結城勇祐は弟である   作:白桜太郎

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第33話 それは傷つく花達の話

 

 

「力づくでも連れてってやる。あの時の、俺のような二の舞だけは絶対にさせてやらねぇ!」

 

 

 脱いだ仮面を被り直し、姉に対して『片方しかない』拳を向けて構える。

 顔面ぶん殴って、マウント取っても殴ってやる。それぐらいしないと姉は諦めないだろう。タタリでそう歪まされているのだから。

 

 

「行くぞ姉貴。目ぇ覚まさせてやる......!」

 

 

 

 

 ———時間は少し巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「おい須美!しっかりしろ!」

 

「クソ、バリアを貫きやがったのか......!」

 

 

 壁に向かっていた俺と銀は、血溜まりの中で蹲る東郷を見つけた。

 既に大量の血が流れ出ていた。

 

 

「げふっ......ぎ...ん......ゆうすけ...くん.........?」

 

 

 朦朧としているが意識はある。勇者システムと神樹の加護の影響だろう。本当に良かった...。流石に死んでたらどうしようもなかった。

 だが一刻の猶予もないような状況だ。生きさせるか、死なせるか。今の俺たちに選択肢が委ねられているが、選んでいる暇はないし、そもそも選択肢など無い。ある訳がない。

 

 

「銀!」

 

「なんだ!?」

 

「......もしお前が東郷なら、半分人の道を外れる事になっても...生きたいか?」

 

 

 東郷を助ける為の準備をしながら、銀に問う。

 もし東郷が生存を望んでいなかったら、なんてのは考えない。

 それに銀の事だ。たぶん...言ってくれるはずだから。

 

「お前の御霊を体に埋め込んでる私に言うなよ。ただ、自分本位の身勝手な意見を言うなら、例えバーテックスだろうと、私は須美と一緒に居たい。生きたい...!」

 

 

 いつかに聞いた、『生きたい』という言葉。

 

 

「言ってくれると思ってたぜ銀。んじゃあ、俺たちは共犯者だな。怒られる時は、一緒に怒られるぞ」

 

「既に一心同体みたいなもんだし、今更だろ?やってくれ、勇祐!」

 

「おう!」

 

 

 望んだ答えが帰ってきた事に内心喜びながら、俺は右の手のひらの皮を剥いだ。強烈な痛みが電流のように流れて、思わず声に出してしまった。体に痛みが走る感覚は久々だ。

 手のひらの皮を剥いだのは、東郷のお腹に開いた穴を塞ぐ為だ。東郷の肉体を、自分の肉体だと俺の自己強化能力、『流星』を勘違いさせる。そうすれば、能力の応用で手のひらの血肉と東郷のお腹の血肉の部分で肉体が繋がって、抜け技的に治療する事が出来る。

 

 だが他人の肉体の治療は、非常に負担が掛かる。既に銀と姉という2人をこの方法で治療した俺だが、銀は御霊を埋め込んだ上での治療であったし、姉はそもそも血は繋がっている双子だ。だからこそ負担が少なかった。

 今回のように全くの他人だとそうはいかないだろう。下手をすれば負荷に耐えきれず死んでしまう事も考えられる。

 

 そして、結果的に東郷の身体に俺の血が混ざってしまうという副作用もある。今、謎の存在から渡された勾玉で生きている俺は、本当に人間ではなくなっているだろう。そんな俺の血が混ざった東郷に、どんな異常が出るか分かったものではない。

 もしかしたら...今後、東郷は呪縛に囚われ続けるかもしれない。

 

 それでも。例えこれが俺たちのエゴだとしても。

 俺は、誰も失いたくない。これは俺の意思だ。

 

 

 

 ———だから躊躇なんてなかった。

 

 

 

 

 痛い痛い痛い痛い痛い。いてぇ!!

 

 クソ痛い!戸惑いも躊躇もなかったんだけどさぁ!痛いもんは痛い!そりゃそうだ、本来の手のひらにはない箇所を造っては移植してるような作業なんだからクソ痛いに決まってるし、負担がキツいのは知ってたさ!

 

 今までは俺の痛覚が死んでたから痛みがなかったのか、これは予想外だなぁ!

 

 

「勇祐......!お前そこまでして......!」

 

「お“......う”!!」

 

 

 身体中の穴という穴から血が噴き出す。どういうわけか、手のひらだけじゃなくて身体中が痛かった。身体中のエネルギーを使って他人の身体を治しているから痛いようだった。銀の時は痛覚が死んでたから身体の疲労感と血が噴き出す違和感しかなかったけど、これは、きっついな......!

 

 

「あぁもう!やれ勇祐!でも死ぬなよ!」

 

 

 ぐじゅぐじゅ、と。肉が再生していく耳に残る嫌な音が聞こえてくる。少しずつ、身体を治していく。

 そして内臓も殆どが治ったところで、俺の左腕が砂となって崩れた。やっぱ駄目か...。でもこのペースなら、東郷は治せる。

 痛いを通り越して最早死にそうだ。でもここで踏ん張らないと意味がない。今までそうやってあと少しと言い聞かせて頑張って来たんだ。

 

 

「おわ、り......!カハッ...!ぜぇ...ぜぇ......!」

 

「勇祐、終わったんだな...お疲れ様......!」

 

 

 手のひらの分の薄皮一枚だけ残して治療を終えた。流石にそこまで治すことは出来ない。手がお腹とくっ付いてしまうからだ。こればかりはしょうがなかった。

 

 治療を開始して何分経ったのか、時間の感覚さえ失っていた。体感で言えば1時間以上だ。

 酸素を求める肺の為に息をする事すら辛い。なんとかボロボロになった身体を修復していくが、やはり限度があった。左腕を治すには何もかもが足りない状態だ。とにかく、我慢できる程度まで身体を治して息を整える。

 

 

「東郷はこれで...大丈夫な筈だ...。けど、身体を修復したばかりで体力の消耗も激しいだろうから暫く動けないかも、しれない」

 

「それだけで十分だ。とにかく、東郷は見つからないところに避難させよう。勇祐は動けるか?」

 

「動く、さ。左腕がなくて平衡感覚が掴みにくいのはどうにかする」

 

 

 現状、やらなきゃいけないと強制されるような状況というか、想定外で俺の都合とか計画を滅茶苦茶にしてくる事象が多過ぎる。今にしたってそうだ。どうしてこうも俺の運命というものは都合良く巡ってくれないのだろうか。

 ただまぁ、動けるのだからまだマシか。最低基準が本当に低い気がしなくもないが。

 

 

「......銀。東郷は頼んだ」

 

「どうしたんだよ勇祐」

 

「姉貴と、魂の方の俺だ。神樹に向かってる」

 

 

 魂の反応が離れていくような感覚。その方向は神樹の方だ。つまりそこに姉もいる。なら俺が向かう方向はそっちだ。

 

 

「すまん、勇者部の方を頼めるか?」

 

「元よりそのつもりだよ。後輩達も見てみたかったしな!」

 

「だからって油断するなよ。.......んじゃ、行ってくる。......またな」

 

「......おう。いってこい」

 

 

 拳をコツンと突き合わせて踵を返した俺はそのままその場所から離れた。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 その場から離れていく勇祐を見送った銀は、表情に少しばかり影を落としながら呟いた。

 

 

「思えば、須美達も私の時はこんな気持ちだったのかなぁ」

 

 

 たぶんきっとそうだ、と銀は考える。

 勇祐は意図して言った訳ではなかったが、先程の『またな』という言葉は銀が覚悟を決めて戦いに望んだ時に東郷と園子の2人に掛けた最後の言葉だった。

 勇祐もきっと、心の何処かで帰って来れないと気付いているからこそ出た言葉なのだろう。

 

 

「私に背負わすなっての...。ま、頼られるのは悪い気はしないけどさ」

 

 

 それにしたって重いもんだな、人の覚悟ってやつは......そう呟きながら、樹海の根の影に隠した東郷の前髪をさらりと撫でた。

 勇祐が治癒した箇所は勇祐の服の裾で包帯がわりに巻いてある。どうやら痛みはないようで安らかな寝顔だった。

 

 銀は勇祐が恐らく、銀が助かるように手を回している事は勘づいていた。勇祐と銀目線ではただの大赦職員である春信との会話が聴こえていた訳ではない。ただなんとなく、あの勇祐が何も考えていない訳がないと信じていた。

 それは嬉しい。また東郷と園子と一緒に暮らせるのだから。紛う事ない、銀の本心だった。ただ、勇祐は自分をもっと大事にしろとも思っていた。

 言い出そうにも、銀には説得力がなかった。生きて帰るという信念を持っていても、結局は2年も帰れず死んだと思われていたのだからだ。どの口が自分を気遣えと言えるものか。

 

 

「難しいよなぁ。生きるのも死ぬのも。理由ばっか付いて回るんだもんなぁ」

 

 

 今の銀も勇祐も、生きる為には生きる理由が居るし、更に死のうにも死ぬ為の理由が必要だ。煩わしい事この上なかった。

 これがもっと単純に、あれがしたいから、とか。あの人と生きたい、だったらよかったのだ。それなら、こんなに悩まずに済んだ。今の銀には、しがらみが多過ぎるのだ。

 

 

「まぁそんな道理、全部ぶっ壊してやるだけだけどな」

 

 

 伊達に2年間、彼女は勇祐の目線を辿ってきたわけではない。実は眠っていながらも、勇祐の御霊を持つ銀は勇祐の意識と繋がっていたのだ。だから高熱を出して寝込んでいた勇祐に話し掛ける事が出来た。

 勇祐の視線で、勇祐の意識と繋がっていたからこそ、銀は勇者部と勇祐の問題点を見抜いていた。

 それらも含めて、銀はこの戦いで全てを精算するつもりなのだ。

 

 

「待ってろ、今度こそ全員生還のハッピーエンドに仕立て上げてやるからな!」

 

 

 2年前に出来なかった事を、今ここでやろう。その覚悟と共に、銀は東郷の側から離れて勢いよく飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「だぁーもう鬱陶しい!このちっこいヤツなによ!風!そっちは!?」

 

「ちょっと数が多くて対処しきれてない!状況は最悪かも!取り零す数が増えてきてる!」

 

 

 夏凜、風、樹の3人は、壁に開いた穴から湧き出し神樹へと向かう星屑の相手をしていた。星屑を知らず、遂に群体のバーテックスでもやってきたかと身構えていた3人だったが、斬ってみれば簡単に倒せたので拍子抜けしていたのも束の間。前衛に風、夏凜。そして討ち漏らした生き残りを後衛の樹が糸をもって処理するという布陣であるが、圧倒的な数の暴力の前にじりじりと押され始めていた。

 

 

「満開を使えば...クソ、鍛え方が足りなかったか!」

 

 

 夏凜は自分を恥じた。もっとトレーニングに時間を割くべきだったと思ったのだ。

 もっとも、彼女は休日はトレーニング漬けであるし、勇者部の部活後も翌日にギリギリ残らない程度に鍛えていた。

 それでも足りない。

 この現状を見て、努力が足りていたとは思えない。

 自らが完成型勇者を名乗る事が烏滸がましいと思えるほどに、夏凜は自分の無力にハラワタが煮えきるほどに怒っていた。

 

 夏凜はその怒りを嚙み殺しながら、取りたくはなかった選択を選んだ。

 

 

「夏凜、何する気なの!?」

 

「満開を使うわ!これなら一気にコイツらを一掃出来る筈!」

 

「!!駄目よ夏凜!満開は...!」

 

 

 風が思わず夏凜の肩を掴んで止める。が、夏凜はその手を振り払ってその場から飛び上がる。

 

 

「勇者は死なないんでしょ!死ななきゃ安いってもんよ!それに、私はねぇ!」

 

 

 絶叫にも似た夏凜の声。その声に絶望などという負の感情はなく、ただ友達と、友達が生きる世界を護りたいが為に。

 

 

「あんた達を守る為に、今は勇者やってんのよ!!満開!!!」

 

 

 満開という強大でありながら酷い後遺症を残す力を躊躇なく使った夏凜の背後に、『ヤマツツジ』が咲き誇った。

 4本の巨大な腕とその手に真っ赤な日本刀を携え、特徴的な赤色の装束から白を基調とした装束に変身した夏凜が悠然と空に浮いていた。

 夏凜は、何故かこの4本の腕の使い方が満開すると同時に理解出来ていた。不思議な感覚だな、と他人事のように思いながら、押し寄せる星屑の大群を一閃の元に全て斬り落とした。鞘が無いものの、それは正しく居合術と酷似していた。

 夏凜自身、意識していた訳では無かったが、身体が自然と『そういう風に』動いたのだった。

 

 

「あぁ、あれ?どこもわる...く?」

 

 

 その後、自然と満開が解除され樹海の根に降り立った夏凜は、自身の体のどこにも異常がない事に困惑していた。

 嫌な予感がして胸に手を置くと成る程、ようやく散華の供物として持っていかれた箇所が分かった。

 

 

「......そうか。成る程ね」

 

「夏凜、あんた大丈夫なの!?」

 

「たぶん心臓が無くなったわ。まぁ生きてるから大丈夫でしょ。内臓なら行動に支障も出ないし、それに」

 

「馬鹿!そういうこと言ってるんじゃ...えっなに、樹?」

 

 

 ピシャリと夏凜の言葉を遮り、怒鳴ろうとした風の袖を樹が焦るように引っ張った。樹の方に振り返ってみればピョンピョン跳ねながら必死にとある方向を指差している。

 訝しみながら指の方向を見てみれば、そこには神樹の方へと向かう友奈の姿。そして、

 

「友奈...それにアレって!?」

 

「白面!?なんで勇祐が!」

 

 

 死んだはずの勇祐...白面の姿があった。それだけであれば生き返ったのか?と思うところであるが、何故自分たちと合流しないどころか、満開して状態で神樹に一直線で向かっているのかが分からない。

 そして3人は同じ考えに至った。信じたくはないが、あれは本当に勇祐ではなく、白面の勇祐の形をしたバーテックスではないのか、と。

 

 

「様子がおかしい...!夏凜!友奈のところに行かなきゃ!」

 

「......そうね、先に行ってて」

 

「なんで!?夏凜はどうするのよ!」

 

 

 夏凜は黙って壁の方に顔を向ける。開いた穴から、バーテックスが複数体現れていた。どれも今まで相手して、御霊を封印したり勇祐が消滅させたものばかりだ。

 

 

「あれは......!」

 

「どうやらバーテックスもこの機会に乗じて神樹様を破壊しようとしてるようね。あいつらの相手は私がやるから、あんた達は友奈を追って」

 

「でも...」

 

「早く行け!たぶんあっちの方が厄介だろうから!あれはきっと白面であっても勇祐じゃない!勇祐は死んだ!死んだのよ!」

 

 

 狼狽える風と樹に、夏凜が怒鳴る。その顔は怒りに染まっていた。あまりの気迫に、2人はたじろいでしまう。

 

 

「臓腑から怒りが湧いてくる気分よ!私達の世界を滅ぼそうとするどころか死者を弄ぶなんて!」

 

 

 だがその怒りは2人に向けられたものではない。全てはバーテックスに向けられたものだった。両手に握られた刀の柄がミシミシと夏凜の握力で悲鳴をあげていた。それ程までに、あのバーテックスの白面が許せなかったのだ。

 無念だっただろう。心残りがあっただろう。それだけでも悲しいのに、なんという仕打ちだろうか。これが勇祐に課せられた運命とでもいうのだろうかと、夏凜は憤っているのだ。

 そして一息つくと、複雑かつ悲しげな表情で2人に頼み込んだのだった。

 

 

「だからお願い。友奈はきっと何かされてると思う。けど2人なら止められる。不器用な私は、友奈を止める言葉が思い付かないから...」

 

「......分かった。その代わり、絶対に無茶しないこと!約束出来る?」

 

「...えぇ、約束するわよ。だからお願い。友奈を頼んだわよ」

 

「任せなさい!樹、行くわよ!」

 

 

 風と樹が離脱したのを確認した夏凜は、見通しの良い高台となっている根まで飛んで行った。

 高台に立ちながら、鼓動の無くなった自分の体に溜息をつく。

 心臓が無くなったというのに、疲れはあるし生きている。それだけで勇者という存在がいかに異質かを表していた。

 

 

「ま、四肢が動かなくなったり五感がなくなるよかマシよね...」

 

 

 まぁ今からその部分も無くなるかもだけど。そう呟きながら、夏凜はスマホを取り出し、自分の誕生日パーティの写真を開く。懐かしみながら見た後にもう1枚、夏凜が大事にしていた写真を見た。

 そこには怒り顔の夏凜が勇祐に向かって木刀を振り下ろし、勇祐が焦った顔で白刃取りしているという写真だった。

 勇祐が入院する前に風が面白がって撮影した1枚だ。勇祐がまともに写っている写真はこの1枚しかない。

 

 

「撮られるのが嫌いだなんてほんと子供っぽいんだから」

 

 

 微かに笑いながら、スマホを仕舞った夏凜はバーテックスに相対した。

 

 

「さぁさぁここからが大見せ場。遠からん者は音に聞け。近くば寄って目にも見よ......。讃州中学2年、勇者部部員...三好夏凜......いざ、参る!」

 

 

 静かに、自分に言い聞かせるように。そして自分の余裕を表すかのような口上を紡いだ。そしてバーテックスを睨みつけ、勢いを貯めてバネのごとく跳躍する。

 

 

「さぁ、持っていけえええ!!」

 

 

 叫び、満開。

 体の一部を供物として捧げる代わりに強大な力を得た夏凜。

 咲き誇るヤマツツジを背景に、飛び出した勢いのまま、1匹目の目標に向かう。

 

 

「勇者部五箇条、ひとぉつ!挨拶はぁ!きちんとぉぉ!!」

 

 

 勇者部五箇条。夏凜にとって『しょうもない』と切り捨てていた文言を、讃州中学勇者部の勇者ここにありと見せつけんばかりに唱えた。

 

 ヴァルゴバーテックスに肉薄し、すれ違い様に斬り伏せる。

 

 

(柔い...変色しているところを見るに、もしかして再生途中?)

 

 

 斬り伏せた感触がおかしいことに夏凜は気付いた。

 倒したはずのバーテックスが蘇った。

 そして死んだ勇祐が白面として蘇った。その認識である夏凜はふと『バーテックスは殺しきれないのではないか』という考えに至るが、今考える事ではないと思考を振り切った。

 

 

「勇者部五箇条、ひとぉつ!」

 

 

 キャンサーバーテックスに突撃して、4本の刀を振り下ろした夏凜だったが、強固な盾に阻まれてしまった。

 

 

「なるべく、諦めなぁぁい!」

 

 

 —————そんな盾を、知った事かと蹴り飛ばし粉微塵にした。

 

 

 そのままキャンサーバーテックスを一刀両断。構えに戻ろうとしていた夏凜の一瞬の隙を突くようにサジタリウスバーテックスが無数の矢を放ってきた。

 

 

「見えてんのよ!!」

 

 

 放たれた矢を見切っていた夏凜は、矢に対抗して無数の小刀を投げつける。放たれた小刀は正確に矢を撃ち落としていく。

 

 

「どんなもんよ!」

 

 

 思わずガッツポーズした夏凜に、スコーピオンバーテックスの尾が横薙ぎで迫り、回避出来ないと悟り4本の腕で防ぐ。

 空中という踏ん張る場所もない所では耐え切ることが出来ず、満開を強制解除されながら夏凜は吹き飛んで行く。

 

 

「チィ...!勇者部五箇条、ひとおおおつ!」

 

 

 散華の代償は右腕。白い帯が現れて、動かなくなった右腕を庇うように巻き付いた。

 吹き飛ばされた方向がサジタリウスバーテックスの方向であった夏凜は、瞬時に満開を発動。4本の腕を盾にし、サジタリウスバーテックスが放つ矢の雨をくぐり抜ける。

 

 

「よく寝てェ!」

 

 

 矢の雨を抜けて満開を解除した夏凜はサジタリウスバーテックスを斬り飛ばし、そのまますれ違う。

 

 

「よく、食べぇぇる!!」

 

 

 露わになった御霊まで斬れなかった事に気付き、自由落下しながら御霊に向けて刀をぶん投げた。

 突き刺さった刀はサジタリウスバーテックスの御霊を消滅させた。

 そのまま地面に着地したものの、右足に力が入らずその場で転んでしまった。何事かと思えば、右足に巻き付く白い帯が目に入った。

 次なる散華の供物は右足という訳だ。これで右半身を失ったことになる。

 次は右足か、と盛大に舌打ちをした夏凜だが、知ったことかと左足に力を入れて飛び出す。

 散華してすぐだからだろうか、右足には東郷のように神樹による補助足のようなものはなかった。つまり機動力が大幅に下がった状態で1人でバーテックスと対峙するには、満開という道しか残されていなかった。

 

 ———歯痒い。

 

 自分は力がない未熟者である。だから満開という力を用いて、散華するのは当然の回帰であろう。力がないから自分の身体を支払い力を得るだけの話。だがそれで話が終わるわけではない。

 

 

「勇者五箇条、ひとおおおつ!!」

 

 

 満開した夏凜が次なる目標、スコーピオンバーテックスに向けて突撃する。

 彼女の脳裏に、勇者部の4人と勇祐の顔が浮かんだ。

 きっと散華でボロボロになった私を責めるだろう。以前であれば他者の感情なんて鑑みなかったのに。力がないから満開を何度も使った自分をどうか許して欲しいと願った。

 

 

「悩んだら、相談!!!」

 

 

 厄介極まりない尻尾を斬り飛ばすどころか微塵切りにした夏凜は4本の刀でスコーピオンバーテックスの胴体を串刺しにした。ちょうどそこに御霊もあったらしく、スコーピオンバーテックスは消滅していく。

 

 

「次は...ぐぁっ!?」

 

 

 次なる目標を索敵しようとした夏凜の背中に突如地面から現れたピスケスバーテックスの攻撃が命中してしまい吹き飛ばされてしまった。それと同時に満開の変身も解けてしまった。

 

 

「満開の定着が浅い...!?おさがりの勇者システムじゃ駄目って事かしら、ね!」

 

 

 返す刀でピスケスバーテックスに向けて左手に持った刀を投げつける夏凜。そして、散華の内容を知った。

 

 

「うぅっ...!勇者部五箇条、ひとおおおつ!!」

 

 

 夏凜は、世界から伝わってくる音の振動を聞き取れなくなっていた。つまり彼女が散華で供物とされたのは『聴覚』。彼女には、もう音は聞こえない。

 

 それでも、不安に押し潰されそうになる心を必死に繋ぎ止めるように、彼女はまたツツジを満開する。

 

 

「なるべく!!!」

 

 

 地面に潜ったピスケスバーテックスが居る場所に向け、落下速度プラス満開の出力で思い切り突っ込み、地面を割る勢いの威力で両足で蹴り込んだ。

 

 

「諦めなああああい!!!」

 

 

 堪らず飛び出してきたピスケスバーテックスを容赦なく一刀両断。

 

 

「見たか!これが勇者部の力よ!!」

 

 

 神樹に向けて、夏凜は言い放つ。どうだ見たか、未熟者だろうがこれだけ出来るんだぞと。張り裂けんばかりの声量で見せつけた夏凜だったが、彼女の背後には新たに現れたバーテックスで埋め尽くされていた。

 

 

「おかわり...って訳ね。いいわ、全部平らげてやるんだか、ら......ッ」

 

 

 疲労が溜まった夏凜の体から強制的に満開が解除された。

 

 

「嘘...こんな、ところで......!」

 

 

 満開はその性質上、散華によって体の一部を失うが、それと同時に体力も精神力も尋常ではない程に消耗する。

 夏凜は勇者になる為に訓練を積み、讃州中学にやって来るまでにも意図は伏せられていたが満開使用時の消耗に対する訓練を行っていた。それでもなお、連続5回の満開の使用は夏凜の身体に極大な負荷を与えていた。

 

 

「ふざけ、るなぁ...認められるか、こんな...ところで立てないなんて.....!」

 

 

 そして無慈悲にも、散華によって彼女の体の一部は供物とされる。次なる供物は、右目であった。

 

 

「まだ、やれる.....!まだ、立てる......!」

 

 

 力を入れようにも、今でさえ鍛え上げた精神力で意識を保つだけで精一杯な状態の夏凜には、上半身を起こすだけしか出来ない。

 

 そして、無慈悲にも復活したサジタリウスバーテックスの矢が夏凜に降り注ごうとしていた。

 

 

「悪いが、折角私の後輩を見つけたんだ。やらせるわけにはいかないな」

 

 

 夏凜の目の前に人影が立ち、甲高い金属音と共に矢が全て防がれていく。

 ボロボロの紫色の装束。そして紫色の傘を開いた槍。

 見たことがない。だが恐らくきっと、目の前の存在を知っている気がした。

 

 

「あん、たは......?」

 

「私の名前は、三ノ輪銀。あんたが持つ勇者システムの前所有者さ、後輩ちゃん?」

 

 

 にっこりと、向日葵のように笑う、見慣れぬ少女は夏凜の言葉にそう答えたのだった。

 

 

 

 




現在の散華による供物の箇所

・友奈(味覚)

・東郷(両足、左耳)

・風(子宮)

・樹(声帯)

・夏凜(心臓、右腕、右足、聴覚、右目)

・園子(左足、右目、右耳、心臓、子宮、両肺、胃、小腸、大腸、腎臓、膵臓)


なお勇祐に関しては物理的に失っているのでカウントせず。1度死んでいるので実質的に体全体散華しているとも言えなくはない。


次回以降もかなり投稿が遅れる事が予想されますが気長にお待ちください。バッドエンドを本編にする予定はないので、分岐点をいくつか設けてそこのバッドエンドを書いてみるかもしれません。
感想、評価、閲覧。共にありがとうございます。
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