ハンター試験。それは試験と名の付く者の中で最も過酷で危険な試験であるのはこの世界に生きるものなら全てが知っており、それと同時にハンター試験に受かるという事実が、名誉と地位、金、女、凡人が思いつく限りの欲望を叶えるということも知っている。
だからこそ、ハンター試験というハイリスク試験に毎年のようにたくさんの人間が受けるのだ。そのハイリターンを夢見て。
さて、ハンター試験がいかに危険であるかが理解できるであろうが、それと同時にハンター試験の試験官とはどういうモノか。もちろん答えはハンターだ。
ぶっちゃけると、ハンター以外が試験官になっても意味が無いというか、実際ヒソカに試験官が半殺しにされるということがあるように、荒くれどもと言うか下手すると犯罪者が多数受けるような試験において、念も使えない人物を使ってもなぶり殺しに会い、試験そのものが出来ないのだ。
だから、試験官はハンターライセンスを持つハンターである必要があるのだ。
それはこの一次試験を受け持つサトツも同様であり、ハンターであるからには勿論念を習得済みであり、偶然習得したものとは一線を画す強さを持っている。
そんなサトツも、目の前の二人の人物には肝を冷やす。
『なるほど、あの44番が昨年トガリさんを半殺しにしたヒソカですか。確かに恐ろしい。だが、それ以上に、あの402番の女性は危険ですね』
彼は今回の試験を受けるにあたって、昨年の要注意人物であるヒソカが受験していることを予め知っていた。なので試験開始時間よりも少し早めに会場近くに潜み、ヒソカを確認していた。
だからこそ、今回の試験は同時に豊作だとも思っていた。
何せ、44番ヒソカは言うまでもなく、301番のギタラクル、そして402番の彼女、この三人は念を使えるだけでなく、戦闘面では既に並大抵のハンターを超えていると理解できてしまう。
しかし、だからこそ彼は301番、402番はヒソカよりも警戒の優先度を下げていた。
二人とも絶をしていたのだから、目立ちたくないと考えたからだ。
だからこそ、彼女のいきなりの蛮行、そして、あと少し試験開始が遅ければ、ヒソカと彼女が殺し合いをしていただろうことは想像に難くないだけに、サトツは彼女への警戒心を大きく上げる。
『あの流のよどみなさ、そして人を殺すことに対して何の躊躇も感じてはいないようですし、これは後の試験内容によっては、試験により死ぬ受験者よりも彼らに殺される受験者の方が多そうですね』
戦闘は一瞬だった。だが、その一瞬でおおよその二人の力量が見えてしまう。故に彼は今年の試験は豊作かもしれないが、人死にの数もぴか一になるであろうと嫌な予測を立て、殆ど動くことのない表情筋を僅かに動かす。
『私の試験は大きな振るいですから、よっぽど実力が足りていない限り死ぬことは無いはずなのですが、どうなることでしょうか。とは言ってもこれ以上考えてもしょうがないでしょうし、危険人物がしびれを切らす前に試験を始めるとしましょう』
サトツは自分に段々と集中する視線の中に段々と強まる殺意を感じ、考えを一時中断して、説明に移る。
彼の視界の端には柄に手をやり、人差し指でトントンと柄の先端を苛立ちながら叩く彼女の姿があった。
『遅い!』
彼女はサトツが現れてからたったの1分間彼がなんな行動もせずにじっとしていることに苛立ちを隠せずにいた。
『こんなことならヒソカを斬ったけば良かった。時間の無駄無駄無駄無駄ぁぁぁぁぁ!あーもうイラつく。この後走るだけなんだしさっさと始めろ。退屈な試験わざわざ受けてんだからさぁぁぁぁぁ』
無意識にその手はサーベルに向かい、その視線はサトツ、ではなく、その直線上に偶然いた、なんか忍者ぽい男に向けられていた。
彼女は危険人物であるのは間違いない。しかし同時に平和な日本人としての道徳観念も持ち合わせており、サトツに殺意は向かえども、流石に殺すのはまずいと、僅かな良心とハンター試験に落ちるなどという屈辱的な目にはあいたくはないという冷静な判断により、ならばと八つ当たり先をサクッと決めて、その頭部を睨みつける。
『後十秒で斬る!文句言われても、絶対に斬る。試験の説明も、開始も宣言してないんだから、その前のヒソカの行為と合わせてゴリ押す』
手はすでにサーベルを握り終え、既に体が傾き始めていた。しかし、サトツの正しい判断により、この場で血の雨が降ることはなかった。
因みに、ヒソカは致命傷を開始前にハンター受験生の男に負わせただけで、トドメは彼女が刺したことを忘れていた。
「こほん。開始前に既に脱落者や気絶している者も出ておりますが、ですが所詮その程度では到底ハンター試験を突破することなど叶いません。なので考慮せずに、一次試験の説明に入らせて貰います。宜しいですかな?」
サトツはぐるりと周囲を見回し、そして要注意人物のヒソカと彼女の様子を確認する。
ヒソカはこれからの試験内容に興味を持ってるのか、今のところ大人しい。そして彼女も殺意が消えたまではいかないが、手がサーベルから離され、腕を組み、自分をチラチラ見る受験生にガンを飛ばしていた。
幸いなことに二人の周囲に人はおらず、誰もちょっかいをかける者がいなかったのことだろう。
それでもこの二人に余計な時間を与えるのはどう考えてもよろしくないので彼は手早く説明を済ませる。
「では、試験内容の方に移らせて貰います。この一次試験はただ私についてくるだけ。それだけです。では時間も押していますし始めましょう」
サトツは具体的なことを何一つ言わずに歩き始める。
そして他の受験生もそれに続くが、今回初参加の者達は戸惑いを隠せず、スタートが遅れるものがチラホラと現れた。
「レオリオ!ぼさっとするな。もう試験は始まってるんだ」
その中にレオリオも含まれており、クラピカの声に、慌てて走り出す。
「五月蝿え!それとレオリオさんっだ!どうなってやがるんだハンター試験はよう」
試験開始前から人死にが出たり、あわや殺し合いが始まろうとしたり、トンパは怪しいし、そんな殺伐とした試験会場でただついていくだけの試験などという簡単なものが本当にあるのかと、この会場に来るまでの道中を思い出し、ぼやかずにはいられなかった。
そして、レオリオと同じことを思った受験生が、サトツに質問する。
「この試験はいつまであんたについていけばいいんだ!」
「第二次試験会場までです。それと申し遅れました。私は第一次試験官のサトツと申します。つまり、次の試験会場まで、皆様のご案内役とでも思いください」
しかし、帰ってきた返答は曖昧なままだった。しかし、察しの良いものはこの試験が何を目的として行われているのかを理解する。
その察しの良い者に含まれないレオリオは具体的な答えのない返答に戸惑いを隠せない。
「はあ?それじゃあいつまでは走ればいいのかも分からないし、あいつの気分次第で、試験会場までの道が長くなるってことかよ。やってられねーな、おい」
そんなレオリオに対して、クラピカは呆れたように溜息をつくと、レオリオに対して自分の考えを説明する。
「レオリオ」
「さんだ」
「君はこのハンター試験の会場に来るまでの事を思い出したほうがいい。彼はあの返答で十分だと判断したんだ」
「はあ?ふざけてるのか。あんなんで何が分かるって言うんだよ」
「推測するに、この試験は、精神力と体力でふるいにかける試験なんだ。体力は言うまでもないから説明しないが、精神力については君が言った通り、分からないという不安と延々と同じ行為を目的地が見えずにすることに対して折れぬ心があるのかを知りたいのだろう」
クラピカが説明しているのをゴンとレオリオの二人はなるほどと理解する。
「へぇ、あんた頭いいんだな」
三人が一次試験の理解を深めているところに一人の少年が話しかけてきた。
「うん。クラピカはいろんなことを知ってるんだ!頼もしいよね。…えっと、君は…」
ゴンは友達が褒められたことに無邪気に喜んだが、レオリオはそうではなかった。彼にはさっきの少年がお前らは馬鹿じゃね?と言われたように聞こえたからだ。
「てめぇはナニモンだ、クソガキ!」
敵意丸出しのレオリオに対して少年はあっさりと無視を決め込め、同い年くらいに見えるゴンに興味感じているのか、ゴンに声を掛ける。
「お前何歳?」
「11歳だよ」
「かぁ~。ハンター試験最年少記録かと思ってたのに、俺と同い年かよ」
「へぇ~君も同い年なんだ。俺、ゴン、ゴン・フリークス。君の名前は?」
「俺はキルア、よろしく」
「キルアだね。此方こそよろしく」
このやり取りの間、レオリオはさんざん文句をキルアに対して言っていたのだが、一切効果は無かった。そして文句を言うという行為は意外と体力を消耗する。当たり前のことだが、人とは呼吸をしなければ生きていけない。そして呼吸とはヒトが活動する上で大切な行動であり、喋るという行為はその呼吸を妨げる行為でもある。つまり何が言いたいのかと言うと、レオリオは息が段々と上がってきたところに大声で喋りまくったため、顔の汗が凄いことになっていた。
疲労困憊のレオリオは、涼しげな顔で喋り合う二人に愕然とする思いを抱えながらも、ふと、何かに気が付き、前を走る二人の足元を見る。
「おい、クソガキ!それは反則じゃねーのか!」
いけ好かないガキの弱点を見つけて嬉々として指摘するレオリオに対して、元々彼に対しる好感度がそこまで高くなかったクラピカは呆れる。
そして指摘されて初めてゴンはそのことに気が付き、キルアは嬉しそうなレオリオに対して首を傾げる。
「何が?」
「何がって、そりゃお前、この試験は持久力と精神力を測る私見だぞ!そんな卑怯が許され…」
「レオリオ」
「…る訳。何だゴン」
「サトツさんは何も言ってなかったと思うよ?」
「へっ?」
レオリオは先のクラピカの説明を思い出し、上機嫌に指摘しようとするが、ゴンに遮られ、そしてゴンの指摘に一瞬呆ける。
「いやいやいや。言ってないからって」
「落ち着くんだレオリオ」
「さんだ!」
ゴンの言葉に混乱しつつも、クラピカに丁寧に反応するレオリオ。
「先にもいったが、試験官は私に着いてこいとしか説明していない。それ以外の反則事項も説明していない。つまりそう言うことだ」
「残念だったね。おじさん」
「グヌヌヌ、てっ、オイガキ!俺はまだお前らと同じ十代だこら!」
「「「え!」」」
レオリオの発言に皆が驚愕し、レオリオはゴンにすら驚かれたことに大きく傷ついた。
そうしてゴン達一行は、キルアを仲間に加え、ひたすら走っていた頃、サトツを焦らせた元凶たる彼女はというと、一番前をひたすら走っており、サトツにプレッシャーをかけ続けていた。
『どうせこの一次、二次、三次試験は数減らしだし、ここで数を減らしたら試験官も楽だし、私も怒りを感じる要因を排除できるし、これは一石二鳥の名案じゃないかな?』
彼女はサトツにプレッシャーをかけ、時短、時短と思いつつも、何やら物騒なことを考えつき、笑顔を浮かべ、その手を開いたり閉じたりしていた。
そもそもこの試験は数減らし以外にも、様々な適正を確かめる意味を持つ試験である。これは彼女の持つ知識からも分かることなのだが、彼女はあまり深く考えることをしない。これは彼女の育ち方があまりにも物騒すぎるせいもあり、それは彼女が深く考えなくとも生きてこれたということを意味するのだが、ここでも、知識はあれど、それを考察する気などさらっさらに彼女にはない事が問題なのである。
だから、彼女は目の前で少しだけ歩みが早くなったサトツに満足しながら、走るのだが、ハンター試験に来る受験生はその質に大幅に差があれど、その下限は世間一般的に高いものである。故に、前を走るグループは彼女の側からゆっくりと刺激しないように適切な距離を取る。
そうとは知らず彼女は思考を飛ばす。
『私より前に出た奴から斬ろう。殺すのはマズイから足の一本でも斬ろうかな。うん。私優しい』
彼女はこの試験会場に来るまでの間に溜まったイライラと、ヒソカせいで眉間に皺が寄っていたが、今の彼女は愚かな玩具が掛からないかと幾分か気分が軽くなり、少しほどトリップしていた。
彼女がトリップしている間、サトツの歩く速度が少しほど緩まった。
キルアとゴンが友達となった後、二人はレオリオとクラピカを置いて競争をしていた。子供とは思えぬ二人の高い身体能力は他の受験生を驚かせ、それと同時に憐みの視線と変態の視線が入り混じっていた。
「楽勝だな」
キルアは先頭集団の大人たちをあっさりと抜いて前に出れたことに上機嫌で隣を歩くゴンに呟く。
「うん。でも、さっきの人たちが先頭集団なら、何でサトツさんの姿が見えないんだろう?」
ゴンが彼らから浴びた視線の意味を分からないながらも、あまりいいものではないと感じ、疑問を口に出した時、前を走っている女性が見えた。
「そりゃ。あの女がやばい奴だからだろ?」
キルアは前を走る彼女から漏れ出る殺意を敏感に感じ、眉を顰める。
「ねぇ、キルア。あの人って、どんな人なんだろう?」
「どんなって。精神異常者じゃね?」
二人は近づく背中を見ながら、彼女の言動を振り返りつつ、キルアは無意識に彼女に警戒し、そのサーベルの間合いから外れるコースをとるが、ゴンはキルアの隣、つまり、彼女の間合いギリギリで、彼女の横を通り過ぎようとする。
「………しっ!」
短く、息を吐きだす音がしたかと思うと、暗闇の中、地下を薄っすらと照らすライトに鈍く反射して刃がヌラリと輝く。
ゴンが彼女と並ぼうと、右足が彼女の真横に来ようとした瞬間の出来事だった。彼女は振り返ることなく、ただランニングで腕を振るように、何気なく、振るう。既にゴンの左足は地面を離れ、右足は前の地面を踏みしめようとしていただけに、一瞬の内に高まる害意を感じることしか出来なかった。
「あっ」
短く悲鳴を上げ、バランスを崩すゴン。自分の視界で納められようとしているサーベルが自分の足を切り飛ばしたのか、足が熱を持つ。
遠ざかる背中をただ熱くなる右足を無意識に右手で抑え込みしゃがみ込みながら見送る。
「大丈夫か、ゴン」
それまで足を押さえ、遠ざかる彼女を見送るだけだったゴンは腕をキルアに引っ張られ、漸く、顔を彼に向ける。
「う、うん。ありがとう。キルア」
ゴンは顔を強張らせながらも大丈夫だとキルアに笑顔を見せる。その様子にキルアはホッとすると同時に呆れたようにため息を吐く。
「お前、結構無鉄砲なんだな。あんだけ危険だ、精神異常者だって忠告して、俺も間合いから離れて走っていたのに、無警戒にその隣を走り抜けるなんて、勇気あるなー」
キルアは浅く切られた彼の右足を見てそう言う。
「キルア、バカにしてる?」
ゴンは斬られたと錯覚した自分の足が確かについているのかを確認するように、その場で数回ジャンプする。そしてキルアは、彼の質問にいい笑顔を返す。
「ああ、そうだよ!俺が腕引いてなけりゃ今頃、足を斬り飛ばされて脱落だぞ。分かってんのか」
ゴンの両頬を引っ張り笑顔の下に隠した怒りを露わにする。ゴンも自分の足があの時、腕を引っ張られなければなくなっていたことを理解できるだけに何も言い返せない。
キルアはそのままゴンの頬を引きちぎろうかとも考えていたが、後方から先ほど抜いた先頭集団が近くまで来ているのを足音から感じ、頬から手を離すと、さっさと走り出す。
「あっ待ってよキルア」
ゴンも慌てて追いかける様に走り出す。そしてキルアに危険な行為をしたことを謝るのだが、彼は見えなくなった背中をじっと見つめ考えに耽る。
キルアは自分が悪名高き暗殺一家ゾルディックの暗殺者として自身の力に自信を持っているのだが、ゴンに振るわれた一撃は自分の勘に頼り切ったモノだった。彼は勘を馬鹿にはしないが、それを全面的に信じることはしない。自分の技術と身体能力にこそ頼れるものがあると信じるだけに、ゴンの右足に軽傷を負わせた彼女の剣に嫌なモノを感じていた。もし自分の立場なら、避けられていただろうかと?あの時感じた逃げなくてはという思いがゴンを助けたが、自分は次も彼女の攻撃に対して、勘で避けられるのだろうかと?
そう考えると、足がこれ以上前に行くのを拒むように、スピードが出ない。間合いにさえ入らなければ、殺す気ならばどうとでもなるだろうと考えるのだが、その考えとは裏腹に、無理をしなくていいという思考に支配され、ゴンと一緒に走りたいという感情も手助けをし、彼はこれ以上スピードを上げることはしなかった。
彼は自分に埋め込まれた兄の呪縛がゴンを助けた一因になったのと同時に、自分を縛る大きな枷になるとは知らず、ゴンを馬鹿にして嫌な考えを振り払う。
「おお~。光だ!」
彼女は暗く湿気た地下の通路に差し込む出口の光に感動していた。マラソンのゴールテープを一番に駆け抜ける選手の気持ちを勝手に共感していた。スポーツマンシップに則りマラソンをしている選手と同じ気分を味わう彼女だが、道中武器を振るったことは彼女にとっては些事である。
「一番!うう~ん」
些か演技臭い仕草で汗1つ掻いていない額に手をやり、雰囲気をつくると、外の空気を吸う。
「清々し…い?」
しかし、太陽の光こそ差し込むが、地下以上に湿度の高い空気に、その胡散臭い笑顔に罅が入る。
「この不快感!あり得ない」
笑顔を壊し出てきたのはこめかみにできた深い、それは深いしわだった。
「ふざけてる」
彼女は思い通りにならぬ現実に怒りを感じていたが、少しでも原作を思い出しさえすれば、此処がヌメーレ湿原、そう、湿原であることなどすぐに分かったモノであろうに、彼女は一瞬で怒りのパラメーターを上げる。
サトツは絶をして息を潜めていたため、彼女は怒りをどこに向ければいいのか分からず、一人、臭い演技をしたことを含め、怒りを溜め、破裂しかけの風船状態になっていた。誰かが刺激すれば今度こそ、試験中に死人が出る。サトツはなるべく彼女の怒りを買わない方法を考えつつも、この場に誰かゴールしてくれと切に願うのであった。