翌日、俺達は病院に神崎と可憐を迎えに行く。
「体調は良さそうだな」
「ええ、お医者様からも太鼓判をもらってます」
それなのに、少しだけ元気がない可憐。
「どうしたんだよ、せっかく退院できるのに」
「海、もう少し楽しみたかったです……」
可憐は顔を俯ける。
「海ではないけど、今夜、海辺で縁日があったはずじゃないかい? 折角だし、行ってみるのはどうかな?」
「縁日……?」
それを聞いた可憐はぱあ、と明るくなる。
「お祭りですか。楽しそうですね」
神崎もノリノリである。
「祭りか……」
海辺での祭り。ここら辺の地域ではとても大きな祭りである。昔はよく来ていたが、ここ数年は来ていなかった。最後に祭りに行ったのはいつだっただろうか。
「昔は結構3人で行ったよね」
懐かしむ雨。
「雨さんと涼也さんはよく来てたんですか?」
「昔はな。最近は桜も友達と行くようになったし、俺ら二人で行くってのもって感じだし、恋愛なんてしてこなかったしな」
俺も雨も彼女を作ったことがないから、桜の面倒を見なくて良くなった時期から祭りに来ることなんてなかった。
「涼也のそういう話は聞かないね。興味が無いのかい?」
「別に興味がないって訳でもないが……」
俺に近寄ろうとする女子なんて、数える程もいなかった。目つきのせいなのか、性格のせいなのかは分からない。
「それじゃあ、浴衣も準備しちゃいましょう!」
「いや、さすがに今から浴衣は無理だろ」
「そうですか?」
神崎は不思議そうに首を傾げる。
「いや、普通は無理だろ」
そんな話をしていると、5tトラックが俺たちの前に止まる。
「私を誰だとお思いで?」
「何だこのトラック?」
「移動型衣装部屋ですよ?」
そういやこいつ、超がつくほどのお嬢様だった。
数分後、その中から出てきたのは、浴衣を着た、神崎と可憐であった。
「可憐、どうしたんだよ?」
「べ、べつになんでもないです」
可憐は神崎の後ろに隠れて出てこない。
「ほら、恥ずかしがってないで」
神崎に押される形で前に出てくる可憐は、顔をほんのり赤くしていた。
「どうですか? 可憐ちゃんに似合ってそうな浴衣を選んだのですが」
「いいんじゃないか? 似合ってるぞ」
今日も包帯はしていないようだが、眼帯はしているようだった。しかし、黄色の浴衣はとても似合っている。
「私には無いんですか?」
桃色の浴衣を着ている神崎。確かに似合ってはいる。いるのだが……可憐の時はなんともなかったのだが、意識をするととても恥ずかしくなる。
「へーへー、似合ってる似合ってる」
「なんか適当ですね……なんか、自信無くなっちゃいます……」
適当に流すと、神崎はしょげてしまった。
「そんなことは無いですよ。お二人共、とてもお似合いです」
「ありがとうございます。やっぱり、雨さんは涼也さんとは違いますね」
これがイケメンとのクオリティの違いと言うやつなのだろう。
「皆、揃っているようだな」
そうこうしていると、藍色の浴衣を着た生徒会長が現れた。どこから話を聞きつけたのやら……
「可憐、どうしたんだよ。今日はやけに静かじゃないか」
先程から上の空の可憐。一体どうしたというのだろうか。
「べ、別になんでもないですよ!?」
「それなら別にいいんだけど」
いつもの中二病は何処へやら。どうやら、今日は普通モードでいくらしい。包帯がキーなのだろうか。そのへんはよく分からないけど……
「凄いですね。人がいっぱいです」
祭り会場に着くなり、神崎が辺りを見回す。
海辺ということもあって、普段よりもずっと人が多い。屋台が並び、そこかしこから威勢のいい声が聞こえてくる。
「なんだ、神崎も来たことないのか?」
「お恥ずかしながら、人混みはあまり得意ではなくて……」
そういえば、例の倉庫──現在はオカ研の部室になっている場所に閉じこもっていたお嬢様だ。こういう場所に縁がなくても不思議ではない。
「屋台のご飯って、あまり食べたこともないんですよね」
「うまいぞ?」
「少し気になります」
神崎は興味深そうに屋台を眺めている。
「だったら、今日は色々食ってみればいいだろ」
「はい。そうしてみます」
その隣で、可憐が何かを見つけたように声を上げる。
「金魚すくいがありますよ!!」
可憐が目を輝かせる。
「その後どうすんだよ。飼えねーぞ?」
「オカ研で飼えばいいじゃないか? 水槽費くらい出そう」
「どうやって部費から持ってくるつもりですか?」
「半人半魚がいるんだ。魚の妖もおろう」
「金魚をオカルトの研究対象にしようとしないでください……」
凛がポイを手に取る。
「まあ、私もやりたいだけだ」
──びりっ。
「ふむ、力の加減が難しいな」
──びりっ。
「……私には向いていないようだ」
「会長、破れましたね」
「得手不得手というやつだな」
雨も挑戦するが、こちらもすぐにポイが破れる。
「僕にも向いていないようだね」
「私もやります! 我が力存分に味わうがいい!」
可憐も挑戦する。
「……あっ」
──びりっ。
「なぜですかっ!?」
「だから力入れすぎなんだって」
その横で、俺は次々と金魚をすくっていく。
「……涼也さん、上手ですね」
「昔、桜とよくやってたからな」
ふと隣を見ると、神崎がポイを水面に入れていた。
「……あ」
小さな金魚が一匹、ポイの上に乗る。
神崎は慎重にそれを持ち上げ、そのまま静かに器へ入れた。
「取れました」
「おお」
神崎は嬉しそうに金魚を眺めていた。
捕まえた金魚は黒いスーツを着た人たちに預けられ、俺たちは引き続き祭りを楽しむこととなった。
会長と神崎、可憐は屋台を見てくると言って、少し離れていった。
「そういえば、姫様は昔、よく城下におりて屋台のご飯を食べていたよ」
どうやら、勇者の婚約者は随分とお転婆だったようだ。
「それ、本人には言うなよ?」
「どうしてだい?」
「恥ずかしがってナイフが飛んでくるぞ?」
「姫に限ってそれはないと思うけど……うん、やめておくよ。怒った女性は怖いからね」
何かを思い出したかのように身震いする。何か身に覚えがあるのだろうか。
あとからこの話はそっと神崎に教えておこう。
「あれ? 兄さん?」
聞き覚えのある声が聞こえる。
「桜か。お前も来てたのか」
少し向こうには、桜の友達らしき人たちが見える。少しだけ、時間を作って会いに来たのだろう。
「兄さんこそ。海に合宿って言ってなかった?」
「だから、海だろ?」
「なるほど」
我が妹ながら、その辺は察しが良くて助かる
「やあ、桜ちゃん。その浴衣もよく似合ってるね」
「あ、えと……ありがとう、ございます」
しり込みする桜。分かりやすすぎる。
その顔は赤く、頭から火山が噴火でもしそうな勢いだ。
「お、桜ではないか!」
可憐がフライドポテトを食べながら帰ってくる。
「か、可憐先輩!! その浴衣、可愛いですね!」
桜はそのまま、そそくさと可憐の方へ逃げていった。
「お、おう。どうしたのだ?」
「ななな、なんでもないですよー」
「楽しいですね、涼也さん」
ふと、神崎が声をかけてくる。手にはフランクフルトと焼きそば。
「ああ、オカ研を立ち上げるって言った時はどうなるかと思ったけど、なかなか良かったのかもしれないな。悪女さん?」
「ええ、私は悪女ですからね」
神崎はクスリと笑った。
「それじゃあ、またね」
「はい、またです」
桜は最後に雨に挨拶をして友達の方に戻って行った。
ほんと分かりやすいのに、どうして雨は気づかないのか。はたまた、気付かないふりをしているのか。
「ふむ、なかなかに面白い人材がいたものだ。来年、うちに入ってくるのであれば生徒会に引き入れようか」
「来年って、会長卒業してるでしょう?」
「それもそうだ。今日は楽しかった。久しぶりに祭りを楽しんだ。あとは存分に楽しむといい」
「もういいんですか?」
「なに、野暮用だ」
「またですか。明日朝には帰りますからね」
「ああ、分かっているさ」
会長はこちらを振り返らず、ヒラヒラと手を振った。
凛が去った後も、俺たちはしばらく祭りを楽しんだ。
屋台を回って、適当に食べて、射的や輪投げで遊んだ。
「次はあれやりましょう!」
可憐はすっかり元気を取り戻している。
「お前、退院したばっかりだろ……」
「だからこそですよ!」
そんなやり取りをしながら、祭りを満喫していたのだが──
「可憐はどこだ?」
みんなに引きずり回されている間、気がつくと可憐がいなくなっていた。
「ついさっきまではいたはずなんだけど……」
所謂、迷子と言うやつだろうか。高校生が迷子ってどういうことなのだろう。
「ったく、ちょっと探してくる。みんなは適当に遊んでてくれ」
「僕も探すよ」
「いや、さすがに神崎と居てくれ。別れて探すと、海の家の二の舞になりかねん」
2人は目立つ。そんなふたりが独自行動をとるというのは、ナンパしてくださいと言っているようなものだろう。その点、雨がついてくれるのならば、大丈夫だろう。
可憐は割と早い段階で見つかった。そして、おまけも一緒に……
おまけ、というのはどう見てもヤンキーな男が2名ほど。可憐はナンパされていた。外野から見ているのも面白いが、可憐からは、困惑の表情が見て取れた。さすがに、見ている訳にもいかない。
「すみません。そいつ、俺の連れなんです」
特に喧嘩腰になる必要は無い。ここは丁寧に行こう。
「あ? わりぃな、そんじゃ少し借りるわ。返さねぇけど」
男達は汚い笑い声をあげる。殴りたいこの笑顔というのは、このことなのだろう。
「可憐、行くぞ」
「あ、先輩……」
可憐の手を引き、その場から去る。だが、男がそれを許すはずもなく──
「無視すんじゃねえよ! あ、てめぇ!」
追いかけてきたのだが、この祭りの人だかりがそれを阻止してくれたようであった。
「あんな奴ら、ボコボコにしてしまえばよかったのに」
可憐は口をとがらせる。
「案外過激だなお前……別にそこまでする必要は無いだろうよ」
暴力に訴えるという手もあるにはあるが、あんな下衆を殴る拳を俺は持ち合わせていない。拳は殴るためだけのものでは無い、手を取り合うものなのだ。
「しかし、可憐。迷子は小学生までだぞ」
「すみません……あのその、先輩……手……」
男達から逃げてから、今までの間、俺は可憐の手を握ったままだった。
「すまんが我慢してくれ。また迷子になられる訳にもいかん」
また迷子になられたらたまったものじゃない。手を離したら、またふらーっとどこかへ行ってしまいそうだ。昔、桜の手を引いて祭りを回っていたことを思い出す。
「先輩は私を小学生か何かと勘違いしていませんか……?」
「気のせいだろ」
思いっきりバレている。
「それじゃ、しっかり握っててくださいね」
「おう」
どうやら、諦めてくれたらしい。その顔が赤く見えたのは、おそらく夕日のせいだろう。
雨たちのもとに戻る最中、俺達の行く手を人だかりが阻む。
「さすがに多すぎだろ……気をつけろよ?」
「はい、分かってます──きゃっ!?」
人にぶつかり、倒れそうになる彼女を支える。こういう時こそ、手を引いていてよかったと思う。
「可憐、大丈夫か? 危ねぇな……」
「すみません、先輩……あれ……?」
可憐の顔からは、先程までついていた眼帯が無くなっていた。その瞳を俺は初めて見た。
「お前──」
「ごめんなさい……!」
「あ、可憐っ!」
彼女は俺の手を振りほどき、人混みの中へと消えていった。
一瞬だけ放心するが、直ぐに我に返る。
「可憐のあの眼……」
虹彩異色症。所謂、オッドアイだったのだ。いつも装着しているあの眼帯はオッドアイを隠すものだったということか。
「それにしても、何故……」
何故、あいつは泣いていたのだ……?
可憐は俺から逃げる時、涙を零していた。オッドアイなんて、中二病からしてみたら憧れのようなものだろう。一瞬、カラーコンタクトかと思ったが、可憐のあの様子を見ると違うのだろう。となると、見られたくなかったというのが、1番に思いつくことである。
分からない。なぜ、可憐があんなことになってしまっていたのか。俺は、気の利いた事なんて言えないから、こういう時は放って置くのが1番なのだろう。だけど、このまま可憐を1人にしておくというのは、ダメな気がした。
この前の可憐からの質問。
『私らしいってなんですかね……』
なぜか、その質問がこの件に関係している気がしてならなかった。
「あの馬鹿……しっかり問いつめてやるからな……」
可憐が逃げた方向へと走ったのであった。
4960文字…
書きすぎましたね……