結城勇祐は弟である   作:白桜太郎

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第31話 それは反撃の狼煙

 世界が揺れる数分前。東郷須美は四国を囲む神樹が作り出した壁の上に立っていた。

 彼女がここに居る理由はただ1つ。この一歩先にある、彼女にとって未知なる先の大地を見るためだ。

 

 目の前に見えるのはは、ただ広い大地だけ。だが園子は壁の外に何かあると言っていた。それだけを頼りに、東郷は覚束ない頭のままで、自分が覚えていないうちに無意識に壁の上にまでやってきていた。

 

 

「この先に、何かがある......」

 

 

 ふらふらと、神樹によって補助されながら一歩を踏み出した東郷の目の前が赤と黒の世界に変わる。

 

 

「...えっ......?」

 

 

 そこは地獄だった。

 全てが灼熱の大地となり、全ての生命が生き絶え、人類の捕食者たるバーテックスが蔓延る死の世界だった。

 想像を絶する光景を見て、東郷はただ呆然とする。そして園子の言葉の意味をようやく理解した。

 

 

「私は、守られていたのね......」

 

 

 園子はこの世界の真実を真っ先に知っていた。そして園子は優しいからこそ、東郷に真実を黙り込んで、遠ざけたのだろう。自分だけが犠牲になればいいのだと。そうやって園子は、この2年間を過ごして来たのだろうと東郷は理解した。

 

 なんて不義理な女なのだろう。

 親友の尊い行いに気付かず、自分はのうのうと幸せな平穏を楽しんでいたのか。

 気付いてしまったら、より一層自殺の欲が出て来るのね、と東郷は自傷気味に笑った。

 だがそれでは勇祐に面目が立たない。だからこそなんとか罪を償うしかない、と思っていたその時だ。

 東郷のスマホに、友奈の勇者システムが起動したというアラームが鳴った。

 

 

「友奈ちゃん......壁に向かって......どうするつもり?」

 

 

 この2年で結城姉弟に対するちょっとしたストーカー気質を発芽させていた東郷は、勇祐の位置情報を取得する特別製のアプリを作る過程で、友奈のスマホの位置情報も取得できるように友奈本人にすら内緒でアプリを作成したのだ。

 

 そのアプリ上で、友奈は東郷から1km程離れた壁にまで向かっていた。

 淀みなく一直線に壁まで向かう友奈。何かがおかしいと異変に気付いた東郷は、一旦壁の内側にまで戻り、友奈がやってくる方向を睨む。

 そして十数秒後、東郷の視界に友奈が見えた。あれは確かに友奈だ。しかしそれだけではない。人影はもう1つ分あった。

 

 

「あれは......?」

 

 

 スマホの位置情報には、友奈以外の存在は表示されていない。なら、勇者システムを起動した勇者に追いつくあの存在は一体誰だ?

 悪い予感がする......そう思った東郷は近付いて確認する前にスナイパーライフルを呼び出した。

 何故なら、あの影が自分が殺してしまった筈の『結城勇祐』に見えたからだ。

 

 

(ありえない......は、ありえない。そもそも彼はバーテックスに近しい存在だから、復活もありえる...けど......)

 

 

 ならば何かしらの連絡が大赦から東郷に入らないのはおかしい。

 勇祐を1番調べていた春信からの連絡すらないのだ。真っ先に疑うのは当然だろう。

 

 東郷はライフルのスコープを立射の姿勢で覗く。見たい距離を適切な焦点に自動で合わせてくれるスコープの先に見えた存在は、白面そのものだった。

 

 そして白面の存在に気付いた瞬間、東郷は真っ先に友奈に向かって飛んで行った。飛びながらライフルを構える。そして引き金を引く。今度の東郷に躊躇はない。すぐさま槓桿を引き、空薬莢を排出。逆動作で槓桿を戻し、2発目の射撃。

 真っ直ぐ飛ぶ弾丸は、白面の顔面に突き刺さり、2発目は白面の持つパイルバンカーを叩き落とした。

 

 

「ゆうくん!?」

 

 

 突然の出来事に、友奈の足が止まる。既に壁の上に到達していた友奈は、着地しながら弾丸が来た方向を凝視した。

 

 

「友奈ちゃん!そいつから離れて!」

 

「東郷さん!?やっぱりゆうくんを殺しに来たんだね、私...信じてたのに!」

 

「勇祐くん!?友奈ちゃんはアレが勇祐くん本人に見えるの!?アレは勇祐くんじゃないのよ!」

 

「そうやって私達の仲を引き裂こうとするんだ。私はもう騙されない!東郷さんの言う事なんて、信じられるもんか!」

 

 

 東郷は自分の迂闊さを呪った。最初から自分の立場を打ち明けていられれば、こうはならなかったかもしれないのに。

 

 

「嘘じゃないわ!友奈ちゃんには見えないの!?その勇祐くんは人間じゃないのよ!」

 

「そうだよ、ゆうくんはバーテックスだもん!だから殺しに来たんでしょ!?そうすれば世界を守れるからって!」

 

「世界を...?何を言って......」

 

「......痛いじゃないか須美。僕だって死ぬ時は死ぬんだよ?」

 

 

 会話に割り込みむように白面が起き上がり、友奈と東郷の間に入った。

 

 

「ゆうくん!怪我はない?大丈夫?」

 

「平気だよ姉さん。これぐらい大した事ないさ」

 

 

 左目の部分だけ割れた白仮面の内から、濁りきった左目を覗かせる白面。姿形は確かに人間で、勇祐だ。だが、圧倒的に違う部分がある。

 

 

「その姿で喋るな、バーテックス!」

 

「ん?なんでだよ須美。僕は勇祐なんだから当然だろ?」

 

「しらばっくれないで!貴方が勇祐くんなら、そんな邪悪な雰囲気を出したりなんてしないし、姿形が2年前のままの筈がない!」

 

 

 今までの、特に中学生になってから戦ってきた白面状態の勇祐とは全てが違っていた。身長は縮み、髪の毛も少し伸びている。その姿は2年前に東郷達3人の先代勇者と戦った時の白面に酷似していた。恐らく顔つきも変わっているのだろうが、白仮面が邪魔で見えない。極め付けは雰囲気そのものだ。目の前の存在が結城勇祐であるのなら、絶対に醸し出さない邪悪なオーラとも言えるそれは、東郷にとって目の前の存在が勇祐ではないとそれだけで確信出来た。伊達に2年間も勇祐を監視してきてはいないのだ。

 

 だからこそ不思議であった。友奈であれば見抜ける筈の嘘をなぜ信じているのか、それが東郷には分からなかった。

 

 

「もしや......友奈ちゃんに何かしたのね!?」

 

「......僕は、何もしてないよ。ただ姉さんと生きる為にこの世界を壊すだけさ」

 

「世界を壊す......?」

 

「そうさ。僕は姉さんさえ居ればいい。もうこんな敵しか居ない世界なんて懲り懲りなんだ。だから、この世界を滅ぼすんだ」

 

「......貴方が本当の勇祐くんなら、止めなかった。私には止める権利はないもの......。でも貴方が偽物で、友奈ちゃんを誑かしているのなら話は別よ!それにね、私の知る勇祐くんは友奈ちゃんの為だろうと世界を滅ぼすなんて言わないのよ!」

 

 

 怒りを露わにしながら、目の前の勇祐を否定する。ずっと勇祐と戦い続けてきた東郷は知っている。勇祐は、如何なる理由があろうと自分の幸せを追求しないような『人間』なのだ。口では自分勝手な事を口走るが、結局は他人の為に体が動いてしまうような根っこからの善人だと東郷は充分知っていた。

 それらは以前、勇祐と2人きりで学校からの家路についていた東郷が再度確信した事だ。

 アレが無ければ、東郷はとっくに勇祐を殺していたのだから。

 

 

「どうしても、邪魔するんだね須美は」

 

「えぇ。私達の味方になってくれると言ってくれた勇祐くんを裏切る訳にはいかないもの」

 

 

 ライフルの槓桿を引き、2人に向けて構える。2人を撃つという覚悟を決めた顔だった。

 

 

「だ、そうだよ姉さん?」

 

「うん、東郷さん...私はこの世界を壊すよ。ゆうくんと、一緒に行きたいから」

 

「絶対に止めてみせるわ友奈ちゃん。それだけは、絶対に間違っているもの」

 

 

 友奈と東郷は覚悟を決め、白面はただその様子を待っていたと言わんばかりに受け入れる。この場において彼の意図は東郷には分からないが、友奈を誑かして世界を滅ぼそうという厭らしい魂胆は見えていた。

 

 

 ------奴は勇祐ではない。

 

 戦う理由はそれだけで良い。

 

 

「はあああああっ!」

 

「くっ...!」

 

 

 勇祐より真っ先に友奈が東郷に突っ込んで来る。友奈の右腕が東郷に迫るが、構えたライフルの銃床で右腕を弾き距離を取る。

 

 

(接近戦はいくら神樹様の補助があれど圧倒的不利......)

 

 

 伊達に戦闘訓練を欠かしていない東郷だ。両足の機能を散華し、神樹の補助を受けて漸く行動出来る状態でも友奈の直線的な攻撃なら、自分が不得手だろうと対応は軽々とこなせる。

 友奈も勿論、東郷は遠距離主体の攻撃だと理解している。自分にその距離を補う攻撃方法がない事もしかり、当然東郷のアドバンテージを奪いに掛かる。

 

 だが東郷は距離という武器を使わない。

 むしろ自分からライフルを持って突っ込んだ。

 

(その不得手をいつまでも残しておく程、私は怠けてはいない!)

 

「ッ!?」

 

 

 友奈は当然驚く。今まで見せたことのなかった戦い方だからだ。東郷のライフルにはいつの間にか銃剣が銃口に取り付けられていた。

 それは防人が扱う銃剣と酷似していた。

 

 

「せやぁあ!」

 

「こ、のぉ!」

 

 

 長尺対素手では、長尺側が素人で素手側がその道の達人だとしても、死を覚悟すると言う。それだけ長さという長所は単純に強い。

 

 なら、2年間銃剣術を鍛え続けた者と、天才的な才能はあれど、この半年程勇祐と組手をしただけの素人の戦いではどうか。

 

 

「友奈ちゃん!目を覚まして!」

 

「くぅっ...まだまだぁ!」

 

 

 勿論、東郷に軍配が上がる。

 東郷の銃剣術に、友奈は懐に飛び込む事が出来ないでいた。飛び込む事が出来たとしても巧みな銃捌きに翻弄されて拳の距離から離される。

 

 東郷がなぜ銃剣術を扱うようになったのか。それは勇祐が原因で、彼が格闘主体の戦闘スタイルだったからだ。

 なので勇祐のスタイルとよく似ている友奈が手玉に取られるのも当然なのだ。

 彼女はただ2年間。勇祐を殺す為に鍛えてきたのだから。

 

 

 精霊バリアの反射音が甲高く鳴る。友奈と東郷の戦いは、一方的に東郷有利のまま進んでいた。

 

 

「姉さんが不利か...。案外役に立たないんだな」

 

 

 2人の戦いを見ながら誰にも聞こえないような声量で、白面が呟いた。

 そして動こうとしたその瞬間、舞うように振り回される東郷のライフルの射線が白面に向いた。

 バンッと、強烈な破裂音。友奈の肩口付近から見えた銃口から唐突に射出される、白面を殺すために作られた、『必殺の弾丸』が白面に向かって音速を超えて迫る。

 東郷は最初からこれを狙っていた。自然な形で白面に銃口が向き、理想の射撃体勢で狙いをつけられる瞬間を。

 

 

「甘い」

 

「ッ!?」

 

 

 今までのどんな弾丸よりも早いそれを真横から弾くだけで白面は避けて見せた。

 避けられる事は想定内だった。だが焦りもせずに弾き飛ばすと言う事は、白面は弾丸を追えるだけの動体視力があり弾き飛ばすだけの反射神経があるという事に他ならない。

 

 最初に撃った2発が命中したことで『当たる』と思い込んでしまった結果だった。

 

 

「姉さん、どいて」

 

「えっ!?」

 

 

 白面の声に、咄嗟に反応した友奈が横に飛ぶ。その友奈と入れ替わるように、かなり距離が離れていた筈の白面が東郷の目の前に現れた。

 

 

(この距離を一瞬で詰め寄った!?)

 

「じゃあな、須美」

 

 

 ガシュッ、と機械音のような音が鳴り東郷の腹に衝撃を与えた。

 途端に腹部が熱された鉄棒に貫かれたように熱くなり、声に出せない程の痛みが東郷に襲いかかった。

 震えながら首だけ下を向いた東郷は、自分の腹部に、白面のパイルバンカーが突き刺さっている事に気付いた。

 

 

「う、そ......ごふっ」

 

 

 信じられないように呟いた途端に、口から血を吐き出した。

 白面は黙ってパイルバンカーを東郷から引き抜いた。寄りかかるように倒れてくる東郷を白面は邪魔だと言わんばかりに横に半歩避けて、東郷を地面に倒れさせる。

 

 

「知らなかったよな、こいつは精霊バリアを貫くんだよ?」

 

「こん、な......」

 

「前の僕は優しいかったからわざと使わなかったんだろうね。ま、今の僕には関係ない事だけどさ」

 

 

 倒れ臥しながら他人事に話す白面を止めようと東郷は白面に足を掴んだ。

 だが掴んだ足を振り払われ、顔面に蹴りを入れられた。

 

 

「がっ!?」

 

「鬱陶しいんだよ。もう立つ力もない癖に、抗うなよ。もうちょっとぐらい楽しめると思ったのにさ」

 

 

 わざとらしく溜息を吐きながら白面は東郷の元から離れていく。

 

 

「行こう姉さん。姉さんが壁を破壊しないと。僕じゃ力が足りないから」

 

「う、うん......」

 

「......須美のことが気になるの?僕たちを殺そうとしてたのに、姉さんは甘いんだね」

 

「......」

 

 

 友奈は否定出来ずに白面に手を引かれてその場を後にする。倒れて血の海を広げながらピクリとも動かない東郷に、一度だけ申し訳なさそうに振り返った。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました。三ノ輪様」

 

「お、おう......なんで私が帰ってくるって知ってたんだ?」

 

 

 銀は真っ先に大赦本部へとやってきていた。

 家族と会いたい気持ちに後ろ髪を引かれたが、真っ先に出会っておかないといけない存在が居たのだ。

 そして大赦にやってきた銀の目の前には、大赦の仮面を被った神官が平伏しながら出迎えた。まるで到着を知っていたようだが、その理由はすぐに分かった。

 

 

「結城勇祐より、断片的ながら話は伺っておりました故...」

 

「そっか......園子は居るか?」

 

「......はい。いらっしゃいます。今は地下で軟禁状態、ですが」

 

「......ならそこまで連れてってくれ」

 

 

 ある程度想像していた言葉に神官は顔を上げる。

 

 

「......分かりました。こちらへ」

 

 

 神官が銀を案内するように奥へと促す。銀も黙って神官の後について行った。

 行き先は大赦の地下。その更に最奥。

 厳重に封印処置をされた場所を何度も通る。

 

 

「流石にここまで厳重処置されてると...引くわ......」

 

「申し訳ありません。場所が場所、ですので」

 

「......本来は勇祐の監禁場所か。こんな御大層なもんを作るぐらいなら、とっとと殺してやりゃあ良かったんだ。ならあんなに苦しむ必要は無かった筈なんだけどな」

 

「......」

 

 

 神官には耳の痛い話だった。本来、勇祐の討伐令を取り下げるように裏から手を回したのは神官本人......そう、三好春信なのだから。

 

 

「あんたを非難する訳じゃないさ。結局悪いのはあの馬鹿勇祐なんだし。ここか?」

 

「はい、この奥にいらっしゃいます」

 

 

 廊下の最奥にあった、鋼鉄製の禍々しい扉。電子ロックされた扉を春信が開けると、真っ暗だった部屋に電気がついた。

 

 

「誰......?」

 

 

 胸までが砂化した、人の形をした『ナニか』の隣で三角座りをして顔を膝に埋めていた園子が、急に点灯した光に目を細めながら顔を上げた。

 

 

「おっ......?園子...だな。なんて酷い顔してんだよ」

 

「ミノ......さん?」

 

「そうだ。三ノ輪銀、今戻ったぜ、園子」

 

 

 信じられない、という顔をする園子にゆっくりと近づいていく銀。だが園子はそれを拒絶した。

 

 

「こ、来ないで!」

 

「......園子?」

 

「私を、また騙そうとしてるんだ!ミノさんはもう死んだんだ!あ、あな、貴女...お前は!偽物だ!」

 

「.......」

 

「来るなぁ!」

 

 

 怯える園子は壁にまで後退りながら銀を拒絶する。その様子を見ながらも、銀は近づく事を止めない。

 

 

「天の神が見せる幻覚なんだ...私が、こんな事をしたから......」

 

 

 壁まで追い詰められた園子の目の前に、銀は迫った。そして膝をつき、震える園子をぎゅっと抱きしめた。

 

 

「園子」

 

「ミノ...さん.......」

 

「言わなくても、全部分かってるさ。この世界を守ろうとしてたんだろ?その為に勇祐を斬り捨てようとして、出来なかったんだな」

 

「わ、私...」

 

「辛かっただろうに。天の神のタタリに抗ってさ。2年も、頑張ったんだろ?」

 

 

 抱き締めながら囁く。ゆっくりと頭を撫でて、赤子をあやすように優しく。

 

 

「う...うあ......あああぁぁ......ああああああああ!」

 

「おう、泣けよ。全部私が受け止めてやる。あとは、私達がなんとかしてやる」

 

「私...たち?」

 

「そうだ。私達、だ」

 

 

 銀が園子を身体から放すと、2人に近付く足音が聞こえてくる。

 

 

「よぉ園子。なんて酷い顔してんだよ?」

 

 

 園子が顔を上げるとそこには、いつの日かと同じように、眠そうな顔で体の様子を確かめながら、園子に目を合わせる勇祐が居た。

 

 

 

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