袁本初の華麗なる幸せ家族計画   作:にゃあたいぷ。

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・袁紹本初:麗羽(れいは)
名門袁家の長子。妾の子。

・許攸子遠:?
私塾の同期生、許劭の養子。孤児出身。

・朱霊文博:?
私塾の同期生、勉強仲間。許攸にべったりな子。

・曹操孟徳:?
私塾の同期生、曹家嫡子。宦官の孫娘。


間幕・水面の白鳥

 姓は袁、名は紹。字は本初。真名は麗羽(れいは)

 四代に渡って三公を輩出する名門汝南袁家の長子に産まれるも、父袁逢が愛人との間に作った子であるために正式な後継者として認められなかった。娼婦上がりの母は側室に迎え入れられることで当主からの寵愛を受けるも、正妻が孕むよりも早くに産まれた私は袁家にとっての邪魔者として扱われることになる。

 数え年で三歳になる頃、次子嫡女である袁術が産まれたことで私は屋敷での立場を失い、物心が付いた時には使用人達から虐められていた。肩身狭い思いを抱き続ける中、私は袁術の予備として育てられることになるが、それも五歳になる時に三女袁姫が産まれたことで完全に居場所を失うことになった。

 その時、殺されなかったのは袁逢の恩情だと強く言い聞かされている。

 

 さて数え年で六歳になる頃、私は叔父袁成の養子として屋敷から追い出される。

 幸いにも袁成は養子として迎え入れた私のことを愛してくれたが――今だから分かる、彼は子育ての経験がないためか兎にも角にも甘やかして育て上げた。我儘を言っても許される環境に私もつい調子に乗って様々なことをおねだりし、そのほとんどが名門袁家の資金力にものを言わせることで叶えられた。

 我ながら歯止めの利かなくなった我儘っぷりに歯止めをかけたのは、ただひとりの少女であった。

 

 それは確か月旦評と呼ばれる会合でのできごとだ。 

 親に手を引かれて訪れた屋敷で出会った少女を前に、我が物顔で我が家の家訓を語り聞かせたことがある。

 

『名門足る者は常に華麗足れ』

 

 この言葉は名門袁家で代々語り継がれてきた言葉であり、今も(わたくし)の胸に強く刻み続ける格言であった。

 その心得の真意を当時の私は、常日頃から名門袁家の一員であることを強く意識し続けることで、言葉のみならず態度を以て名門袁家の威光を周知させることができる。と解釈していた。そうすることで名門袁家として相応しい人物になれると信じていた。

 しかし私の解釈に、この時の少女は口答えをするように疑問を呈する。

 

 ――そうあり続けるために必要なことってなんだろう?

 

 それは今日まで自分なりに自己研鑽に励み、自分を信じて邁進する私が初めて足を止めた瞬間でもあった。

 彼女が提示した疑問に私がまず思い付いたのは、自らが名門袁家であることを誇りに持ち、強い信念と意志を持ち続けることだった。そのことをそのまま少女に伝えると「超人でも目指したいの?」と彼女は呆れたように失笑を零す。

 その癪に障る態度に私が苛立ちを募らせていると、彼女は優しく言い聞かせるように口を開いた。

 

「大事なのは何事が起きてもいいように備えておくことだよ」

 

 この時に出会った少女とは数年間、顔を合わせることはなかった。

 再び顔を合わせた時も少し見覚えがある程度で、何を話したのかまでは覚えている感じはしなかった。

 ただ私の心の中では、彼女の言葉が強く残り続けて、後の人生に大きな影響を与えることになる。

 

 

 年月が過ぎて、私は九歳となった。

 少女と出会ってからは袁成の子として恥じぬように勉学に励み、名門として必要とされる教育を受けること幾数年、その一環として地元にある私塾に通うことを義父袁成から提案される。

 特に疑問に思うこともなく、そのまま私は御義父様の勧めに従って私塾に通うことになった。

 

 講義を受ける初日、周りから孤立する少女を見つける。

 彼女の周りの席は不自然に空いており、その後ろで眠りこけている少女を除けば、彼女の近辺にいるものは居心地が悪そうな顔をしている。意識しているのか無意識なのか、周囲を寄せ付けない空気を纏う当人は退屈そうな顔で手に持った書籍に目を通しているところだ。その頁を捲る速度は早く、五秒もしない内に次の頁に移っている。

 なんとなしに興味が惹かれた私は、「失礼しますわ」と彼女の隣に腰を下ろした。

 家元の屋敷から追い出されたとはいえ未だ名門袁家に名を連ねている身の上、化け物と呼ばれる相手と何度も顔を合わせてきた経験がある。そして隣の少女からは化け物と呼ばれてきた人物達が放つ気配と同じ臭いを嗅ぎ取ったのだ。

 それは確証もない、気がしたという程度の話である。

 

 まるで有象無象の評価に興味を持たないところなんかも似ている。

 評価されるのも当たり前、異端として扱われるのも当たり前、誰かの能力を認めることはあっても、誰かに必要以上の期待を抱かないところがよく似ている。自分が誰よりも優れていると自覚しているからこそ、他者の能力を見極める目に自負を抱いており、運用することで期待を示し、頼った結果は自分が責任を取るべきだと考える。

 だからこそ彼女は周りに期待せず、粛々と現実だけを見据えているのだと感じるのだ。

 

 まるで周りに興味がなさそうな顔をしていた少女は、少し目を見開いた意外そうな顔で私のことを見つめる。

 

「……聞いたことがあるわ。貴方、妾の子でしょう?」

 

 相手を品定めするような不躾な視線、その口から発せられた問いかけは挑発的なものだった。

 私のことを試そうとする小娘に「そう呼ぶ者も居ますわね」と澄まし顔で答えてやる。これまた少女にとっては意外な反応だったようで「こんなに聡明だったかしら」と失礼なことを呟き、俄かに興味が湧いた様子で質問を重ねる。

 

「屋敷を追い出されたとも聞いたけど?」

「ええ、事実ですわ」

「怒らないのね、少し意外だわ」

 

 その嫌味のような言葉に腹が立たないのは、それが本心からの言葉だったせいかもしれない。

 それはそれで不遜かもしれないが、少なくとも嫌な気はしなかった。

 だから私は胸を張り、オーッホッホッホッと高笑いを交えながら堂々と答えてみせる。

 

「今の私は袁成の娘、そこに誇りを持つことはあっても恥じることはなにもございませんわ」

 

 宦官の孫娘さん、と最後にちょっとした意趣返しのつもりで付け加えてやった。

 その言葉に少女が僅かに表情を強張らせる。

 ピリリと張り詰めた空気に教室にいる全員が我関せずと私達から一斉に視線を逸らした。

 

 先に入門していた使用人から彼女の噂を聞いている。

 講師の問い掛けに対しては、常に異端の発想を以て返すことから講師を困らせ、反論をすれば完璧な理論を用いて言い負かすことで講師から忌み嫌われる問題児。

 名は曹操、字は孟徳。

 彼女にとって、宦官の孫娘という言葉は禁忌のはずだ。それをやられっぱなしは面白くないという理由だけで口にする。しかし挑発をしてみたが彼女が乗っかってくるとは考えていなかった、少なくとも彼女は周りに思われているほど誰彼に噛みつく狂犬ではない。

 にんまりと笑みを浮かべてやると、負けじと彼女も攻撃的な笑みを浮かべ返す。

 そのまま互いに互いを睨み合った後、くすりと互いに含み笑いを零した。

 

「ええ、そうよ。私は宦官曹騰の孫娘、己が祖父の家系であることを誇りに思っているわ」

 

 曹操が涼しい顔で答えたことで教室内の張り詰めた空気が弛緩した。

 まるで修羅場が過ぎ去った後のような安堵感に包まれる中、私は何事もなかったかのように黙々と講義を受ける準備を進める。

 これから先が思いやられるわね、と曹操が溜息を零すのが耳に聞こえた。

 

「なになに? 妾の子に宦官の孫娘?」

 

 不意に後ろから、よく響く声で話しかけられた。

 振り返れば、つい先程まで曹操の後ろで熟睡をしていた少女が眠たそうな目を擦っており、再び周囲の張り詰めた空気に「ふえっ?」と可愛らしく首を傾げて見せる。

 彼女の顔に見覚えはある、が曹操は知らないようで不機嫌そうに眉を顰めた。

 

「私は許攸。此処だけの話、私は孤児出身なのよ。なんだか私達って似てるねえ」

 

 その曹操の怒気をさらりと受け流して自己紹介をしてのける。

 許攸、確か人物批評家として有名な許劭の養子のことだ。出自で苦労する者同士で仲良しの握手、と彼女の方から笑顔で手を差し出して来たので、彼女の手を取ってじっくりと観察する。間違いない、月旦評の時にいた少女だ。そのあまりにも悪意のない様子に曹操も毒気が抜かれたのか怒気を収めており、彼女も許攸の手を取った。

 その時に曹操とも握手を交わしたが、彼女の手は良いところの女性とは思えない程に手の皮が硬くなっていた。気質的には武人と思えないが――それは曹操も同じだったようで、また驚きに目を見開き、そして爽やかに微笑みかけられる。

 そこで講師が入ってきたので一旦、私達は手を放して私語を慎んだ。

 

 私塾に通い始めて数ヶ月、

 曹操は、やはり曹操で独りで居ることが多かった。

 孤独を好むというよりも、孤独であることを苦痛に感じないといった方が正しい気がする。周りに合わせようともせず、独立独歩を体現するような立ち振る舞いをする彼女を相手にする時、話しかけるのは何時も私の方からであった。

 あまり彼女は私塾で交友を広めるつもりはないようで、私以外では許攸と一緒に居るのを見かける程度だ。ああ、そういえば許攸に話しかけているところは何度か見かけたことがある。

 そして、その許攸はといえば私に絡んでくることが多かった。

 

 基本的に私達は出自のせいか避けられることが多く、とてもじゃないが私塾での交友関係は広いとは言えない。

 

 私が私塾に居る時、許攸と一緒に居ることが多い。

 今となっては真名を預けても良いと思えるほどに仲が良くなっているが、そうなる前の彼女は私塾の書庫で引き籠っていることが多かった。大抵は床に座って書籍を読み耽っており、時折、書棚を背もたれにうたた寝してしまっている時もある。

 思えば講義中、彼女は眠っていることが多い。しかし講師に質問を投げかけられると彼女は咄嗟に当たり障りのない無難な答えを返すので講師も渋々引き下がらざる得ず、曹操とはまた別の意味で問題児として扱われていた。

 何時、勉強をしているのか。どうして寝不足なのか。そのことを問いかけると彼女は眠たそうな目で答える。

 

「だって子守唄に丁度いいじゃない、熟睡できるよ」

 

 どうやら彼女は屋敷に戻ってから夜遅くまで書籍を読み耽っているようで、私塾には昼寝をしに来ているようなものだと答える。なんて非効率なんだ、と思いもするが私塾に通っていることには他にも彼女のなりの理由があった。

 

「一つは御師匠様に言い付けられているから、もう一つは書庫の書籍を持ち出せること。最後は袁紹、君と曹操に出会えることだよ」

 

 にへらと緊張感なく笑う許攸のどこまでが本心なのかわからない。

 ただ予習と復習のために書庫に通い詰めている内に許攸との仲が深まり、徐々に行動を共にすることが増えていった。それから私塾の講義が理解できずに苦しんでいると「勉強、教えてあげよっか?」と許攸が軽い調子で提案してくれて、定期的に勉強会が開かれることになった。

 元から許攸は他にも一人、同期の門下生にも勉強を教えていたようで勉強会は三人で開かれる。

 

 この時、面識を持ったのが朱霊という名の女性だ。

 朱家といえば揚州にある名門、丹陽朱家が思い浮かぶが彼女とは一切関係がない。使用人に調べさせてみると彼女の実家は名家というよりも地元の有力者といったもので、辛うじて豪族と呼べるといった程度の家柄の娘であった。

 私塾での成績は並よりも上といった程度、ただ身のこなしは素晴らしいものを持っていることから知略よりも武芸に秀でた人物であるようだ。

 私塾に通っているのも基礎知識を身に付けるためだと本人が言っている。

 

 許攸は彼女のことを残念娘、と呼ぶことが多いけども朱霊のどの辺りが残念なのか私には分からない。

 

 そんな勉強仲間である三人組は私生活でも行動を共にすることが多くなり、巷でも私達三人組の顔は少なからず知れ渡っている。主に私の金払いが良いので、金蔓として覚えが良いだけかもしれないが――さておき、この三人組に曹操も誘ったことはある。

 それで何度か付き合ってくれたこともあるが、彼女が私達の輪に加わることはなかった。

 私塾では孤独な彼女も私生活においては仲間がいるようで、私達よりも身内を優先して市中を歩き回っているようだ。それでも根気よく話しかけているが、いまひとつ手応えを掴み切れていない。

 

 時折、やりにくいわね、と曹操が独り言を零すことがある。

 その真意が考えても分からなかったので許攸に相談を持ち掛けてみたが、袁紹のことを嫌っているからじゃないよ、と彼女は返すだけで本質までは教えてくれなかった。

 たった一度だけ、その内に分かることだね、と誰に言うつもりもなく呟いたことがあった。

 その時の許攸の寂しそうな表情が、妙に印象に残っている。

 

 

 年月は過ぎて、数え年で十歳になる頃の話だ。

 私は勉強会に加えて、朱霊からは武芸を教えてもらうようになった。相手を倒すことよりも生き残ることを主に置いており、守るだけならば形になってきた自覚がある。

 よく頑張るなあ、と私と朱霊の鍛錬を見学する許攸が感心半分、呆れ半分に零す。

 

「何処かの誰かさんが、何事が起きてもいいように備えておくことだよ、って言ってらしたので」

 

 と皮肉交じりに教えてやると「良いことを言ってくれる人も居るもんだねえ」と当の本人は呑気に頷いてみせる。

 もし仮に何かが起きた時、何もできないのと、何かできるとでは明確な違いがある。無論、万が一が起こらないように備えておくことも必要だ。私が剣を振るう時は壊滅的な状況に追い込まれている時に他ならない。しかし、それでも剣を扱えるという事実は、今後の糧になると信じている。

 武芸の講師役である朱霊は御手本のように綺麗な太刀筋だとよく褒めてくれた。

 

 余談になるが、許攸の剣の素質は彼女にべったりの朱霊が黙って首を横に振るほどに壊滅的だった。




ps.
近頃、「真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの」に嵌っています。
前にも紹介しましたが世界観から作り込もうとしている気がする。
この作品を読んで、上記の作品を読んでいない方は是非とも今すぐに読んできてほしいくらいに好き。

あと公式でディザーサイトの方が来ましたね。
来年が今から待ち遠しい限りです。

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