袁本初の華麗なる幸せ家族計画   作:にゃあたいぷ。

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・攸:(みやび)
許劭の小間使い。


肆.九歳と十歳

 姓は許、名は攸。字は子遠。

 我が名は許攸、字は子遠。真名は(みやび)である。

 言ってやった、言ったった。大事なことなので二度も言った。

 

 数え年で九歳になった私は、水卜(許劭)御師匠様の勧めで豫州にある私塾に通う事になった。

 豫州にある名家が通う私塾であり、私の出自が孤児でありながらも師匠の推薦で私塾への入門を許される。そして入門の届け出を書かなくてはならなくなった時、姓と(あざな)が必要になってしまったのである。それで御師匠様に相談してみると、師匠は少し黙り込んでから紙と筆を取り出し、許子遠と大きく書いてくれたのだ。

 一字目に敬称である子を入れる堅苦しいところが師匠らしくって、名の攸に合わせて遠という文字を持ってくるところが最高に堅っ苦しい感じがした。字を付けて貰えたことも嬉しかったけども、それ以上に私が飛び跳ねるほど嬉しかったのは姓に許を付けてくれたことだった。

 もう幸せで気持ちが抑え切れなくって「御師匠様、大好き! ありがとう!」と思いっきりに抱き付いてしまった。

 師匠はもう顔を真っ赤にして、体を強張らせながらも私のことを延々と撫で続けてくれたのだ。

 

 今日は私の人生で最高に嬉しかったかもしれない。

 つい友達の荀彧に姓と字を貰ったって手紙を送った、届かないと困るから五通も書いて出してやった。

 一字一句違えず、同じ文章のものを五通もだ! ああもう幸せで仕方ない。

 私の幸せが届けって、願いを込めて送り出した。

 

 数週間後、私の祈りが通じてくれたようだ。

 だって五通全部が無事に荀彧の下まで届けられたという手紙が、綺麗な文字と丁寧な言葉遣いで延々と書き連ねた文句を添えて送り返されて来たのだから。最後の一文、「良かったわね」と取ってつけたような一言が最高に愛らしい。手紙五枚分の想い(文句)が詰まった手紙を両手に抱き締めて、特製の箱の中に大事にしまっておいた。

 時折、文字が汚くなったとか、内容がしょうもないとか、そんな理由で追伸に「読んだら燃やしてください」と書かれていることもあるが、そんな勿体無いことなんてできるはずがない。この想いを込められた言葉(文句)の数々は大事に保管して、末代までの家宝にするのだ。今、私はとても気分が良い。凱歌の一つでも歌いたい気分だ。

 雅の幸せ天気模様は今日も快晴、遠くまで見渡せるほどに澄み切った青空だ。きっと私塾でも楽しいことや嬉しいことが沢山あるに違いない。

 まだ見ぬ環境、世界に胸を高鳴らせずにはいられなかった。

 

 

 所変わって時も経た翌年の現十歳、

 豫州にある名門私塾で退屈な時間を過ごしている。

 日中は私塾で講義を受けていることが多いが、私塾での講義内容は期待していた程ではなかった。

 御師匠様に教え込まれたことばかりで退屈な毎日を過ごしている。大きく欠伸をする度に講師が問題を投げつけてくるが、その大半が最初から知っている内容であり、事もなげに答えてみせると講師は苦虫を噛み潰したような顔ですごすごと身を引いていった。最後方の窓際の席、ぽかぽかとした陽気を相手にいつも眠気に争い続けている。

 そんな私にも私塾での友達がいる。

 その子はいつも私の隣の席に腰を下ろして、私が講義中に居眠りを始めると頰や手を抓ってくれるのであった。

 

 名は朱霊、私塾での成績は平均よりも少し上といった程度の残念な少女である。

 一見すると小柄な体躯の可愛らしい少女であるが、上着の下には忍装束と呼ばれる衣服を着込んでおり、常在戦場を信条に掲げて全身に暗器を仕込むような変わった女であった。そんな彼女は忍一族の末裔であり、周囲には正体を隠して生きている。

 では何故、私が彼女の正体を知っているのか。そこが彼女を残念と評する理由であり、愛おしくも思えるところだ。

 さて、その日の講義を終えた後、真面目に話を聞いていたはずの彼女は、さりげなく私に擦り寄って「勉強を教えてください」と申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 だから私は何時もの決まり文句を返してやるのだ。

 

「あとで房中術の相手をしてくれるならいいよ」

 

 最初は食事とか甘味で手を打っていたのだが、

 彼女の教えを請いにくる回数があまりにも増えたせいで蓄えを失った彼女に「なら体で支払ってよ」と救いの手を差しのべたのが始まりである。頬を朱に染めた彼女は、ぐぬぬ、と呻き声をあげながら痩せこけた蝦蟇口財布を取り出し、中身を確認して大きく溜息を零す。

 これまでの傾向から彼女の次の仕送りまで、まだ日があることを私は知っている。

 

「……房中術って秘術なんだよ? 普通は一族以外に教えちゃ駄目なんだよ?」

 

 真っ赤な顔の朱霊が項垂れるように問い返す。

 この時代、房中術は厭らしい意味ではない。というよりも天の知識でも本来、房中術とは気の調和を図り、整えるものに過ぎないのだ。そして、この世界には確かに氣と呼ばれるものが存在しており、体内を氣で満たすことで強靭な肉体と若さを保ち続けることができる。人間が持つ本来の寿命そのものは伸びないようであるが、体内を氣で充実させることは健康な肉体を持つことに繋がるので、結果的に氣の扱いに長ける者は総じて寿命が長い。

 そんな技術であるためか房中術は名家と豪族の間で広く伝わっているし、一定以上の身分にある者は房中術の習熟を必須とされている。また各御家で独自の技術体系があり、効果の高い手法は秘匿される傾向にもあった。特に名門と名高い袁家は顕著で、現当主の袁逢は少女(ロリ)というよりも幼女(ペド)という噂も聞いている。

 つまり一定以上の身分にある者が実年齢と比べて、明らかに若いことには理由があるのだ。

 

「別にいいじゃない、減るもんじゃないし」

 

 房中術は幼い時から教養として叩き込まれるが、元が孤児である私に房中術の心得はなく、御師匠様と御姉様では体格と氣の性質が違いすぎて上手くいかなかった。まだ焦る必要はない、と御師匠様に言われているが氣そのものが弱い私は他よりも成長が遅く、老いが早い。房中術を学ぶのに早いに越したことはない。

 

「減るんだよねぇ……羞恥心とか、こうガリガリっとさ」

 

 耳まで赤くなった朱霊が口元を尖らせながら視線を横に逸らした。

 同性なのだから恥じらうこともないと思うのだが、どうにも彼女にとってはそういうことではないようだ。というよりも貴方の場合は延々と体全身を揉み解しながら氣を送り込み続けるだけで、房中術の中でも比較的健全と言われる類のものではないか。気持ち良すぎて、ついつい喘ぎ声が溢れてしまうのは御愛嬌。疲労が取れて体が軽くなるので単純に彼女にされるのが好きというのもある。

 されている時は頭の中がぼんやりとして、眠ってしまうことも多いが、終えた時はしっかりと熟睡した後のように頭の中がすっきりとする。

 

「あと自制心? 他はえっと、正気度とか?」

 

 兎にも角にも氣の扱いが苦手な私にとって、為すがまま、されるがままで良い彼女の房中術は性にあっている。

 私もお返しにと思って、彼女の房中術を学んでみようと試みているが、どうにも彼女は氣が乱れやすい傾向にあるようで波長を合わせるのが困難だった。ただ単に私が下手なだけかもしれない。今も努力をしているが成功した試しはなく、朱霊にじっくりたっぷりと一方的に氣を揉み込んで貰うことの方が多い。

 あまり乗り気ではない彼女を見つめて「どうする?」と私が問いかけて、生唾を飲み込んだ朱霊が小さく頷いて折れるまでが何時ものやり取りになっている。

 今日こそは我慢する、今日こそは絶対に我慢する、と呟く彼女の手を引いた。

 

「あら、(わたくし)を置いて、お二人だけでお出かけするなんて見過ごせませんわ」

 

 そんな私達の間に割って入るのは高飛車な少女。

 特徴的なのは掘削機のように巻きに巻いた縦長の金髪、身に付ける衣服と装飾品の全てが最高級の品質を誂えており、手を口元に添えながらオーッホッホッホッと高笑いを上げてみせる。

 その分かりやすい名族の名は袁紹、四世三公を輩出した名門袁家の長子である。

 しかし彼女は愛人とのあいだに生まれた子であるために袁家の後継者としては認められず、周りからは妾の子と蔑まされており、私塾の門下生からは距離を置かれていることが多い。それでも彼女はどこ吹く風よと持ち前の高笑いを上げ続けた。

 側から見れば鼻につくような高飛車な態度も朱霊と私にとっては見慣れたもので共に苦笑いを浮かべる。

 甘味処に向かう予定だったことを袁紹に話すと「私も同席させてもらいますわ、よろしくて?」と二つ返事で乗っかったので私達は「喜んで」と答える。

 袁紹と朱霊、そして私こと許攸の三人組は私塾でも有名であり、放課後と休憩時間はいつも一緒に過ごしている。

 

 何時もの甘味処に赴き、二階にある何時もの個室を借りる。

 私の目の前には、たっぷりの果物をあしらった杏仁豆腐が用意されており、袁紹と朱霊の前には参考書と蝋板が置かれていた。

 二人が文字がぎっしりと詰まった難しい内容の参考書を前に唸り声を上げるのは、私にとっては見慣れた光景。二人には適当な課題を課して、時折、投げかけられる質問に答える。こうやって勉強会を開くのも私塾に通い始めてからのことで、最初は朱霊に泣きつかれて、その後で放課後に一人、書庫で勉学に励んでいる袁紹を見つけて三人となった。

 朱霊は残念だが、袁紹の頭の出来は悪くない。出自で乏しめられてきた彼女は誰からも侮られないように勉学に励んだこともあってか、勉強会を開いてからは常に首席の成績を収めている。

 ――弱みを見せるのは華麗ではありません、と袁紹は云う。

 そのため彼女は決して努力をしている姿を誰かに見せようとはせず、さも当然のように最優の成績を収めることで模範的な優等生を演じてみせる。血の滲むような努力をおくびにも出さず、涼しい顔で何をやらせてもソツなくこなす彼女はきっと周りからは才能の塊のように見えていたに違いない。常識的な範囲で優等生である彼女は講師からのウケも良かった。

 首席の成績を収めても彼女は満足せず、慢心せずに勉学と調練に励み続ける。何故ならば彼女には将来の保障がない、今のままでは彼女が袁家を継ぐことはありえず、そのことは袁紹本人も自覚している。

 だからこそ彼女は努力を重ねる。

 袁紹は決して優れた才覚を持っているわけではない、裏で努力する彼女は名門の名に相応しくない泥臭い姿であったかもしれない。

 しかし私は彼女が泥臭く努力する姿が嫌いじゃなかった。

 

 勉強を始めて数刻後、

 頭を使い過ぎて、ぐったりとした二人を連れて甘味処を出たところで、あら奇遇ね、と見知った顔と出くわした。

 名は曹操。ピョンと大きく巻いた二つ結いの金髪が特徴的で、小柄な体格をしている。また彼女は私塾の同期生であり、私と共に問題児として名を連ねている。彼女は私と云うよりも袁紹の知り合いだ。曹操も出自で苦しめられてきた口であり、宦官の孫娘と蔑まされてきた過去を持っている。その点で袁紹に通じるところがあったのか、なにかと袁紹が曹操に絡んでいるところをよく見かける。

 そんな袁紹は彼女のことを友達と言っており、曹操は認めたくはないけどもと前置きをした上で認めている。

 

「あら曹操さんではありませんか、貴方()甘味を頂きにいらして?」

「……ええ、私()甘味を堪能しに来ただけよ」

 

 朱霊が胸に抱えている参考書をチラリと見て、曹操は少し含みを持たせた言い方をする。

 そのことに気付いた様子のない袁紹は得意の高笑いをあげると、誰も頼んでもいないのに此処の甘味の美味しさを事細かに説明をし始めるのだった。うんざりとした顔で話を聞き流してる曹操は、どうにかしなさいよ、と私に視線を投げかけるが、どうにもできないよ、と私は肩を竦めてみせる。曹操の後ろには二人の女性が付き従っており、片や苦笑を浮かべながら袁紹の話に耳を傾けて、片や苛立ちに恨みがましい視線を袁紹に投げつけていた。無論、御高説を垂れ流している袁紹に気付く気配はない。

 頃合い見計らったところで曹操が話を打ち切り、話を聞くだけでは耳は肥えても舌は満足しないわ、と足早に甘味処へと歩き出した。

 そのすれ違いざまに、あの時の話を考えてくれたかしら? と曹操に耳打ちをされる。

 

「あの時の話?」

 

 首を傾げる袁紹に、なんでもありませんよ、と笑って誤魔化した。

 そしていそいそと逃げ出そうとする朱霊の肩を掴んで「約束」と耳元で囁いた。

 甘味処の会計は袁紹が支払っており、彼女に貸しはない。

 そして友達が少なく、技術もない私は朱霊しか頼れる相手がいないのだ。

 

「絶対に怒られる、絶対に怒られる……」

 

 青褪めた顔でぶつくさと呟く朱霊を連れて、誰も邪魔の入らない場所を求めて歩き出す。

 袁紹とは此処でお別れ、この後で私達が何をしているのか知っている彼女は引き攣った笑顔で快く送り出してくれる。

 気持ちいいことは良いことだ。




・朱霊文博:?
私塾の同期生、忍者で残念な少女。

・袁紹本初:?
私塾の同期生、名門袁家の長子。妾の子。

・曹操孟徳:?
私塾の同期生、曹家嫡子。宦官の孫娘。

ps.
次回は袁紹の間幕、説明しきれてない箇所を補足します。

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