袁本初の華麗なる幸せ家族計画   作:にゃあたいぷ。

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・許攸子遠:(みやび)
許劭の養子。
・朱霊文博:?
私塾の同期生、ぽんこつ忍者。
・袁紹本初:?
私塾の同期生、名門袁家の長子。妾の子。

・曹操孟徳:?
私塾の同期生、曹家嫡子。宦官の孫娘。


陸.十一歳

 粘着質な水音が薄暗い部屋に響いた。

 焚かれた香の匂いに頭の端が痺れるような感覚を得る。頰に手を添えられる、優しい手付きで顎を上げさせられて、しかし逃さないようにしっかりと固定される。上から押し付けるように唇を重ねられた。抱き寄せられる、全身を弛緩させる。私を支える彼女に身を委ねる。彼女の温もりに包まれながら、啄ばむように唇を吸われた。その快感に身震いし、もっと欲しいと彼女の首に両手を回した。もっと貪って欲しい、と彼女を誘うように目を伏せる。

 私を抱き締める彼女は消極的であったが、欲望には忠実だった。罪悪感や背徳感に心を削り、その胸の疼きを快感と興奮に変換する。快楽主義者の癖に道徳と倫理に縛られ、苦痛そうな顔をしながら悦楽を貪る彼女のことが愛おしかった。むしろ被虐趣味みたいな一面も持っているので、ちょっと虐めたり、焦らしたりすると彼女の綺麗な瞳から正気が失われて、劣情に濁る様は本当に可愛らしい。唇を離した時、彼女は舌先を出して、私のことを見つめながら荒い息を立てる。まるで犬のようだと思って、彼女の頰に手を添えて、私の方から彼女の舌を迎え入れる。

 力の差は歴然、何時でも主導権を握れる癖に彼女は私の指示を待ち続けた。

 もしかすると隷属趣味も持っているのかも知れない。命令されて仕方なく、本当は嫌だけど仕方なく、そういうのを彼女は好んでいるのかもしれない。少しくらいは襲って欲しいと思うし、虐められたいと思うけども、彼女は優し過ぎるから私のして欲しい事しかしてくれない。

 彼女は加虐的(サディスト)のようであり、その本質はとても被虐的(マゾヒスト)だ。襲いたい、貪りたいと頭では思っていても、心が縛られたい、求められたいと願っている。だから私は彼女の手を取り、表情や仕草に様々な合図を忍ばせる。目敏い彼女は操られるように私の導きに従って、私の望むように唇を押し付けて舌を重ねる。唾液と吐息を交換し、互いに互いを侵食する。

 私個人の好みとしては攻めるよりも受ける方が好きだった。でも誘惑される彼女のことを見ていると背筋がゾクゾクするし、私だけしか見つめていない瞳を見ると興奮する。情欲が愛情を上回ってしまった姿は可愛すぎて、愛おしすぎて、全てを受け止めてあげたくなる。抱きしめたい、それ以上に抱き締められたい。そして私という存在で彼女を溺れさせたかった。私が仕込んだ蜘蛛の糸は濡れた唇同士を繋ぐ糸のように儚く脆いものだというのに、彼女は簡単に雁字搦めに拘束されてしまうのだ。この仕草一つ、言葉一つが罠だと理解しておきながら、彼女は自ら望んで地に堕ちる。時折、人間の扱いを受けることすら嫌がる素振りを見せるから笑っちゃう。

 私は被虐的(マゾヒスト)なようで、その本質はとても加虐的(サディスト)かもしれない。でもやっぱり時々で良いから虐めて欲しいと思うのだ。だからこうして手取り足取りやり方を教えてあげているのに、目敏くも鈍感な彼女は嫌がることをさせられるという状況に興奮して目先のことしか見えなくなっている。

 だから貴方は残念なのだ、だから貴方はぽんこつなのだ。見抜いた罠に自ら嵌り、そして溺れる間者が何処の世界にいる。

 そう言うと貴方は反抗的な態度を見せるけども、縛られたい、犯されたい、求められたい、と期待で胸を高鳴らせてしまうから私は容赦なくお仕置きをしてあげた。足を舐めろと言った時、嫌悪に歪む顔とは別に一瞬、薄っすらと口元を歪ませたのを私は知っている。

 上気させた吐息を吸い込みながら唇を食んで、そしてまた重ねる。何度も繰り返して吸い付いた。唇を離して、お互いの口から涎が垂れるのも構わず、また唇を押し付ける。舌を絡める、私の口内に誘い入れると彼女の舌が私を蹂躙した。私の唾液が舌で掬い取られる、そして彼女の唾液が舌を伝って流し込まれる。無意識に体が震えた、彼女に攻められる口が気持ちよくて仕方ない。犯されるのは気持ちいい、犯させるのは気分が良い。呼吸ができずに意識が朦朧とする、もう彼女の吐息だけが私の肺を満たしている。彼女の匂いで包まれている。

 視界が白く霞んできた頃合いで、体を離される。ぼやける視界、劣情に染め上がった瞳なのに私の体を気遣ってくれているのが分かった。優しいな、もっとがっついてくれても良いのに――待て、がしっかりできる彼女が愛くるしくて、頭を撫でる。

 もう大丈夫だよ、と彼女の口からはみ出していた舌を吸うように唇を重ねる。

 

「ねえ、子遠。接吻だけで何時間も過ぎてるんだけど?」

 

 あれから更に数えきれない程、唇を重ね合わせた後、彼女が半目で問いかけてくる。

 もう顎も舌も疲れ果てた私達は涎が垂れ流しになっているのも気にせず、お互いに口から舌を出したままお互いを真正面から見つめ合っている。

 曹操に唇を奪われた日から私は接吻に嵌っていた。その相手を務めてくれているのは朱霊、ぽんこつ忍者だ。彼女とは私塾に入ってからの付き合いであり、曹操と袁紹に続く三人目の友達である。他二人と比べて彼女は身分が低いので話しかけやすいのが良かった。気軽に買い物や散策に誘えるし、弱味を握った時には房中術の指南を頼むこともできた。

 そして今は曹操との口付けが忘れられず、気持ちが良い接吻の仕方を練習している最中である。

 

「……房中術の訓練、どうする?」

「もう時間がないんだけど……」

 

 障子越しで部屋に差し込む光が、少し弱まっているように感じられる。

 もうそんなに時間が過ぎていたのか。お互いに汗塗れで、胸元も唾液でドロドロだった。帰る前に体を拭かないといけないな、と思いながらも彼女の首に腕を回して顔を引き寄せる。そして鼻先が引っ付く程の至近距離で私は吐息を吹きかける。彼女の見開かれた瞳には、とても自分だとは思えない淫乱な姿の少女が映っている。

 私は笑みを浮かべて問いかける――もうちょっとしていこうよ、と。

 朱霊は元より赤かった顔を更に真っ赤にさせながら視線を右へ左へと逃げるように泳がせる。口は真一文字、耐えるように歯を食い縛っているが、彼女の意思は豆腐のように脆いことを私は知っている。彼女の唇に指先を添えて、強請るように腰を振ってみせる。

 彼女が何かを堪えるように目を伏せる、ふるふると身を震わせたら限界の合図。ガバッと急に抱きつかれて、きゃーっと演技染みた声を上げながら押し倒された。

 あと数分だけ、と彼女は理性が蒸発した顔で自分に言い聞かせるように呟いている。まるで説得力がない、と私は苦笑しながら目を伏せて、全身の力を抜き彼女に全てを委ねる。首元すらも晒して生殺与奪の権利すらも放棄した。ごくりと生唾を飲む音を耳にして、そのすぐ後で唇を貪られる。

 ぎゅっと抱き締められる体は遠慮がなく、否が応でも肺から空気が絞り出された。背骨が軋む音がする、酸欠で意識が飛びそうになる。口を蹂躙する水音が頭の中で反響する、やばい、これ、物凄く気持ちが良い。

 苦しくて、辛くて、無意識に手が天井に向けて伸ばされる。本能からの危機感が助けを求めようとしているが口を塞がれて声を出せず、手は虚空を掴むばかりで何も得られない。背中を叩いても微動だにせず、じたばたと足を動かしても気に留めてくれない。ぷっくりと鼻提灯が膨らんで、ぶくぶくと口から泡が吹き出してきた。

 あ、これは本当にヤバい――涙が頬を伝って落ちる。視界がぐるんと上を向き、ビクンと大きく体が跳ねた。

 それを最後に全身の力が抜け落ちる、チョロチョロと股下から温かい液体が溢れ出した。発情した犬は未だに私の口を貪り続けており、呼吸一つも許さない。そういえば確か、彼女は素潜りも得意だと言っていた。その記録は何分だったか――確か三十分間とか、自慢してた……記憶が…………

 

 

 性行為をしながら死ぬと記録上、腹上死として扱われる。

 では接吻をしながら死んだ時は腹上死として記録されるのだろうか、それとも単なる窒息死として記録されるのか。そんな法哲学的なことに頭を悩まさていると「……暗殺?」と朱霊が少し気不味そうに答えてみせる。

 あの後、私の呼吸は止まってしまったようだが、彼女の懸命な蘇生活動によって息を吹き返している。友達と接吻の練習をしていて、何がどうして殺されそうになったり、その相手に蘇生される事になったのか訳が分からないが――きっと若気の至りというやつが悪いんだと思う事にした。覚醒した直後に大泣きしている彼女に向かって、「今までで一番気持ちよかった」と告げたら「馬鹿ッ!」と怒鳴られた。解せない、馬鹿に馬鹿にだと言われることがこんなにも理不尽なことだとは思いもしなかった。

 それはさておき私と朱霊は一緒に居ることが多い。

 

 朱霊との付き合いが始まったのは、曹操に唇を奪われてから二週間後の話になる。

 曹操も袁紹も家のことで忙しいということで、久しぶりに独りきりとなった帰路のことだ。正直にいえば、寂しいというよりも安心感の方が強い。曹操と一緒に居ると視線が怖いのだ、背中を見せると捕らわれてしまいそうな気配に身の毛がよだつ思いをする。狙われているのが分かる。また接吻をして欲しいと思うことはあるが、一度でも気を許すと骨の髄まで食べられてしまいそうで怖い。

 道中で雨に打たれて、雨宿りをしていたら外は真っ暗になっていた。こんな日もあると夜道を無用心に歩き回っていると暴漢に襲われそうになる。

 そして、その時、月夜に紛れて颯爽と現れて助けてくれたのが朱霊だった。

 

 彼女が実は忍者の末裔と知ったのも、この時だ。

 暴漢と戦っている時に懐から落とした文を拾い上げた時、ふと見えてしまった文章で彼女の正体がわかった。私塾には基礎知識と常識を学ぶために通っているとのことで、それそのものが任務とのことだ。

 他にも任務はあるの? と問いかけると黙り込んだので、心の内でぽんこつ忍者と呼ぶようになった。

 

 曹操と二人だけになるのが怖くて私塾では大抵、私は朱霊か袁紹と一緒に居るように心がけている。

 そうこうしている内に朱霊とは勉強会を開くほどの仲となっていた。基本的に私が教える側で、その代わりに朱霊が甘味などを奢ってくれた。一度であれば、大した額ではなくとも、何度も繰り返すと結構な金額になる。それで朱霊が小遣いが足りないから、という理由で剣術を教えて貰うようになったが――私には剣術の才能がなかったようで、朱霊が黙って両手を上げる始末であった。

 余談になるけども袁紹の筋は良く、今も教えを請うているとのことだ。

 

「他に教えて欲しいものはない?」

「うーん、房中術?」

「房中術かあ、やり方は知ってるけども……房中術ッ!?」

 

 顔を真っ赤にする朱霊、何か可笑しなことを言ったかなと私は首を傾げる。

 この時、袁紹も首を傾げていたが翌日、何故か袁紹がよそよそしくなった。それはまあ数日もすれば普段通りに戻ったが、それ以後、房中術の話題を出す度にそそくさと退散するようになってしまった。房中術と言っても筋肉を解す程度に全身を揉んで貰うものであり、あまりの心地よさにいつも途中で寝ることが多い。

 事を終えると汗だくになるので、同じ風呂に入ったりと裸の付き合いも増える結果になっている。

 

 近頃、曹操の視線が私だけではなくて、朱霊にも向けられている。

 とても嫉妬深い目で、「手を出していないでしょうね?」という言葉に対して、朱霊は首が取れるんじゃないかってほどに首を横に振った。相変わらずのぽんこつっぷりだなあ、と思いながら今日も今日とて一番の友達と共に勉強会と房中術の講習会を行う予定である。今日からは朱霊の体を使って房中術の練習をすることになっていた。

 出会い茶屋、二階の奥の方にある部屋を借りる。

 香の配合はいつも朱霊に任せている。ただ、この時の香はいつもよりも甘ったるくて、頭が少しくらりとした。全身の肌がピリピリと刺激される。ちょっと今日の香は強過ぎない? 問いかけるも朱霊は答えてくれず、上気した顔で私のことを見つめている。呼吸は荒いのに、息を深く吸い込んで吐き出している。ただじっと無言で私のことを見つめていた。ああ、うん、これはあれだね。逃げられるか考える、無理だと結論付ける。逃してくれるか考える、五分だと判断する。身の危険は感じている、でも、うん。朱霊が相手なら良いかなって思ったりもしてる。両手首を掴まれて、そのまま布団の上に押し倒された。私の上で四つん這いになる彼女は、息を荒くしたまま見開いた目で私のことを見下ろしてくる。彼女の熱い吐息が頰に吹きかけられる、余裕のなく、私だけを見つめてくれる朱霊は少し怖かったけども、それ以上に可愛いなって思ってしまった。だから私は全身の力を抜いた、好きにしても良いんだよ? と微笑みかける。

 すると何故か朱霊は項垂れて、押さえていた手を放してしまった。なんでだろ、と彼女の頰に手を当てると冷たいものが指先に触れる。前髪を搔き上げると声を押し殺すように泣いていた。

 もう可愛いなあ、仕方ないなあ。私は彼女を体の上からどけると乱れた衣服を整えながら目も合わせずに告げる。

 

「ぽんこつ忍者」

「……ふぐっ」

 

 自覚はあるのか、気不味そうに顔を背ける。

 まるで悪いことをした後の犬のようだ。

 だから犬らしく少し躾けてあげようと思った。

 

「私は貴方になら初めてを捧げても良かったと思っていたんだよ」

 

 これは本当の気持ち、ほんの数分前までは彼女に初めてをあげるつもりだった。

 房中術の本質が、いくら按摩術(マッサージ)に似ていると言っても肌と肌を重ね合わせることに違いはない。それに気付かないふりをしてあげているが、私が裸体を晒す時はいつも興味津々に見つめてきていた。必死に堪えてるけども手つきが厭らしいことがあるし、結構、際どいところを触ってくることもある。戸惑いながらも接吻まで許してくれた時にはもう彼女が私に堕ちていることはわかっていた。だからまあ襲われるのは時間の問題だと思っていたし、意地悪している分だけしっぺ返しを食らうのは覚悟していた。

 もう半ば付き合っているようなものだと思っていた、だから告白も再確認のような形になると思っていた。

 

「でも駄目だね」

 

 びくりと身を震わせる彼女が可愛くて、愛しくて、つい口元が歪に上がるのがわかった。ああ凄く意地悪してあげたい。

 

「これから私が言うことを繰り返して」

 

 きょとんとした顔を浮かべる朱霊に向けて、誰かの記憶にある英語教師がするように私は人差し指を振りながら告げる。

 

「貴方が好きです」

「……あ、あなたが好きです」

 

 戸惑いながらも繰り返す。やっぱり貴方は犬だよ、と愛しく見下す。

 

「貴方を愛しています」

「あ……貴方を、愛していましゅ……」

「貴方を愛しています」

「……貴方を、愛していまふ! あうっ……」

 

 恥ずかしさで今にも泣き出しそうな子犬。

 よくできた御褒美に頭ではなくて顎下を撫でてやると、彼女は擽ったそうに身を捩り、でも嬉しそうに目を細めた。口の端に親指の先を入れるとねっとりとした唾液が顎を伝う。

 お預けなんて可哀想だね、でもこれは貴方が望んだことだからね。

 

「愛してる」

「……あいひてる」

「愛してる」

「あいひてる」

「愛してる」

「あいひてる!」

「ちゃんと言ってくれたら好きにして良いよ」

「あいひてる! あいひてる! ……あいひてまひゅ!」

 

 愛してる、と正しく発音しようとして何度も繰り返すけども私が入れた親指が邪魔で発音できなかった。

 遂にはポロポロと泣き出しながら、し以外の音も口にできなくなっていった。嗚咽を零しながら必死に愛してるって伝えようとしてくれる朱霊に「そんなに私としたいの? 気持ち悪い」と嘲笑った。首を振ろうとするけども私の手が邪魔で否定できない。時折、他の言葉を口にしようとするけども「愛してる」とたった一言呟いてやるだけで「愛してる」と彼女は泣きながら伝えようとしてくるのだ。ちょっと力を込めれば振り解ける癖に、私が与えた鎖を食い破るなら私は今すぐに襲われても良い。それができるのに抵抗しない彼女は、哀れで惨めで情けなかった。愛してる、と正しく発音できずに可哀想だ。

 そんな彼女を見ているとお腹の奥がきゅんと締まるのがわかった。襲われたい、犯されたい。どうせなら無茶苦茶にされたい。彼女に初めてを捧げるなら生涯の心的外傷(トラウマ)になるくらいの傷を刻み込んで欲しかった。もう貴方以外では満足できない体にして欲しい。でも、それをしてくれない貴方がいけない。

 ぽんこつ忍者、と囁けば彼女はピタリと身動きを止める。待て、ができるのは賢い子だ。

 

「貴方になら私はいつでも襲われても良かった」

 

 でも、口から親指を抜き取る。涎まみれの顎を拭ってやり、軽く匂いを嗅いでから口に含んだ。水音を立てる、と朱霊は呆然と私のことを見つめてくる。興奮するというよりも私以外に何も見えていない、口元ばかり見ている。チュッとわざとらしく音を立てながら親指を抜き、舌舐めずりをしてから続きを口にする。

 

「愛してるってきちんと言えない子には体を許したくない」

「……あ、あっ! っんぷ!?」

 

 だ〜め、と私の涎でべっとりなった親指を彼女の口に入れた。彼女は思わず、と言った感じで私の指を咥える。そして、そのまま舐め始めた。

 

「厭らしい……」

 

 自分の頰に片手を添えながらうっとりと目を細める。

 貶されているというのに朱霊は気恥ずかしそうに身動ぎしながら私の指を離そうとしなかった。その満更でもなさそうな顔に罵声の一つや二つを浴びせてあげたくなったけど、ぐっと堪えた。私は彼女のご主人様になりたい訳ではなかった。こういうのも嫌いな訳じゃないけども、それは時々なら良いっていうだけの話。もうほとんど手遅れに近い気もしないでもないが、私だって彼女のことを御主人様と呼んでみたかった。こういった誰にも見せられない顔をする朱霊は独占したい、でも私だって彼女に独占されたかった。

 だから今の彼女は受け入れられない。とっても残念だけど、また次の機会に。

 

「待っててあげるから、ちゃんと素敵に告白してよ」

 

 彼女の口から指を抜き、その柔らかい頰に手を添える。

 唇を重ねる。ただ本当に優しく触れ合うだけのもの。少し物足りない。でも、それはとっても甘くて美味しい接吻(キス)だ。その味を私は知っている。でも私の初めてを奪われた時よりも、よっぽど上質で美味しかった。

 癖になっちゃう。

 

 

 翌日の話、朝方、曹操に話しかけられた。

「私のものになれ」といつものように勧誘も兼ねたものであったが、その唇を意識した仕草や流し目には内心でどきりとしていた。

 でも今日はそんなこともなくって「考えておくよ」といつもと同じことを返す。すると曹操は訝しげに柳眉を顰めると探るように私のことを見つめてきた。脈がなくなったかしら? そんなことを呟いた後、まあいいわ、とその場を後にする。

 そして放課後、いつもの甘味処にいつもの三人組。それになぜか曹操が同席していた。

 味違いの団子が四つ、それぞれひとつずつ私達の前に置いてある。特に目立った話題はないのだが、それぞれの顔色には特徴があった。まず朱霊は先程から顔色を青くしており、袁紹はうんざりとした顔で私と朱霊の様子を見ている。そして曹操はとても不機嫌そうに私達の様子を眺めていた。なにかおかしなことをしているだろうか、と思いながら朱霊が食べていた団子を横から掠め取り、代わりに私の団子を、あ〜ん、と彼女の口に押し付ける。青褪めてはいるけどもきちんと食べてはくれる。もぎゅもぎゅと口に動かしてから、むぐっ、と喉を詰まらせたような反応をした。

 彼女が見つめる視線の先には、殺気を放つ曹操の姿があった。いや、なんで、そんなに機嫌が悪いんです?

 

「ねえ本初、二人って何時からああなの?」

「いえ、昨日まではもう少し大人しかったはずですわよ」

「……ねえ、朱霊?」

 

 ビクリと身を震わせて立ち上がる

 

「ひゃ、ひゃい!」

「手を出すな、と言外に伝えていたわよね?」

「違うんです、違うんです!」

 

 曹操が睨みを利かせる。

 まあ矛先が私に向いていないのであれば構わない。一言断ってから彼女が飲んでいた茶を啜る。

 私と種類の違うもので「あ、美味しい」とつい声に出た。

 

「あれ、爆ぜないかしら?」

「あら気が合いますわね。(わたくし)もいい加減にして欲しいと少しばかり思ってましてよ」

「まさか貴方と気が合うことがあるなんてね。……なんだか感慨深いわ」

「感慨……?」

 

 曹操が団子を食べながら何処か遠くを見つめるのを袁紹が胡乱げに見つめる。

 相変わらず二人は仲が良いようで、仲が悪いようで、やっぱり仲は良い気がする。

 なんというか曹操は大人で、袁紹に合わせている感じが強い。

 

「ともあれ許攸を手に入れるには二人一緒でなくてはならなくなったわね」

「いくら曹操さんが相手とはいえ、二人は渡しませんわよ」

 

 言ってなさい、と手を振ってみせるところが如何にも余裕ある大人って感じがする。

 二人が言い争いだか、鎬を削るだか、なんだかよくわからないことを耳にしながら本日もまた何事もない一日でした、と締め括る今日この頃だ。

 

 




とりあえず書き溜めてあった分を出させて貰いました。
次話辺りで雌伏編っていうか、幼少期の話が終わります。

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