「はい、今日はカシウスさんです」
「……最初こそは非合理だと思っていた」
最初に出た発言。カシウスは合理的な事を好み、思考することを好むが感情論などはあまり好みではなく、苦手の部類としている。
「え、何が?」
「このように、まるで見せしめであるかのように顔を晒してまで未だ顔を合わせたことの無い団員に自己を紹介する、という事がだ」
「最初は、ってことは今は?」
「このような機会を設けることにより、自己紹介を行う回数が減らせるという利点がある。ふむ、存外合理的だと今は思っている」
「納得してくれた?」
「あぁ」
内心グランは、『実はそこまで合理的に考えていなかった』と思っているが、それを言い出さなくてもいいかと口に出すことは無かった。
「さて、改めて自己紹介といこうか。名はカシウス…月から来た異邦者だ」
「まぁこんなこと言ってるけど、色々知らないこと多いので皆さんどんどん教えてあげてくださいね……という訳でカシウス」
「なんだ」
「この船は楽しい?」
「感情論はあまり得意ではないが…しかし、未だいくつもの発見があるという意味では、それは楽しいと思っているのだろう」
つまり、嫌な思いはしておらず退屈も特にしていないという事なのだろうとグランは自己解釈を行った。カシウスは未だ語り足りないのかどんどん喋っていく。
「しかし、不満が無いということも無い」
「それは何?」
「あのカタリナという騎士の料理だ」
「……え…あれ食べたの…?」
「恐らくあの騎士は俺を嫌悪、または警戒しているのだろう。『仲間になったのだから食べるといい』などと言って」
「あ、ごめんカシウスストップ」
「何故だ」
「それについてはまた後で話そう」
「……理解した。今ここで話すべきではないという事か」
カタリナは、自分の料理が下手だという自覚がない。しかし、自覚がないからこそ厄介なものもあるということを、グラン達は知っている。というか、いつ教えるべきか未だに悩んでいるというのが本音である。
「しかし、フォッシルの民は自分のことを理解していない者もいるのだな」
「少なくとも、感情論が少しでも入ってしまうと本当の意味での客観的な意味で見れなくなるんだろうね」
「……いや、考えてみれば月にいた頃は自分のことを理解する、ということさえ頭になかったな」
「そうなの?」
「自分の意味は、上から与えられることだけだ。成果を上げて、そしていい飯と部屋にありつく。待遇が良くなればなるほどに、自己自由時間も増えていく……合理的ではあるシステムだ」
「ちょっと息苦しそうだけどね」
「そういう事すら、まず月の民は考えつかない」
「ふーん……」
「それに比べれば、自己を発達させる事が可能な空間というのは合理的であり、非合理的だと言うべきか」
「矛盾してない?」
「そうだな……自己を発達させるのは1部の、才能のある者達が行うべきだ。それ以外の、一定数値未満の者は自己を発達させず月のように限られた空間、食事、娯楽を楽しめる程度であればいい……それが一番合理的だろう」
「1部の者達だけに出すシステムって非合理じゃない?」
「俺は感情論が苦手だが……しかし、感情の与える力がとてつもないものだということも知っている。自己を発達させるのは、それを磨くという事にほかならないだろう」
グランとカシウスの合理的か非合理的かの会話が続いていく。完全に二人の空間となってしまっているが、ふとカシウスは思い出したかのように会話をいきなりストップさせる。
「カシウス?どしたの?」
「団長、非合理だ。このままでは、お便りとやらを読む時間がなくなってしまうぞ」
「おっとそうだった……ありがとねカシウス。んじゃあまずは早速1通目……『好きな事はなんですか』」
「未知への研究だ。自身の知らないことを知り、学んでいく。月にいた時には味わえない様なことばかりだ。井の中の蛙大海を知らずとは、この事を言うのだろうな」
「何それ?」
「東洋の言葉らしいな、『世間が狭い者は自分の世界が全てだと思い込んでいる』という意味があるらしい」
「へぇ、誰から教わったの?」
「金色の髪をした……確か、ミリンと言ったか?ジンという者からも聞いた覚えはあるが」
「流石侍2人組……東洋に関しては向こうが知ってるだろうからなぁ…」
どちらも東洋に関する装いと、そして行事を知っている2人である。こういったことも知っているのかもしれない。
「2通目『好きな食べ物はなんですか』」
「好き嫌い、と言うやつか……生憎だがそういったものはあまり意識していない」
「あ、そうなんだ」
「調理の仕方によって、味が変わるのは当たり前の話だ。例えばピーマンという植物があるな」
「あぁ、よく子供が苦手な野菜に上がるよね」
「あれは細かく刻んで料理に混ぜ込むだけで、栄養素を簡単に補給できる。多少切り刻んだ程度では、あの苦味を回避することは難しいだろう」
「でも切り刻んでも、緑色はなくならないよ?」
「故に、色の濃い料理に混ぜ込めばあまり気付かれずに出来るだろう」
確かに、とグランは考えていた。色と味が濃い料理ならば、ピーマンの存在を完全に消し去ることが可能だろう。そうそうあの緑色を消し去る方法なんて言うものがあるとは思えないが。
「どうしてそんな調理方法を知ってるの?月で習った?」
「いや、こちらの本で学んだ」
「あぁ、調理本も読んでたんだ」
「好きな事が未知への研究だからな、手当たり次第に知識を吸収していきたい」
「……本、整理してる?」
「あぁ、俺以外も読みそうな本は団の書庫に寄贈してある……にしても、よくこの船に書庫を置こうと思ったな」
カシウスが、ふと呟いた。そう、この船には書庫が置いてあるのだ……と言ってもそこまで大きなものでは無く、本の管理を任せられる人物こと叡知の殿堂の司書であるアルシャに任せているのだ。
「まぁ本を読むにしても、個人の部屋で置いておくにも限界があるからね。他の人も読めそうな本は、本人の自由意思で寄贈してもらうことにしてるよ」
「ふむ……しかしこれだけの団員がいて、それでも他の施設をおけるスペースを確保出来ているのは素晴らしいな……この船の部屋割り状況はどうなっている?」
「そりゃあ、もう……星晶獣の力でちょこちょこっと…」
「そんな力を持つ獣がいたのか?」
「……」
話がストップした。少し考えた後に、グランは早口で説明をしていく。星晶獣の能力ではなく、星晶獣の力とか能力とかをフル活用&応用を組み合わせていくことで、何やかんや船が広くなっているとかそんな感じの話を延々と続けていくのであった。
「団長、話を戻して欲しい」
「……ごめんね、要するに企業秘密なんだ」
どれだけ長く語っただろうか?理性を取り戻したグランはすっかり顔を俯かせて項垂れていた。
「あれだけ語っておいて、結論がそれなのは少しばかり要約出来なさすぎではないか?不合理だ」
「どっちかと言うと理不尽とか不条理とかじゃないかなぁ…俺が言う言葉でもないけど」
「それで?3つ目はなんだ?」
「三通目『あんた、ベアのパン食べたの?』ゼタから」
「あぁ、あのやけに糖分過多の穀物加工食品か」
「……あはは」
名称としては合っているのだろうが、しかし素直に『クソ甘いパン』と言えばいいものを、わざわざめんどくさく言うのは彼の性格ゆえなのだろうか。
「あれは確かに甘い……が、消化が早く尚且つ栄養素を取り入れられるのはいい事だ。それに、甘いものは疲れを緩和させることが可能だからな…携帯用食品として、あれだけ適しているものは無いだろう」
「要するに、サバイバル食品って奴だね」
「が、あまり取りすぎると体に不調を来たしてしまう故、あまり連続して食べることはオススメしない1品とも言えるな」
あの甘いパンを、連続して食べる。確かにお菓子のパンとしては、団随一と言っても過言ではないほどに美味なベアトリクスのパンだが、あれは一つ二つ食べるだけで十分なのだ。何個も食べていたら、本当に体を壊していまいかねない。
「しかし、あの甘さはともかくとしても美味だと感じるものは早々ないな」
「そうなの?」
「あぁ、月では甘味は娯楽の1種だからな……いや、こちらの様に綺麗に盛りつけるということ自体が、かなりの娯楽だ」
「え、月では何食べてたの」
「栄養素をふんだんに詰め込んだ、ブロック状のものだ。食べやすく、栄養素も豊富になっている。腹持ちもいいため、月では娯楽食品を除いてはよく食べられているものとも言えるな」
「……え、ほんとに?」
「さて、どうだろうな?団長達が月に来る機会があれば判明するだろう」
珍しく、ジョークを言うカシウス。不合理なことは嫌いだと言っていたはずなのに、何故ジョークを言ったのか。
「……冗談、というのはなるほど…こういった時に使えば確かに、多少の趣があるな」
「……今のも、未知への研究?」
「あぁ、再三言っていることだが……感情論は苦手だ。しかし、苦手だからと言って敬遠するのはまた別の話だろう」
カシウスはそう言い放つ。要するに、食わず嫌いや知らないままただ嫌うのは違うだろうと言いたいらしい。
「そうだね……というわけで、お時間がやって参りました。次回の団長相談室をお楽しみください、ご視聴ありがとうございました」
そして、グランはカメラの電源を切った。そして、そのままカシウスと共に部屋の外に出る……と、カシウスがグランに向き直る。
「そう言えば団長」
「ん?何?」
「有り余る程の急激な血糖値の向上に気をつけろよ」
「へ?う、うん……」
それだけを言って、カシウスはグランから離れる。一体何が言いたかったのだろうか……とグランは思っていた。
そしてふと、カレンダーに目を向ける。そこには2/14と書かれている文字が目に入ってきた。
「あ、そうか今日はバレンタインだったのか……」
ふと、去年のバレンタインを思い出すグラン。去年は、確かチョコの食べすぎで倒れ、そして体重と血糖値の上限値が上がったかのような爆上がりだったことも思い出した。
「……今年は、生きて帰れるかな」
それでも、全員分食べる上にホワイトデーには全員3倍返しで挑む所存である。
その為に、その為だけに……貯めたお小遣いを使っているような気がしてならないが、それで皆が幸せになれるのなら……とグランは天を仰ぎながら目を細めるのであった。
「思ってたより、エグいチョコあるなぁ…」
渡された等身大ドロシーチョコレートや、既製品のはずなのに何故か毒々しい見た目となっているカタリナのチョコレートを見ながら、グランはそれを頬張って行くのであった。
3時間ほどかけて全部食べたが、しばらくグランの理性は戻らなかったそうな。
145個のケーキ&チョコレートと、1つの野菜セットを全部食べました。
偶には長編とか書いて欲しい
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はい(ギャグノリ)
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はい(シリアス)
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いいえ