仕事帰りの電車の中。ウトウト寝ていた男が目が覚ますと、そこは平原だった。
果たして人は、純正化されたガイアメモリがたらふく入ったキャリーバッグ片手に平原で一人にされて、冷静になれるものだろうか? その男は無理だった。現実逃避を始めてしまい、手に取ったロストドライバーとT2ウェザーメモリをオモチャだと勘違いし、十五メートル級の巨人――しかも奇行種と遭遇してしまう。

『ウェザー!』

そして、迫り来る死の恐怖に包まれた中、がむしゃらにオモチャだと思っていたものに頼った瞬間、不思議な事が起こった。


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進撃の超人 Attack on dopant

 果たして人は、純正化されたガイアメモリがたらふく入ったキャリーバッグ片手にいきなり平原へ一人ぼっちにされて、冷静にいられるものだろうか? また、ついでに『筋肉バカでもわかるドライバーの作り方』、『切符が買えない人も安心! メモリの作り方』などの本とそれらに必要なキット、ロストドライバーもあったら、謎の恐怖に襲われないものだろうか? どうして玩具がこんなにも押し付けられているのだと。

 辺りを見渡しても岩山、岩山、ちょっとの草花。特に建造物はない。人影もない。

 

 さて、仕事帰りの電車でうたた寝をしていたらココにいた訳だが、夢ではなさそうだ。ずっとイスに座っていたせいでケツが痛いままなのだから。それと、仕事で持っていく荷物が全て失っている。スマホ、財布、身分証、カバン、全部だ。まるでキャリーバッグの対価にされたかのように。

 ふざけるなよ、れっきとした社会人をこんな事態に巻き込んで。世にも奇妙な話が降りかかるなら、事前に話を通してもらいたい。わかっていたなら有給を取ってどうにか対処するものを。あっ、できるならやっぱり最初から何も起きない方がいい。

 あと、背が十代前半相当まで縮んでいるのも許しがたい。着ているスーツがブカブカになってしまった。帰り方の当ても無いのに酷い話だ。

 

 取り敢えず、適当にキャリーバッグからメモリを一本取ってみる。掴んだのはウェザー……天候のメモリだ。化石のイメージが強い銀色のプロダクションモデルではなく、灰色の水晶のように綺麗だった。端子は青。T2ガイアメモリである。

 他のメモリたちは端子が異なり、パッと確認する限りではT2はウェザーのみだった。ロストドライバーも一本だけで、腰に当ててみると自動的にベルトが巻かれ、装着される。

 

 ほぉ、オモチャのくせに出来がいいじゃないか。試しに――

 

 ズン……ズン……

 

 ふと軽い地響きが聞こえてきたので、そちらへ振り返る。この時、俺はソイツに見つかってしまうのを酷く後悔した。

 体長推定十メートル越え。本来なら自重に潰されるべきサイズの生物が、醜悪な笑顔を浮かべながら元気よく大地を踏みしていた。しかも全裸で。

 裸足で歩行していて、かつこんな場所なのに痛そうにしていない。オマケに肌色剥き出しの全裸でいるあたり、文明も感じられない。

 だが、肝心の股間にはあるはずの生殖器が綺麗さっぱりなかった。明らかに骨格からして男であるのに。

 

「……」

 

 ニヘラと笑う全裸の巨人は、ウキウキと俺に近づいてくる。その歩幅と速度は尋常ではなく、悠に時速九十キロは出ていると思われる。そんなヤツから逃げられる自信はないし、ヤツが何やら握っているものを注視した瞬間に身体が動かなくなった。

 それは、首から上がなくなっている人の死体だった。突然の光景に背筋をぞっとさせるのも束の間、なんという事か巨人は死体をムシャムシャ食べながら俺の元にやって来るじゃないか。身に纏っている衣服やら装備やらお構い無し。下品に口から鮮血をしたたらせながら、俺に手を伸ばす。

 

 あっ、ダメだ。俺死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウェザー!』

 

「変身ぃぃん!?」

 

 しかし、咄嗟にウェザーメモリをロストドライバーに挿したのは生存本能から来るものだったのか。ついさっきまでオモチャだと評していたのに、それに頼る事になるなんてアホらしい。

 

 視界が巨人の手に塞がれる。途方もない閉塞感と恐怖心が生まれる。これから味わう地獄を思うと、ついつい現実逃避にと意識を自ずから手放しそうになる。キャリーバッグなんて捨てた。

 

 だが、次の瞬間――

 

『ウェザー!』

 

 可視化された障壁が俺の全身を包み、一歩遅れて巨人が俺を握り締める。思わず怯むが、予想していた痛みは全く感じない。恐る恐る目を開けてみると、今まさに喰われようとしていた。大きく開かれた口から覗ける歯は総じて鋭利で、獲物を噛み千切る事に特化した殺意の塊に見える。

 

「うわぁ! うわァァァァァ!?」

 

 恐怖心が全開になった俺は、死にたくない一心でとにかく必死にもがいた。すると、不思議にも両腕が嵐を纏って巨人の指をズタズタに切断。意図せずに巨人の拘束から逃れ、不様に着地する。

 いや、呑気に尻餅を着いている場合じゃない。指を失った巨人の手から蒸気が噴き出し、血管や骨、肉が生々しく溢れていく。どうやら再生しているようだ。イカれている。

 なお、巨人は自身のダメージを歯牙にも掛けず、もう片方の手で俺を捕まえようとする。今度は思いきり、腕を振り回していた。

 

『ウェザー! マキシマムドライブ!』

 

 初手、マキシマムドライブ。間髪入れずにメモリを右腰のスロットに挿し、死に物狂いで巨人の一撃をかわす。寸手で跳躍すれば、足の裏スレスレに大きな手と触れる。その質量攻撃から突風が生じ、俺も足元から竜巻を生み出していた。

 正直に言うと、がむしゃらにマキシマムドライブを使ってみたので何が何だかわかっていない。だが、これから自分が繰り出そうとする技だけは直感で理解した。身体を上下逆さまにして、無理にでも蹴りの姿勢となる。姿勢制御は竜巻が補ってくれるみたいだった。

 普段経験する事がない浮遊感の中、精一杯巨人の顔を見据える。そして恐怖心を誤魔化すように、己を奮い立たせるように、全力で叫んだ。

 

「ハアァァァァァァァーっ!!」

 

 刹那、一つの小さな竜巻が巨人の首を真正面から貫き、抉った。地面に降りた後に振り向けば、巨人は全身から蒸気を出しながらドサリと崩れ落ちる。やがて、その死体は跡形もなく消滅した。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 八四五年。その日に行われた壁外調査は、また何の成果もなしに終わりを迎えようとしていた。

 初めは選りすぐりの調査兵団員百名前後で挑んでいたのが、今では巨人たちの猛追により過半数を大きく減らしている。そのほとんどが、儚く無残に散っていった。

 

「ここは俺に任せて先にい――」

 

「ジョン!?」

 

「ちくしょう! 最後まで言えずに喰われやがった!!」

 

 平野にて。追い掛けてくる巨人から逃げる騎馬隊の中から一騎が反転するも、巨人に瞬殺される。一掴みにされ、骨身を砕かれ、あっという間に胃袋の中だ。

 巨人討伐の要である立体機動装置も仕様上、こんなに開けた場所では活用しにくい。わざわざ近距離戦に挑まなくても巨人の弱点であるうなじを倒す方法があれば良いのだが、残念ながら今の壁の中の人類にその術は全くなかった。真正面から榴弾砲を撃ち込んでうなじを綺麗に消滅させるなど、夢のまた夢である。

 そもそも三メートル級の巨人ですら、斧程度ならほぼ傷付かないほど頑丈で再生能力に優れている。そんな巨人たちを討ち果たせる武器として超硬質ブレードが存在する訳だが、そうなると近距離戦での死亡率上昇は必然だろう。こればかりはどう足掻いても、切っても切れない問題だった。

 

「ジョンの仇だ!」

 

「この野郎ーっ!」

 

 仲間の死に激昂した何人かが、仇討ちを胸に勝手な行動を始めてしまう。直後、部隊の先頭から一人の指揮官が声を張り上げる。

 

「よせっ! 撤退の指示が聞こえんのかぁ!?」

 

 その指揮官の名はキース・シャーディス。今の調査兵団団長を務めている男は、自分の声が届いていないと把握するや否や彼らを連れ戻そうと試みる。援護用の部隊を割き、負傷者など一部の者たちを優先的に撤退させる。

 幸い、暴走した兵士たちはまだ死んでいなかった。それどころか、平地というハンデを覆して巨人を一体仕留めている。だが、後に続いてくる巨人の群れが彼らに討伐の余韻を与えない。

 

「腱を狙え!! 倒さなくていい!! 撤退が優先だ!!」

 

 左右に展開した部隊が、目の前の獲物に意識を向けている巨人たちの不意を突く。横から立体機動で斬り込み、即後退。独断行動を取った兵士を回収できれば、後は逃げに徹するのみ。壁の近くまで馬で飛んでいけば、大砲の支援がもらえるだろう。未踏の壁外と比べれば、帰る方が気が楽だと誰もが思った。

 そして撤退を再開した瞬間、キースは偶然目にした。背を向いた間際に見えたのは、十五メートル級の大型巨人の頭上に乗る小型の巨人。その手には、彼が見慣れない一本の小物が握られていて――

 

『バイオレンス』

 

 渋い男性の声が響き渡り、それが大型巨人の頭に挿される。すると、巨人の肉体がたちまち異形へと変貌していった。

 

「なっ……!?」

 

 そこには、巨人の特徴であったヒトの面影は残されていない。肥大し硬化た筋肉は鈍色に染まり、簡素な兜を被ったような頭部は歯茎が剥き出しになっていた。

 また、何よりも一番目が惹かれるのは左腕に生えている大きな鉄球だ。並の巨人でも、そんな簡単に片手でぶら下げられるかどうか疑わしい。それを、変異した件の巨人は苦もなさそうにしている。

 

「ヴオオオオォォォ!!」

 

 巨人のバイオレンス・ドーパントが咆哮する。周囲にいた巨人たちは目の色を変えて隣の大型怪人に襲い掛かるが、文字通り噛み付いても歯が立たない。すぐさま反撃をもらい、左腕の鉄球によって次々と一蹴されていく。

 吹き飛び、殴られ、あるいはうなじごと半身を粉砕される。その光景に、馬に乗っている調査兵団の面々は手綱をしっかり持つのを忘れかける。

 

「なんだあれ……」

 

「巨人同士が……殺し合ってる……?」

 

 だが、つい唖然となってしまう空気の中でキースの叱咤が飛んできた。

 

「撤退速度を緩めるなぁ!! あの尋常ではない奇行種が我々を狙ってくれば、次はなくなるっ!! この好機を逃してはならんっ!!」

 

 その言葉は、全て彼自身が今まで培ってきた経験によるもの。ただでさえ壁外調査でろくに成果を残せず、いたずらに兵を死なせてしまったのだ。ここで団長の己も含めて全滅してしまうというのは、遺族や死者たちへの顔向けすらできなくなる。

 例え無能な団長だとしても。せめて、それだけは防がなければならなかった。部下たちは皆、自分を信じ、命を預けて共に戦ってくれているのだから。

 しかし、世界は残酷である。投げ飛ばされた巨人一体。その一体ぽっちがキースたち目掛けて放物線を描くだけで、また誰かの命が果てる。下敷きにされた者は馬もろとも即死し、落下時の衝撃が大地を走ると同時に土煙が盛大に巻き上がる。

 そして、襲ってくる巨人を全て片付けたバイオレンス・ドーパントは、とうとう追撃を始めた。人型から球体へと変形し、左腕を器用に使って跳ねながら勢い良く転がっていく。その速度は、全力で走っている馬の比ではない。

 

「来るぞぉ!!」

 

「う、うわあぁぁぁぁぁ!?」

 

 バイオレンス・ドーパントが彼らに追い付くのはすぐだった。手始めに着地で複数名を押し潰し、再び高く跳躍。二度目の着地は彼らの行く手を遮り、そのまま前進する。

 その際、下敷きをギリギリ免れたキースは着地直後に発生した衝撃波に飲み込まれ、完全に地面へ身を投げ出されてしまう。受け身を取るが、派手に転がっては雀の涙にしかならない。全身に打撲などの負傷をもらい、起き上がろうとすると苦悶の声が漏れる。

 

「うっ……ぐっ……!」

 

 キースの乗っていた馬も同様に吹き飛ばされ、ぐったりと横たわっている。さらには、バイオレンス・ドーパントがUターンしてこちらに戻ってきた。

 この一撃で部隊のほとんどが動揺し、満足に行動を取る事ができなかった。専用に訓練されている馬も迫り来る恐怖にパニックを起こし、中には騎手を振り落として逃散する個体もいる始末。もはや、全員が助かる望みは薄かった。

 

「キース団長、ご無事ですか!」

 

「私は無事だ! だが……!」

 

 金髪の青年エルヴィンが、キースの元へ駆け寄った。この間にもバイオレンス・ドーパントが、道を阻む全てを圧殺せんと疾走してくる。キースが次の指示を出すには一刻の猶予もない。遂に馬を失った者たちは見捨てるべきか否か。それを迷っている暇もなかった。

 

『ウェザー! マキシマムドライブ!』

 

 その時、不思議な事が起こった。突如、竜巻がバイオレンス・ドーパントの足元から発生したかと思いきや、そのまま風の中へと捕らえてしまったのだった。延々と竜巻に囚われる様は、まるでその巨体の重量感を感じさせない。

 不意にも九死に一生を得たキースたちは、ひと自分たちの頭上に人影を見つけた。腰に赤いドライバーを巻き、全身が灰色。厚手のコートにも似た鎧を纏い、顔は漆黒の複眼と額の金色の紋様、二本の角と後頭部の髷が特徴的だった。

 宙に浮かぶその者――ウェザーは、バイオレンス・ドーパントを見据えながら両手のひらを合わせ、何やら力を込める。手首をくっつけながら指をパッと開くと、竜巻の上に雷雲が瞬時に立ち込めた。

 

 そして、強烈な稲光と轟音が辺りを包んだ。ウェザー以外の人間が余りにも眩しさに直視できず、耳を塞ぐ。極太な光柱と形容するのに相応しい落雷はバイオレンス・ドーパントに直撃し、骨の髄まで全身を焼き、肉という肉を水分ごと破裂・燃やし尽くしていく。

 それも束の間、とりとめもなく雷雲は晴れ、竜巻は止む。風の拘束から解放された黒焦げの巨人は地面にだらりと落ちていき、その途中で頭部からメモリを排出。化石のようなデザインのそれは粉々に砕け、バラバラとなる。

 また、メモリ排出によって元の姿に戻った巨人は、立ち上がる事なく全身から蒸気を吹き出しながら消滅していく。やがて残ったのは、バイオレンスメモリの残骸だけだった。

 

 この幕劇に、キースたちは空いた口が塞がらない。ウェザーが自分たちの元まで降り立ってくるまでは、思考回路をショートさせざるを得なかった。いくらなんでも、デタラメすぎる。

 

「……っ!」

 

 ウェザーが降りてきて、ハッと我に返ったキースは己の身体に鞭を打って立ち上がる。

 眼前にいるのは得体の知れない何か。それが人類の味方という保証はなく、もしかしたら先程の変身した奇行種と何ら変わらないのかもしれない。現に、自分たちは超常の力を知らしめされた。その力がこちらに向けば、生き残る事など不可能だろう。

 故に、キースは腹を括った。剣を抜き、勝ち目がなくとも最後まで屈しない姿勢を示す。

 

「貴様に問う!! 貴様は何者だ!! 一体、何が目的なんだ!?」

 

 これは賭けだ。相手が自分たちに友好的に接してくるつもりなら、破局して後がなくなる。かといって、いとも容易く助けてもらった礼を異形の存在にヘコヘコ告げる事など、これまで大勢の命を背負ってきた身としては論外だった。異形というなら巨人だってそうだ。下手をすれば、異形たる巨人に殺されていった兵士たちへの侮辱にあたる。キースにとってそれは許せる事ではなく、きっと死者たちも許さないだろう。

 だが結果として、想定した最悪の事態は訪れなかった。啖呵を切ったキースにどこか戸惑いを見せたウェザーは数瞬悩む素振りをし、どこからともなく一本のメモリを取り出しては地面にそっと置く。

 

 そんなウェザーの妙な行動にキースは身構える。しかし、それは杞憂に終わり、ウェザーが手を軽く振れば忽然と姿を消した。

 それからは何も起こらず、全く理解が及ばないキースはひとまずウェザーが残したメモリを拾う。美しい琥珀色を基調とし、真ん中にはNの文字が刻まれている。

 ぷるぷるとメモリを持つ手が震え、それは肩、足へと伝播する。じっとメモリを見つめては、重々しく口を開いた。

 

「わからない……まるで、わからないっ……!!」

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 果たして人は、日本語をペラペラ話す外国人の集団と異国の地で出会ったら、何の疑問もなく接する事ができるだろうか? 人が死ぬ瞬間をはっきり目にして、少なくとも冷静になりきれていなかった俺には無理だった。

 なので、怪しい人には極力関わるなというベターな選択を取ってその場から去ったのだが、これは少し失敗したのかもしれない。

 

 あの後、蜃気楼で姿を隠して彼らの跡を着いていくと、万里の長城もビックリな城壁都市に辿り着いた。これだけ大規模な壁を建てるほどの技術と壁内その他の文明度が見合ってなさすぎだが、あんな巨人がいるんだ。無理にでも納得しよう。ドーパント化していた理由も込みで。

 そして、人気のない場所で変身解除しようとして――今の服装がダボダボなスーツという壁内で浮く格好をしているのを再認識し、すっかり頭を抱えた。これなら尋問などのリスクを飲み込んで、あの目付きが鋭い人と腹割って仲良くべきだった。

 

 子供の肉体という理由からか、マキシマムドライブを二回使ったのも相まってか。先程から身体の節々が痛くて仕方がない。言われるまでもなく、ドライバー経由でも変身の負担が大きいのだとわかる。いや、見た目がダブルやアクセルみたいでも、実質的にはドーパントに変わりはないから当然と言えば当然か。早く人がいない場所で休みたい。

 また、そこらに張られているチラシとかを読むと、文字もよくわからないものだった。いや待った。逆さにすればカタカナに読めなくも――

 

「ママー、紙が浮かんでるよー」

 

「あら、本当ね」

 

 おっといけない。姿を消したままなのを忘れて凡ミスしてしまった。うっかり親子に目撃されてしまい、チラシを捨てて即退散する。引いているキャリーバッグが持ちにくて、今の状態では煩わしく感じる。

 

 

 そして空が茜色に染まる頃。行く当てもなく途方に暮れていると、怪しい人に着いていかないという子供なら誰もが言われる教えを、いい歳になっても守ってしまったツケを早速払う羽目になった。

 目の前に高くそびえ立つ壁のその彼方。いきなり雷鳴が届いたかと思うと、一体の超大型巨人が顔を出してきた。モクモクと蒸気を発し、皮膚のないグロテスクな表情をしている。

 

 この時、俺はまだ変身したまま適当な場所で座り込んでいた。突然の出来事に情報の整理がつかず、気が付けば門をヤツに破壊されていた。猛スビードで門の破片が広範囲に渡って飛び散り、家屋や住民たちに被害をもたらす。ちょうど俺の横にも、ラグビーボールサイズの岩が落ちてきた。

 それで俺はようやく事態を再確認するが、悪夢はそれだけでは済まなかった。生身の時よりも澄まされた聴覚が、遠くで逃げ惑う人々の悲鳴を捉える。咀嚼の音、重たい足音もズンズンと聞こえてきた。

 間違いない、巨人の群れが侵入してきた。せっかく安全な場所まで避難できたかと思えば、数時間も経たずしてこの有り様。初めて巨人と対峙した瞬間の恐怖や、人が殺された瞬間のやり場がない感情・戸惑いが甦ってくる。

 

 あれは衝動的だった。巨人とバイオレンス・ドーパントに蹂躙される人たちを見て、特に何かを覚悟した訳でもなく身体が勝手に動いた。

 社会に生きる身として、困っている人を助けるというのは別に軽蔑に値する行為ではなく、むしろ模範的かつ理想的だ。だが、実際にそんな事ができるのはほんの一握りだけで、ほとんどが面倒事はできる限り避けたいと考えるのは当然だろう。でなければ、世の中に善悪の概念とその境界線といったものが生まれたりはしない。

 俺は警察官でもなければ、消防士でも自衛官でもない。元より高尚な志を持たず、そこらにいる普通の会社員だ。こんな非常事態は、余計な事はせずに人助けを生業にしている彼らに丸投げするべき。それが一番合理的だ。何せ、俺なんかよりも遥かに命を捨てる覚悟を持ちうるのだから。中途半端な奴が割って入っても、足を引っ張るだけしかない。義理や義務もない。

 

 だからこそ、あの時の介入は奇跡に近かったんだ。本当なら動けずに傍観しているところを、ウェザーに変身しているせいで妙な気が起きてしまった。

 ゆえにこれっきりだ。幸いにも、目の前の景色には逃げていく人々の姿しかいない。まだ誰も巨人なんかには襲われていない。建物の屋根の上では、腰に装置を着けた兵士らしき人たちが現場に向かっている。やたら難しそうな空中移動法で。

 

 そうだ、それでいい。これで俺も心置きなく避難できる。彼らは覚悟しているから、あんな風に危険地帯へ行けるんだ。俺は無理だ。せめて手が届く距離にならない限り。

 軋みそうになる身体を動かし、敢えて人通りが少ないルートを選んで奥に進む。足が痛いし、歩くのもダルい。だが、前線では確かに兵士たちが住民を守るために戦っている。そんな彼らのためには、とにかく何に対しても半端者である俺こそが迷惑を掛けずにそそくさと避難しなければならない。例えガイアメモリを使えるとしても、もはや宝の持ち腐れ。託すのに相応しい人間がいれば、素直に渡したい。

 

「母さん!!」

 

 ふと横から聞こえた子供の叫び声。振り返ってみれば、そこには瓦礫の山に首から下が埋まっている女の人がいた。少年少女の二人組が大慌てで駆け寄り、必死に瓦礫を退かそうとするが一向に持ち上がらない。

 そして巨人が一体、母親を助け出そうとしてる子供たちに構わずゆっくり近づいてくる。

 

「私はいいから早く逃げなさい!」

 

「嫌だ!」

 

 母の言い付けを少年は拒み、隣にいる少女も諦めない。どう考えても子供の力で退かせる大きさではないのに。

 

 最悪だ……散々なまでに自己評価した傍からこれかよ。勘弁してくれ……。また胸の内に恐怖心を抱えたまま、がむしゃらに立ち向かわなければならないじゃないか。身体が疲れきっているのに、残酷になれない人並みの良心が無理やり背中を押してくる。自然と、少年たちに向かって歩を進めてしまう。

 

 そこに、金髪の中年男性が颯爽とやって来た。腰の装置から伸ばしたアンカーを器用に巻いて降り立ち、三人の元へ駆け付ける。

 

「ハンネス! お願い、二人を連れて逃げて!」

 

「見くびってもらっちゃ困るぜ……!!」

 

 そうしてハンネスと呼ばれた男は双剣を抜き、果敢に巨人に挑んでいく。

 しかし、改めて前の巨人と対峙した瞬間に身体を強張らせた。その後ろ姿はまるで、巨人に対する人類の恐れを体現しているかのようだった。

 ああ……もしかしなくとも、ダメなパターンなのか……。それからハンネスを剣を仕舞って反転。来た道をまっすぐ戻っているのは、きっと少年少女を逃がすためだろう。正しく戦えないと判断したのなら、それは仕方のない事だ。現実をよく見ている。

 

 だから、この中で一番隔絶した力を持っているとも自覚している俺は、苦痛や恐怖をひっくるめた全てを堪えて駆けた。蜃気楼を解いて、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたハンネスの横を素通りし、腰にマウントされているウェザーマインを構える。

 直後、巨人が俺に腕を振るってくる。その前に素早くウェザーマインを触れば、日照の力を増幅させて高熱化した鞭が巨人の腕をあっさり焼き切った。立て続けに俺は跳躍し、今度は相手の首元を擦れ違い様に巻かせる。

 そのまま巨人の後ろに着地し、握っている柄を全力で引く。すると、それに従って極太な首がうなじにかけて大きく溶断された。首を失った巨人は力尽き、肉体の消滅を始める。

 

「……っ!? あぁ、クソッ……!!」

 

 ウェザーマインを仕舞うや否や、僅かな間だけ立ち眩みに襲われる。それでも堪えきって、次に少年たちの母親を助けに向かう。

 

「ま、待て! お前は何者なんだ!?」

 

 俺を見て怯えた瞳を宿したハンネスは、足を震えさせながらも剣を構えて立ち塞がる。鋭利な刃先をちらつかせて脅かしてくるが、先程の巨人と比べれば何とも感じない。

 よって、簡単にハンネスをかわして母親を下敷きにしている瓦礫の撤去を優先とした。これは今までこなした巨人討伐よりもずっと楽で、持ち前の怪力でぱっぱとどかす。おかげで助けられた本人も、周りの三人も唖然としていたが気にしない。

 

「えっと……あ、ありがとうございます……」

 

「いえ。それよりも立てますか?」

 

 会話を手短に済ませ、彼女の容態を確かめる。起き上がろうとして「うっ!?」と苦悶の声を上げた辺り、重傷なのは間違いなかった。

 

「おばさん、大丈夫!?」

 

 咄嗟に少女が不安げな声を上げる。それを尻目に俺は、ハンネスへと振り返った。

 

「ハンネスさん、でしたよね? この人を運ぶのを頼みます。それと子供たちも」

 

「あ、ああ。何だか訳わかんねぇが……そうだな。早いとこ避難させねぇと。アンタはどうするつもりなんだ?」

 

 すっかり困惑状態の彼だったが、どうにか気を取り直して俺にそう尋ねてくる。ここまで来たら、やる事は決まっていた。

 

「他にも逃げ遅れがいるかもしれないので……できる限り、救出してきます!」

 

 もう死にもの狂いだ。この人たちだけを助けて他は無視するという後戻りは、できやしなかった。

 

「待って!!」

 

 刹那、ここから立ち去ろうとする俺を少年が大声で呼び止めた。何だと思って振り向けば、少年は口を開く。

 

「あの、母さんを助けてくれてありがとう。 悔しいけど、俺たちだけじゃどうにもならなかったかもしれなかった……。だから……!」

 

 言葉を連ねる度、徐々に少年は涙ぐむ。

 こんな非常時にお礼を言ってくるなんて利口にも程がある。すぐ逃げなければ危ないのに、余計に泣いてしまえばおちおち避難もできやしないだろう。俺は少年の頭に手を優しく置き、懸命に言いなだめさせる。

 

「気にするな。柄じゃないと思ってたけど、助けたいと思ったら勝手に身体が動いた。そういうヤツなんだよ、俺は。自分でもびっくりだ。……だから早くここから逃げて、君たちには長く生きててほしい。すぐ死なれたら、助けた意味なくて悲しくなっちまう。わかった?」

 

 すると、少年はコクりと静かに頷いた。どうやら涙は止められたみたいだ。もう大丈夫だろう。頭に置いた手を離して、何気なく周囲の様子を確認する。近くに巨人の影は見当たらないが、味方らしき増援も見えない。危険だが、一度門の前まで行ってみるか? 状況をより細かく知りたい。

 

「あっ……俺、エレン! エレン・イェーガー!! 最後に名前教えてくれ!! 今日の事、絶対忘れないからさ!!」

 

 今度こそ去ろうとしたところで、唐突に少年が名乗り出した。ふと見てみると、そのどこか期待しているようなキラキラとした眼差しには、謎の抗いにくさを覚える。

 名前……名乗る程でもないが、この少年は恐らくこの助けてもらった恩を一生忘れなさそうだな。そして名前を教えたが最後、墓場まで名を心に刻んで持っていくだろう。

 いや、この際だからついでだ。おこがましいので仮面ライダーとは名乗れないが、ウェザーという名だけは許せるだろう。別にそれだけで特定の個人を示す訳でもないのだから。

 

「……ウェザーだ。じゃあな、エレン」

 

 それだけ言い残し、俺は街中を駆け出した。心なしか、身体が軽くなっているような気がする。これなら幾らでも戦えそうだ。

 屋根の上まで登り、辺り一面を見渡す。三メートルぐらいの小さな巨人もいれば、建物から頭がはみ出している大きな巨人もいる。奴らが通った跡には、建物の残骸と血が撒き散らされている。死体が見えないのは、全て巨人たちの胃袋の中に収まっているからに違いない。そう考えるとゾッとする。

 

 戦わなければ生き残れない。この瞬間を以てして、その舞台が競争社会から互いの生死を賭けた殺し合いに置き変わった。そんな中に一般人である俺が放り込まれるなんて酷すぎる。最低だ。

 だが、せめてもの救いは、殺す相手が巨人という化け物である事だろう。実際に人を殺しかねないライダーバトルよりはマシだ。それにあんな人間だけを殺すような生物が、とても同じ人間とは思えない。

 仮に元が人間だとしても、今はどう見てもただの化け物。それなら、人の尊厳を奪われたまま殺戮をさせられるよりも、一思いに殺した方が救いになるかもしれない。あと、人間の戻し方がてんで思い付かない。

 そんな言い訳染みた考えをしながら、既に息絶えた人間を咀嚼し続ける小型巨人と遭遇する。心の中で喰われた人に合掌しながら、片手間で倒していく。

 

 

 ここは、地獄だ。

 

 




Q.リヴァイがメモリを手にしたら?

A.獣の巨人は死ぬ



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