結城勇祐は弟である   作:白桜太郎

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必ず約束を守る為に勇祐は戦います。





第34話 それは必ず帰ってくると誓う話

「全く、私に良く似た無茶の仕方するなぁ。いくら死なないっても、自分の体を犠牲にしちゃ意味がないだろうに」

 

「......?」

 

「......耳が聞こえないのか。なら、ちょっとそこで待ってな。あれぐらいの数なら私1人でどうとでもなる」

 

 

そう言うなり、銀は傘を解除してその場から飛び上がった。そして槍を投げる体制を取り、思い切りぶん投げた。

放物線を書くこともなく、一直線で飛んでいった槍はサジタリウスバーテックスを貫いた。

 

 

「ホームラン!いや、ホールインワンか?どっちでもいいか!」

 

 

槍は意思があるように銀の手元へと戻ってくる。そのままの勢いで銀は鎧袖一触でバーテックスを屠っていく。

 

 

「へへーん、どんなもんよ!」

 

 

そのまま夏凜の目の前に着地した銀は。自慢げに腰に手を当てて自慢する。夏凜は口をパクパクとさせて信じられないという顔で見つめていた。

 

 

「御霊がなかったっぽいからな。あのぐらいは余裕さ...それを含めて、お前のお陰だよ。よく、頑張ったな」

 

 

銀は夏凜が頑張ったからあの数のバーテックスでも楽に倒せたと言い、優しく夏凜を抱きしめて優しく頭を撫でる。銀の声を含め、一切の音が聞こえなくなった夏凜だが、優しく囁く声が聞こえて来る気がした。

 

 

「あり、がとう...」

 

 

夏凜にとってそれは救いであり、安堵であった。だがその安寧に浸るほど彼女は柔でないし、なにより三好夏凜は勇者であり、今では動かなかった体にも力が入るようになっている。だから、彼女は立ち上がろうとするのだ。自分の体に鞭を打ってでも——

 

 

「耳が聞こえなくても、右半身が動かなくてもまだなんとかなる。だから、あんたがどこの誰か知らないけど、私を皆のところまで連れて行ってくれない?」

 

「おい...お前」

 

「いいから!死ななきゃ安い!後のことは後で考える!

 

 

銀が言い終える前に夏凜は言い放つ。自分の口から、本当に思った通りの言葉が出ているのか音が聞こえなくなったので怪しかったが、苦い顔で頷いた銀を見てどうやら伝わったようだと感じていた。

 

 

「なんで勇者に選ばれた奴ってのはこうも己の身を鑑みないかなぁ...」

 

 

銀はそう言いながらも夏凜を背負う。どうせここで捨てていっても夏凜という人種は這い蹲ってでも戦おうとするものだ。なら連れていって近くに置いておいた方がまだマシだろう、という考えからだった。

溜息を1つ吐きながら、夏凜を背負った銀は神樹の方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

 

「友奈!止まりなさい!」

 

 

風と樹が、友奈を追いかける。だが友奈はまるで声が聞こえていないかのように振り向く事もせずただ黙々と2人から逃げ続ける。

埒が明かない事に気付いた風は樹に目配せをする。樹のワイヤーであれば、友奈の行動を阻害する事が出来るからだ。

 

 

「...!!」

 

 

だがそのワイヤーは、白面によって阻止される。友奈の前に覆ったワイヤーを両手で搦め捕ったのだ。

 

 

「オイタはいけないなぁ?」

 

「どの口が言ってんの、よぉ!」

 

 

そのまま振り回されそうになる樹のワイヤーを風が大剣で斬り落とす。先程から黙って友奈の隣居ただけの白面であったが、こちらが実力行使に出ると見ると遂に行動を開始したのだ。

 

 

「僕は姉さんと一緒に生きたいんだ。邪魔をするな」

 

 

有無を言わせない速度で迫る拳を避ける。樹が風に向かって何かを言いたげに叫ぼうとしていたが、喋れない樹の音なき声は風には届かない。

 

 

「オォォ!」

 

「そんな大振り!」

 

 

大剣を地面に刺し、それを軸にスピードが乗った回し蹴りを白面に食らわせようとしたが風の足は空振る。

 

 

「まだまだぁ!」

 

 

勇者システムを起動させた状態でしか出来ないような空中での姿勢変更で、地面に刺した大剣を引き抜き、そのまま白面に向かって振り下ろした。

が、唐突に走った刀部の側面からの衝撃に、風の態勢が崩れた。

 

 

「ゆうくんは、やらせない!」

 

「友奈!?」

 

 

衝撃の元の右拳は友奈のモノだ。その瞳を黒く濁しきって、まるで何かに取り憑かれたようだと風は気付く。一体何があったのか。今の風にそれを推察するにはなにもかも足りなかった。

 

 

「友奈、あんたおかしいわよ!勇祐がおかしい事に気付いてないの!?」

 

「ゆうくんはおかしくなんかない!口調だって、昔のように戻ったんだよ、今までがおかしかったんだよ!だから、邪魔しないでください!」

 

 

友奈の攻撃。手加減などなく、明らかに風を害そうとする威力だ。たじろぐ風にすかさず樹の援護が入るが、白面によって止められる。

 

 

「樹下がって!」

 

「いや、ここで仕留める」

 

「させる、かあああああ!」

 

 

戦い慣れていない樹は、白面の攻撃に反応出来ず硬直したままだ。咄嗟に風が樹を庇うように突き飛ばさなければ樹は白面に殴り飛ばされていただろう。

その代わりに、身代わりとなった風が白面に殴り飛ばされた。バリアが発生しているが、負傷は免れないだろう。

 

 

「やっぱり、拳じゃあ駄目だな...だから、使わせてもらうよ」

 

 

ゆっくりと樹に振り返る白面の右手には、パイルバンカーが握られていた。その姿に樹は本能的な恐怖を感じてしまう。

一歩後退る。だが動けたのはそれまでで、子鹿のように足が震えて言う事を聞いてくれない。視線は白面の真っ白な仮面が割れた目元、勇祐と思わしき存在が放つ、赤いとも黒いとも区別が難しいどろりとした瞳に吸い込まれていく。

 

叫びたくても叫べない。助けなんて求められない。ただ刻一刻と迫る死刑執行の時を待つ囚人のような感覚を樹は味わう。

下腹部からじんわりと温かい感触が伝わる。普段なら恥ずかしい事この上なく、その場から逃げ出して3日間は部屋に籠るであろう——

 

だが体は動いてくれやしない。

 

 

「樹ぃ!逃げてええええ!」

 

 

姉に叫び声に反応すら出来ない。

振りかぶられたパイルバンカーが樹に迫る。目の前の白仮面の奥底にある口の端が釣り上がっているように思えた。

 

もうだめだ、目をギュと瞑る。来るべき衝撃に備えて体が強張る。

 

 

だが、いつまで経っても衝撃が樹を襲う事は無かった。

 

 

「俺の後輩に手ぇ出してんじゃねぇぞクソ野郎!」

 

 

聞いた事がある、とても頼もしい存在の声が聞こえてきて目を見開く。そこには、腕を切り落とされた白面と、日本刀よりも大きく長い太刀と呼ばれる武器を構える隻腕で赤髪の少年、白仮面を被らない、結城勇祐が居た。

 

 

「......!!」

 

「樹、暫くぶりだな。ちょっと待っててくれ」

 

「傷が、治らな...!?」

 

「黙ってろクソボケ。テメェを殺すのは後だ」

 

 

何かを言いかけた白面は、顔面に腰の入ったフルスイングの右ストレートを叩き込まれ吹き飛んでいった————

 

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

 

「おい姉貴、迎えに来たぞ」

 

アイツを殴り飛ばした後。姉が驚いた顔で俺を見る。大方、なんでもう1人居るんだ?って事だろう。説明するのは面倒臭いし省く。どっちも俺だからなぁ。説明しにくい。あと、刀を背負った鞘に戻した。

何処からやってきたのか分からないが、まるで俺に使えと言わんばかりに樹海に刺さっていた、園子が俺の腹を搔っ捌く為に使った日本刀のそれだ。ほんと、なんであったんだろうなこれ。というか俺が使ってもいいのか?

 

これが最初から使えてたら......いや、それは考えるだけ無粋か。有り難く使わせて貰う、それだけでいい。

 

 

「ゆう、くん......?」

 

「......帰るぞ。一緒に、俺たちの家に」

 

「帰れ、ないよ。私は、ゆうくんと2人で生きるって決めたんだから」

 

「アホ抜かせ。そんな事、望んでないだろうが。大方あの偽物に言い包められたんだろ」

 

 

どういうやり方だったかぐらい眼に浮かぶ。どうせ心の隙間に入り込んで思考誘導でもしたんだろ。

それにもう、姉は騙されていた事に気付いている筈だ。俺がぶん殴った方が、間違っている方の俺だとも気付いている筈だ。

 

 

「そんなこと、ない...」

 

 

姉の瞳が動揺で揺れる。そらみたことか。アイツは俺自身なんだから、やり方ぐらい予想出来る。

むしろ、その方法で俺は姉の記憶をぶっ壊したんだからな。まさか自力で記憶を紡ぎ直してくるとは思いもしなかったが。

 

 

「言い訳はいい。長くなりそうだし、そもそも俺たちは誤解を解かなきゃいけない。話し合わなきゃいけない。だから、帰るぞ。勇者部の皆も待ってるんだからな」

 

「嫌だ」

 

「やだじゃねぇ」

 

「やだ!」

 

「やだじゃねぇつってんだろこのアンポンタン!脳みそあっぱらぱー!国語のテスト25点!!」

 

 

これはその場でパッと思いついた俺なりの罵倒集だ。こんな小学校低学年レベルの悪口しか出てこない辺り、俺の語彙力の低さと姉の性格の良さを自覚してしまうな。

 

 

「なっ...!?」

 

 

だけど姉の顔は真っ赤だ。案外悪口言われるとムキになるタイプだからな。

 

 

「何が嫌だ、だ!嫌がるって事は、帰る方が正しいって分かってんじゃねぇか!」

 

「ッ......!」

 

「それらしい理屈捏ねてみろよ!なんで嫌なのか言ってくれよ!言葉は、伝えなきゃ理解できないんだよ!」

 

 

これは自戒でもある。一言でもあれば、ここまで拗れなかったんだから。

 

 

「力づくでも連れてってやる。あの時の、俺のような二の舞だけは絶対にさせてやらねぇ!」

 

 

脱いだ仮面を被り直す。そして片方しかない拳を構える。

顔面ぶん殴って、マウント取っても殴ってやる。それぐらいしないと姉は諦めないだろう。タタリで、思考誘導で、そう歪まされている。

 

 

 

「行くぞ姉貴。目ぇ覚まさせてやる......!」

 

 

動揺する姉、だが十全に戦える体力。そして満開という切り札。対する俺は片手なし、復活した左目も視力はほぼゼロ。頭のてっぺんから爪先まで、身体中には激痛が走っていて、正直痛みを顔に出さないだけで精一杯の状態。立っているのでさえ怪しいぐらいだ。たぶん、真後ろにいる樹は、俺の足が震えてる事に気付いてるだろう。

 

 

「やらせる、かよ......姉さんは、僕と一緒に生きるんだ。生きる事を諦めたお前に、やらせるもんか!」

 

 

白面が姉の側につく。もう復活したか。だが右手はもう使えないみたいだな。なら、イーブンだ。

 

 

「こっちが本物の勇祐、よね?」

 

「どっちも本物って言えるけど、パイセン...大丈夫か?」

 

 

そして俺の両隣に、風と樹の犬吠埼姉妹がやってくる。2人とも体が痛そうだが......。

 

 

「私は平気よ......。それとありがとね、樹を助けてくれて」

 

「当然の事をしたまでだよ。後輩は守らないとな。それに、もう1人の俺と家族の不始末だ。なら、ケツぐらい俺が拭かねぇと。というか、俺の側についていいのか?2人とも......?」

 

「何言ってんのよ、あんたは私達が知ってる勇祐、でしょ?向こうは頭あっぱらぱーになった友奈に...というかアレもほんとに勇祐なの?なんで2人も居るのよ。忍者か何かなの?」

 

 

忍者ではないが。

 

 

「.......色々あったんだよ。詳細は省くけどあっちの俺を止めないと世界が終わる」

 

「うぇ、ほんと?なら、有無を言わせず勇祐の側につくわよ。樹もそれでいいわよね?」

 

 

樹もコクコクと首を縦に振って頷く。俺を信じてくれて、嬉しさが込み上げる。1人で孤独な戦いばかりだったから、余計に。でも心の何処かで罪悪感を感じるのは、俺がまだ2人に謝れてないからだろうか。

 

 

「俺は2人に、謝らなきゃいけないのに...」

 

「......大橋、のこと?」

 

「......聞いた...のか...?」

 

 

ぼそっと口から出てしまった言葉にパイセンが反応してしまった。

まさか......だけど、姉がいつの間にか言っていてもおかしくはない。

 

 

「いーえ全然。半分想定半分カマかけ。......当たって欲しくなんか無かったけどね」

 

 

覚悟はしてた、とパイセンは言う。俺が白面で、過去に何かやらかしていて、それに自分達に対して余所余所しさを隠さないし、1番の理由は苦手意識すらあったであろう自分に料理を習いに来たから...というものらしい。

 

後に聞いた話だが、薄々『なんかこいつおかしいな』と思っていたのが大赦に拉致されて一気に疑いから確信に至ったそうな。

まぁ確かに料理を態々パイセンに習いに行ったのは完全に悪手だったとは行ってから気付いて、辞めるのもどうかと思って結局続けてたんだよな...。

どうやら樹もパイセンから話は聞いていたようだ。

 

 

「勇祐が、何がどうなって大橋の惨事を起こしたかは今は聞かない。けどどうあっても、私達の結論は勇祐を『赦す』。だから...」

 

 

———もう、怯えなくてもいいのよ。

 

———もう、怯えなくてもいいんですよ。

 

 

パイセンがそう言って、樹もそう言っている気がした。

 

 

「......ありがとう。2人とも」

 

 

——————その一言で、俺はどれだけ救われたのだろうか。

 

 

 

 

「どういたしまして。んじゃ、あとは目の前のあんぽんたんの目を覚まして、あの勇祐をぶん殴るだけってことね!」

 

 

パイセンが大剣を肩に担ぎ、樹も構える。

 

 

「赦されたところで僕の罪は変わらない」

 

「それがどうした」

 

 

俺も拳を再度構える。

 

 

「消えない罪を背負ったままでも、俺を許してくれる人が居る。それだけでこの世界を壊す千の理由にも勝る。だから、姉貴は連れて行くしお前は倒す。例え俺の身が即座に砕け散ったとしてもな」

 

「少なくとも私達勇者部は勇祐を許す!これは部長命令だからね。ま、大赦は絶対許さないけど、それはそれよね!勇祐、あっちのよく分かんない方は任せなさい!」

 

 

そして俺達は激突した。

まず連携させないようにパイセン達が白面と姉を切り離していく。「心置きなく殴り合え」と樹の目が言っている気がした。君、やっぱり何時の間にかダーティな性格になってるよね。

 

 

「私は、私は!こんな世界なんていらないんだ!ゆうくんが認められない世界なんて!」

 

 

姉の拳と俺の拳がぶつかり合う。

 

 

「俺は、姉貴に幸せに暮らして欲しくてこんな化け物に成り下がったんだ!最初から死ぬような結末になることぐらい予想してたさ!」

 

 

蹴り飛ばされる。右腕で防ぐが反動で数歩後退する。右腕の骨が折れたけどすぐに治した。体の激痛が増える。

 

 

「じゃあなんで話してくれなかったの!?一言でも言ってくれれば...!」

 

「言った結果が今の姉貴だ!身を以て分かってんだろ!思考がメチャクチャにされてる筈だ!」

 

 

殴打の応酬を喰らわないようになんとか食らいつく。体に激痛が増えていく。負荷に耐えきれない

 

 

「それ、でも...!」

 

「姉貴が勇者になる事を避けられなかったように、俺だって同じだったんだ。でも逃げたら姉貴どころか皆死んでた!だから、俺は!自分で抱えて、なんとかしようとして、結局出来なかったんだ!その結果がこれなんだよ!」

 

 

吐きそうになった血反吐を飲み込む。

命の灯火が燃え尽きそうだ。何度目だろうな、こうして命を燃やし続ける愚行を犯すのは。

けど、俺にはこれしかない。勉強は出来ても賢くはないから、自分の想いを伝えるにはこれしかない。

 

 

「死は避けられなかった。俺が白面になってしまった時点で、近々死ぬ事は確定していたんだ。でも俺は未練たらしく生きようとしてた。生きてる事自体迷惑なのに、見ないフリをしてたんだ」

 

 

『迷惑』という言葉に反応して姉の拳が弱くなり、俺の顔面狙いから微妙に逸れた。

 

 

「お、ォォ!」

 

「ぐっ...!?」

 

 

その一瞬を逃さずに、姉の右頬を殴り飛ばす。

 

............本当は殴りたくなんてない。けど、

 

 

「いい加減、目を覚ませ!」

 

 

俺の現状を伝える為には、これしか思いつかなかった。

 

 

「...見ろよ」

 

「ゆう...くん......!?」

 

 

殴った自分の右手が、逆に半分ほど吹き飛んでいるのを姉に見せつける。

 

 

「俺はもうとっくに死んでるんだ。さっきまで確かに死んでたし、この体だって一時的に命を拾えただけに過ぎない。それに俺が姉貴と生きようとしても、天の神は全人類の生存を赦さないし、俺も姉貴も例外じゃない。天の神にとっての俺はただの駒だ。姉貴も、俺も、生きながらえるなんて出来やしない。意志も何もかも剥奪されて終わりだよ」

 

 

親指以外が吹き飛んだ右手をだらりと下げる。血は流れず、代わりに砂が零れ落ちる。もう、限界だった。

虚勢(やせ我慢)を張り続ける白仮面も地面に落ちてしまったし、意地を保つ余裕もなくなった

不器用な俺は結局のところ、姉を倒す程の力も残っていなかった。『死にかけた自分を見せることで現実を認識させる手段』でしか姉の目を覚まさせられると思わなかったのだ。

 

 

「だから、もうやめよう。姉貴...こんな事は......」

 

「でも、ゆうくんが...ゆうくんがぁ......!」

 

「いいんだ、もう。だ、から...」

 

 

 

 

———家に帰ろう。

 

 

たった一言、その一言を口から紡ぎ出す前に足に力が入らなくなり膝から崩れ落ちる。

体全体から力が抜けていく。

 

 

「ゆうくん!!!」

 

 

姉が半泣きになりながら俺に駆け寄ってくる。その場に座らされて顔をぐいっと上げさせられるのは、恐らく洗練されたいつもの問答(説教)の延長線にある、無意識下での行動なんだろう。

薄らぼんやりとした視界に映る姉の左頬には血と砂がべっとりとついていた。

 

 

「だい、じょうぶ...だから......」

 

「そんな訳ないよ!そんな体で、どうしてそんなことが言えるの!?」

 

「心配、掛けたく、なかった...だけ、だから......」

 

「するよ!してるよ!馬鹿!ずっとしてたもん!ずっとずっとずっと!心配ばかりかけて!小学校の時も、中学生になってからも!お巡りさんに何度もお世話になるし、怪我して帰ってくるし!夜遅くまでぶらつくし!怖い高校生を舎弟?にするし!姉弟なんだよ!?心配するに決まってるよ!」

 

「...ご、ごめん......」

 

「やっぱりゆうくんは馬鹿だよね!そうやって謝れば済むと思って!いつもそうだよ!ごめんなさいだけは上手いんだから!結局はその場限りであとで繰り返す癖に!」

 

 

何時の間にか説教モードの姉。

こうなると止まらない。いつもより勢いが逆に強いのはそれだけ精神的に揺さぶられているからか?

 

 

「だから!もう心配掛けさせないでよ!お願いだから、一緒に生きようよ!」

 

「それは、無理だ」

 

「お願いだから!もうワガママも言わないしゆうくんが悪い事しても怒らないから、ゆうくんが幸せになれるように私なんでもするから...だから......だか、ら......」

 

 

その言葉に俺は答えられない。

代わりに、残った右手で姉を出しうる限りの力で強く抱き締める。強く、強く。

 

 

 

 

 

———そして、姉の身体から心臓の鼓動がしてこない事を知った。

 

 

 

 

「ごめんね...壁を破壊したときに満開を使って......もう、ないんだ。これでゆうくんと一緒だ、って思っちゃったんだ。ゆうくんにも、心臓がないのは、知ってたから...ね。馬鹿だなぁ...勇者は死ねないから、神樹様さえ破壊してしまえば勇者も無くなって、ゆうくんと一緒になれるなんて考えちゃうなんて......」

 

 

愕然とする。だが確かに考えればそうだ。

俺には壁の破壊は出来ない。例え今の魂のように万全の状態であってもそれは覆らない。

なら壁を破壊出来る(破壊した)のは満開をした状態の姉ということになる。そして今の姉は満開していない。少し考えれば、既に散華していると判ることだった。

 

 

「そっか...」

 

「うん......」

 

「俺も、謝らなきゃいけない事はいっぱい、いっぱいある」

 

「うん...」

 

「今は時間がないから、謝れないけど、約束する。約束も、ちゃんと守る。ちょっと遅くなるかもだけど、必ず帰る。だから、この世界が壊れるのを、暴れている白面を止めよう」

 

「......うん!」

 

 

ボロボロの身体に鞭を入れて立ち上がる。

迷いはある。

後悔もある。

やり残した事もある。

けど、この先死ぬしかない運命だとしても。必ず、ここに。

 

姉の隣に帰ってくる。

 

 

「やるぞ......!」

 

「やろう!ゆうくん!」

 

 

もう、俺の顔に仮面は要らなかった。

 

 

 

 

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