら滅ぼせるだけの力がある、恐ろしい方...と」
「流石にそこまではないんだよなぁ......」
事実に尾鰭が付いてるなぁ、と思ったが勇者バリアすら貫けるパイルバンカーを右手に吊り下げている以上それもそうか、と納得してしまう。実際に貫いた事はないし、やる気もさらさらない。
「そうなのですか......?」
「怯えなくてもいいぞ、と言いたいけどいっつもこの仮面でのっぺらぼうだもんなぁ。俺も偶に鏡見てビビるよ」
「えっと......」
「そうじゃないってか?安心しろとも言えないけど俺は楠たちの敵じゃねぇよ。大赦は俺を敵認定してるみたいだけどな。って、それが問題か。悪いな、敵がこんなとこに居て」
巫女は神樹の神託を受けることが出来る存在。その為、徹底的に大赦によって管理され、教育されているのだろう。そして彼女は防人たちと共に暮らす特別な巫女だ。そんな彼女だからこそ俺が防人たちに何かしないか、と心配なのだろう。
「その...すみません。芽吹先輩たちから話は伺っていたのですが......」
「ん......。神官か何かに『警戒しろ』とでも言われたか?」
「はい......」
あっこの娘、嘘をつけないんだな。表情にも出てるわ。しゅん...と気落ちしてる姿が樹を彷彿とさせて保護欲を駆り立てる。
この娘はからかえない。優しくしよう。
「実は、その...白面様宛に神託が下りまして......内容の意味は私にも分かりかねるのですが....大赦からは教えるな、と言われまして」
「神樹が俺に?嫌な予感しかしないけど...国土が言いたくないなら言わなくていいんだぞ?」
「いえ、そういう訳にはまいりませんので......。えっと、よろしいですか?」
「おう、いいぞ」
「それでは......『思い出せ』......と、いうことでした」
『思い出せ』?俺にこれ以上何を思い出せって言うんだ?
よく分からない。
俺が過去何をしてきたのか、なぜこんな仮面を被っているのか。全部思い出した。俺が探そうとしている人物も俺がわざと『思い出そうとしていない』だけで......。
ん?何か...違和感がある......?
「あの、何か分かりましたか?」
「あ、あぁ............まぁ...少しだけ。ありがとな」
違和感を感じたけど特に必要ないと判断して切り替える。不安げな国土にお礼を言うと彼女の顔も少しは笑顔に染まる。やっぱ笑ってる方がいいな。
「白面様も、聞いていたよりお優しい方なのですね」
「様付けはいらないぜ?なんかムズムズするし。......どう聞いてたのか大体想像付くけど......酷い言われようだったんだろうな」
大赦にしろ防人にしろ、碌な言われ方していないとは判っている。判ってはいるが...なんというかモニョるというか。
「大丈夫ですよ。白面さ...んはお優しい方ですから分かってもらえます」
「うーん、ちょっと惜しい。ま、せめて防人の評判は上げてくるとするよ」
「皆さんの御無事を祈願しております。どうかお怪我などされぬように......」
国土が祈るように手を前に組む姿を見送り、防人たちの元へ向かう。
出撃準備が整った防人たちが揃っていた。
俺も遅れないようにその集団に着いていく。
「行きましょう。今回も全員生還するわよ!」
楠の号令に合わせ、防人達が出撃していく。
その後ろから俺が付いていき、そのまま一気に結界の外へと飛び出た。
------そして、そこは地獄に相応しい場所だった。
俺自身、初めて見た筈だが天の神からの知識があったからかあまり驚くことはなかった。だが防人達は違うようで、この炎に包まれた地面と空に無数に浮かぶ星屑たちに圧倒されていた。
「岡山と呼ばれた場所まで移動する!全員、全周警戒陣!」
防人たちは訓練通りに陣形を組み、予定通りに進んでいく。俺も予定通りの行動を開始する。
「楠!俺は予定通りお前達の周囲で索敵する。誤射はやめて欲しいが遠慮するな。俺にはどうせ当たらん!」
「言ったわね!全員、白面を狙ってもいいわよ!当てたらスイーツを奢るわ!」
もちろん、防人の視界が届く範囲かつ、銃剣が放つ弾丸の射程外で俺は行動する予定なので攻撃は当たるはずがない。の、だが......スイーツの単語に目を煌めかせる防人たちを見ると本気で俺に当てて来そうで怖い。
止めろよ?冗談でも下手なとこに一発でも当たれば俺は恐らく死ぬからな?
「冗談はそこまでだ!前方から星屑の大群が来るぞ!」
「メブ!来た来た来たよぉぉ!!」
「まだ目標地点の半分も到達していませんわ!?」
「慌てないで!速度を落としながら星屑を迎撃!あのクソッタレの仮面野郎にやられ続けた訓練の日々を思い出すのよ!」
「「「おおおおおぉぉ!!」」」
元気があって何より。士気も旺盛だから星屑相手なら助けも要らないな。
本来の反抗作戦での役割を考えれば、防人たちは星屑の迎撃はおろか、バーテックスをある程度撃退出来なきゃいけない。その為にはもっと強くなってもらって、更に装備の質も底上げする必要がある。
もっとも、裏の役目は恐らく捨て駒なのだろうが......。
「そんなこと、させる気などない」
それは俺と楠の共通の想い。
本当なら防人も勇者も、そして他の人達も巻き込む気なんてなかった。
でも俺には力がない。天の神に抗う力が。
だから、銀を殺してしまった。
だから、東郷と園子の人生を滅茶苦茶にしてしまった。
だから、姉達に満開を使わせてしまった。
これ以上、犠牲を増やしたくない。
その為には助けが必要だ。
春信さん然り、防人たち然り。
これが俺の新たな第一歩。天の神に反逆する、最初のダイスロール。出た目は分からないが、進む先にあるマスは単純だ。『生』か『死』。
もちろん、『死』のマスに止まる気など毛頭ない。
楠たち防人は、この戦いを生存競争と呼んでいた。自分が誰よりも勇者として相応しい存在になる為に、他の防人たちと競い合うのだと。
そして、この戦いは神と人の生存権を賭けた競争であると。
「邪魔ァ!」
向かってきた星屑を殴り飛ばし、周囲にいた数十体の星屑を衝撃波で巻き込みながら屠る。俺にとって星屑なんて相手にならない。だが今の防人達では十分な脅威となる。少しでも数を減らせば、その分彼女達の生存率も上がる。
俺が身を削るだけでいいんだ。安いもんだ。
「もうちょい減らすか。いくらほぼ無尽蔵に湧いて出てくるとはいえ、俺にとっても鬱陶しい訳だし」
なんといっても、索敵に邪魔なんだ。本当に邪魔。俺にとっては蝿以下の強さしかない星屑共でも数が揃って蠢くと気持ち悪さしかない。
「とにかくさっさと掃除しないと」
うだうだとしている時間もない。防人たちが岡山に辿り着けばタイムアップで、防人達と共に帰らねばならない。
理由は色々あるが、相互監視が一番の理由だ。俺は防人たちを観察して、課題点を洗い出す。防人たちは俺が逃げ出さないかを監視するのだ。ちなみに逃げ出したら姉が不幸な事故に遭う...らしい。
ふざけんなよ大赦。
と、言いたいのだが...それを春信さんに言い出したの姉なんだよなぁ......怒るに怒れない。なんでわざわざ自分から人質になるんだよほんとに...。
♦︎
「つ、疲れたぁ〜!」
「みんなお疲れ!重傷者の報告は聞いていないけどもし痛みが出てきたのなら速やかに報告すること!」
「くっ......流石は私の好敵手ですわね.........!」
「はいはい、弥勒さんも頬に擦り傷があるから洗って消毒するように。各人はバイタルチェックが終わり次第報告して!」
結局俺の収穫は何もなく、タイムアップで帰ってきた。まぁ、俺の用事は1回や2回どころで見つかるとは思っていないのであまり焦ってはいないが......。さっさとそれなりの情報でも掴むか何かしないとな。園子のやつが勇者システムを使えなくなった今、大赦に不要処分を下されても面白くない。
別に俺には園子に良い思い出はないが、それでも須美と銀の親友だったんだ。須美にごめんなさいさせるまで、死なせる訳にはいかない。
「どうすっかなぁ......」
「どうかされましたか?」
「ん......国土か。いや、なんでもないよ」
流石に人に愚痴る訳にもいかん。
「そうですか......お役に立てそうであれば、是非仰ってくださいね?」
「......おう、その時は頼むわ」
俺の問題...だからな。勇者部どころか全く関係ない国土は巻き込めない。
「相談事があれば、芽吹先輩も乗ってくださいますからね?」
「なんですの?貴方も悩むなんて事があるのですわね?」
「弥勒か......。そりゃあ、俺だってつい最近まで普通の生活してたんだぜ?悩みの1つや2つはあるさ」
怪我でもしたのか、頬に絆創膏を貼った弥勒がやってくる。
「もしかしてその悩みの憂さ晴らしを私達にしていませんこと?」
「......ノーコメント」
「......だから鬼畜だの鬼だの言われるんですのよ?」
「いいんだよ別に。元より言われるつもりなんだし、それより怪我したのか弥勒?」
「破片が頬を掠めただけですわ。他に怪我など、弥勒家の末裔たる私にとってありえませんわ!」
そう......。と無関心な回答しか出来ない。弥勒家って言われても一般人には馴染みが無さすぎる。園子の実家でさえ「大赦のお偉いさんなんだ。へーっ」っていう感想だったんだぞ当時。
「というか弥勒家ってどんな家なんだよ。庶民にはよく分からんのだが」
「よくぞ聞いてくれましたわ!!我が弥勒家の歴史は古くは西暦の時代から!私が出版したこの本に全てが載っておりますわ!」
何処からともなく辞書ぐらいの厚さの本をドン、と手渡される。なんだこれ。須美が俺に投げて寄越した堅っ苦しい論文口調の小説並みの重量感だぞ。どこに仕舞ってたんだお前。
「さぁ!その本を教科書にして弥勒家の話をしてあげますわ!」
おい、引っ張るな!俺をどこに連れて行くんだよ!待てって、おい!楠、助けて!こいつ結構力が強いんだ!目を逸らすな!見捨てないで!ねぇ!他の奴らも......助けてくれねぇよな!畜生!
勇祐
見覚えのない子に起こされ、怯えられ、距離を測りかねる。防人に対しては割とサバサバしている。食事はゼリー飲料。ストローぶっ刺してちゅーちゅー吸う様はまるで昆虫。学名ユウスケムシモドキ。
この後5時間ほど弥勒家について解説された。物覚えは良い方なので粗方のあらましは覚えてしまったらしい。明日、弥勒夕海子にしか使えない無駄知識を会得した。
亜耶ちゃん
大天使アヤエル。でもユウスケムシモドキは少し怖い。たぶんそのうち慣れる。連れて行かれる勇祐を笑顔で見送った彼女も、弥勒家講座の被害者。なお本人は喜んで聞いていた。
芽吹
全員生還させる為に日々努力。使えるものは得体の知れない仮面野郎でも使う。勇祐の素顔はちょっと見てみたい。弥勒家講座は雀と共に受講して途中で寝た。
雀
ちゅんちゅんとは鳴かず、今日もメブゥ!と元気良く泣く。誤字ではない。勇祐には殆ど近寄らないし関わらない。それが彼女流。でも訓練で逃げ出すともっと怖いのは実体験済みなのでガタガタ震えながらも訓練に参加する。
プロットを大幅に修正していて投稿が遅れました。年度末に差し掛かっているので暫く投稿が滞る場合もありますが決して最近ゆずソフトにハマりだしたとかそういう訳ではなくてですね(以下略)