袁本初の華麗なる幸せ家族計画   作:にゃあたいぷ。

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・許攸子遠:雅《みやび》
許劭の養子。
・朱霊文博:?
私塾の同期生、ぽんこつ忍者。
・袁紹本初:?
私塾の同期生、名門袁家の長子。妾の子。


玖:遠征

 姓は何、名は顒。字は伯求。

 その詳しい素性は知らないが、仲買人として知る人には知られる人物であった。

 彼女自身は多くを語ることはないが、その能力は信用に値する。適正な金額を手渡すだけで必要なものは全て期限内に取り揃えてくれた。そして彼女の扱っている商品には情報も含まれており、今回は金を握らせて近辺に潜伏する賊の情報を集めて貰っている。ちなみに彼女が私に力を貸してくれているのは、お得意先である許劭の養子だからであり、今後も関係を続けるかどうかは今回の結果次第という話をされている。

 そして予想以上に袁紹が頑張ってくれたおかげで暇になった私は工作活動に勤しんでおり、その後ろでは何顒が興味深そうに私の手元を観察している。

 

「……何顒さん、今日はもう用事はないのでは?」

「ええ、ありませんよ」

 

 いつもの薬屋の格好で微笑んでみせる。

 可愛いというよりも綺麗で格好いい容姿、切れ長の目を細めるだけで誰かの心を射止めてしまいそうだった。私自身、恋愛感情は抱かないけども姿形が好みではある。目の保養、見ているだけなら浮気にならない。しかし、それも観察する側での話だ。特に会話もなく後ろからじいっと見つめられるのは気疲れする。

 何顒は仕事人っていう感じの人なので、本当に必要なことしか話してくれない。

 

「……弩、ですね」

 

 呟かれるような疑問に、その反応だよ! と彼女から振ってきてくれた話題に嬉々として飛びついた。

 今、私の作っているのは天の知識に則るのであれば、クロスボウ。つまり片手持ち用の小型の弩であった。こんな小型のものを使うくらいであれば、最初から弓を使った方が良い。そんなことは分かっている。しかし私は非力だ。朱霊は飛ばす程度に弓を扱えるし、袁紹は十五間(約27.3m)先にある的に当てることができた。しかし私は弓を引くことすらもままならない。剣の腕前は朱霊が黙って首を横に振る程度には才能がない為、自衛手段の一つとして考えたのが小型の弩だった。

 まあ一回しか使えない不意打ち用、ないよりはまし程度の代物だ。

 

「威力はあるんだけどね」

 

 と引き絞った弦の留め具を外せば、バシュッと矢の先端が木の幹に突き刺さった。

 

「……暗殺用ですね」

「大きすぎるんじゃない?」

 

 真顔で頓珍漢なことを呟く何顒に苦笑する。

 持ち運びと取り回しが良いだけで衣服の中に忍ばせられる代物ではなく、小型で飛距離も短いので、実践向けではなかった。あくまでも自衛手段を保たない人間が、申し訳程度に自衛する為の武器に過ぎない。

 弩上部に取り付けた梃子を引っ張りあげる事で弦を引き絞る機構と取っているので非力でも安心設計だ。

 

「それ、どういう仕組みになっているんです?」

 

 何顒が興味深そうに問いかけてきたので、梃子を引っ張りなら押し上げるだけと伝えておいた。

 

「……貴方って金儲けができない性格をしていますよね」

 

 溜息交じりに呟かれる言葉に「あんまり興味はないからね」と素知らぬ顔で告げる。

 私は私が幸せであれば、それで良いって思っている。その為には金銭も必要だけど必要以上の金銭は荷物になると考えていた。あまり周りから束縛もされたくない。朱霊になら束縛されるのも吝かではないけども、やっぱりある程度の自由は欲しかった。私は我儘で自分勝手だと自覚している。ただ今となっては私の幸せに朱霊は必要だし、袁紹も放っておけないところがある。だから私も二人の足を引っ張らずに付いていけるように努力する。今日日守られ系お姫様は流行らないのだ。

 なんだかんだで欲張りになってきた、あれもこれもと守りたいものが増え続ける。

 

「真っ当に生きていれば、そんなもんですよ」

 

 そう言って何顒が微笑ましそうに目を細めてみせるのだった。

 

 

「ここから少し北に進んだところに三十人規模の馬賊がいる」

 

 いつもの面子、いつもの甘味処、その個室で開いた地図を指で差した。

 朱霊は食い入るように地図を見つめながら頷き、袁紹は腕を組みながら視線だけで私に話の続きを促す。

 私は軽く深呼吸をしてから戦力分析に入る。袁紹義勇軍は総勢百人、歩兵中心の編成だ。対する馬賊は総勢三十名前後、その名が示す通り、全員が騎馬に乗っている。つまりまともに戦っては勝てない。そのことは朱霊と袁紹にも分かっており、しかし口を挟まずに私の言葉を待った。騎馬対策は考えている、と告げれば二人は表情を弛緩させる。

 ただ厄介な敵もいる、と私は二本の指を立てた。

 

「ひとりは身の丈以上の大剣を振り回し、ひとりは身の丈以上の大金槌を振り回す。馬賊の二枚看板だそうだよ」

 

 まあ朱霊よりも強い相手なんてそうそう見つからないだろうけど、と楽観的に肩を竦めてみせる。

 

「それにしても初陣の相手が馬賊なんて、些か性急過ぎませんこと?」

 

 そんな袁紹の言葉に「手頃だったんだよ」と返す。

 今回標的として定めた馬賊は、言ってしまえば小悪党に分類される。小さな商隊を襲うことで危険だと商隊に認知させた後、近場を通る商隊に護衛料をせびるというものだ。ただきちんと護衛は果たすし、その護衛料も法外な金額ではない為、急ぎの場合は護衛料を支払うこと前提に道を通ることもあるんだとか。根っからの悪党ではないのかも知れないが、義賊ということもまたあり得ない。

 困っている人がいるのは事実、この馬賊を退治して漢王朝と民衆の顰蹙を買うことはないだろう。

 

「これからのことを考えると馬は必要だ」

 

 じっと袁紹を見つめると「貴方も大概、博打が好きですわね」と袁紹が呆れ混じりに微笑んだ。

 

「槍……せめて人数分の竹槍を用意しなくてはなりませんわ」

「あと両端を尖らせた木杭も欲しいかな」

 

 話を詰める、更に詳細な地図を用意して作戦を考える。

 朱霊は少し退屈そうに欠伸をしていた。

 

 

 数日後、準備を整えた私達は義勇兵百名と共に出陣した。

 義勇軍とはいえ初めて軍を率いた行進は思いの外、緊張する。それでいて高揚もしていた。

 馬に乗っているのは私と袁紹のみ、朱霊は乗馬が苦手な私の為に馬を引いてくれている。他の牛馬は全て荷馬車を引くのに充てがわれていた。用意した糧食は八日分、片道三日の旅路になる。あんまり足に筋肉がないせいか馬が歩く度に体が揺れる、お尻が痛い。あんまり風景を楽しんでいる余裕もなかった。そういえば天の知識には鞍とか鐙とかあった気がするけども、周りで付けている人を見たことがない。今度、試作してみようかな。

 陽が傾き始めると周りが暗くなる前に野営の準備を始める。これまた私は用なしで、袁紹の指揮の下、役割分担した上でてきぱきと野営陣地を建築する。朱霊が適当な森から大きな猪を狩ってきたので兵達はみんな大喜びしていた。野営には天の知識から私が提案した道具が幾つかあって、便利だと袁紹も兵達も私のことを褒めてくれた。ただそれは私が正しく努力して得た結果ではなかったので、微妙に居心地が悪くて曖昧に笑い返すだけに留める。

 私って、此処にいる意味あるのかなって思い始めたのはこの辺りからだ。

 本当に、いたれりつくせりの旅路だった。袁紹が思っていたよりも働いており、朱霊も狩猟などで糧食の足しを持ってくる。地図の見方や方角の確認の仕方とか袁紹が全部、吸収していた。

 私はなにもしないまま、三日目を迎える。

 

 朱霊が私のことを横目にちらちらと見ながら少しもどかしそうにしていた。

 ああ、そういえば、近頃は御無沙汰だったな。声とか漏れそうだったから遠征中は嫌だったのだけど――と私は夜になると即席の宿舎に朱霊を連れ込んだ。不思議そうな顔をする朱霊の前で私は上着を脱いで、あまり得意ではない挑発的な笑みを浮かべて朱霊の唇を奪った。舌を絡める、厚めの布に覆われただけの屋内で水音を響かせる。興奮はしない、気持ち良さも感じない。慣れない場所、周囲に意識が持っていかれる。隙間から入り込む冷たい風が頭を冷まさせた。でも朱霊の熱は感じるから間違った行動はしていない、と自分に言い聞かせて彼女の首に両手を巻きつけて抱き寄せる。うん、ちょっと気分が乗ってきた。周りのことなんか気にならないくらいに朱霊を意識すると気分を高揚させることができる。後で、とても後悔することになりそうだけど、と呼吸の為に唇を離した後、あざとく舌先を出して上目使いで朱霊のことを見つめる。その瞳は確かに情欲に染まっていた、はずだった。

 朱霊は下唇を噛んで、私の両肩を持って体を離す。

 私が首を傾げると朱霊が振り絞るように口を開いた。

 

「……するなら帰ってから、ちゃんとしたい」

「今、慰めて欲しいのに?」

 

 ほんのちょっとの気の迷い、居心地が悪かったから居場所を求めた。

 ただそれだけの話だ。居てくれるだけで良い、とよくある物語の主人公なら言うだろう。言いたいことはわかる、でも、それだけでは嫌だった。理由はよく分からない。でも、それは違うとわかる。なんとなく、でも確信している。こんなことに意味はないこともわかっている。でも駄目だった。面倒臭い女だな、と自嘲して乱れた衣服を整える。

 ごめん、と謝ると朱霊はとても苦しそうに押し黙った。

 

「遠征中、ずっと誘惑するから」

 

 これはただの八つ当たり、仕返しされても構わない。

 私は感情を隠さない、抑えない。思ったことを伝えたいがままに口にする。この私に惚れたんでしょ? なら惚れた弱みに付け込むだけだ。慰めてくれないのなら、せめて気晴らしには付き合って貰わないと割に合わない。私を自分のものだと思っているツケは払わせる。

 未だに告白もできないぽんこつの癖に。

 

 彼女一人を宿舎に置いて、外に出る。

 

 

 星空の下、まん丸のお月さんが空を浮かんでいる。

 火照った体に夜風は心地良かった。朱霊と唇を重ねることは気持ち良かった。たぶんきっと曹操の方が上手いのだろうけども、心が蕩けるのは朱霊が相手の時だった。心はきっと心臓のような形をしているのだと思っている。ちょっと力を加えると簡単に変形してしまうように柔らかかったり、ちょっとやそっとではビクともしないように頑丈だったり、触れているだけで温かい気持ちになれるほどの温もりがあったり、そこにあるだけで凍えてしまうほどに冷たかったり、心には様々な性質が内包されている。心には形があると思っている、形があるから人は人として真っ当に生きていられるのだと思っている。それがどろどろに溶けてしまった時、たぶん人は人として真っ当には生きられなくなる。心を燃やし尽くそうとした時、心を傷付けてズタボロにした時、人は人ではなくなると私は思っている。

 胸が膨らむくらいに大きく息を吸い込むと肺の中が冷たい空気で満たされた。

 馬鹿だなあ、と自嘲する。馬鹿なことをしたなあ、と後悔する。嫌われたかな、幻滅されたかな、少し不安になる。この程度で見捨てられるとは思っていない、その辺りは信用している。でも弱い自分を見せたのは確かで――ああ、これは自己嫌悪だ、と気付いた。嫌だな、情けないな。そう思うと落ち着かなくなって適当に歩き回った。ちょっとした自暴自棄、どうとでもなれって気持ちが少しある。でも実際に危機的状況に陥ったら情けなくも思い浮かべるのだ。文博(朱霊)、助けて。って思う自信が私にはある。

 ぶらぶらと散歩をしていると「子遠(許攸)さん」と聞き慣れた声を掛けられる。

 

「このような夜遅くに出歩かれては危ないですわよ」

「うん、そうだね」

 

 微笑み返すと袁紹は少し黙り込むと、すぐ隣まで歩み寄ってきた。

 

(わたくし)、人は星に似ていると思ってましてよ」

 

 不意に袁紹は夜空に手を伸ばしながら語り始める。

 強い輝きを放つ星があり、仄かな光だけを灯す星がある。人は単体だけでは点に過ぎないが、人と人が結ばれることで線になる。線と線を繋ぎ合わせていくことで絵になる。今はまだ袁紹と朱霊、そして許攸の三角形だけの絵に過ぎないけども、いつか必ず大陸全土を覆い尽くすような巨大な麗羽座を作ってみせる。

 そんな話をされた。あれ、麗羽っていうのは、もしや。

 

「貴方には私は必要ないかも知れませんわ、でも私には貴方が必要ですわ」

 

 左手を胸元に添えて、右手を差し伸べられる。思わず、受け取りそうになる手を、袁紹は自ら手を引いた。

 

「私の真名は麗羽──先に預けておきますわ。判断は遠征の終わった後でお願いします」

 

 掘削機のように巻いた金髪を翻しながら背を向けられる。

 

「どうか後ろで私の姿を見ていてくだいまし。貴方からたくさんのものを受け取った私を是非とも見て欲しいのですわ」

 

 再び、空高くに手を伸ばす。

 

「備えあれば憂いなし、名門足る者は常に華麗足れ。私を見なさい、万雷の喝采を聞き届けなさい」

 

 その瞬間、夜空の星々が彼女を中心に瞬いたように感じられた。

 そんなことはあり得ない。しかし、この瞬間、確かに彼女は星空を従えた。

 月光に照らされる彼女の金髪が月よりも美しく煌めいた。

 

「貴方にはその責任があります。何故なら――――」

 

 満月すらも引き立て役にする風貌、ゆるりと振り返る横顔は自信で満ちている。

 

「――貴方が私をここまで育て上げたのでしてよ?」

 

 心が、揺さぶられた。

 

 

 

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