レイダースの魔の手から逃れることができませんでした……
それでは、どうぞ!
汐見神社へ足を踏み入れると、鳥居の前には白衣に浅葱色の袴をまとった男が立っていた。恐らく、神主だろう。
「お待ちしておりました。話は凛様から聞き及んでおります。さあ、どうぞ」
神主は深々と一礼し、俺たちを境内へと案内する。
玉砂利を踏む音だけが静かに響いていた。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ええ、私に答えられることでしたら」
「海蝕洞にあった祠について、何か知っていますか?」
神主の足が一瞬だけ止まる。
「そのお話でしたか」
小さく息を吐くと、神主は再び歩き始めた。
「申し訳ありません。あの祠について、私の口からお話しできることは多くありません」
神主は続ける。
「あの祠は当社で管理しておりまして、代々『触れるな』『近づくな』『壊すな』とだけ言い伝えられ、我々はそれを厳守しております」
神主はそれ以上は語らず、本殿脇の建物へと俺たちを案内した。そこは、資料室のような一室であった。
「ここの資料は持ち出し厳禁ですが、ご自由にご覧ください。それでは、私は失礼いたします」
神主は扉を閉め、去っていった。
「さて、この量だ。手当たり次第にやるかい?」
雨は近くにあった本を手に取る。
「それじゃいつまで経っても終わらねーよ」
伝承っていうくらいだから、古いものに絞って探すしかないだろう。
「それもそうだね……それにしても、涼也。わかったことがひとつだけある」
本を開いてすぐ、雨は神妙な趣でそう言う。
「どうしたんだ? ドンピシャでなにかわかったのか?」
「この本というか、ここの本、恐らく古文書ばかりだろう?」
「全部じゃないとは思うけど、多いだろうな──あっ……」
そういえば、雨は古文がめっぽう苦手だった。つまり、全くわからないことがわかったらしい。
「すまない、僕は力になれそうにない」
「おい、それじゃこの量を俺一人で探せと!?」
それこそ無理難題だ。
「いや、涼也。君もこれを見てみるといい。そもそもの問題だよ」
そう言って、こちらに本の内容を見せてくる。
そこにあるのは、ミミズが散らばったかのような文字。
「あー、読めねーなこれ」
俺たち一般学生には読めそうにもなかった。
「せっかく情報はあるのに無駄骨だね」
「読めないなら、知ってる人に聞くしかねーだろ。会長も読めないのわかってて差し向けただろ、これ」
本当に性格が悪い。
「そうだね。神主さんなら何か知っているかもしれないね」
「神主さんのところに行くか」
俺たちは資料室を出る。
「おや、もうよろしいので?」
扉を開けると、すぐ目の前には神主が立っていた。
「待ってたんですか?」
「ええ、凛様から、すぐ出てくるだろうから待っててやってくれ、と仰せつかっておりましたゆえ」
神主は穏やかな笑みを浮かべている。
「あの人、どんだけ人をおちょくってんだ……」
「凛様は、昔から人を見る目がおありでしたから」
「褒めてねぇよ……」
思わず深いため息が漏れる。
「それで、何か話を聞きたいのではないのですかな?」
「この地の人魚の伝承について聞きたい」
そう告げると、神主は少しだけ表情を改めた。
「伝承ですか。古文書に書かれているものでしたら、お話ができます。幾つか文書は残っているのですが……」
「その中で一番古いものを教えてください」
神主は少し考えるように目を伏せた。
「では、最古の記録に残されている内容をお話ししましょう」
神主から語られた物語を要約するとこうだ。
昔、この地に人魚がおり、村の人間と交流があった。しかし、村の人間は不老不死を求め、人魚を殺し、村人全員が人魚の肉を食った。しかし、村人全員、謎の死を遂げた。
雨が話してくれた伝承と概ね変わりはない。だが────
「どうしたんだい、涼也。何か腑に落ちない様だね」
「いや、人魚と人間が交流してたってところもなんだけどな」
「うん、驚きだね。それが、人魚の血肉を狙ったものだったっていうのは残念だけどね」
「いや、そこじゃない。俺が気になってるのは──」
「その本、誰が書いたんだ?」
その古文書通りであれば、村の人間は全滅したはずだ。そんな状況で、誰がその古文書を書いたのか。
「その記録を書いた人物については、分かっておりません」
誰が書いたのかわかったとしても、この世にいるはずもない。
「ありがとうございました」
「いえいえ。では、この老体からひとつ。歴史とは、紡がれていくものです。しかし、時が経つにつれ、それは物語へと変わり、少しずつ綻びが生じるものでもあります。私は最も古い記録をお伝えしましたが……それすら、真実であるとは限りませぬ」
「はあ……?」
何が言いたいんだ? 雨もキョトンとしている。
「なあに、気にすることはありますまい。では、お気をつけて」
俺たちは神社を出る。時刻は深夜二時前。夜も更けきっている。
「涼也、嫌な気配が強くなってる」
雨は海蝕洞の方へ視線を向けた。
「祠へ行った方がいいかもしれない」
「……だな」
静かな夜。靴音を響かせながら、俺たちは走った。
「やはり遅いな、お前たちは」
やはりいる、この会長
「会長、そろそろそれがなんなのかを教えてください。そんな得体の知れないものに振り回されるのは懲り懲りですよ」
「そういうな。こちとら、異界の妖には懲り懲りなんだ」
「それはすみません……」
雨は頭を下げる。
「まあ、なんだ。この祠は友の墓だ。別にあの妖が歌を歌うのは構わんが、解釈違いは気に食わん」
「解釈違い?」
「実害も出ていることだしな。本来、異界の妖には手出しするつもりはなかったが、今回ばかりは特別だ」
「最初にあった時、魔物を倒してたんじゃ?」
「いや、私は何もしてないぞ。そもそも、アレらを斬ったことはない」
凛は少しだけ首を傾げる。
「そんなことより、丑三つ時だ。奴さんもお見えだぞ」
歌が聞こえる。それはだんだんと大きくなってゆき、洞窟内に響き渡る。
「いい加減、そのデュエットをやめてもらおうか? 耳障りだ」
「私は悲痛な歌に答えているだけ」
「それがお門違いだと言っているんだ。去ね。そうすれば、私も追わん」
「本当に傲慢ですね。同胞が残した歌、あれほど悲しい歌は聞いたことがありません。まさに絶望。同じ悲劇を繰り返さないためにも、私は人間を滅ぼします」
シレーニアは海へ手を伸ばす。
次の瞬間、巨大な波が洞窟内へ押し寄せた。
「涼也!」
雨は俺の前に出るが、あんなのに巻き込まれたらひとたまりもない。
逃げ場はない。
凛は動かなかった。
ゆっくりと、刀に手をかける。
「そうか。ならば仕方ない。警告はした」
一閃。
海が、割れた。
その斬撃は海だけではなく、シレーニアの身体をも捉えていた。
「……っ」
シレーニアの身体から血が流れ、海へと溶けていく。
「あれは希望の歌だった。貴様には分からぬさ」
「そう……ですか……それは、確かに解釈違いでした……ね……」
海に浮かんでいたシレーニアは深い海に消えていくのだった。
俺たちは洞窟を出る。
「結局、なんだったんですか?」
今回の話、全く見えてこない。
「そうだな。この地の人魚の伝承は調べたんだろ?」
「ええ、まあ。胸糞悪い話でしたけどね」
「昔々、この地に人魚がいた。ひょんなことから、陰陽師の少女はその人魚と知り合うことになる。人魚は少女を通じて、人は妖と分かり合えることを学んだ。少女も然りだった。
しかし、大人はそんなことは信じない。むしろ、人魚の肉は不老不死を与えるとされ、人々は人魚を探した。少女は妖と共存するという思想を危険視され、迫害され、殺されそうになる。
必死に逃げた先、人魚との思い出の場所には息絶え絶えの人魚とその血肉を啜り、嘲笑う大人たち。少女は人魚を助けようとするが、返り討ちにあってしまった。
死にそうな少女をみて、人魚は己の心臓を少女に食わせるのだった。
『いつか、妖と人間が手を取る世界を……』
その歌はいつしか不老不死となった少女の夢となり、墓を後にするのであった」
「それって……」
「なぁに、ただの昔話さ」
会長はニヒルに笑うのだった。
海編終了です
戦闘は一瞬です……
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