袁本初の華麗なる幸せ家族計画   作:にゃあたいぷ。

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・攸:(みやび)
許劭の小間使い。

・許劭子将:水卜(みうら)
人物批評家、月旦評の主催者。

・許靖文休:(みなと)
人物批評家、許劭の従兄。


参.八歳

 この日、屋敷は騒がしかった。

 今日は月に一度の月旦評が開催される日取りで、豫州を中心とした有力者が屋敷に集まっている。

 さて月旦評とは御師匠様である水卜(許劭)が主催を務める人物批評会のことであり、大陸全土に住む官僚や名家、豪族の情報を持ち寄って好き勝手に批評する場のことだ。始まりは御師匠様と姉である(許靖)の二人による報告会であったが、途中から湊が知人を連れこむようになり、今となっては月旦評での批評が世間に影響を与えるまでに規模を膨らませている。

 次から次へと月旦評への参加者を呼び込む湊御姉様に対して、名家に失礼がないようにと毎度の如く趣向を凝らした準備を整える師匠は、月旦評の時期が近付く度に「こんなに規模を大きくするつもりはなかったのに……」と口を零すようになる。

 そんな月旦評であるが、今回は少し趣向が変わっている。

 

 きっかけは月旦評のもてなしとして用意された柿だった。

 試行錯誤の末に渋柿を甘柿にすることができたものであり、これを大層気に入った御師匠様は次の月旦評で振る舞いたい、と私に多額の金銭を握らせた上で甘柿の用意を言いつけた。甘柿は名家の者達にも好評、どうにも柿を美味しく食べるには干すのが大半であり、熟れたものを手に取っても若干の渋みが残る。その中で完全に渋みを除いた柿は、それだけで極上の甘味となった。

 尤も砂糖黍と甜菜の栽培がなされているこの世界では、天の知識にある程の価値は求められないだろうが――これで金儲けをするつもりはない。こんなお手軽にできてしまうのだ。何処かで誰かが始めれば、何処かの誰かが手法を暴いて、真似を始めるに違いない。それに私自身が美味しく柿を食べてみたかっただけであり、できあがった甘柿を御師匠様にお裾分けもできたので私個人としては満足している。

 問題なのは、その後だ。

 

「うちの子は素晴らしい」

 

 そう御師匠様がポツリと零したことを皮切りに、あれよあれよと子供自慢大会が開催されてしまったのである。

 あ、不味いな。と、そのことを察した私は師匠に一言だけ告げて、そそくさと批評会を後にした。これでも私は使用人達に混じって、月旦評の準備を色々と整えてきたのだ。とりあえず取っておいた甘柿でも食べながら休息を取るのが良い。

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると「ちょっと、そこのあなた」と後ろから呼び止められる。

 はてな、と思って振り返ると自分より幾らか幼い年頃の少女が立ち尽くしている。頭に猫耳の付いた薄緑色の頭巾を被っており、少し警戒心を込めた目は臆病な猫のように感じられた。身を縮こませるように両手を胸元近くに添える仕草を見てると、彼女の頭を撫でてあげたくなるが、猫と同じく無作為に頭を撫でようとすれば噛みつかれるような気がした。

 私は安くないわよ、と御高く止まっている猫を相手にするような感覚で接するのが正しいか。

 

「失礼なことを考えているでしょう、ねえっ!」

 

 なんとなしに目を逸らす。別に御猫様とか思っていませんとも、ええ。

 

「……やっぱり失礼なことを考えているわね! 目よ、目がそう物語っているわ!」

 

 指を突き付けられて少なからず苛立ちを感じて、「目は生まれつきです」とつい不機嫌に睨み返した。

 それだけで、うっ、と少女はたじろいた。相手の機嫌を悪くするのは本意ではないのだろうか、ふむっと気を取り直しつつも「それで私になにか用ですか?」と素っ気なく問いかけてみた。

 見知らぬ少女、月旦評の参加者が連れ込んできた子供かと思われる。

 大人達の話に付き合いきれなくて、抜け出してきたと言ったところだろうか。私も一度だけ同席させて貰ったことがあるけども、ずっと御師匠様の膝の上で延々と頭を撫で続けられる嵌めとなった。別に撫でられること自体は苦痛ではないのだが、衆目監視の中で晒し者にされながら微笑ましい視線を向けられるのが苦痛だった。そのことに気づかず、ほとんど無意識に私の頭を撫で続ける師匠も恨めしく、月旦評の時は二度と師匠の膝には座らないことを胸に誓っている。

 それはさておき、今は目の前の少女に対応することが先決か。

 むすっとした顔のまま、じっと私を見つめている。睨みつけている、と言った方が良い顔で私のことを見つめている。

 

「……貴方が退屈そうにしていたからよ、悪かった?」

 

 そして出るのは憎まれ口である。

 退屈というのは私ではなくて彼女の方だろうに、そんなことを考えながら私は彼女の手を引いて台所に連れていった。台所には取り置きしておいた甘柿がある、美味しいものを食べさせれば少しは警戒度も薄めてくれるだろうと思ってのことだ。気位の高い猫だって始まりは木天蓼(またたび)からである。

 そういえば、まだ彼女の名前を聞いていなかったと思って「私は攸、貴方は?」と問いかける。

 

「自己紹介のつもり? 姓がないじゃない」

「姓はないのよ、名前も貰ったものだしね」

「孤児? それとも奴隷上がりなの? その割には……」

 

 まあ良いわ、と少女は首を横に振る。

 

「私は荀彧、字は文若よ」

「文若ね、覚えたわ」

 

 荀彧、袁家に次ぐ名門と呼ばれる荀家の御令嬢だったか。

 思っていた以上の大物の娘に気後れしそうになったが、家を知った後であからさまに下手に出ることをきっと彼女はよく思わない。

 それでも礼節だけはしっかりとしておこうと思って、心持ち背筋を伸ばした。

 

 荀彧を台所まで案内した私は、

 余らせていた甘柿を手に取って、包丁を皮を剥いて切り分ける。

 皿に盛りつけた柿に爪楊枝を差して、椅子に座らせた荀彧の前に置くと彼女は警戒する猫のように私のことを上目遣いに睨みつけると、おずおずと柿に手を伸ばした。口元まで持ってきた柿を彼女は暫く見つめると「渋くないのよね?」と確認を取る、その言葉に私が頷き返した。恐る恐るといった様子で柿を前歯で削るように齧り、そして頰を小さく膨らませて柿をゆっくりと歯で削る。

 余程、渋柿で酷い目にあったのか、それとも柿の渋みがただ単に苦手なのか。

 見守っている内に荀彧は二口目を齧り、そして三口目は大きく口に入れる。まだ警戒心は溶けきってないようであるが、すぐに二切れ目に手を付けたので気に入ってはくれたようだ。

 そんな彼女の様子を見守っていると「……なによ」と半眼になった荀彧は鬱陶しそうにしながら柿を頬張り続ける。

 

「なかなかだったわ」

 

 荀彧が熱い茶を啜りながら呟く言葉に、愛い奴め、と私は鼻歌交じりに使った食器を片付ける。

 それから彼女を退屈させないために「将棋でもする?」と問いかけると「私を相手に良い度胸じゃない」と荀彧は乗り気で悪どい笑みを浮かべてみせた。

 

 私は天の知識を持っているが、今の時代について詳しいことは知らない。

 後漢末期から三国時代と呼ばれる歴史の推移を知っているが、この三国時代は歴史的な出来事が少なくて、晋を経て、五胡十六国時代への繋ぎという認識しかない。そのため曹操や劉備、孫権といった面子は分かるが、天の知識としては漢王朝最後の皇帝である献帝の方が印象が強かったりする。あとは関羽とか孔明くらいなら辛うじて分かるといった程度、曹操と孫権の配下ともなると分からない。

 呂蒙とか言うのが「男子、三日会わざれば刮目して見よ」の人であってるのかな。まあその程度の認識だ、中国史としては知っているが三国時代としてはまるで理解ができていない。

 だから目の前の少女のことも荀家の御令嬢以上の意識はなかったのだ。

 手合わせして分かった、こいつはやばい。

 

「…………負け、ました……」

 

 歯を食い縛り、今にも泣き出しそうな顔で荀彧が頭を下げる。

 負ける気はしなかった、天の知識という優位がある私は十にも満たぬ少女を相手に負けるとは思わなかった。形勢の推移は序盤から中盤にかけて、私の優位で事が進み、勝ち過ぎないようにと思って抜いた手を差した。

 その瞬間――対面から放たれた殺意にゾッとした。

 荀彧に物凄い形相で睨みつけられて、まだ駒の上に置いていた指を思わず離してしまった。気の緩みを咎めるように荀彧が中盤から終盤にかけて、ぐいぐいと形勢を押し上げてきたが今一歩及ばず、詰みまで十三手といったところで投了を宣言する。ふうっと息を吐き捨てる。気付けば全力で打っていた、そうしなければ負けていた。猫なんて生易しいものではなく、獰猛な虎に追いかけ回されているような心持ちだった。

 そして逃げ切ったことよりも対局が終わってくれたことに安堵する。

 

 荀彧は膝上で両手を握り締めながら、下唇を噛み締めながら盤上を睨みつけている。

 嗚咽を漏らさず、目からボロボロと涙を零しながら、じっと見つめている。まともに見えないはずの視界で彼女は何を見ているのだろうか、何が見えているのだろうか。途中で手を抜いた罪悪感からか何も言えず、言ったところで慰めにもならないと思って、暫く彼女が落ち着くのを待ち続ける。

「……此処」と消え入るような声がふと耳に届いた。

 

「どうして、この手を打ったのか聞いてるの。察しなさいよ」

 

 真っ赤に腫らした目で私のことを睨み付けてくる。

 つい口元が綻んだ、彼女の私を見る目が胡乱げなものに変わるのを感じ取りながら「えーと、これは……確か……」と思い出しながら自分の考えを語り始める。私の意見を汲んだ彼女が「こうだったらどう?」と指し手を変えて問いかけた。彼女ほどに読みが深くない私は駒を動かしてみないと展開が読みきれず、天の知識と経験から「こうするかな」と駒を差してみる。

 そんなことを繰り返した。その時間が思いの外、楽しくって――胸の奥がチクリと痛んだ。

 

 再戦を何度かしたところで月旦評が終わったようで大人達から声がかかる。

 荀彧が残念そうにする顔を俯けていたので、「また遊べるよ」と私は彼女の頭を優しく撫でてあげた。

「約束よ」と荀彧が顔を俯けたまま答える。

 その様子を迎えにきた荀彧の母親らしき人物が少し驚いた表情を見せる。

 

「また遊んでください」

「はい、喜んで」

 

 荀彧の母親からの言葉に二つ返事で答える。

 月旦評が終わり、後片付けの最中、私は延々と荀彧との時間を思い返した。

 思い出すのは楽しかった時間ではなくて、荀彧の泣いた顔ばかりだ。

 

 あの子はきっと強くなる。

 素質があり、それでいて貪欲だ。きっと今まで自分に対して満足したことなんて一度もなかったに違いない。

 あれだけ目の前の事に対して、真摯に向き合える人物を私は知らなかった。

 きっと天の世界にだって、そう存在しないはずだ。

 

 それに比べて、私はなんて情けないのだろうか。

 天の知識や経験だって、私が私の力で得たものではない。それを捨てる気もなければ、それを使う事に躊躇するつもりもないが――それだけに頼っている自分のことがどうしようもなく情けなかった。

 今のままでは駄目だと思う、少なくとも次会う時に彼女の目を真っ直ぐに見返すことができなくなる。

 私は荀彧に負い目を感じている――そのことが許せない。失望されることは耐え切れない、失望されることに怯える事こそが私は許せなかった。

 だから師匠に願い出る。

 

「どうか私に御師匠様の知恵と知識を授けてください」

 

 床に両膝を突き、深々と頭を下げる。

 師匠は少し考え込む素振りを見せると理由を問うてきた。

 その時は深く考えずに素直に思ったことを口にする。

 

「情けないままでいたくありません」

 

 翌日からの予定に座学が加えられることになった。

 きっと、この時初めて私と御師匠様は正式に師弟関係になったのだと思っている。




・荀彧文若:?
名門荀家の御令嬢。



ps.
「真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの」を読み耽ってました
ざっくりと経済や商売に触れる作品は結構ありますが、それを主軸においた恋姫作品は珍しい気がする。
恋姫の世界観を満喫してるって感じがして好きです。

またタイトル詐欺になっている本作「袁本初の華麗なる幸せ家族計画」は
「莫名灯火」を応援しております。
香風の可愛さと恋の可愛さで新旧可愛い担当が掛け合わさって、可愛さのビッグバンや〜〜っ!!

次回くらいに麗羽が登場すると思います。
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