あぁ夢だなぁ、と思えるような明晰夢を見る事は今まで生きてきた中では覚えがない。
もしかしたら毎日のように見ていて、忘れているだけかもしれないけれど。
今日の夢は姉さんが知らない誰か達と仲良く遊んでいる夢だ。僕はそこに居ないけれど、皆楽しそうに海岸沿いを歩いている。
何故だか無性に姉さんを呼び止めたくなった。けれど呼んでしまえば夢が終わる事もなんとなく分かっていた。
この夢を終わらせたくない。姉さんが幸せな姿をずっと見ていたい。
けど僕は後ろを向いて、現実を見なきゃいけない。夢の中で幸せな姉さんを、僕は邪魔したくないから。
だから、僕は姉さん達から振り返って夢から目覚める為に目を閉じようとした。
「……ゆうくん?」
「えっ?」
姉さんの声がして、思わず振り返ろうとした瞬間…僕の夢は途切れた。
「……寒いなぁ」
古ぼけた空き家の床で僕は目を覚ました。
梅雨の時期でジメジメと蒸し暑いはずなのに部屋の中は肌寒かった。
朝のはずなのに締め切ったボロボロのカーテンの向こうは暗い。ざぁざぁという雨音からして雨が降っているようだった。
「あれから、一月……かぁ」
僕はあの夜から変わってしまった。
生活も、人格も、何もかも。
あの不審者から得た物は確かに今の僕にとって有用なモノだったけれど。僕は余計に家に帰れなくなっていた。元々帰るつもりもないんだけれど。
未だに力と素の状態の違いに苦しむし、無意識に使ってしまって怪我をしてしまう事も多い。けどその怪我もこの力ですぐに治ってしまう。
その度に僕はもう家族の元に帰れないんじゃないかという錯覚に陥るのだ。
全く持って反吐が出る。こんな力は要らないのに押し付けられた。アイツは絶対に必要になると言っていた。確かに、あの世界で影共に対抗するならこの力は必要になる筈。けど現実世界でこんな力は要らない。要らないんだ。
有用なのは分かる。この力がなかったらとっくには家に突き返されているのは分かるし、この力を失ったら僕は本当に死んでしまうことも分かる。
それでも僕は、僕が僕でなくなるような感覚を拭えないままだ。いつの日か化け物に落ちてしまいそうに思えて仕方がなかった。それだけは……嫌だ。そうなってしまえばいっその事……。
「…やめよう。力を手に入れてしまったのももう過ぎた事だし、今はどうやって今日を生きるかが大事だよね……」
側に投げたままだった朝食を手元に持って来て「いただきます」と、手を合わせて食べ始めた。
今日のメニューは能力を使って万引きしてきた菓子パンと、ペットボトルに入った温くなったコーヒーだ。
母さんが作った朝食が恋しい。温いコーヒーは家で飲むコーヒーよりも不味く感じるし、何よりパンも含めて味が薄く感じた。
やっぱり家で食べるのが一番なんだなぁ、とぽつりと呟きながらパンをコーヒーで流し込む。食べ終わった僕はリュックにゴミを詰めて背中に背負う。この家に僕が居た痕跡はあまり残せない。だからコンビニのゴミ箱にでもゴミは捨てておかなきゃならない。
衣料品店から同じく万引きしてきたパーカーのフードを深めに被って、この空き家に捨て置かれていた傘を持って、窓から飛び出した。
「…お世話に、なりました」
持ち主が誰かもわからない家で、僕が無断で侵入して使っていただけだ。数日毎に空き家を転々としていて、寝る時以外は使わないようにしていてもお礼を言わなければいけない気がした。
雨の住宅街をとぼとぼと歩く。
ただ僕が結城勇祐であるとバレないように、隠れて動くだけで、目的は何もない。
最初の1週間は警察のパトロールとかが多くて、僕は神社とかで風雨を凌ぐしか無かった。その頃はあの不審者から渡されたよく分からない力に振り回されていてまともに寝れる日も少なかったから、動く体力もなかったが正しいけれど。
途中何回かあの世界にも呼ばれてあの影達と戦ったけど、僕自身の不調でその度に負けた。
一応戦う意思は示しているからなのか、神様は次に備えろ、としか言われなかったのは僥倖だ。僕は良くても、これ以上家族を苦しませる訳にはいかないのだから。
「…というか、万引きとかスリとかしなきゃ生きていけないのもな……」
正直、ここまでして生きていかなきゃいけない理由が分からない。
僕がしていることは犯罪だ。小学校でも家でも、習ってきた事だ。僕はそれを反故している。なんて様だ。世界を守る為とか言っておきながら、世界に仇なしている。これ程滑稽なものがあるか。
でも、止められない。止めるわけにはいかない。家族が人質だ。僕は今、家族が苦しまない為に家出しているけど、もし僕が戦うのをこれ以上拒否すれば僕が受けたあの天罰が家族に降り注いでしまうかもしれない。
———だから、戦うのを止めてはいけない。生きる事を止められない。例え僕が、戦いに支配されたとしても……。
「ユウキじゃん。なにしてんの?」
ふと真正面から声を掛けられた。俯き加減で歩いていたから気が付かなかったけど、その顔には見覚えがあった。
「……三ノ輪、さん?」
あんまり出会いたくない人の1人に出会ってしまった。そうか、歩き続けていつの間にか坂出市の方まで来ちゃったか。以前見たような制服の姿ではなく、今日は私服だ。
「フード被ってるから誰か分かりにくかったじゃん。なーんか元気なさそうだなぁ」
「…そう、見える?」
「一度出会っただけの私が分かるんだぜ?須美も園子も、今のユウキを見たら心配するよきっと。さては従兄弟さん家でなにかあったか?」
そういえばそういう設定してたなぁ。アレは神様が僕に言わせたセリフだ。特に言い訳が思いつかなかった僕にとってはあの時だけは有り難かった訳だけどすっかり忘れてた。
そう…今の僕は郡ユウキであり、ソリの合わない従兄弟の家に居候する小学生だ。自分自身にそう言い聞かせてしまわないとボロが出そうだ。
「まぁ、うん。色々とね」
「そっかぁ。大変だなぁ、なんとかしてあげたいけどこればっかりはなぁ」
頭を掻きながら悩む三ノ輪さん。嘘の事で悩ませるのは罪悪感があるけど仕方ないよね。
「んー?」
「えっあっ、な……なに?」
ずいっと、三ノ輪さんの顔が僕の顔に近寄って来た。近い、近いよ三ノ輪さん!?なんでそんなに顔を近付けるの!??何かしたっけ僕!何も予想してないというかいやほんとにちょっと待って本当に待って恥ずかしいよこれキスすると子供とか出来ちゃうんじゃなかったっけ神樹様が遣わせるコウノトリが運んで来るとか聞いたことがあるけど本当なのかないやいやそれどころじゃないというか……!
「……ぷはっ、はははは!なんだよその顔!悲しそうな顔してると思ったら百面相してさ!睨めっこしてるんじゃないのに、はははは!」
「…………へっ?」
「顔を見ただけって事だよ。そんな百面相されるのは予想外だったんだ」
ぼ、僕の一人相撲だった訳か…滅茶苦茶恥ずかしいやつじゃんこれ……。
「どうしたんだぁ〜顔真っ赤にしてぇ〜?」
「か、からかわないでよ!」
もう勘弁してよ。ニヨニヨと笑いながら僕の脇腹を肘で小突かないでよ…恥ずかしいんだから……。
「そうそう、そっちの顔がいいよユウキは。もっといいのは笑ってる方だけどさ」
行動と言動が一々男前過ぎる……。僕はなよっとしてるし、野球してる友達よりもそりゃあ弱々しいけど、なんでかなぁ三ノ輪さんにはずっと勝てないような気がしてくる。
「んじゃ行くか」
「えっ、ど…どこに?」
僕の手を引いた三ノ輪さんが、事情が掴めていない僕の声にきょとんとした。
「どこって、決まってるだろ?イネスだよ、イネス」
それ、三ノ輪さんだけの常識なんじゃあないかなぁ……。流石にこれは口に出せないけれど。
言うだけ言った三ノ輪さんはご機嫌な様子で僕の手を引いて歩き始めた。
1時間後。
要は今日は鷲尾さんと乃木さんが居ないから暇だったそうだ。そこでたまたま僕と出会った訳で、これ幸いと僕を引き摺ってでもイネスに連れて行こうとしたらしい。
「そこのおばあちゃん!私がその荷物を持つよ!」
「え、道が分からない?えーっと…あぁ!商店街にこのお店はあるからあっちを曲がって……」
「おっと、そこのおっちゃん!財布落としたよ!ちゃんと気を付けておかなきゃ後で困るのはおっちゃんだよ?」
まぁ未だにそのイネスに辿り着かず、1時間以上もこうして人助けをしているんだけれど。
というかここまで困ってる人に出会うのは最早才能じゃあないかなぁ。僕達との出会いも迷子の子を助けようとしたのがキッカケなんだし。
「いやぁ〜ごめんなユウキ。色々と手伝わせてさ」
「いいんだよ、僕も人助け好きだしね」
偽りのない本音だ。三ノ輪さん程ではないけど、姉さんと僕は困っている人を見かけたらすぐに助けに行くような人種だった。
僕はどちらかと言えば姉さんについて行く方なので、今のように人助けする時には力仕事だとか補助をする事が多い。僕にはその位置がちょうど良かったんだ。
「んじゃ気を取り直してイネスに行こうぜ。園子はともかく、須美が居ると中々ゲーセンに行けなくてさぁ」
「僕もあんまりゲーセンには行かないなぁ。近くになかったからね」
「じゃあ色々教えてやるよ!メダルゲームとかな!」
僕は三ノ輪さんに手を引かれて、イネスへと駆け出したのだった。
♦︎
夕方になって、買い物があるらしい三ノ輪さんと僕は別れた。
しかし楽しかったなぁ。ここ1ヶ月まともに笑ったことがなくて、頬が吊りそうになっちゃったぐらいに三ノ輪さんとゲーセンで楽しんでた。
途中でタタリの事を思い出した——1ヶ月もこの為に人と接触を絶っておきながら!——ので、トイレに行くフリをして仮面を被って三ノ輪さんを覗いてみたらタタリの兆候は一切見え無かった。神様は何も言ってこないし、僕が戦う意思を見せているから許してもらっているんだろうと思うことにした。
兎に角、ほぼ無理矢理にだけどこれからも三ノ輪さんと会う約束をしてしまった。だから三ノ輪さんと、今日来ていない2人の様子もよく観察して、僕と一緒に居る影響を確かめなければいけなくなるだろう。
もし、彼女達にもタタリの兆候が見られたら僕は本気で人を絶って山の中で生活する事になる。そうならないように今はただ祈り、次の戦いに備えるしかない。
「とは言っても、言ってみれば僕って爆弾だからなぁ…」
いつ爆発するか分からないのに、友達と一緒に居るなんておかしいよね。でもなぜか三ノ輪さんの事は避けられないんだよ。もしかしたら僕は案外寂しがり屋で、人肌恋しいのかもしれない。
1ヶ月以上人との接触が無かったことなんてなかったし、家族と離れた事もなかった。ホームシックなのは、まぁ…あるんだけども。
あの3人にタタリの影響がないなら…これぐらいいいよね……?
そんな事をイネスの屋上で柵に体を預けながら、ぼんやりと考えて居た。雨上がりのジメジメとした空気を変えるように、夜を運ぶ少し冷たい風が何故か火照っていた頬を撫でた。そろそろ空き家を見つけて、寝る準備をしなきゃいけない時間だ。
「めぼしい場所は見つけているから、あとはそこに侵入するだけなんだけど……ぐぁっ!くそ、耳が……!」
唐突に聴覚が敏感になった。
色んな音が僕の耳に飛び込んでくる。人の喋り声、歩く音、車の走行音、電車の走る音。色んな音が痛い程に聴こえてくる。
あの力を渡されてから、偶にこうして力が暴走するんだ。だから、この力は嫌なんだ…!
「……して!」
声が聞こえた。偶然だった。偶々、力を抑えようとした時に飛び込んでくるように聞こえて来た声だ。
一度しか出会った事はなくとも、その出会いは衝撃的だったからこそ、よく覚えているあの子の声。
「…乃木、さん?」
何気なしに、乃木さんの声が聞こえて来た方角に耳を澄ませた。何を言っているかまでは聞き取れなかったからだ。
だから、この時の僕は事態の深刻さに気付いてはいなかった。
「離してよ!!なんでこんな事をするの!?」
「我らの教祖様の命だ。従わなければ痛い目を見ることになる」
耳を澄ますと聞こえて来る、数百メートル離れた先からの声。それは乃木さんと、知らない男数人の声だった。明らかに様子がおかしい。それに痛い目に合わせるなんて、この平和な四国で聞こえるはずがない、ドラマやゲームの中でしか聞かない言葉だ。
何故乃木さんが?と考えているうちに僕の身体は自然と動き出していた。
警察に電話?それとも誰か近くの人に助けを求める?駄目だ。それだと遅過ぎる。間に合わない。奴は、乃木さんを拐うつもりだ!今ここで僕が行かなかったら乃木さんは連れて行かれる。
じゃあ助けるのか?心の何処かから、そんな疑問が湧き起こった。あの力を使わなければ助けられないからだ。代行者としての力は使えない。仮面を被るだけならまだしも、代行者として行動してしまえば神様の怒りに触れるかもしれない。だから、渡されたあの力しか使えない。
でもあの力は忌避すべきものだと思う。使えば寿命が短くなると言っていたから、それは嫌だし、今でさえ力が突然に暴走した結果なんだから余計に使いたくない。
でも、見てるだけはもっと嫌だ。
僕は家族や友達を守る為に戦っているんだ。たった一度だけしか会っていない乃木さんだろうと、もはや僕に見捨てるという選択肢はなかった。
「やるぞ……!」
僕は意を決して、仮面を被らずにフードだけを被る。そして軽く後ろに下がって、助走を付けてからあの力を使用した。
視界が一気に夕焼けに染まる大空に、流星の如く飛び出した。
この1ヶ月で分かった事は、この力は身体能力を極端に増加させるものらしいという事。使う時は、力を身体に巡らせるイメージを膨らませると、自然と力を使う事が出来ること。ただし、まだ制御が半端にしか使えないからその時に必要なだけの力は使えない。つまり使用の度に思った通りの出力がある力を使えないという事。あとは使えば使う程に制御が正確になってくる事だ。
ランダム性があるとも言える力のお陰で僕はあの影達に負け通しだった。そして今も、同じように僕は安定しない力に四苦八苦していた。
(今回は力が強すぎるなぁぁぁ!)
夕焼け空に飛び出した僕は、思いの外に跳躍してしまった事に悔いていた。
いやでも、一階まで降りて走って乃木さんのところまでなんて間に合うわけがなかったしこうするしかなかったんだけどさ、ほんとに流れ星になるってこれ!うおおお早い早い!やばっ車にぶつかる…!?いや、この勢いのまま車の屋根を跳び箱の要領で飛べばッ!
「ウオオオオオッ!スーパーイナヅマキーック!!」
車を飛び越えた僕は、以前聞いた覚えのあるカッコいい言葉を叫んだ。そしてそのまま、乃木さんを羽交い締めしてる男の顎に飛び蹴りをブチかましたのだった……。
♦︎
乃木園子にとって、郡ユウキと名乗った少年はパッとしない子というのが第一印象であった。
迷子の子供を助けようとした姿や、自分やミノさんに振り回されても困ったように笑みを浮かべる姿を見て、変な子という印象は自分を前に出せない少し内気な子なんだ、という印象に変わった。
そんなよくある出会い。恐らくもう殆ど出会う事もないかも……と思っていたような、悪い言い方をすれば薄い思い出。
流石に忘れはしないけど、今は自らのお役目と共に戦う友人達の方が大事だった。だから彼女にとって郡ユウキという少年は有象無象と同じ立ち位置でしかなかったのだ。
「大丈夫!?」
そんな彼が、絶体絶命だと思っていた瞬間に、まるで『勇者』のように駆け付けてくれたのだ。この一瞬で、乃木園子にとっての郡ユウキの立ち位置がガラリと変わったのだ。
「えっ、えっ!?ゆ、ユッキー!?」
「あっ、やっぱり分かっちゃった?まぁフードを被ってるだけだし……まぁいいや。おい!お前ら僕の友達になにしてんだよ!」
このよく分からない少し気が触れていそうな男達を前に、彼は大見得を切ってみせたではないか。園子には出来なかった事だ。今は力のないただの少女である園子はただ震えて、なんとかなりようにと祈るしかなかったのに、ユウキは違ったのだ。
「おぉ、予言通りだ……」
「まさに、彼こそ…真の……!」
男たちは口々にボソボソと意味の分からない事を呟き始める。狂人、という言葉が1番当てはまる例えだろう。それ程までに彼らは得体の知れない恐怖を身に纏っているのだ。
「なに訳分かんない事ごちゃごちゃ言ってんだよ!乃木さんは連れて行くぞ!」
「…それは困る。我らの悲願の為にゆ……乃木園子は連れて行く」
「あぁそうかい!」
そんな男達に、ユウキは立ち向かっている。恐れは何もないかのように、だ。園子が見たユウキの背中は大きく見えた。頼りになる、と思ってしまったのだ。
無表情で語る、顔に生気を宿していない男達が、ユウキに襲い掛かろうとした。
「乃木さんは下がれ!」
「…ッ!でもっ!」
「いいから!」
園子を突き飛ばすように下がらせたユウキの眼前に男の拳が迫ってくるが、彼は異常な程の反射神経で男の拳を掴み、そのまま肩に背負ったかと思えば脚を刈って背負い投げをして男を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた男は狭い路地の両側にあるビルの側面に激突し、気絶したようにそのまま崩れ落ちた。
「すごい……!」
「まだやるかコラァ!やるんなら容赦しねぇぞ!」
ビクリ、と園子の身体が彼の声を受けて震えた。あんな優しそうな顔と声だったユウキが、チンピラの如き声で男達を威圧したからだ。
想像だにしていなかった彼の姿に園子は思わず唾を飲んだ。彼なら、あと4人いる大人の男でも圧倒するかもしれない、と。
そしてそれは現実となった。
男達は負けたのだ。それも完膚なきまでに、まだ小学生の少年に、だ。
園子から見て、大人の男達は戦いの素人だった。もし彼女の得手たる槍が手元に有れば、園子が持つ力を使わずとも圧倒出来ていただろうと思える程に。
だが実際、人間を相手に、しかも害を持ってやってくる存在をこうして怪我もなく叩きのめせるとは園子は思わない。そもそも対人であの槍と力が使える訳がないのだから。
そしてユウキの戦いは、荒削りでありながらも、喧嘩殺法染みた我流の戦い方だ。大人と力の差が分かっているからこその受け流すような戦い方。そして周りの状況を瞬時に判断する化け物並みの観察眼。
彼はそれらを十二分に使って見せて、ものの数十秒で大人4人をノックアウトさせたのだ。
「す、すごい……!」
「まぁ、こんなもんだろ。ほら乃木さん。さっさとここから逃げんぞ」
「えっ、でも……」
「追加でこいつらの仲間が現れたら面倒だ。この場から離れるのが1番だと思う。こいつらは…なんか変だ。行くぞ」
チラリと倒れ伏す男達を見ながら、ユウキは園子の手を引っ張って路地から走り出す。
夕陽が差し込まない、薄暗い路地裏から。
まるで勇者が囚われしお姫様を救い出すときのように。
そして乃木園子にとって、目の前ので自らの手を引いて暗がりから救い出してくれる少年こそがカッコいい物語に搭乗する勇者様で、白馬に乗った王子様そのものだったのだ。
「……はぁ〜。ここまで来れば大丈夫だろ」
あの路地から逃げ続けていたユウキと園子は海沿いまで来ていた。
海へ転落を防止する柵に身体を預けながら2人は荒くなった呼吸をなんとか整えようとしていた。
「…ねぇ、ユッキー?」
「ん?なにかな乃木さん?」
ようやく息も整え終わった頃に、園子はユウキに話を切り出した。彼はきょとん、としている。園子がなにを聞いてくるのかが想像出来ていないのだ。
「もしかして二重人格だったりする?」
「僕が?まさかぁ。そんな特殊な事情は持ってないよ」
「でもさっきまで、『うがーっ!』って感じだったし?」
園子は頭に両手の指を一本立てて、先程までのユウキが鬼のようだった、と言わんばかりに表現してみせた。
「あー……。できれば忘れてくれると嬉しいなぁって…」
「……なんで?」
先程までの自分の言動を思い出したユウキが、頬をぽりぽりと掻きながら園子から目線を外した。園子はそんなユウキを見て疑いを深くした。
彼がいくら白馬に乗った王子様であれ、聡い子供である園子はいくつかの不審点が思いついた。言動であるとか、戦い方であるとか、だ。だからユウキの反応を訝しんだ。
「いや、若気の至りというか…いや十分に若いとかそんなんは置いといて……その、調子に乗りすぎたというか……素直には、恥ずかしいんだよ……!」
しかし園子は恥ずかしそうに頬を朱に染める彼がこんな回答をするとは思っていなかったのだ。
「へっ?」
「だからさ、その。三ノ輪さんとかには黙っといて貰えると嬉しいかなぁって。あぁぁぁ、思い出すだけで憤死しそうだよ……」
あぁ。そうか。そういうお年頃なんだなぁ、と園子は気付いた。そして自然と笑ってしまうのだ。こんなに可愛らしい少年を愛おしく思うように。
「ふふふっ……」
「わ、笑わないでよ!?」
「だって、ユッキーおかしいんだもん。あれだけの大立ち回りしたんだよ?もっと天狗になっててもいいのに…」
「出来る訳ないじゃん……そこまで偉い人にはなれないし、悪ぶれるのも出来ないんだから……」
柵に体を預けて項垂れるユウキの姿を見て、園子は先ほどの疑いを取り消した。そもそもこんなただ強いだけの中二病を患っていそうな少年が、憎しみや殺意を持って殺しに来るような存在ではないだろう、と結論付けたからだ。もっとも、園子にとって深い意味は他にあるのだがそれは別の話だろう。
「まぁ、その。乃木さんに怪我無くてよかったよ」
「そのっち」
「えっ?」
「そのっちでいいんよ〜ユッキー?」
———だからきっと。この感情は吊り橋効果のそれで。
「え、えっと……。そ、そのっち?」
「そうそう!その調子なんよユッキー。私達、友達だもん、ね?」
「か、からかうのはやめてよぉ!」
これはきっと、こんな彼を虐めたくなる、嗜虐的な感情で。彼の困った顔が見たい、ただそれだけの想い。
この時は、ただそれだけの話だった。
もし彼が白仮面を被っていなければ。
彼女が特別な立場に居なければ。
そして、彼に恋をしていなければ。
———もっと単純な話で終わっていたのだから。
皆様、新年あけましておめでとうございます。
別に毎回樹海で戦うシーンは書かなくてもいいしなんならキンクリしてもいいのではないかと思う白桜太郎であった……。原作と剥離しまくってるから戦闘回数もマシマシしてもその戦闘省いてもいいよねって思った次第です。
さておき、いつの間にか35000UAにお気に入りも300突破していました。更に投稿を続けて1年が経っていました。時が経つのは早いですね。
皆さまいつも閲覧して頂き、本当にありがとうございます。こんなクソ重いゆゆゆ二次創作を楽しんで頂けていれば幸いです。
これからも『結城勇祐が勇者である』をどうぞよろしくお願い致します。