結城勇祐は弟である   作:白桜太郎

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第8話 敵対

 

 生まれる前の記憶。

 それを持っている子供なんかは、案外居たりするらしい。

 例えば、暗闇の中に居ただとか。母親らしい人の声が聞こえてきただとか。そんな感じの思い出を持ったまま生まれてきて、ある程度歳を取っても覚えていたりするらしい。

 だがその記憶なんてある程度体が出来てからの話だ。体が出来上がる前、つまりは魂だけの状態だった時の記憶を持っているなんて、僕ぐらいの話。

 何故こんなことを言われるのか、命令されるのかなんて考えたこともなかった。それが普通で、当然なのだと。偶々、偶然…ただそれだけの話だと漠然と思い込んでいた。

 よく考えれば分かる話だった。僕の産まれる前の記憶というものは本当にあった事で、僕はその時に一度死んでいる。なのに僕はこうして生きている。それは何故か。

 

【結城友奈を殺せ】

 

 この命令。姉を殺せという、僕が、仮面を手にするその時まで続いていた避けられない強制力があった命令。そんな強制力のある命令を今までやらされていたのは何故か。あの白い仮面を渡され、代行者として契約させられたのは何故か。そして僕は死んだ筈なのに生きているのは何故なのか。

 姉さんを死産という運命から助ける為に自分の意志で死を選んだ後、僕はあの神と契約したんだろう。記憶はないけれど、そうとしか考えられない。僕はそこで、自殺なんてしておきながら、生きたいと願ってしまったんだろう。その願いを聞き入れたあの神が、僕の願いと引き換えにあの命令を下した。何故姉さんを殺させようとしたのか、それはよく分からないけれど。

 そして僕は姉さんを殺せなかった。僕が殺そうとしてもその度に邪魔が入っていたから、僕が原因でないから天罰は落ちなかった。その内に悪魔とやらが現れた。そいつらは神にとって不都合な存在だから、ちょうど命令を成せずに居た僕に新たに契約を持ち掛けてそいつらを殺そうとした。僕が、最初の契約の時の記憶がないことを良い事に、だ。

 

 

 こう考えると、全てに辻褄が合う。そして出てきた答えは、あの神は僕らに対して害を成そうとしているということだった。

 

 全くもってふざけている。世界の為だとか、友人、家族、姉さんの為だとか。そんな事は全て嘘だった。よくよく考えてみれば、僕自身はなんであんな甘言に乗ってしまったのだろうか。沸々と湧いてくる謎は、やがて違和感となって表れた。

 そうだ、そうとしか考えられない。僕はあの神に、本当に操られて居たんじゃないのか?だってそうだろう。強制力のある命令に、体が言うことを聞かなくなるのが普通だったんだ。僕の体を操るどころか、僕が何をするのかとか考えてることも操っていてもおかしくはない。神と名乗るよく分からない存在だ、それぐらいの事はやってのけるはず。

 

 気味が悪い。気色悪い。

 さっき姉さんの首を絞めてしまったのだって、まるで自分が自分でなくなるような感覚だった。あれは完全に僕の意識を乗っ取ろうとしていたんじゃないのか?

 だとすると、僕の体は本当にまずいのかもしれない。今まではあんな感覚はなかった。もしかすると、あの神は僕の体を乗っ取るだけの算段を付けたのかもしれない。

 

 もし、もしだ。

 

 僕が、僕でなくなった時……僕という存在は一体どうなってしまって、僕の体は一体どうなるんだろう。

 もし姉さんのあの痣が、完全な形になってしまったら、姉さんはどうなるんだろう。

 そう考えると、悪寒が止まらなかった。

 

 

「たぶん……今この場で、僕は死を選択した方がいいのか?」

 

 

 したくない。してたまるものか。僕が死んで、それで全てが終わるのか?そんな訳がない。あの怪物達は銀達を殺そうと攻撃し続ける。姉さんの痣がなくなる訳でもない。僕が受けたあの天罰が、別の誰かに降りかかるかもしれない。なのに、逃げるように死ぬのか?

 だからといって死ななければ、僕は恐らくあの怪物達と同じようになってしまうのだろう。存在するだけで深く関わった人たちにタタリを刻む。この世界に悪い物しか残さないだろう。そして、銀達を傷つける。姉さんを殺してしまう。僕じゃないのに、僕の姿をした怪物が、皆を殺してしまうんだ。

 

 生きたい。

 でも、死ななきゃいけない。

 そんな矛盾が、僕の精神をゴリゴリと削っていく。

 

 

「おい、ユウキじゃないか。なにしてんだそんなとこで」

 

 

 今、一番聞きたかった声であり、聞きたくなかった声が僕の耳に届く。

 ようやく僕は目の前を見れた。夕日に照らされる世界と夏の始まりの生温い風の匂い。見たくもない現実に、否が応でも引き戻されていく。

 風が吹いていた。本来なら、気持ちの良い筈の風が、今だけは酷い状態の僕の感情を揺さぶってくる。

 

 

「ぎ……ん………?」

 

 

 なんて間が悪いんだろう。三ノ輪銀が、僕の真正面に居た。

 なんで、なんで今なんだ。せめて、顔さえ合わせなければ……!

 ……顔を合わせなければ、なんだって言うんだ?僕は今、酷いことを考えていなかったか?『顔を見なければ、素直に殺せるかもしれない』だとか、そんな事を考えなかったか?

 

 

「なんて酷い顔してんだよ!一体何が……」

 

「来るな!」

 

「ッ……!」

 

 

 僕の酷い顔色を見た銀が咄嗟にこちらに駆け寄ってくるのを怒鳴り声で押し留めた。

 今は、何を考えていたのかなんて認めない暇はない。僕に近寄れば、銀は僕からタタリを貰うかもしれない。もっとも、既にタタリを受けていてそれが表に出ていないだけかもしれないが。

 それにもし、銀が僕に触れたり、同情したりなんてすれば、僕は姉さんを助けられないかもしれないんだ。

 

 

「どうしたんだよユウキ……そんな、そんな顔して………」

 

「ごめん、銀。僕は…知らなかったんだ」

 

「な、なにが……?なんの話だよ?」

 

 

 こちらの言うことがわかっていなくて、狼狽する銀を尻目に、僕は銀を背後にするように振り返った。覚悟は、まだ決めていない。でも、もう時間がない。やるなら……全てを明かすなら、今だ。

 

 

「先に、謝っておく事があった。僕の名前は、『郡ユウキ』じゃないんだ。本当の名前は、『結城勇佑』なんだよ、銀」

 

「な……!」

 

「家庭の事情とかも、全部嘘なんだ。僕はただ家出してただけ。色々な理由があるのは、本当なんだけど」

 

 

 僕は決めなきゃいけない。銀達を殺すか、僕が殺されるか。僕はどうしても、それが選べそうにない。姉さんは誰も犠牲にしたくないと言った。でも誰かを犠牲にしないと、僕達は生きられそうにない。ならどうする。どうすればいい。答えは出ないまま、僕は今までの罪を打ち明けるかのように、銀に全てを話していく。

 

 

「僕は、ずっと銀達の敵だったんだ。僕自身も、全く知らなかった。銀達が敵だなんて思いもしなかった。あの時…出会わなければよかったって…何度思ったかわからない」

 

 

 だらりと下げた右手に仮面を呼び出す。音もなく現れた仮面に、銀が息を飲む声が聞こえた。

 僕は、決めた。決めたんだ。もう……後戻り出来ない。そのタイミングはとっくに過ぎた。分岐点は、銀と出会ってしまったあの瞬間だったんだ。

 だからここからは、愚直に進み続けるしかない。

 

 

「そ……れ、は!」

 

「そう、そうだよ銀。これを見たことがあるはず。もっとも、僕の姿が影の形になってなかったら、だけどさ」

 

「嘘……だろ。なぁ、ユウキ……」

 

 

 その時、ちりん、ちりん…と風鈴の鳴る音がこだまする。いつの日か聞いたことのある音色だった。

 

 

「苗字呼びは、余所余所しいよ銀。まぁ、でも、当然だよね。今まで僕は銀達を騙していたんだから」

 

 

 これは僕の意志だ。操られたものじゃない。

 仮面を被って、振り返る。世界は、いつの間にか静止していた。それに構わず、僕は仮面を被った。

 

 

「ほら、僕は敵なんだよ……三ノ輪銀」

 

「ゆ、う……!」

 

 

 変身。いつもの衣装に僕の姿が変わる。僕は銀に自分の姿を見せた。白い仮面を被る、この世界の敵。彼女たちの敵の姿を。

 

 

「なんで……なんでだよ!なんでお前が……そんな!」

 

「なんでだろうね。本当に、そう思うよ。なんで俺が、って。でももう後戻り出来ないとこまで来たんだよ、銀。俺は、もう止まれない」

 

 

 殺したくない。けど、殺さなきゃいけない。矛盾を重ねてぐるぐる巻きにしたような感覚が、僕の……いや、俺の感情を殺していく。

 でも、これでいい。今だけは感情なんてないほうがいい。ない方が、僕の決意を鈍らせないから。

 

 

「だから、ごめんね……銀。僕、君を殺さなきゃいけないんだ」

 

 

 武器を呼び出す。パイルバンカーに、大きな盾。恐らく銀達を一撃で殺せるだろう武器と、彼女たちの如何なる攻撃も防ぐだろう盾だ。その武器と盾を僕はただ強く握り締めた。

 止まった世界の中で、僕と銀は相対する。敵として。遂に道は分け隔たれた。あとはもう、進むしかない。殺すか、殺されるかの殺し合いをしなきゃいけない。

 世界が花びらに包まれていく。俺があの世界に行く時とは違って、随分とファンシーで綺麗だ。流石は神樹様だ。うちのクソ神と変わってほしいぐらいだ。

 

 

 そして世界が、あの木の根が張り巡らされている大橋へと変わった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 三ノ輪銀は、ユウキと初めて出会った時は優しい子だなぁ、と単に考えていた。

 自分と同じく、困っている人を見過ごせない、そんな善の心を持つ少年だと。だが少年の家庭は難しいらしく、人に手を差し伸べる事が当然と思っている銀でも解決出来ないような闇を抱えていることを知った。

 銀はそれにヤキモキとしながら、自分は自分の出来る事でユウキを救おうと考えて行動した。彼は銀に気を使ってか、下手っぴな作り笑いをしていた。

 

 

 それから暫くして、この少年が不思議な少年だということがわかった。物を無くしたというおじさんを助けた時、ユウキは何処かに居なくなるとすぐに探し当ててみせた。迷子の犬を探した時もそうだ。2人で遊んでいた時、隠れて見ていた園子と須美をすぐに見つけ出した事もあった。

 勘が良いなどでは済ませられず、かといって預言者のように未来が見えているわけでもない。その内に起こった、園子が拉致されかけたという事件を経て、銀はユウキが身の丈に合わない程の力を持っている事を察した。

 園子が勇祐を意識していることも察していたし、銀はそれを陰ながら応援していた。彼の目が自身に向けられている事は理解出来ていなかったが。

 

 

「そりゃあ、強いさ。だってあの白仮面がユウキ……いや、勇祐だったんだもんな」

 

 

 世界が変わり、樹海となった大橋の上で悲しげに呟いた。

 今まで自分達が苦戦させられてきた敵。なら大人を数秒で気絶させられる程の力を持っていてもおかしくはない。今まで色々と不思議に思うことがあったのも、全て辻褄が合う。

 銀は今の状況をようやく飲み込んで、天を仰いだ。

 なぜ言ってくれなかったのか。なぜ黙っていたのか。相談さえ、一言「助けてくれ」と言ってくれれば、銀はおろか、園子も須美も絶対に勇佑を助けるだろう。

 だが言えなかった。世界の敵として在るなんて、誰にも告げられる筈がない。もし銀がそうだったならと考えたとき、銀は自分が言い出せるかなんて分からなかった。もしかしたら、今の勇佑と同じになっていただろうと思うと身震いがした。

 

 たった1人で戦っていた勇祐を、銀は不憫に思った。そんな彼の事情に気付くことが出来なかった自分を、銀は許せなくなった。

 

 

「この選択が間違っていてもいい」

 

 

 だから、銀はこれが正しいと思って行動する。

 それは善意の行動だ。

 銀は勇者システムを起動して、自身の赤い装束に着替えた。

 

 

「私は、勇祐を助ける。それが、私の…三ノ輪銀の使命だからだ!」

 

 

 だから、銀は決意した。

 それは勇者の願いだ。

 結城勇祐を救いたい。ただそれだけの――――激情とも言える想いだ。

 

 

「待ってろ勇祐。お前が何者だろうと……!」

 

 

 これは、少女が友達を助けようと必死になる、既に確定した変えられぬ過去の話だ。

 結果は同じだ。銀は勇佑を助けることはできない。銀は一度死に、勇佑は記憶を失う。

 

 

「私は、お前を助ける!!」

 

 

 その決意は、崩れ去るものだ。しかし今を生きている彼女はそれを理解する事は決して、ない。

 誰もが被害者で、誰も悪くない、そんな物語だとしても。

 それが当たり前だからだ。機械仕掛けの神様(デウスエクスマキナ)なんて、そんな都合の良い存在は居ない。

 居るのは理不尽を強いてくる天の神と、人類を守ろうと四苦八苦している地の神しかいない。

 少年と少女の決意なんて、ちっぽけだと言わんばかりに。世界はこんなにも、厳しく、残酷だ。

 だから……だからこそ……

 

 

 

 

 

 

 ――――勇者は、少年を救えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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