袁本初の華麗なる幸せ家族計画   作:にゃあたいぷ。

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・朱霊文博:影丸(かげまる)
忍びの里出身の忍者。

・許攸子遠:?
私塾の同期生、許劭の養子。孤児出身。逆らえない。


間幕・ぽんこつ忍者

 姓は朱、名は霊。字は文博。真名は影丸(かげまる)

 好きな場所は高い所で、忍びの里で培った技術を駆使して監視塔(物見櫓)をよじ登り、そこから周囲一帯を見渡した。高所から見渡す限りの地理を把握するのは手慣れたもので、そのまま地上に降りても正確な地図として活用する術を身に付けている。これは忍者であれば誰もが身に付けている基本的な技術だ。

 私はもう癖になってしまっているので高い場所にいると地理を頭に叩き込まないと落ち着かない。

 

 眼下を見渡していると馬車の荷物が崩れてしまった場所や取り壊された家屋や新築された商店などを頭に叩き込んだ。

 そして息を吐いて、空を見上げる。そして胸一杯に大きく息を吸い込んだ。地上では人通りが多く、雑多な臭いで満ちており、特殊な訓練を受けた私には少し辛かった。

 おかげで風呂好きの潔癖症、空気も地上よりも空の澄んだ空気の方が好きだった。

 

 そんな感じで長閑な一時を堪能していると空の向こうから鳩が飛んでくるのが見えた。

 その足に手に収まる程、小さな筒が取り付けられているのを見つけた私は、鳩に届くように口笛を吹いてみせる。すると鳩は方向を変えて、私の方へと一直線に滑空する。そして私のすぐ近くでバサバサと忙しなく翼を動かすことで失速し、羽根を撒き散らしながら私が前に突き出した腕に留まる。先ず片手で小筒を取り外して、それから餌代わりに干し肉を与えた。鳩は美味しそうに干し肉を噛り付いた後、勢いよく私の腕から飛び立ち、そして飛んできた方へと帰っていった。

 それを見届けてから私は受け取った小筒の蓋を開けて、そして手の平程度の大きさの紙に書かれた文章を眺める。

 

「……わざわざ縁談の話を伝えるために伝書鳩を使わないで欲しいなあ」

 

 憂鬱さから顔を俯けさせる。

 すると眼下にある路地裏で男三人から逃げ出す少女の姿が目に入った。

 許攸や袁紹といった名家や豪族との付き合いを持っていると、つい世の中では女尊男卑の価値観に染まっているように感じるけども、庶民の間だけでは未だに男尊女卑の傾向にある。そもそも女性が男性に引けを取らない膂力を持っているのは氣と呼ばれる技術があるからで、氣を用いない素の身体能力で云えば男性の方が力強い。その上で女性には子を孕んで産むという役割があるので、どうしても外に出て金を稼ぐという役割は男性が担うことになり、女性には外へ出なくても大丈夫なように家の留守を任されることになるのだ。

 名家や豪族、商家の有力者となれば、また事情が違ってくるのだが――今は落ち着いている時ではないか。

 

 トンと監視塔の屋根を蹴り、高場から水に飛び込むように地面に向けて飛び降りた。

 地面に引き寄せられる感覚に身を委ねて、激突する少し前にくるんと身を回転させてから四肢全てを用いて地面に着地する。その猫を模した身のこなしは忍びの技術の一つだ。猫の動きを真似することから、とある流派では猫を師と仰ぎ、慕いて、お猫様と呼ぶ風習があったりする。

 そして目の前には暴漢らしき男が三人、驚きに目を見開いている。

 

「あ、兄貴ッ! 空から女の子がッ!?」

「わかってらいッ!」

「お、お天道様だ! お天道様が兄貴の悪事を見かねて……ッ!!」

「そんな訳があるか、ビビってじゃねえッ!」

 

 お、これはなんだか楽しそうな勘違いをしているようだ。

 背後には衣服を乱れさせた少女が息を切らせている――これはお仕置き決定ですよ、と私は背中に担いだ直刀を抜き取った。

 そして頭上高くに燦々と輝く太陽を指で差し、満点の笑顔で声高々に宣言する。

 

「私は太陽の御使い、貴様の悪事を見るに見かねたお天道様が貴様らを成敗せんと私を遣わせました!」

 

 軽く直刀を振るって準備運動、またつまらぬものを斬ってしまった、とドヤるために気合を入れる。

 

「天に代わって、お仕置きです! 覚悟しなさい女の敵ッ!!」

 

 見得を言い切って、私は駆け出した。

 すり抜けるように三人の隙間を横切る瞬間、数多の剣閃を放ち――そして何事もなかったかのように佇み、直刀を背中に担いだ鞘に納める。またつまらぬものを斬ってしまった、と後ろを振り返ると衣服を全て切り裂いた三人の男が丁度、仰向けに倒れるところだった。峰打ちだから大丈夫だよ、と告げようとしたところで暴漢三人の股間で、男の象徴とも呼ぶべきものが天高く勃起しているのが目に入った。

 そういうことをしようとしていたのだから、大きくなっていることに不思議はない。

 だが気合いを入れすぎたことで褌までも斬ってしまったこと、そして初めて見る陰茎が汚らわしい人物であったという衝撃、それが話に聞いていたよりも余程に物騒でえげつない形状をしていたことに私の頭の中は名状し難いほどにぐちゃぐちゃとなった。何故だか分からないけども、女心を穢されてしまったかのような気分になった私は――その悔しさから男達の股座に立ち、その勃起した逸物の根元を思いっきり力任せに蹴り上げて、兄貴と呼ばれていた人物に対しては全体重を掛けて踏みつけてやった。

 こんな奴に初めてを奪われるなんて、と口惜しく思うけども復讐をしても虚しいだけだった。

 失ってしまったものは返ってこない。

 

「へえ、忍者って実在したんだね」

 

 その言葉に後ろを振り返った。すると少女は私が持っていたはずの紙を片手に持っており、悪戯っぽく笑ってみせている。

 

「朱霊、だよね? 覚えてるかな、同じ私塾の許攸だよ。助けてくれてありがとう」

 

 言い終えて文を私に手渡してきた。呆然としながら受け取ると、許攸と名乗った少女は耳元で囁くように告げる。

 

「縁談って早くない? 忍者ってそういうものなの?」

 

 悪戯っぽく笑う少女に、私は致命的な弱みを握られたことを察した。

 忍者と正体がばれてしまってはこの地で活動することはできない。そして今、忍びの里に戻っては先ず間違いなく縁談を進められる。まだ十歳になったばかりで好きでもない相手と婚姻を結びたくなかった私は「このことは内密にしておいてくれると嬉しいんだけどな〜」と軽い調子で言ってみると「忍者だから?」と問い返されて「忍者だから」と力強く頷き返した。彼女は私の願いを聞き届けてくれるだろうか? どうしよっかな〜、と許攸は焦らすように私を流し見る。なんだか嫌な予感がした、祈るような想いでギュッと目を閉じる。

「可愛い顔だね」と少女はにんまりとした笑みを浮かべてみせた。

 

「私のお願いを聞いてくれるなら考えてあげる」

「えっと、さっき助けてあげたから、その代わりってことで……」

「私、口軽いよ? 見張ってくれないとすぐ喋っちゃうかも?」

 

 人差し指で口元を擦りながら悪戯っぽく告げる彼女の姿に、私は助けたことを後悔し始めていた。

 

 それから数ヶ月間、特に彼女は私に要求して来なかった。

 でも私から興味を失った訳ではないようで、これ見よがしに私へと視線を投げかけてくることが多くって放っておくこともできない。幸いなのは彼女が袁紹との仲が良かったことだ。彼女と近しい関係を保つことは、そのまま任務に関連付けられる。友人関係を続けることは、里に私の実力を見せつける上でも好都合だった。放課後に勉強を教えて貰うのも任務の一環、それで甘味を奢る羽目になるのは必要経費というものだ。経費で落ちないけど。

 ともあれ、繰り返し彼女に勉強を教えて貰っている内に仕送りが尽きた。

 

 そこで彼女が提案してきたのが「なら体で支払ってよ」という言葉だった。

 

 きちんと確認すると房中術を教えて欲しいということだ。

 しかし房中術というのは忍びの里の秘術でもある。全盛期の肉体を維持する術は何処の誰であっても欲しいものだ。しかし氣には相性というものがあり、何処の誰であっても同じ効果が望めるものではない。特に血筋による影響は強い為、各家で独自に研鑽を積み続けていることが多く、秘術としての傾向が強くなっていった。

 だから私がきっぱりと断ると「あの秘密、喋っちゃおうかな」と何食わぬ顔で言い返された。

 

 私が身を強張らせると彼女は身を寄せて、そっと耳打ちされる。

 

「ねえ? 私が勝手をしないように体で教えてよ」

 

 少女に手を取られて、まだ薄い胸元に当てられる。

 私は逡巡する。女性の忍びには房中術の他に、標的を快楽漬けにする為の性技がある。相手を思いのままに操って、情報を吐露させることは勿論、現場から資料を持って来させたり、暗殺の手引きをさせたりもする。言ってしまえば、手っ取り早く現地で協力者を得る為の技だ。中には同性相手に使う技もあったりするが、しかし、私は知識があるだけで実際に行ったことはない。そもそも房中術ですらも相手が見つからず、試したことがなかった。

 顔が熱くなってくる、生唾を飲み込んだ。想像するだけで頭の中が、ぼーっと蕩けてくる。

 

「あれ、思ってたよりも初心な反応? そういう訓練はしてないの?」

「いや、私は……その、戦闘が専門で……! 潜入は、苦手で……だから……それで、使いものにならないからって……これで失敗したら、私は……」

「ふうん、確かに忍者には向いてなさそうかな」

 

 だったら、と許攸は身を寄せてくる。

 

「私で試せば良いじゃん。良いよ、好きに弄っても。貴女好みの体になってあげる」

「だから、私は……その、そういうの、本当に苦手だから……」

「私って氣の才能がないみたいでね。頑張って試しているけども一向にうまくなる気配がないの」

 

 私は氣が扱えるようになりたい、貴女は相手を堕とす練習ができる。誘惑するように囁かれる。

 両手を取られて、顔を近付けられた。息がかかる距離、顔全体が視界に収まらない。ただじっと瞳を見つめられて、なんだか気恥ずかしかったから顔を逸らす。呼吸が荒くなっているのがわかる、熱い吐息が頰に吹き掛けられる。

 忍者なんかよりも余程、淫靡な少女に私は胸が高鳴るのを抑えきれなかった。

 

「まずはお試しでしてみようよ」

 

 じゃないと喋っちゃうから。

 私には最初から彼女の頼みを断ることなんでできなかったことを今、悟った。

 その翌日から彼女に房中術を教え込むことになる。

 

 日頃、彼女は普段と変わらない生活を送っている。

 房中術、といっても基本的には氣の循環を整えたりするだけだ。私が彼女の肢体を揉みながら氣を送り込むことで、氣を扱っているのと同じ状態を維持する。これを日に一度、繰り返すことで彼女の肉体は若さを保ち続けることができる。実際には一日、二日、空くことがあるので僅かに成長をしていっているが私個人としては、もう少し肉付きが良くなってくれた方が嬉しかったりする。その成長を肌身で確認するのも好きだった。

 でも今のままでも構わない、平然とした顔で他の誰かと話す彼女を見ているのは非常に興奮する。

 

 許攸は自分の肢体のことを貧相だと語る。

 だけど古傷だらけの私に比べると綺麗だし、少し乱暴に扱うと壊れてしまいそうな肢体は魅力的に映った。軽く押さえ付けるだけで身動き一つ取れなくなってしまうほどに貧弱な体、彼女と体を重ねる時、彼女の全てを征服したような優越感に浸れた。抵抗はない。なにをするのも私の思うがまま、されるがまま、欲望のままに技から少し外れたことをしても無知な彼女は受け入れる。私の下で淫らに身を捩らせて、くぐもった嬌声を零す彼女に私の体は否応なしに欲情する。もっと触れたい、虐めたい。貴女の全てを曝け出して欲しいとほんのちょっとだけ過激なことをする。私は彼女を堕とすための技を自分から使うことは少ない、大体、彼女にお願いされて試しに使うことがある程度だ。彼女の知的好奇心は性の方向にも遺憾なく発揮されていた。私は練習という言い訳をしながら、ただ興奮するばかりだった。彼女を堕とそうと試みて、実際に堕ちているのは私の方だった。彼女の体に溺れそうになる、彼女を想う心はとっくの昔に溺れていた。胸が苦しくなって、たった一夜、逢えなくてももどかしい。ずっと呼吸が止まっている、そして彼女を見た時、触れた時にようやく私は呼吸をすることができる。日を追うごとに、私は彼女への想いを拗らせる。こんなことではいけないのに、と想いながら今日もまた彼女と体を重ねていた。胸が苦しくなる、伝えられない想いがある。私は忍者だから、そしてあくまでも任務だから、私が彼女に堕ちることは許されない。泣き出したくなるほどの葛藤に、そっと彼女の手が私の頰に触れる。私の下で仰向けになる彼女は、上気しきった顔で微笑みかけてくる。

 こんな時くらい私だけを見つめてよ――情欲を堪えることは非常に難しいことだった。

 

 この任務が終わると結果次第で私は見知らぬ誰かと婚姻しなくてはならない。

 少し前までは、それがなんとなく嫌だった。でも今は絶対に嫌だった。私はこの身体を彼女以外の誰にも見せたくない。これは恋心と呼ばれるものなのだろうか、よくわからない。初めて肌を重ねた相手には否応なしに情を抱いてしまうものだと聞いたことがある。だから初めては里の者か、忠義を尽くす主に捧げる。その一環だろうか、と思って、他の子を誘ったことがあるけども背徳感と罪悪感の方が強くって適当に肉体を解してから帰した。男には興味を持てなかった、彼女を救った日のことを思い出すから誘う気にもならない。

 果たして、この想いは本当なのだろうか、わからない。本当だとして、どうすれば良いのだろうか。

 

 私は婚姻だけは嫌だったから、縁談を壊すことだけを考えた。

 好きものがいる屋敷に潜入して、幾つかの薬を盗み出す。これらは本気で相手を堕とす時に使うものだ。他には不思議な蜂蜜を原料にした秘薬、本来は格式の高い名家にしか出回らないソレも手に入れる。高級品で効果は永続的、それと粗悪品で効果は一時的。もう自分が何をしたいのかわからない。

 いざとなったら自分で処女を破ればいい、そして男遊びばかりしている。とでも白状すれば良い。

 でも私はどうしようもなく乙女で、どうしようもないほどに忍者失格で、初めてはやっぱり好きな人を相手にするのが良かった。

 幻滅するだろうか、嫌われるだろうか。

 今日もまた数多の道具を懐に忍ばせながら彼女と一緒に、お決まりの場所へと向かった。

 情欲に身を委ねることは、情欲を堪えることよりも難しかった。

 

 

 




久しぶりな気がします、どれだけの人間が覚えていることでしょうか。
昔の自分の文章の力の入れ具合に驚く

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