獣人少女を救った話   作:風神莉亜

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迷いましたが投稿。短め。


魔は悪となり得るか 中

 ――さて、どうするべきか。

 

 かつて旅を共にした仲間から、半ば強引に押し付けられた小さな存在を抱き直しながら考える。

 ただの子供ならなんの問題も無い。しかし、今腕の中にいる存在は、今もなお様々な偏見を持たれる魔族という存在だ。

 銀の髪に額に光る宝石のような紅い石。薄紫色の肌は、こちらでいう人間のようなスタンダードな魔族の出で立ち。人間が魔族と言えば、この少女のような存在を想像する。

 それはつまり、未だに魔族に敵対意識を持つ人間に見られてしまえば、間違いなく面倒なことになるということで――

 

「……逃げるか」

 

 ポツリと呟き、自分は身を翻してその場から走り出した。

 幸い今は戦闘の真っ最中。後方の此方も前線までとは言わずともかなり騒がしい。

 昔なら外壁からそのまま飛び降りるところだが、今はそんなこと出来やしない……いや、やろうと思えば出来るが、それに払うコストが昔とは比べ物にならないのだ。なので、大人しく外壁の途中にある搭の螺旋階段から降りるしかない。

 考えている間にそこにたどり着き駆け降りていく。

 と、そこに破壊音が搭内に響き渡る。振動に脚を止めかけたが、腰に差した刀を抜いてそのまま走り続けた。

 搭を破壊して現れたのは巨大な蟻だった。体高だけで人を越える、銀色の身体を狭い搭内にねじ込んできたそいつは、上から現れた自分に機敏な動きで顔を向けてくる。

 

「シルバーアント……」

 

 厄介な奴まで現れたものだと舌打ちする。

 その身体はそのまま銀のようなもので出来ているために、単純に硬い。性質が銀なので他の金属系の魔物よりかはましなのだが、シルバーアントの厄介な点は他にある。それ即ち、蟻系の魔物全てに見られる習性だ。

 簡単に言えば、一匹では済まないと言うこと。

 

「街中に入られたら厄介だな」

 

 声と共に、刀を握る掌に鋭い痛み。持ち手から鋭い針が飛び出し、そこから刀が血を吸っている。まさか本当にこの刀を使うことになるとは……まぁ、持ってきておいた甲斐があるというものか。

 刀身が紅く染まったそれで、一撃の元にシルバーアントを葬る。その死骸を踏み越えて街中に入ると、まさにシルバーアントが地面から次々に現れている状況に出くわしてしまった。

 当然ながら街中にも兵は配置されているが、これでは直ぐに多勢に無勢になってしまう。

 

「これだからスタンピードは」

 

 悪態をつきながら、盛り上がった足元に刀を突き立てる。その下にいたであろう蟻を貫いた刀が、一際紅く染まりあがった。

 ……純粋に身体に厳しいのであまり使いたくないが、仕方がない。これだけの数を一網打尽にするような攻撃をするには、更に血を使うしかないのだ。

 

「っ」

 

 肌を貫く程度だった針が、更に長く、太くなって手の甲を突き破る。しかし出血はしない。全て、この刀に吸われていく。

 軽い目眩を覚え、しかし目を見開いて堪えた。瞬間、地面に突き立てた刀から放射状に血の線が地面に広がる。さながらクモの巣のように広がったそれは、尚数を増やし続けるシルバーアントにたどり着いた途端に、鋭い針となって容易くその体を貫いた。

 自らの血を武器とするこの戦闘方法が、この身体でも出来る最大効率であることに辟易とする。魔力との混合なので見た目よりかは血を使わないが当然貧血は起こすし、何よりも見目が悪い。今に限っては蟻の緑色の体液まで混じって無闇にケミカルな様相すら見せている。

 

 

「もう止めていいぞ」

 

 それでも再現なく現れ続ける蟻に眩暈が強くなった頃に、空から声が聞こえてくる。

 先程風の一撃を加えた、魔女の登場である。途端に、蟻の出現がパタリと止まった。

 彼女が何をしたのか理解して、血の魔術を行使するのを直ぐに止めた。血液の糸が力を無くし、水音を立てて地面にぶちまけられていく。……あまり気分の良いものではなかった。

 

「……結界を張るなら先にやっておいて欲しいもんだ」

「簡単に言ってくれる。土壌に影響を与えない、かつ魔物が侵入不可能な程度に強力な大規模結界を地面の下に張るんだ。私でなきゃ不可能だぞ。更には穴だらけになった地下を直すサービス付きだ」

「お前なら出来るだろうから言っているんだがな」

 

 実際、他では難しくても彼女ならば片手間である。酒を飲んでいなければ、の話ではあるが。

 

「元より私は内部の守りの予定だったんだ。それを頼まれて外にいた。つまり私は悪くない」

「わかったわかった」

 

 先程までの酔っぱらいはどこへやら、魔法使いよろしく箒に腰掛けた彼女は宙に浮きながら肩を竦めていた。

 それを見ながら、刀を抜いて鞘に納める。

 トゲが抜けた掌からは思い出したように血が噴き出すが、仕方無いので今は無視である。

 魔女はそんな俺の怪我……ではなく、懐に抱かれていた少女に注目したようだ。端正な顔付きで眉間にシワを寄せた彼女は、溜め息をついてその眉間を指で揉んだ。

 

「魔族か。ふん、まぁ状況は察した」

「理解が早くて助かるよ。じゃあ、これから俺が頼むこともわかってくれるな」

「……なぜ私が、と言いたいが……わかったわかった、そう怒るな。お前を敵に回したくはないからな。スタンピードが収まるまで私が預かるさ」

「別に怒ったりはしないが……まぁ、頼む」

 

 腕の中にいた少女がふわりと浮き上がり、魔女の元へと向かっていく。

 自由になった腕を軽く回して、腰に当てた。

 

「それに、今の俺なんてお前の足元にも及ばんよ」

「笑わせてくれるな、『墓場行き』とまで呼ばれた奴が」

「そいつは元々蔑称だったんだがな」

「だとしても、今更お前に楯突くような奴はおらんよ。お前にこそ特級の『禁忌』が送られてしかるべきだと、仲間たちは口を揃えて言うだろうさ」

 

 口元に笑みを浮かべながら言う魔女に、思わず表情を歪めてしまう。

 確かに、昔――と言っても数年前の話だが、確かにその頃は自分でもどうかと思う程度には自己を省みない戦い方をしていた。『墓場行き』とは、まだまだ実力が伴っていなかった頃に付けられたあだ名のようなものだ。

 本来なら、そんな奴は早死にしてしかるべきものだが……何の運命か、はたまた神の気紛れか、俺は瀕死になることは数あれど、死ぬことだけはなかった。気付けば功績は積み上がり、馬鹿にされていた『墓場行き』の名も違う意味を持ってしまうまでになってしまったのだ。

 ……まぁ、そんなものは過去の話だ。今あんな無茶をすれば、それこそ直ぐに墓場行きなのだから。

 

「ん」

「……どうした?」

「いいや、どうやら子猫が頭を刈ったらしい。しつこく結界を叩いていた蟻がいなくなった」

「なら、残った連中を倒せば終わりか……大した被害が無くてよかった」

「まだ終わってないぞ。早く行かないと、その血を捨てる場所が無くなる」

「……それもそうだな。じゃあ、その子を宜しく頼んだぞ」

「暇ついでにあんたの家に届けといてやるよ」

「いや、そこまでは……」

「あー、早く身軽になって酒が飲みたい」

「……まぁ、頼んだ」

 

 心底そうしたくてたまらない、という顔を見て、喉元まで出ていた言葉を飲み込んでからそう返す。

 無類の酒好きな彼女は、最初のように酔っ払っているのが平常運転である。今は非常時と言うことで素面に戻ったようだが、一刻も早く酒が飲みたいのはまごう事なき本音であろう。

 気だるげに手を振って高度を上げた魔女を見送ってから、残る仕事を片付ける為に刀を抜いて足を踏み出した。

 いくらか吸わせた血は使用したが、まだまだこの刃には血という名の魔力が残っている。使い切っておかなければ、後々面倒なことになるのだ。

 ……全く、使い勝手の悪い刀になってしまったものだ。

 

「ぼやいてばかりもいられないか……。さっさと終わらせて、帰るとしよう」

 

 外に向かおうとしたところで、嫌な轟音が街に響いた。

 魔女が抜けたことで網の目が広くなったのか、飛行型の魔物が外壁を打ち壊したのだ。

 見ればワイバーン、つまり竜種である。本来ならパーティーを組んで討伐するような手強い魔物であるが――

 

「やれやれ……これ、俺の責任にはならんよなぁ?」

「知らない。請求されるか自分で直すかくらいは選べるんじゃない」

「全く冷たい娘っ子だよほんと」

 

 壁を抜けてさぁ暴れようと翼をはためかせたワイバーンは、しかし途端に糸が切れたかのようにその巨体をぐらつかせて倒れてしまう。

 倒れ付したワイバーンの後ろには、自分に件の魔人を押し付けた猫耳少女と、今も脈動する何かをどうでも良さげに捨てた長身痩躯の男の姿だ。

 大穴が空いた外壁を抜けて三人で外に出てから、刀の血液でクモの巣のように壁を埋める。

 

「便利じゃないの。羨ましいねぇ」

「ほざけ」

「なぁんでそう俺には当たりが強いかなぁ……」

 

 全く心にも思ってないことを言っているのだ。それをほざくと言わないで何と言うのか。そんな自分のストレートな言葉に続くように、猫娘が続く。

 

「過去の行動を省みることを進める。あれで優しくしてもらえると思うなら頭が涌いている」

「きっついねぇ」

「別に昔のことなんて掘り返すつもりはないぞ。ただお前にはこれぐらいでいいかと思ってるだけだ」

「んー、程々の気軽さ。いいねぇ、それぐらいが好ましいってもんさ」

 

 此方の本音にも、猫娘の毒舌もどこ吹く風。あくまでも飄々としている男である。

 なんだかんだ言いながら、確認していた仲間と全員顔を会わせていることに苦笑した。皆が皆全く変わっていないことに、相変わらずだと安心にも似た何かを感じる。

 

「頭は?」

「今回はクイーンだったねぇ」

「刈ったかどうかを聞いてるんだが」

 

 こちらの言葉に、彼は小さく肩を竦めることだけで返してくる。愚問だとでも言いたいのか……まぁ、ここにいるということはしっかり仕事はこなしてきたのだろう。

 利益と保身の為なら平気で立ち位置を変える、ある種全く信用ならない男ではあるが、その腕は呆れる程に確かである。まぁ、直接止めを刺したのは猫娘の方だったようだが。

 幾度となく手合わせをしてきた仲間の中で、唯一彼と命のやり取りをした自分が言うのだ。説得力はあると思う。

 

「……前線に出てくるなと言っただろうが」

「確約はしてないぞ。善処はするつもりだったが」

 

 掛けられた声の方に顔を向けると、そこには全身鎧の大男。フルフェイスのせいでその顔色は窺えないが、声色は確かに呆れていた。

 仕方あるまい、こちらにも事情があったのだ。そんな意図を込めて返した言葉に、彼はどんな表情をしたのだろうか。想像は出来るが、真実は見えない。

 

「あちゃあ……結局使っちゃったか。仕方無いねぇ」

 

 そして、隣に来ていた聖女様に未だ血を流す手を取られる。傷口に直接口付けた彼女は、あっという間にその傷を塞いで治してしまった。

 此方の血液で紅を引いた彼女は快活に笑う。口付ける必要は皆無なのだが……まぁ、それを言うのも野暮だろう。

 

「戦況は?」

「残りを倒すだけだ」

「変異種は」

「いたところで問題無いだろう?」

 

 それぞれ返ってきた言葉に頷いて改めて刀を抜いた。後は込められた血を使い切るだけなので、いらない怪我を負うこともない。

 号令をかける必要もない。そう判断して一歩を踏み出した瞬間に、各自がスタンピードを終わらせる為に地を蹴るのだった。

 

 

 




次が救済話。

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