名門袁家の長子。妾の子。
名門袁家の長子として生まれた当初は可愛がられたにも関わらず、正妃との間に子が生まれた途端に周りの反応は手の平を返したように私を妾の子と乏しめた。私個人のことは構わないが、母までもが貶されることは耐えきれない屈辱として今も記憶に残っている。
そして袁術、私から成り代わるように次期当主の座を奪った奴の名前だ。
今は名門袁家の次期当主に固執している訳ではないが――その座を袁術に奪われるのは未だに納得ができない。なぜなら私は袁術の顔を生まれてから一度も見たことがない。それは袁術が私を見下してのことではない。そもそも袁術は屋敷から出て来ず、自分の部屋から出てくることもほとんどなかった。研鑽を積むこともせず、蜂蜜水を飲むだけの日々を送っていると云う。
つまり、それは私が胸に刻んでいる名門袁家の家訓。
『名門足る者は常に華麗足れ』
という言葉に反した生き方をしていると云うことだ。
特に名門袁家は民草や奴婢からの労働力で得た資金を糧に生きているのだから、得た利益はしっかりと民草と奴婢に還元すべきなのだ。そして民草の上に立つ存在であるから規範となれるように常に研鑽を積み重ねて、礼儀作法、姿勢にいたるまでを正しく身につけなくてはならない。無論、教養を得ることも大事だ。名門足る者は決して、侮られてはならない。何故ならば、私達は民草の代表なのだ。私が侮られることは従える全ての人間が侮られることと同義である。
高貴さには義務が生じる、その義務を放棄することは高貴さを放棄することと同義だ。
そして袁術に限らず、今の御時世には義務を放棄した名家で溢れていた。
民草は権力者の食い物ではない。民草が権力者を食わして、権力者が民草の暮らしを豊かにする。
そんな関係こそが理想だと考える。
汚職だらけで犯罪が犯罪と分からない濁流が今の世の中だとするならば、私は世の中を清らかな流れにしたいと思った。
少なくとも今の世の中は間違っているから、それを是正する為の力を欲している。
その為には名門袁家の力は必要だ、許攸の深い見識は絶対に欲しい。
そうでなくとも友人として許攸、そして朱霊とは道を違えたくはなかった。
できることなら同じ道を歩みたい、と願っている。
私が学問所に通い続けるのは大きく二つの理由がある。
ひとつは学業で主席を取ることで、私自身の評判を上げることだ。もうひとつは人脈を広げることにある。
義父袁成から勧められた時には考えが及ばなかったことだが、この学問所は冀州の各地に存在する名家がこぞって通わせる名門中の名門であった。つまり、ここで交友を広げるだけでも私は力を蓄えることになり、ここで上げた評判は今後に必ず私の為になる。
じっくりと力を蓄えること四年間、学問所に通う最後の年。卒業すると私達は役職に付けられる。
まあ半分以上は役人になる為の試験を受けることになるのだろうが、私や曹操、許攸といった成績優秀者には無縁の話だ。朱霊は微妙だが、彼女の場合は実家に帰るという手段があった。とはいえ、このままの流れだと、きっと私は名門袁家の意向で役職が決まる。そうなると袁術の為に働かなければならないかもしれない。あのまるで駄目な女の下で飼い殺される未来もある。
それだけは絶対に避けなくてはならない。
その為に積み重ねてきた人脈があり、絶えず学び続けてきた知恵と知識がある。
ある程度、自分の意思を貫く為には何をすれば良いのか。
それは袁家の外にまで知れ渡る評判だと思った。袁紹は凄い、という評判を世間から得られれば袁家の意向だけで進路が決まることはない。少なくとも優秀な人材を飼い殺すことは外聞が悪いはずだ。この一年間で得られる分かりやすい功績とはなにかを考えた。答えはすぐに見つかった。
賊退治、世間をさわがす彼らの存在は歩く功績だ。
許攸と初めて出会った日から贅沢を控えるようになり、自然と貯まってしまったお小遣い。
学問所で許攸と再会してからは意識的に貯め込んできた。
その全てを今、投じるべきだと判断する。
ここで終わるようなら最初から私はそれまでの人間だったのだ、自らに言い聞かせるように覚悟を決める。
雄々しく、勇ましく、華麗に袁本初が築く道の一歩目を踏み出すのだ。