袁本初の華麗なる幸せ家族計画   作:にゃあたいぷ。

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・許攸子遠:(みやび)
許劭の養子。
・朱霊文博:?
私塾の同期生、ぽんこつ忍者。
・袁紹本初:麗羽(れいは)
私塾の同期生、名門袁家の長子。妾の子。


拾.初陣

 騎兵。

 それは後世、銃と呼ばれる兵器が発明されるまで戦場の顔として駆け回っていた存在のことだ。

 その強みは機動力と突破力にある。敵側面を強襲して敵陣を崩すこともあれば、敵陣の後方を奇襲で撹乱することもあり、包囲陣を敷く時は誰よりも早く敵の退路へと回り込み、敵が撤退すれば追撃と掃討を担当する。敵味方が密集した戦場では強みを生かせないが、広さを充分に保った余裕のある乱戦であれば、その高さの強みを充分に生かすことができた。時に斥候、時に伝令、つまるところ戦場のなんでも屋、持ち前の機動力で野戦における全ての仕事を熟すのが騎兵だ。攻城戦は考慮しない。

 いっそのこと、部隊の全てを騎馬隊にすれば、野戦で同数以下を相手に負けることはない。尤も、そんなことは名門袁家の財力を以てしても不可能なことで――というよりもだ、仮に資金が足りていても雇える人と買える馬が居なかった。騎乗とは専門的な技術だ。その上で騎馬隊として戦えるほどに熟練した技術を持つ者は限られるし、戦場でも怯えない馬の育成には人手と時間がかかる。

 つまり騎馬隊というのは、それだけで希少価値が高い。

 そして、その苦労に見合うだけの価値がある戦闘力を有している兵科でもあった。

 

 草原を風が揺らす昼過ぎ、街道沿いにある平原に彼女達は現れた。

 騎兵三十騎、その先頭には二人の女性が大型の武器を持って、待ち構えている。

 片や大剣、片や大金槌、共に細身の体躯、それで片手で軽々と持ち上げている辺り――あっまずった。と表に出さずに心を冷やつかせる。身の丈以上の武器を軽々と振り回せる奴は十中八九で氣の使い手だ。そのことは袁紹と朱霊も気付いたようで、朱霊は私のことを横目にじとっと睨みつけてくる。

 袁紹は呼吸を一つ挟み、巻き髪の一つを手で払うと覚悟を決めたように敵陣を見据えた。

 

「よお、お嬢ちゃん達、ここを通るには通行料っつーのが必要だって聞いてないか?」

 

 大剣使いが馬に乗ったまま一歩前に出ると軽い調子で、大剣を横に薙ぎ払った。

 彼女を中心に草が仰け反り、大剣は彼女の肩に収められる。実戦知らずの義勇兵がざわりとどよめく中、朱霊さん、と袁紹が朱霊に前へと出るように促した。朱霊は私から視線を切り、溜息交じりに前へと出る。そして背中に抱えた直刀の柄に手を添える――キンッという金属音が鳴った。気付けば、朱霊は直刀を抜いており、ひらり、と宙を舞っていた蝶が真っ二つに分かれて地面に落ちる。

 大剣使いが驚きに目を見開くのを確認した袁紹は、胸を張って腕を組み、そして賊徒を見下した。

 

「この大陸にある土地は全て漢王朝の管轄内、ましてや街道、ここを封鎖することは漢王朝に対する反乱になりますわよ?」

「……通行料というのは言葉の綾です」

 

 大金槌を持った女性が礼儀正しい所作でお辞儀してから告げる。

 

「この辺りには賊徒が多く、また獣も積荷の食料を狙って襲います。ですので私達は護衛として雇われているだけに過ぎません」

「先程、通行料と申しましたが?」

「ここを通行する時、私達を護衛として雇う時の料金です。道によって変わるので通行料、ややこしいのは申し訳ありません」

「ここを通るには通行料が必要とも言ってましたよ?」

「そうですね。……ここの土地勘も知らぬ者が護衛なしで通るのは危険と言わざるを得ません。それと口が悪いのは育ちの悪さ故のもの、やんごとなき人に対する礼節を弁えてないのはどうか許してください」

 

 そう言うと彼女はぺこりと頭を下げる。袁紹は少し考え込む仕草を取った後、軽く人差し指を振って切り口を変える。

 

「そうやって街道で待ち構えるのは良い商売とは言えないのではありませんか?」

「……私達もこれが良いやり方ではないことは自覚しています。しかし街中では私達のような伝手も評判も持たない人間では、街中で商売をしても他の者に横取りされてしまう。こうして街の外で売り込みをかけなくては仕事を貰えないのです」

「では、そこの貴方、ええ、貴方です」

 

 賊徒は全員が首を傾げるだけで誰も袁紹の言葉に反応していない、しかし袁紹は口元を厭らしく歪めながら言葉を続ける。

 

「貴方が着ている鎧が官軍のものなのは何故でしょう?」

 

 その言葉を告げた時、大金槌使いが後ろを振り返る。

 しかし、賊徒は全員、首を傾げるばかりだ。ほっと溜息を零しながら大金槌使いが私達を見る。そして袁紹の表情を見て、ハッと顔色を青褪めさせる。大剣使いが大剣を構えて、視線に殺意を込める。それを受けて、朱霊が直刀を構えて殺意を以て返した。

 ただ一人、袁紹だけが勝利を確信するように頰に手を翳す。

 

「おーっほっほっほっほっ! 貴方達がやっていることはどう言い繕おうが漢王朝に対する叛逆! それをお粗末な口八丁で正当化しようとは性根が腐っている証拠、お家が知れますわね!! さあ、やっておしまいッ! 敵は賊徒、正義は(わたくし)にありますわッ!!」

 

 おうっ! と義勇兵が竹槍の底で地面を叩いた。

 大剣使いを先頭に敵が突っ込んでくる最中、私は秘密兵器の準備を急がせる。

 袁紹は朱霊に目配せして「あの大金槌、欲しいですわ」と口にした。

 

「……余裕だね」

「朱霊さんでしたら余裕でしょう?」

「ぎりぎりだと思うよ。油断ぶっこいでると死にそうだし」

「無理なら殺してくださいまし。貴方を失ってまで欲しいとは思いませんわ」

 

 朱霊は頷き、義勇兵に指示を送る。

 

「後方部隊は手拭い用意! 投石良し!」

「皆様、竹槍は持ちましたわね!? 最前列は柵に打ち込んでやりなさい!」

 

 おうっ! と最前列の兵が二人組で前に出ると片方が地面に柵を立てて、もう一人が大金槌で地面に打ち込んだ。

 即席の防御陣形、来るぞ! 来るぞ! と互いに互いを囃し立てながら次々と柵を地面に打ち込んだ。その背後から五十を超え手の平大の石が空を掛ける。その大半が高速で地面を駆ける敵には当たらないが、二人、三人と僅かに敵兵を地面に叩き落とした。

 敵との距離を考慮して、投石回数はあと一回、柵は今、二人掛かりで杭を叩きながら少しでも深く地面に食い込ませている。

 

「馬鹿正直に敵の兵に突っ込む必要はありません。左右から分かれて突撃を!」

 

 敵が左右に分かれる。

 ここでひとつ、騎兵に関して復習する。騎兵の恐ろしいのは機動力、そして突破力だ。また騎兵の突破力というのは速度に依存している。つまり騎兵というのは足を止めさせれば、その脅威は大いに削がれることになる。これが千を超えるような騎兵を相手にするのであれば、厳しい。しかし相手は高々三十騎、投石が思っていた以上に効果あったので今、相手は二十六騎。二手に分けたので片方だけで十三騎――突破力とは質量と速度を掛け合わせた力だ。隊を分けたのは僥倖、大きく迂回してくれたから幾分か速度も落ちている。長槍を密集させた槍衾、その最前線の一人は手拭い片手に先の尖った小石と細かい鉄破片を纏めて、ぶんぶんと振り回している。

 さあ、至近距離からの広範囲散弾投擲! 殺傷能力はないが前列の馬を止めるには十分な効果があるはずだ! 数千が相手なら効果も薄いが高々三十ないし二十六、ないし十三騎!

 勝ったな、と口元を歪めた。その時、一頭の馬が空を駆けた。

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

 竹槍を飛び越えた騎馬一頭が、ぐしゃりと槍衾を踏み潰した。

 大剣使いが腕を振り上げて、早く来い! と背後の賊に指示を送る。次の瞬間、剣が閃いた。大剣使いの馬の首が、ズルリと落ちる。大剣使いの体が馬と一緒に傾く最中、朱霊が直刀を振り回す。無数の金属音が響き渡る。大剣使いは地面に転がり落ちながら大剣に身を隠すようにして、朱霊の猛攻をやり過ごしていた。「文ちゃん!」という声と共に、朱霊は大きく後方に跳躍する。その先程まで立っていた場所を幾人かの義勇兵と共に吹き飛ばした。潰された血肉、骨が青空に撒き散らされる。

 

「左翼はもう良いですわ! 右翼を! 朱霊さんの援護に回ってくださいッ!」

 

 そう袁紹が指示を出すも動きが鈍い、先ほど二人が見せた凄まじい力に臆してしまったようだ。

 それでも竹槍や投石で朱霊の動きを援護してくれる。朱霊は味方の援護を縫うように駆けて、二人を自由に動かさないように飛んでは跳ねて、地面を転がり、前後左右、上下からと縦横無尽に攻撃を仕掛ける。しかし二対一では分が悪いのか攻めきれない。だが、それは相手も同じことだ。朱霊が致命的な隙を晒す時、狙いすましたかのように援護が入り、そのまま反撃に移る。周囲の動きまで掌握しているのか。

 敵味方全ての攻撃を避けながら利用し、二人相手に対等に渡り合っていた。

 

「……っ! 文ちゃん、不味いよ」

「ああ、そうみたいだな」

 

 朱霊と二人が戦っている間も戦場は目まぐるしく動いている。

 袁紹は冷静に、冷徹に戦場を俯瞰し、そして、二人を包囲するように淡々と兵を動かしていた。私すらも気付かないうちに丸っと囲まれた大剣と大金槌の二人組、二人を救出するために十数騎の騎兵が外側から突破を図ろうとするも袁紹の的確な指揮を前に竹槍で追い払われていた。

 気付いた時には私達の圧倒的優勢、私はただ置いてかれるばかりだ。

 

「こうなったら一か八かだ! 斗詩、私を飛ばせ! あの金ぴかが敵大将なんだろ!?」

「……それって無茶が過ぎない?」

「まともにここを突破する方が無茶だ!」

 

 んもう、と斗詩と呼ばれた女性が大金槌を振りかぶる。

 その隙を逃すまい、と朱霊が駆け出したが、その初動を大剣が妨げ、そのまま大きく後ろに跳躍する。

 大金槌が振り抜かれる。その時、大剣使いが大金槌の上に乗った。

 

「ぶっちぎれ! 文顔夫婦(めおと)砲ッ!」

 

 大剣使いが空高くに打ち上げられる。

 そして、そのまま空中で回転しながら制動し、振りかぶった大剣が太陽に向けて翳された。

 着弾点付近の兵が退く中でただ一人、馬に乗った袁紹が袁家の宝剣に手を添える。

 

「新婚御祝儀だ!」

 

 衝撃音、袁紹を中心に砂煙が舞い上がった。

 

「やったか!?」

 

 という大剣使いの声に、砂煙を切り払う一閃が振り抜かれた。

 首筋を狙った鋭い一撃に大剣使いが一歩、二歩と距離を取る。

 

「……お嬢様じゃなかったのかよ?」

 

 大剣使いが強気に笑みを浮かべながら頰の汗を拭い取る。

 備えあれば憂いなしですわ、と馬から降りた袁紹が宝剣を片手に握り締めながら自らの胸元に手を添える。

 

「申し遅れました。私の名は袁紹、字は本初。袁家汝南の長子、袁成の養子。そして貴方達を従える者ですわ」

「はんっ! あたい達を飼い慣らせるって!?」

「飼い慣らす必要がありまして?」

 

 袁紹は袁家直伝の高笑いを上げた。

 

「私が貴方達を従わせるのではありませんわ、貴方達が私に従うのです。自分から進んで私の前に跪く、それが道理というものですわ」

 

 言い終えると袁紹が宝剣を鞘に収めて、大剣使いに背を向ける。

 

「おい、どうして剣をしまうんだよ!」

「なぜって、それは……」

 

 もう勝っていましてよ、と袁紹が悪戯っぽく笑みを浮かべて、私に視線を送る。

 大剣使いが地面を踏みしめる。その瞬間を狙い定めて、彼女の脹脛を的確に射抜いた。人の気も知らないで、と私は大剣使いが飛び込んでから、ずっと照準を定めていた弩の構えを解く。やっぱり簡易的にでも照準器を付けると命中率が段違いだね、とほくそ笑む。

 地面に崩れ落ちた大剣使いは、周囲の兵に捕らえ抑えられる。

 

「さあ、この者を縛り上げてください。できるだけ頑丈に、しかし辱めてはなりませんわよ」

「くそッ! 卑怯だぞ、卑怯者めッ!」

「貴方と真正面から戦うなんて御免被りますわ。まだ死にたくありませんもの」

 

 大剣使いが捕らえられたのを知ってか、ほどなくして斗詩と呼ばれた大金槌使いも降伏した。

 朱霊は足止めが限界だったようで滝のように汗を流していた。私の顔を見た時、とても嬉しそうにはにかんだから思いっきり抱き締めてやった。袁紹が呆れたように私達を見つめるが気にしない。

 私達の初陣は、勝鬨代わりの袁紹の大笑いで幕を閉じる。

 

 

 




最初の予定では四つくらい用意していた許攸の策は全て、猪々子に全て脳筋で潰される予定でした。
でも隘路でもないのに真正面から素直に攻撃してくる訳がない。と考え直した結果、考えていた策のうち三つほどが使われなくなりました。

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