「護盾隊構え!国土亜耶を中心に展開!銃剣隊は銃撃に暇を作らないで!」
壁の外。そこは防人達32人と巫女である亜耶がとある任務の為に、バーテックスとの生存競争の真っ最中であった。
「目的地に到着ですわ!」
「皆!ここからが正念場よ!調査が完了するまで国土亜耶を命を掛けて守りきるわ!全員、気合いを入れて!」
芽吹の声に31人の防人が声を張り上げて答える。
「しかし本当に花が咲いてやがったなァ...」
「ゆう......いえ、白面が調査の時に付けていたカメラ映像を分析したら花が画面端に写っていたと聞いたときは疑ったけど、まさか本当だったとはね......」
シズクの言葉に、芽吹が答えた。
彼女達は今、この地獄とも言える大地に咲いた一輪の花の調査に来ていた。普通ではあり得ない事態に、彼女たち防人が急遽駆り出されたというわけだ。
「亜耶ちゃん、何か分かった?」
「......もう少しお待ちください......」
ただの調査であれば亜耶の出番はなかった。しかしこの花が一体何なのかその場で調べる必要があったのだ。
芽吹達のバイザーに搭載されたカメラから送られる情報を大赦職員が精査するだけでは解読は出来ないとの判断だった。
かといって芽吹達にはその『謎の花』を調べられるだけの知識も技術もない。そこで、少なくとも神樹の花かどうかを判断出来る亜耶が選抜された訳である。
当然、芽吹達は猛反対したが、自分達が知識を学び、技術を会得する時間もないという説明があった。そう説明されれば不承不承ながらでも従う他がなく、命を掛けてでも亜耶を守ると誓い、こうして円形陣を組んで亜耶を守っている。
「......神樹様のお力...?いえ、これは似てはいますが、どちらかといえば天の神側に近い性質が......」
亜耶も芽吹達の努力を無駄にしないように必死になってその花について調べる。
まるで桜の花でありながら、『4つ』の花びらの一つ一つが別の花のものであるという歪さは、まるで神樹が勇者たちに力を与えているという縮図のようにも見える。
そして地面には、抜け落ちたかのように枯れ掛けの桜の花びらが1つ落ちていて、灼熱の大地に焼かれていた。
だが亜耶が感じ取った神聖さは真逆そのもの、天の神のものであった。
灼熱の大地から伸びる枝は黒く染まり、今にも花を侵食しそうに見える。
「この歪さ......どこかで......」
亜耶はこの花に、白面の面影を感じた。
だが仮に彼だとしても、少なくとも彼にはこの花を埋めるだけの力はない事を亜耶は知っていた。
この花びらが勇者であるというのならなぜ桜の花のようで、そうでないのか。桜の花びらだけ抜け落ちて、枯れかけているのかが分からない。
曖昧に咲く花だが、1つだけ亜耶も分かることがあった。まるでこの花が訴えかけているように亜耶は思えたのだ。
「不味いよメブ!あれを見て!」
「バーテックス!?」
その訴えかけている言葉が少し聞こえてきた時、叫び声に近い唐突な雀の声が耳に届き、飲み込まれ掛けていた意識を取り戻したのだった。
(いま...の、は......?)
灼熱の大地の上に立ちながらも、亜耶は背筋に冷たい汗が流れる感覚を味わった。
『何を言いたいのか気になる』という意識を『誘導』し、意識を奪おうとする。まるで捕食しようとする食虫植物そのものだ。
だが亜耶は恐怖を感じつつも、その花に脅威を覚える事はなかった。むしろ......。
「シズク!新兵器の出番よ!亜耶ちゃん!」
「は、はい!!」
「調査中止!撤退するわ!」
「ま、待ってください!この花を...持ち帰ります!」
亜耶はこの花を助けたくなった。
こんなに黒く染まっているのも、攻撃的なのも全てはこの大地に根付いているから、と考えたからだ。
そして、憐れみを感じたのだ。
この花はきっと誰かに救って欲しいのだと、亜耶は感じ取ったからだ。
その亜耶の言葉を聞き、今すぐにでも撤退しようと考えていた芽吹は、一瞬否定しようと考えたが見つめてくる亜耶の目を見て瞬時に考えを改めた。
「回収まで何分掛かる?」
「5分、いえ...3分ください!まずこの茎と根を浄化しなければいけません!」
「よし、全員聞いたわね!3分間国土亜耶を死守するわ!2番は指揮を受け継いで!3番から6番及び弥勒夕海子は陣の外側で星屑と戦闘を許可!私と山伏シズクでバーテックスを引き受ける!その他は陣を維持して国土亜耶の死守よ!」
的確に指示を飛ばしていく芽吹を見て、亜耶も気合いを入れるように自分の頬をピシャリと叩き、花に向かって祝詞を唱え始めた。
「いい!?全員生き残り、尚且つ国土亜耶の死守!指一本触れさせないで!全員、行動開始!」
最後の言葉と共に、2番の番号を持つ指揮型防人の少女が芽吹と流れるように指揮を代わり受ける。伊達に芽吹に続く番号を持つ少女ではないのだ。的確な指示と狙い撃つ銃撃は芽吹に勝るとも劣らない。
指揮官型防人の番号3番から6番の4人が盾の周りに飛び出し、星屑を攻撃していく。
そして芽吹とシズクも円形陣から飛び出し、近付いてくるバーテックスと対峙する。形からしてあの悪名高いスコーピオンバーテックスだと判別出来た。
「復活にしては早い...急場凌ぎの未完成バーテックスのようね。シズク、準備はいい?本当ならもっと連携を訓練すべきだったけど時間がないわ。なんとしても5分以上は持たせるわよ」
だが復活があまりにも早い。ならば御霊を備えていない未完成のバーテックスだろう、と芽吹は事前に聞かされていた知識から推測を立てた。
「へへっ、5分と言わずにこんなヤツぶっ殺しちまってもいいんだろ?あの仮面野郎に比べりゃあ、威圧感もクソもないぜ」
「倒す気で行かないとやられるけど、体力を消耗し過ぎたら撤退時が怖いわ。万全を期すには訓練通り、『守りの形』で凌ぐ。その為の貴女用の盾と『大型射撃槍』よ」
亜耶は3分と言ったが、時間がそれ以上に掛かる可能性もある。それ以上に撤退するにしてもこのバーテックスから本隊を離さなければいけない。
全員生還。それが大原則だが最悪は避けなければいけない。その最悪の可能性を出来る限りゼロにする為の『5分間』だ。
そしてただ1人、山伏シズクのみ装備を許された武装があった。
それはまさしく、白面が使う武装である『大楯』と『パイルバンカー』そのものである。それを防人が使えるようにある程度パワーダウンした物がこの試作型の武装であった。
左手には護盾型防人が扱う盾を小さく加工した『個人用大楯』に、パイルバンカーを研究して開発された防人用杭打ち機『大型射撃槍』。
しずくとシズクの性格の入れ替えが、シズクが負けじと勇祐に何十回も挑みにいった影響で容易になったお陰で使用許可が降りた代物だった。
芽吹も扱う事は出来るが、手数を武器とする彼女にとって一撃必殺の武装はシズクより不得手であった。なので、試験において1番扱えた防人であるシズクが選ばれたのだ。
「本来は攻める武器なんだけどなァ」
「今回は初の実戦での試験運用も兼ねてるの。我慢しなさい......さぁ行くわよ!」
芽吹とシズクがバーテックスとの戦闘を始めた頃、亜耶もまた戦っていた。
(祝詞を詠み上げても言う事を聞いてくれない......!)
浄化の祝詞を詠み上げる亜耶だが、花自体が祝詞を嫌がるようにその身を震わせているのだ。そして、まるで子供が駄駄を捏ねるかのように、花の無邪気で黒い感情が亜耶に襲いかかる。
(大丈夫ですよ......私は、貴方の味方です。だから......貴女を私に救わせてください......!)
亜耶はそれを避けず、必死に受け止める。言葉が通じると信じている。『彼女』が心を開いてくれると信じている。
だから必死に自分は味方だ、と伝え続ける。
(貴女の名前は分かりません。貴女の過去も、何も、私は知りません。ですが、貴女は幸せになっていいのです。人は誰しも祝福されて生まれてきて、神樹様に祝福されて死んでゆきます。もし貴女が祝福されずにその命を落とされるなら...私はそれを救いたい!)
亜耶の言葉は、花には伝わらない。彼女の死生観、理論は全て神樹あってこそのもの。なら神樹を信じていない者にならどうか。信用が無い者が話す言葉など誰が信じるものか。
だが言葉は伝わらずとも、亜耶の心は伝わる。
悪意にも似た感情に包まれながらも、膝を地面につき、その足を地獄の業火のような熱に焼かれようとも、彼女は必死にその花の為に祈り囁き続ける。
心に直接訴えかけるのがこの花の会話方法だとすれば、国土亜耶の全てを愛する無償の愛、全てを肯定し、全てを受け入れる心に触れたら彼女の献身を知らぬ存ぜぬで済ませられる筈がなかった。
(お願いです...名も知らぬ貴女......。貴女に、幸せを......!)
そしてこの献身に似た行為を、花は知っていた。懐かしい、300年前の記憶。
決して思い出せないと思っていた、ほんの僅かながらの楽しかったという想いの記憶。
花にとっては、それだけでよかった。
「くっ...5分経ったわ!亜耶ちゃんまだ!?もう持たないわ!」
本来の制限時間3分を経過しても亜耶は祝詞を唱え続けていた。周りの喧騒すら聞こえないほどに。だから防人達は必死に守るしかなかったが、花を抱えた亜耶がその場に立ち上がり、息を吐き出した。
「......。申し訳ありません皆さん、今......回収が終わりました!」
「よし!総員撤退開始!信号弾、赤と白を装填!撃て!」
芽吹から指揮を受け継いだ防人が信号弾を打ち上げさせる。赤と白は『撤退開始』の合図だ。これでバーテックスを遠く引き離した芽吹とシズクにも伝わる。
「弥勒さん!貴女は亜耶ちゃんを背負って!雀!貴女は2人の護衛を!一切の攻撃から守りなさい!」
亜耶は灼熱の地面に膝をついたことで軽い火傷を負っていた。それでなくとも精神力を酷く消耗したのか顔色が悪く、息が荒い。彼女はそれを瞬時に見抜き、芽吹達の元へ飛び出して行きそうな夕海子と雀を指名したのだ。
「了解ですわ!」
「わ、分かったけど!やらなきゃヤバいっていうのは分かるけど!メブ達の方がヤバいよ!絶対に!」
「承知の上です!ここからでは援護に行くにしても遠すぎます。助けに行ったのに途中で救助を待つ事になれば本末転倒です!だから撤退します!」
彼女も歯痒いのだ。いくら心配で自らの脚が今すぐにでも助けに行こうとしていても、指揮を任された以上は感情で動く事は出来ない。
彼女が今執るべき行動は芽吹とシズクを除く防人たちと亜耶に一切の犠牲を出さずに壁まで撤退する事なのだ。
「私は隊長を信じています。無事にシズクさんと共に帰ってくると。だから、我々は撤退します!」
まるで自分に言い聞かせるように少女は叫ぶ。雀はもし飛び出したら恐らく辿り着く前に死ぬと予感し、そしてそこまで言われては従う他なかった。
そうして撤退を開始した防人達はその場から離れていく。
一輪の花から落ちた、桜の花びらが淡く光っている事に気づかずに......。
♦︎
「芽吹!そろそろ5分だ!ちょいとヤバいぞ!」
「分かってる!けど撤退信号が......!」
スコーピオンバーテックスとの戦闘中の芽吹とシズクだったが、やはり苦戦を強いられていた。芽吹が扱う銃剣では痛手を与えられず、かといってシズクの大型射撃槍も当たりはするが決定打に至らない。
「攻めたらいけそうなんだけどなァ!」
「堪えてシズク!これ以上攻めたら不味いわ、帰る体力が無くなる!」
「つってもよ、こいつは中々逃してくれそうにない、ぜ!」
突き刺さんばかりに伸ばしてきたスコーピオンバーテックスの尾をシズクは盾で弾き距離を取る。
スコーピオンバーテックスの猛威は止まらず、星屑の攻撃も止まない。まるで芽吹達を『ここで殺してしまおう』と考えているかのようだ。
それでも攻撃を凌ぎきり、未だ無傷であるのはやはり勇祐が行った訓練の賜物だろう。
その2人の背面の空から光が登った。色は赤と白。防人本隊の『撤退開始』の合図だ。
「芽吹!」
「撤退するわ!もう十二分に距離は稼いだ!」
「やっとか!倒せねぇんならとっととケツ捲くって逃げるぜ!」
その信号弾の光を見た2人の行動は早い。一刻も早く壁まで逃げなければ命はないからだ。
だが、行動するには既に遅い。
「囲まれてんぞ!?」
「何時の間に...!?それだけは避けていたのに!」
芽吹達を星屑が囲んだ。その奥にはスコーピオンバーテックスが居る。
囲まれないように動いていた筈であった。それでも囲まれた。その事実に2人の焦りはさらに高まる。
「畜生!連携してやがる!今までは突っ込んでくるだけだったのに!?」
「落ち着いてシズク!なんとか一点に集中して突破するわ!」
「芽吹!前だ!!」
シズクが気付くのは一瞬遅く、芽吹の視野の外、更には認識が薄れる後方、中距離からの狙い澄ました一撃。スコーピオンバーテックスの尾の攻撃。
今まで最大級の警戒対象だったが、星屑に囲まれるという本来であれば有り得ない事態への焦り、そして連戦による疲労と集中力の欠如が重なった結果、致命の一撃となる攻撃を接触する数瞬前にしか察知出来なかったのだ
(あ......まず......)
少しの感傷と思考すら吹き飛ばす、尾の薙ぎ払う攻撃。その攻撃をもろに腹に食らった芽吹は、囲んでいた星屑の輪からも吹き飛ばされる。
骨が折れる嫌な音、内臓が潰れる音。吹き飛ぶ自分の耳に届く風切り音。
全てを他人事のように感じながら、地面に強く叩きつけられた芽吹は強い痛みを感じ、口から血を吐きながら意識を失った。
「芽吹ぃぃぃぃ!!?」
シズクは吹き飛ばされる芽吹をただ見ることしか出来なかった。今でさえ、星屑はシズクを食わんと襲いかかって来ていた。
「クソ、クソ!テメェら!全員ブッ殺してやる!!」
完全に頭に血が登ったシズクが『個人用大楯』を星屑に向かって投げ捨て、『大型射撃槍』を背中に背負い、地面に落ちていた芽吹の銃剣を手に取る。
『大型射撃槍』は元々対バーテックス用であり、星屑のような多対戦には非常に向かない。
その選択を瞬時にこなしたシズクは銃剣の握把を強く握り締める。
「芽吹を...優先......仲間が、1番ッ!」
怒り狂いそうになる思考を抑えながら、シズクは身体の中でそう伝えるしずくの声を口に出して反復する。
1人では生き残れない。それはシズクにも分かっていた。それでも、大切な仲間の1人である芽吹が死んだかもしれない......そう思うだけで頭の血管が破裂しそうだった。
「待ってろ芽吹。今、助けに行くからな!」
銃剣に弾丸を装填し、シズクは駆け出した。
相対距離などを瞬時に換算し、シズクは撃破する優先度を試算する。そして優先度の高い順から的確に1撃で、更に最小限の動作で星屑を屠っていく。
1つ、2つ。10、20。数えきれない程の星屑を倒していくシズク。だが、星屑を捌いてもスコーピオンバーテックスの存在もある。星屑と違い、要所要所で的確に攻撃してくるバーテックスは非常に厄介で、シズクの身体に傷を増やしていく。
「く、そォォォ!」
悔しさのあまり、シズクは吠えた。今の自分では芽吹に辿り着けないと悟ってしまったからだ。
そもそも防人にバーテックスを倒しきるだけの力はない。大型射撃槍も、試作段階故にバーテックスを倒せるかと言われれば1人では不可能であるのだ。更に言えば勇祐が扱うパイルバンカーも勇者バリアごと勇者を貫く為の武器であり、彼がそれを応用してバーテックスの御霊を正確に撃ち抜いているだけだ。
つまり、御霊のない未完成バーテックスには一撃必殺が通用せず、分が悪いのだ。
だがそれでも、シズクは前に進む事を止めない。諦める選択など最初からない。芽吹はしずくとシズクにとって大切な仲間だ。見捨てるなど出来やしない。
だから、身体中が傷つき、血だらけになって防人の白い装束が赤く染まろうと歩みを止める事は出来ない。
「諦める...かァァァァ!!!」
しずく達は勇者に憧れて防人になった訳ではない。しずく達には居場所がなかった事もあるし、主人格のしずくが流される形で防人になったというのも理由の1つだ。
勇者へ昇格する?大赦を見返す?んなことやっても意味がねぇと思うし、必要性を感じねぇ。俺は正直、芽吹は嫌いだ。堅っ苦しい、不器用な奴。無愛想でコミュ障。隊長としてどうなんだ?って思う。けど、芽吹は良い奴だ。俺を認めてくれて、俺達に居場所をくれた。人としては極めて不器用な奴だと思う。けど、防人として、勇者を目指すアイツを見て、俺もほんの少し、ほんのちょっちだけ芽吹の在り方に憧れた。
助ける理由は......それだけでいい...から。
「負ける訳にはいかない......お前らみたいな、私達を......ゴミのように扱う神様なんかに」
「そうだ。俺たちを...人間を......舐めんじゃねぇ!」
幾人もの勇者を苦しめてきたスコーピオンバーテックスの尾が無慈悲にももはやその場から動く事も叶わないシズクに迫る。
だが、その尾がシズクを貫くことはなかった。
「よく吠えた。よく諦めなかった。貴女のバトンは確かに手渡されたよ」
「......白面!?」
満身創痍のシズクの前に、勇祐と同じのっぺらぼうの白い仮面を付けた、『濃い桜色の髪の毛と白と桜色のボロボロの装束』を身に付けた人と同じ形をした存在が立っていた。