結城勇祐は弟である   作:白桜太郎

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拡張少女系トライナリー二周年おめでとうございます。もっと早くに出会いたかった。

それはそうとようやく原作9話の部分ですね...。ここまで長かった。まだまだ続きます(鬱展開も)。もう暫くお付き合いください。


第29話 それは今まで話さなかった罰

 

 勇祐が、床に落ちる。

 バーテックスの御霊を破壊する勇者の武器。当然、必殺の一撃足り得る攻撃であり、結城勇祐にとっても例外ではないのだ。

 

 

「ゆうくん!!」

 

 

 友奈が床に落ちて動かない達磨状態の勇祐に駆け寄る。勇祐の腹には、東郷が放った弾丸によって大きな穴が空いていた。人間であれば即死しているような傷。恐らく、万全な状態であれば、勇祐が天の神によって力を与えられていた当初であれば、致命傷にすら至らなかったかもしれない。

 

 だが今の彼の身体に四肢はなく、冷たい状態で半身が砂になっていた。呼吸もない。心臓もないので鼓動もない。まさに、死体そのものだ。

 

 

「う...そ......」

 

 

 東郷がライフルを地面に落とす、そして力が抜けたかのように地面に膝をついた。

 

 

「なんで......どうして、庇うなんて......」

 

 

 園子も、今の状況が理解できないかのようにへたり込みながらぶつぶつと呟く。

 

 

「ねぇ...ゆうくん......起きてよう......ねぇ......家に帰ろう?私、ゆうくんが淹れてくれるコーヒー、飲みたい...から......おね、が、い......」

 

 

 友奈が身体を揺らしても、勇祐は反応しない。

 ただの骸となった彼はもう、その目が醒めることもないだろう。

 

 

「なんで、なんでなの...だって、あのまま行けば......私は、死ねていたのに......」

 

 

 3人共通して勇祐の死、という受け入れ難い現実を直視出来ずにいる。彼女達は勇者であって、バーテックスという強大な敵と戦ってきた戦士である。だがそれ以前に彼女達は中学2年生の少女なのだ。1人は家族、1人は親友、1人は自分を殺してくれるかもしれなかった唯一の存在。そんな方向性は違えど大事だった存在が目の前で死んだのだ。信じたくない、という想いで現実を見れなくなるのも当然と言えよう。

 

 

 そう、誰もこんな結末は望んでいなかった。

 

 

「くそ、遅かったか......!」

 

 

 そして、もう手の施しようがなく何もかもが手遅れな状態になった時に春信と、勇者システムを起動した夏凜がやってきた。

 

「ちょっとこれ......どういうことよ!?ねぇ、東郷!東郷ってば!」

 

「夏凜、ちゃん......わたし、撃っちゃった......撃って、しまったの......」

 

「撃った、って......もしかして......!?」

 

 

 震える東郷の目線の先。そこには勇祐であった亡骸を抱える、友奈の姿。

 最悪の状況がありありと夏凜の脳裏を走る。夏凜も、東郷が突然居なくなったと思えば春信に呼ばれて、急いで来てみればこの状態だ。

 

 

「嘘でしょ...何が、どうなって......!?」

 

「夏凜、詳しい説明は後だ!私は結城姉弟と園子様をなんとかする!東郷様を連れ帰ってくれ!」

 

「はぁ!?ちょ、ちょっと待ちなさいよ!私だって状況が......!」

 

「......友人の死体と、その姉が壊れた姿を、見せ続ける訳にもいかないんだ。分かってくれ夏凜。説明は、あとでしっかりとする......」

 

 

 苦々しい春信の声と苦しそうな顔に夏凜はそれ以上の異を唱えることが出来なかった。

 

 

「チッ!分かった!分かったわよ!東郷、立ちなさい、行くわよ」

 

「わ、私...謝ら、なきゃ......」

 

「東郷、あんた......」

 

 

 東郷の目は虚で、一雫の涙がぽつり、と頬を伝っていた。親友を射殺してしまったという極限状態のストレスで、おかしくなってしまっているのだろう。

 

 

「ああもう!とにかくアンタは眠りなさい!」

 

「謝、ら...あぐっ.....」

 

 

 夏凜の手刀が東郷の首を打ち付ける。手刀を受けた東郷は、ゆっくりと地面に倒れていき、夏凜の腕の中に収まったのだった。頭を撫でて、一息ついた夏凜は東郷を肩に背負い、その場に立ち上がった。

 

 

「わ、っしー......?」

 

「そこの...誰か知らない、けど...覚えてなさい、友奈も東郷も治らなかったりしたら、死ぬ方がマシな目に合わせてやる。如何なる事情があれど、私は許す気はない......それだけ」

 

「あ...あ......」

 

 

 園子の方を向かずに言い放った夏凜は走って牢獄から出て行く。園子は手を伸ばしたが、当然届かずその手は宙を切った。

 

 

「......園子様?」

 

 

 春信が園子の様子がおかしいと気付いた時、園子は既に気絶して倒れていた。

 

 

「......くそ...........」

 

 

 園子が気絶した事で、まだマシにはなった。もはや園子は大赦に軟禁でもされるだろう、と春信は考えていた。

 

 本来、勇祐は生贄としてその身を焼かれる筈であった。これは勇祐が拉致されてくるまでの話だった。そこから、園子が1人で暴れて勇祐に意味のない拷問をした結果が今の状況であり、大赦本部どころか乃木家当主ですら知らない事だった。

 今回の暴走で、流石に乃木家ですら園子を見限るだろう。儀式の邪魔であればまだマシであったが、

 

 

「ゆうくん...ねぇ、ゆうくん......」

 

 

 今回で恐らく最低1人...結城友奈は再起不能となるだろう。本人が勇者システムを起動出来ないのに、更に勇者が減るのだ。大赦本部も見過ごす訳にはいかない。

 

 

「神樹様......貴方は、これを望まれたのですか......」

 

 

 春信の悲痛な声に神樹は何も答えない。

 

 ただ......友奈の、勇祐を呼び続ける壊れた声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

『風、今すぐ東郷の家に来て』

 

 

 そのチャットがあったのは数十分前の話だ。夏凜から唐突に東郷の家に呼び出された風は訝しみながらも東郷の家にやってきていた。

 

 

「夏凜、どういうことよ...勇祐が、死んだって」

 

 

 事のあらましを聞いた風は愕然としていた。あの殺しても死ななさそうな勇祐が死んだ。それも人としての尊厳を失ったかのような状況、状態で。風にはとても信じ難かった。

 

 

「私だって分かんないわよ...!兄さんから勇祐が閉じ込められてる場所が分かった、今すぐに処刑されるかもしれないって聞いて急いで行ったら......東郷が撃ったとか、友奈が酷い事になってたりとか...もう滅茶苦茶で......」

 

 

 夏凜が頭を抱えながら答える。彼女も先程の凄惨な場所から出てきたショックと混乱が消えないでいた。

 

 

「たちの悪い冗談...よね?」

 

「......東郷の目が覚めたら、東郷本人に聞いてよ。私だって、これが悪質な悪戯だったら、って信じたいのよ......」

 

 

 少なくとも、樹に聞かせられる話ではない。この場に樹を連れて来なくて良かったと風は心の底からそう思った。

 そして東郷が目覚めるまで、2人は黙ったまま待ち続けそして、

 

 

「こ、こは......」

 

「東郷、目が覚めたのね」

 

 

 東郷が目を覚ました。

 そしてすぐに状況を把握したのか血相を変えて飛び起き、スマホに手を掛けようとする。が、

 

 

「悪いけど、何をしでかすか分からないから預からせて貰ったわ」

 

 

 東郷のスマホは夏凜の手の中にあった。その事に気づいた東郷は諦めたとばかりにベッドに身を投げ出し、顔を手で覆った。

 

 

「私がここに居るということは...全てが終わったのね......」

 

「まだ、分からない。何か手立てがあるかもしれない。だから話して東郷。その為に私と、風が居るんだから」

 

 

 夏凜の言葉に、険しい顔ながらも風が頷く。

 少しの時間をおいて、東郷は全てを話し始めた。

 

 

 自分は先代の勇者であったこと。

 記憶を失った、というのは嘘であること。

 勇祐が白面だということに、最初は半信半疑だったが一度戦ってからは気付いていたということ。

 勇祐を監視する為に讃州中学、それも隣家に引っ越して来たこと。

 何度も勇祐を殺そうと思い、実際に行動に移したが結局出来なかった事。

 満開について知っていた事。

 そして......。

 

 

「う...そ......よね、東郷?散華で失った部位は戻らない、って」

 

「私の、この足が証拠です。それでも信じられないようであれば大赦に問い合わせてみてください......。恐らく、回答は以前と同じ筈です」

 

「じゃあ...私は何処を散華したっていうのよ!?私の身体に異常な...ん、て......」

 

 

 風の顔が次第に青くなっていく。

 気付いてしまったのだ。自分が失った部位を。

 

 

「風先輩の散華の箇所は、子宮。おかしいと思った私が直接、大赦の職員から聞いた事です」

 

「え......へ.......?」

 

 

 風は戸惑いを隠せず、床にへたり込んでしまった。子宮がない、つまりは......犬吠埼風はもう1度たりとて子供を産めなくなってしまった。

 

 ------否......されて、しまったのだ。

 

 

「話を...続けます......」

 

「東郷、今は......」

 

「私は、先程。狂気に身を堕とした友達...先代勇者の兇行を止める為に、引き金を引きました。そして...勇祐くんが、友達を庇い...」

 

 

 

 

 

「死にました。私が、殺したんです」

 

 

 

 

 

 その言葉に、思わず風が東郷に殴りかかった。

 

 

「ぐぅっ......!」

 

 

 頬に鋭く走った痛みに、東郷が呻いた。

 

 

「東郷!なんで、なんで黙ってのよ!私だけなら良かった!なのに、樹の声はもう2度と戻らないっていうの!!?」

 

「そう、です......」

 

「ふざけるなぁぁ!」

 

「風、止めなさい!」

 

 

 夏凜が風を後ろから羽交い締めにして、2度目の暴力を止めた。

 東郷はまるで『殴られる責任がある』と言わんばかりに静かに目を閉じているだけだった。

 

 

「私の散華も、どうして黙ってた!」

 

「話せば、友達との約束が守れないから......です」

 

「ふざけるのもいい加減にしろ!夏凜が満開を説明する前から、勇者部に入る前から知っていた!勇者部の設立の理由も知っておきながら私たちに黙っていたんだ!こんな副作用があるのを知っておきながら!勇祐の事も!東郷が話していればもっとやりようはあった!」

 

「散華の事は申し訳ありません。ですが、あの時の勇祐くんは確実に私達の敵でした。いえ、勇祐くんのもう1つの顔。裏の人格、『白面』という存在が...ですね」

 

 

 あの時の選択は間違っていません、という掠れながらも、なんとか絞り出したかのような東郷の言葉に風の怒りも増す。

 風は許せない。満開の事も散華の事も何もかもを黙っていた事ではない。確かにそれも絶対に許せるものではない。彼女がもっとも許せないのは別の事だ。

 

 

「勇祐を、あの子を殺す事を肯定するつもりか!」

 

「その、通り......です」

 

「東郷ォォ!!」

 

「風!落ち着いて!東郷も!アンタ何言ってるのか分かってるの!?」

 

 

「分かってます!分かってますよ間違っていることぐらい!でも、風先輩も!白面とまともに戦った事がないからそう言えるんです!いくら勇祐君がまともであろうと、白面は...!敵なんですよ!白面さえいなければ私達は3人で居られた!そのっちがあんな狂気で狂ってしまう事なんてなかった!それを分からないから、そんな事が言えるんです!見てください!!」

 

 

 風も東郷も、最早正常な判断ができる状態ではない。

 東郷は枕元に隠していた短刀を取り出し、鞘を投げ捨てた。その一連の流れに、夏凜はいち早く気付いた。

 

 

「東郷!やめなさ......!?」

 

 

 そして夏凜が止める前に、短刀の切っ先を首筋に突き立てた東郷だが、その刃を東郷の精霊が寸でのところで受け止めていた。

 

 

「私達は勇者に選ばれた瞬間からもう死ねなくなっているんです!ありとあらゆる死に方を試しても精霊が生き永らえさせるんです!これさえなければ、私だって責任を取って切腹でもなんでもしていました!けど、出来ないんですよ!」

 

 

 悲痛な叫びと共に東郷は手に持った短刀を投げ捨てた。溢れ出る負の感情が、今まで抑えに抑えていた言葉を濁流のように吐き出させてしまう。

 

 

「皆を騙して!勇祐君を殺して!友奈ちゃんまでも巻き込んでしまった!これが正しいと思い込んで行動した結果なんです!責任を取れるものならとっくにしています!でも、私が死んだところで、他に責任を取ったところで、散華の後遺症はなくならない!勇祐くんも生き返らない!私が皆に黙っていた事実も覆らない!そのっち......友達との仲も、もう2度と......治らないんです.......」

 

 

 ボロボロと東郷の目から涙が零れだす。その姿に、風も段々と落ち着いていった。

 

 

「気付いた時にはもう遅かった......。もう後戻り出来ない場所まで来ていて、それでもなんとかしようと思ったけど駄目だったんです...。あの時、勇者のお役目に選ばれたあの時から既に間違っていた事に気づけなかったんです」

 

「東郷......」

 

「だからって、だからって!そんなので納得出来るワケが......!」

 

 

 納得できる筈がない。東郷が一言、話してくれればこうはならなかったと風は思っていた。東郷もそれを理解している。だが言ったところでどうにもならない。勇者に選ばれたその瞬間から逃れようのない運命が待っていたのだから。

 

 だから、あれだけの敵を満開なしに、そして1人で対処出来たと思うほど風も東郷も、そして夏凜も自分を驕ってはいない。

 

 

「風、今日は一度帰って頭を冷やしましょ?もう夕方だし、樹も心配する筈だから......」

 

 

 項垂れて身体を預ける風の頭を夏凜は優しく撫でた。風からの返答はないが、今日はこれ以上話し合ってもなにもならない。夏凜は少なくともそう判断した。

 

 

「東郷...」

 

「ごめんなさい、夏凜ちゃん......」

 

「詳しく話を聞かないと、あることないこと悪い方向に想像して話が拗れちゃうから...時間を置くっていうのも大事なのよね。私も兄さんとの関係で思い知ったから......」

 

 

 ズキリ、と東郷の胸が痛む。溢れ出る涙がさらに溢れる。あの時、園子と言い合った時、もっと時間を置けばこうならなかったのだろうかと今更にして考えてしまった。

 

 そうして、夏凜は部屋から風を連れて出て行く。彼女も色々と、東郷に聞きたい事が山程あった。勇祐の事。友奈の事。結局何がどうして勇祐があんな『人の死に方ではない死に方』をしていたのか、なぜあの場に友奈が居たのかを聞けずに居た。

 

 

(とにかく、風を家に送り届けて、それから大赦に殴り込みにでもいかないと)

 

 

 もっとも、今の夏凜の怒りは東郷ではなく、大赦にへと注がれていた。

 確かに経験者である東郷が黙っていたのは罪と言えよう。だが黙っていた云々より以前に、なぜ大赦は教えなかったのか。どうして健康診断後に、そのうち治るなどと嘘をついたのか。それが悪意であれ善意であれ、実際に勇者として戦う義務があるのだからデメリットについても教えるべきだったのだ。

 

 勇者に選ばれれば否が応でも樹海に呼ばれて、バーテックスと戦わなくてはいけない。ならばそうなった時点。遅くとも夏凜自身が満開の説明をする時にでも教えてくれれば良かったのだ。

 

 

(って、これ...兄さんも黙ってたって事よね。ふざけんなよ。マジで前歯2、3本折ってやらなきゃね......)

 

 

 夏凜は静かに、実の兄をボコボコにする事を誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 夕方、風達犬吠埼姉妹が住む家に帰ってきた風は、ゆっくりと玄関の戸を開けた。

 玄関には樹の靴はなく、風も今の酷い顔を見られずに済んだ、と思わずため息が出た。

 その後ろから、やや無遠慮に夏凜が玄関に入ってきた。風に遠慮させない為にわざとしているようだが今回は正解だった。

 

 

「お邪魔するわ...樹はまだ帰ってないみたいね」

 

「そう、ね。ありがとね、夏凜。態々送ってもらって。お茶でも出すわ」

 

「樹が帰ってくるまで居たげる。しょうがないからね」

 

 

 風の事が心配なのだろう、夏凜はそっぽを向きながら暫くは一緒に居ると言い出した。

 心細くなっている風には、それがとても心強かった。

 

 

「ごめんね、夏凜」

 

「いいから。ほら、私も...その。喉乾いたから!早く!」

 

 

 恥ずかしがる夏凜に、軽く笑いながらリビングへと向かう風。その顔は東郷の家にいた時よりだいぶマシになっていた。

 

 

(それでも要注意って感じね。全く。バーテックスとの戦いが終わったかと思えばこれだもの)

 

 

 真逆、勇者のメンタルヘルスもやらなきゃなんてね、と夏凜はぼそりと吐き出すが嫌な顔は1つもしていない。だがその内面は自らの完成型勇者としての責務の延長線上と考えてなんとか落ち着けているだけだ。

 

 夏凜がリビングに入ると、キッチンに居た風は冷蔵庫から麦茶を出して2人分のコップに入れていた。先に座ってて、と言われた夏凜は言われた通りにテーブル脇に鞄を置いて席に着いた。それから少しして、風が麦茶の入ったコップをお盆に乗せてやってきた。

 

 

「......ありがと。そういえば大赦からメールは帰ってきた?」

 

「まだ、ね。期待出来たものじゃないけど......あら?」

 

 

 電話が、鳴った。

 家に置いてある、固定式の電話だ。スマホがある今、滅多に鳴る事のない電話機。

 どうせセールスか何かだろう、と思っていた風が、テーブルに麦茶を置いて受話器を取りに行った。

 そこまでは夏凜も何も心配していなかった。どうせ些細な電話だろう、と。今の風なら対処出来るだろうと高を括っていたのだ。

 

 

 

 ------それが間違いだった。

 

 

 

「はい、犬吠埼ですが......は?オーディション?樹、と勇祐......の?」

 

 

 タイミングが悪いとは、この事なのだろう。

 風が取った電話の相手は、以前に樹と勇祐が応募したバンドのオーディションをしていた音楽プロダクションからだったのだ。

 そのオーディションの一次審査合格通知。それが今、この瞬間に風の耳に入ってしまった。

 

 

「う、そ......」

 

「風......?」

 

 

 受話器を手から零した風の異常に、夏凜がようやく気付いた。フラフラと隣の部屋に入っていく風を見て、思わず風を追いかけた。

 

 

「風!何があったのよ!」

 

「樹...樹が.......」

 

「さっき勇祐の名前も......ってこれ.......」

 

 

 リビングの隣の部屋。そこは樹の部屋らしかった。樹の私物が並び、机の上には喉や声の関する医療本。ボイストレーニングやバンドに関する練習本、教科書などが散らかっていた。

 それらは付箋がビッシリと貼られており、ノートにはそれらの内容が綺麗にまとめられていた。

 

 

『えーっと、これでいいの...かな?」

 

 

 不意に、夏凜の背後から暫く聞いていない樹の声がした。

 振り向くと、小さなテーブルの上に乗せられたノートパソコンから再生された音声だ。その前にへたり込むように座る風。再生したのは彼女だ。

 

 

『設定はあってるし大丈夫だろ。さっき俺のアコギも録音されてたからな』

 

『なら大丈夫そうですね......えっと...それでは、私達のバンド名は「勇樹」です。勇者の勇に、神樹の樹で勇樹。私達の名前を取った形でもあります。私達は讃州中学の先輩と後輩という関係で、私、犬吠埼樹が先輩である結城勇祐さんを誘う形で、今回のバンドを結成するにあたりました』

 

 

 続いて勇祐の声が流れ、樹はバンドの紹介をしていく。風は、その音声を魂が抜けたように呆然と聞いていた。

 

 

『私たちは、同じ勇者部という部活に所属し...』

 

『俺、仮部員なんだけどな』

 

『茶々入れないでくださいよ......。えっとですね、私たちにはそれぞれ、お姉ちゃんが居ます。私の大好きなお姉ちゃんは、強くてしっかり者で、いつもみんなの前に立って歩いていける人です』

 

『俺の姉...んんっ、姉...さんはいつも俺の事を心配してて、迷惑ばっか掛けても優しく諭してくれる、優しい姉、です』

 

 

 饒舌に、風の事を話す樹と対照的に勇祐の声は恥ずかしそうで弱々しかった。

 

 

『そんなお姉ちゃんの隣を歩きたくて、自分の力で頑張りたくて歌手を目指しています。そんな時に、このバンドオーディションを見つけて、応募しました!......最近まで歌うのが苦手で、好きじゃなかった私ですが、勇祐さんや勇者部のみんなのお陰で歌えるようになって、今は歌を歌うのが本当に好きです。えっと、だから......』

 

『そんな皆への感謝の気持ちも込めて歌います、だろ?』

 

『そ、そうでした!えっ、と...では、歌います!』

 

 

 そして、勇祐のギターがイントロを弾き始め、樹の声の綺麗で透き通るような歌がノートパソコンから流れ始める。

 

 それだけでも風の心を強く揺さぶるのに、十分であったのに追い討ちを掛けるように、風のスマホにメールが着信した。

 家に帰ってくる前に、夏凜と相談して送ったメールの返信だった。

 内容は...想像の通りだった。

 

 結城勇祐は死亡しておらず、まだ入院中。

 身体に異常はなく、そのうち治る。

 

 全部。嘘の内容だった。

 

 

「うぅぅぅ...あぁぁぁぁぁぁああああ!」

 

「風!落ち着いて!今怒ったって何も......」

 

「うるさい!黙れぇぇぇ!」

 

 

 怒り狂った風が夏凜を突き飛ばす。

 

 

「何するのよ!」

 

「アンタも分かってたんじゃないのか!大赦に兄妹が居て、大赦から派遣されてきたのもアンタだ!夏凜も黙ってたんじゃないの!?嘘ついてたんじゃないの!!?」

 

「知らないわよ!私だって、何も知らされてなかったわよ!風、あんた今疑心暗鬼になってる!だから少し落ち着きなさい!」

 

「うるさいうるさいうるさい!もういい!全部壊してやる!大赦も、神樹も!全部!!」

 

 

 風が勇者システムを起動する。溢れかえるような怒りの奔流が風となって花びらを撒き散らす。

 夏凜も風を止める為に止むを得ず勇者システムを起動した。

 

 

「ああもうこの分からず屋!この世界を破壊したらアンタも死ぬのよ!?」

 

「そんなの知ったことかァ!」

 

 

 部屋の中で大剣を振り回す風に、夏凜は刀で受け止めながら、なんとか避ける。

 部屋中のありとあらゆるものが、暴れる風によって滅茶苦茶になっていく。

 

 夏凜にとって、絶望的ともいえる攻防戦が今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 一方、壁の外。炎の海の中、人1人を包み込む、大きな結晶体にヒビが入っていた。

 その前に佇む1人の存在。砂と化していく身体を気にも止めず、ただ『再誕』のその時を待っていた。

 

 そしてヒビが入りきった結晶体が遂に割れる。

 割れた結晶体がガラガラと崩れていく中から、赤い勇者装束に身を包んだ少女が目を覚ました。

 

「ここ、は......?」

 

「やぁ。待ってたよ。勇者さん」

 

「お前...は?」

 

「ただのバトン。覚えなくていいよ、もう時間もないからさ。これ、結城勇祐に渡してくれないかな?」

 

 

 白仮面を被った存在が赤装束の少女に勾玉を手渡した。

 手のひらサイズの少し大きな勾玉は、まるで重量がないかのように軽い。彼女には、この勾玉はとても身に覚えがあった。

 

 

「なんで、これが......」

 

「私の使い古し。殆ど力は残ってないけど結城勇祐の分はある。だから、彼に渡して?」

 

「使い古し...ってお前、まさか......」

 

「私は、白面。この真っ白で真っさらな仮面を被る、もはや何者でもない者。結城勇祐によろしくね。更に過酷な運命が、待っているから」

 

 

 そう言うなり、役目を終えたかのように白面の身体が砂となってどんどんと崩れていく。

 

 

「300年...戦った意味はあったよ......。やっと、休め、るん...だ......」

 

 

 その小さな呟きは砂と共に宙に消えていく。少女は、地面に落ちた砂山の中に残った白仮面を拾い上げ、パンパン、とついていた砂を払った。

 

 

「お前の願い。この三ノ輪銀がしかと受け止めたぜ......。んじゃあ。帰るか」

 

 

 白面と勾玉を懐に仕舞いながら、三ノ輪銀は神樹に守られる四国の地を見たのだった。

 

 

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