獣人少女を救った話   作:風神莉亜

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魔は悪となり得るか 終(仮)

 スタンピードから約一週間が過ぎた。

 幸いにも死傷者は出ず、目立った損害は外壁の崩壊のみ。討伐に参加した冒険者には充分な報酬が支払われ、数日間は街中でお祭り騒ぎだった。

 おびただしい数のモンスターは様々な素材で出来た宝の山となり、結果だけ見れば利益は大幅にプラスになったと言えるだろう。勿論、結果だけ見ればの話だ。スタンピードはまごうことなき災害であり、一度訪れれば多大な被害を被るのをほぼ避けられない天災。今回は人並外れた存在が何人もいたから良かっただけで、口が曲がってもスタンピードが来て良かった、なんて言ってはいけないのだ。

 

 さて、ひとつの山場を越えて本来なら気が抜けるところなのだろうが、家にはまだひとつ問題が残っている。それが──

 

「死ねっ」

 

 木陰に座り本をめくっていた自分の真上から、声と共に降ってきた殺気。

 瞬時に閉じていた本を頭の上に掲げると、強い衝撃がそれに当たった。空いている手を追うように上に伸ばし、掴んだそれをそのまま振り下ろすように投げ飛ばす。

 

「わぁっ!」

「……ひどいなぁ、まだ読み終わってないのに」

 

 小柄な身体が草原に転がるのを視界の端に捉えながら、短刀に貫かれた本を見る。見事に貫通しているそれを抜き、とりあえずペラペラと捲ってみた。一応読めないことはないな。

 

「っ……くそっ!」

「はい、返すね」

「ひゃあっ! あ、危ないだろっ!」

 

 別に短刀に用はないので、転がる少女の足元を狙い投擲。寸分狂わずにそこに刺さった短刀に驚き跳び跳ねた少女は、肩をいからせてそう文句を付けてきた。とりあえず、殺す気満々で飛び掛かってきた奴が言う台詞ではない。

 

「まだやるかい?」

「……ちっ、今に見てろよっ」

 

 腰に手を当てて聞くと、少女は悔しげに地面から短刀を回収して走り去る。

 次はどう仕掛けて来るだろうなぁ、なんてぼんやり考えていると、またしても頭上から声を掛けられた……だけではなく、見覚えのある顔が逆さまに降ってきた。

 

「流石に隙が無いわね」

「気配を隠せて無いからねぇ」

 

 蜘蛛の亜人であり、魔人の混血であるリリアナが楽しそうに笑っている。どうやら、リリアナは少女と同じように木の上で様子を見ていたらしい。

 

「それにしても、不思議なことやってるわよね」

「自分でも思うけど。最善手ではなくても、悪い手では無いだろう?」

「だからって、貴方が矢面に立たなくてもいいんじゃない?」

「別に必ずしも好かれる必要は無いし。他に適任もいないし」

「それこそ、アタシでも良かったじゃない」

「敵ばかりじゃ彼女の気が休まらないだろう。その点、魔人でもあるリリアナが彼女の味方になるのが都合が良い」

「……ま、それでいいならいいんだけど」

 

 穴が空いた本を片手で弄びながら答えていくと、ふぅん、と納得したのかそうでないのか微妙な声と息を漏らしてから、リリアナはスルスルと上に帰っていった。

 それを目で追うと、葉から漏れる太陽の光が視界に焼き付き、もう昼時かと立ち上がる。そろそろルミナスが呼びに来る頃だろう……そう思ったところで、部屋の窓から呼ぶ声が響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「主、怪我は?」

「無いよ」

「本当に?」

「最近は毎日それだね」

「毎日聞く理由がある。当然」

 

 昼食後のお茶を楽しんでいると、ルミナスがペタペタとこちらの頬を確かめるように触ってくる。

 元々こちらの身体や健康状態を気にしてくれる彼女ではあるが、ここ一週間はそれが更に増えている。理由は明白であった。

 

「主が決めた事だから、口は出さない。けど、心配はする」

「不安にさせてごめんよ」

「ううん、無事ならそれで」

 

 ひとしきり確認して怪我が無いのを確認したルミナスは、定位置となるこちらの膝にその頭を乗せた。艶々と光沢を放つその髪を撫でてやると、心地好さげな吐息が漏れるのが聴こえる。

 そのまま撫でながらチラリと窓を見やると、先程の少女が悔しげに去っていくのが見えた。どうやら、自分が一人ではないので手が出せないと諦めたようだ。

 

 先程からこちらを狙い続けている少女だが、彼女こそ今自分が抱えている問題そのものである。

 スタンピードにて猫少女に押し付けられた魔人の少女が正に彼女な訳だが、本来ならそのまま魔族領に送って終わりの予定だった。

 が、そうにもいかない理由がいくつか出て来てしまったのだ。

 

 ひとつは、彼女自身が持つ人間への強い敵対心。魔族領に送ろうにもこちらの世話にはならないと一人で行こうとするが、身を隠す術も使えない彼女を一人で行かせては間違いなく問題が起こる。魔人への迫害が未だ残る中、人間嫌いの魔族が一人で行動すればどうなるかなど考えたくもない。

 こちらの問題は、彼女を拘束する為に……そう、言い方は悪いがこの家に拘束させる為にひとつ彼女と約束事を交わしている。それは、この家から出て行きたいなら、自分をどうにか倒してから出ていけというものである。

 正直彼女がこの案に乗る必要など無いのだが、そこは自分が過剰に煽ることでどうにか成立させることが出来ている。最初こそ此方の目を盗んで家から出ようとしていたが、そのことごとくを潰してやれば残る道は自分をどうにかすることしか残されない。

 因みにだが、自分が外出している時はルミナスとリリアナが見張ってくれている。身体能力では獣人のルミナスが上回り、ルミナスが捕らえるのに失敗してもリリアナの糸からは逃れられないようだ。……リリアナに関しては、脱走を企てようとした所で上手くヘイトを此方に向けることにも成功しているらしい。

 こうして、彼女は隙あらば自分に襲い掛かってくるようになったわけだ。

 

 そしてもうひとつ。自分としてはこちらの方が大問題で、逆に言えばこれが解決してしまえば何の問題も無くなるのだが……。

 

「言ってた魔人、見つかった?」

「目処はついているんだけどね。なかなか尻尾が掴めない」

「……早く、助けて上げてほしい」

「もちろん」

 

 様々な感情が入り交じった声で、ルミナスが懇願してくる。それに優しく答えた自分は、目の前にある資料を眺めた。それは、見ていて愉快では無い情報の集まり──奴隷商人のリストや、裏で奴隷を卸すことを生業とするようなならず者の情報である。

 何故こんなものを眺めているのか。その内容こそが何よりの大問題であり、解決せねばならないものだ。

 

 スタンピードにて拾われた彼女。その身体には、本来刻まれてはいけない刻印があった。すなわち、奴隷の刻印である。

 後から聞けば、猫娘はスタンピードに引き潰されたであろう馬車から少女を拾って来たと言う。彼女以外には商人であろう連中の無惨な人間の死体しかなかったらしい。

 そして、少女が目覚めた時、こちらに襲い掛かりながら放った発言が──

 

『お前ら、人間がぁ! 私達家族を! 許さない、絶対に許さないからなぁ!!』

 

 即座に動いたルミナスに地べたに抑え付けられながらも、激情のままに、血を吐くような勢いで少女は叫び続けた。

 そして、その身体にあった奴隷の刻印。まず間違いなく、少女の家族も奴隷へと落とされていると見ていい。すでに術者が死んだ刻印に効力は無い。彼女の刻印は自分が消したので問題は無いが……。

 

「もう少し、心配かけちゃうかもしれないけど」

「ん……無事に帰って来てくれるなら、それでいい」

 

 身を起こし、胸元に顔を擦り付けてくるルミナスの頭を撫でる。彼女の為にも、少女の為にも、早急にこの件は片付けなければならない。

 そう、改めて決心したところで──

 

「ずるい、ルミナス……」

「うおっ」

 

 物陰に隠れていたシルクの声に、大きく身体を震わせてしまったのは、まぁ蛇足だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ようやく見付けた。

 

 とうの昔に捨て置かれた廃坑の中。厳重に隠された入り口から侵入したそこは、魔術によってしっかりと作り込まれた奴隷の収容所であった。

 平らに均された地面。音が鳴らないように壁を指でなぞり、余程の使い手がこの空間を造ったようだと確認する。

 そこらの奴隷商人や卸人は劣悪な環境に奴隷を保管しがちだが、ここは違う。最低限から上の環境を作り上げ、脱走という言葉すら浮かばなくなるほどに頑強な牢屋の造り。それでいて、ここにいる奴隷達は皆身なりこそそれなりに保たれた上で、完全に心が折られていた。

 

 ──一人では手に余る。

 

 隠密の魔術を掛けた上で、努めて気配を消したままそう判断する。

 今まで国も自分も見付けられなかったのも納得した。ここを回している連中は、そこらの裏家業共とは規模もレベルも段違いである。

 とはいえ、今日の目的はここの制圧ではない。あくまでも、下見と確認をしに来ただけである。そしてそれも、目の前にいる魔人の姿を見たことで完了した。

 両手足に嵌められた魔封じの枷。他とは違い天井から吊らされ、空中で項垂れたままの魔人の男女。魔力の波長も、刻まれた忌まわしい刻印も彼女と同じ。十中八九、彼女の両親である。

 ここで二人だけでも連れ出せればいいのだが……良い趣味と腕をした術師のようだ。術者の許可無くここを離れれば、全く面白くない結末が彼等には訪れるだろう。

 ここの奴隷を解放するには、ここの術師よりも優れた者に刻印を解除させるか……もしくは、術師そのものをどうにかするしかない。

 何が一番手早く、リスクを負わずに事を終わらせられるか。その算段を頭の中でつけながら、その場を後にした。

 

 

 

 そして更に一週間過ぎた日。

 

「全く……この私がこんな短い感覚で酒を抜くなんて」

「むしろ感謝して欲しいものだがな」

 

 ついこの間も見た顔が、全く以て不満だと愚痴を漏らすのを見て溜め息をつきながらそう返す。

 目の前にはあの施設から助け出された奴隷達の姿。これから、隣にいる魔女に刻印を解除してもらうのだ。魔力の関することに対して彼女以上に頼りになる存在は他には知らないので、アトリエに乗り込んで引っ張り出してきたわけだ。

 

「きっちりやってくれたなら、きっちり代価は払うさ」

「魔女の代価って響きから恐ろしいものは感じないのかねぇ」

「悪魔の霞、天使の誘惑」

「むぅ……本当に用意してくれるんだろうね」

「安心しろ、嘘はつかん」

「はぁ……ほらほら、一列に並びな」

 

 此方の言葉に、肩を落として奴隷達にそう指示を出す魔女。ちなみに、悪魔の霞も天使の誘惑も酒の名前である。どちらも酒として最上級、更には様々な触媒にもなる優れものな液体で、酒飲みと錬金術師、両者共に喉から手が出るほど欲しがる逸品だ。どちらも自然が産み出した奇跡的な産物であり、採集には骨が折れるが……必要経費である。

 

「全く……おかしな術式だ。解くことを考えてない」

「解くことを、考えていない?」

「紐を結ぶのに適当に何度も何度も強く結んだって言えばわかりやすいかね。固定するにはいいかもだが、解く人間がえらく苦労する。……まぁ、そこの阿呆共は解くつもりすらなかったんだろうが。奴隷として売り払う時に自爆の術式だけ解いてきたんだろう、ここだけ教科書通りの刻み方をしている」

 

 火傷のように刻まれた刻印を眺め、道端のゴミでも見るかのような視線を横に向ける。そこには、まとめて捕縛された奴隷商人達がいた。

 一人だけ嫌らしい笑みを浮かべているが、彼が刻印を刻み込んだ魔術師張本人だろう。そこらの悪人が持つとは思えない魔力を持っているようだが……その笑みは、簡単に術式が解かれる訳が無いという自信の笑みだろうか。

 だとしたら、それは大きな間違いである。ここにいる魔女は文字通り、レベルが違う。

 

「時間、かかるか?」

「まさか。はい次」

 

 魔女は刻印に手を軽く当てるだけで、まるで手品のように焼き付いた刻印を消してしまう。晴れて奴隷から解放された本人は、信じられないように魔女と刻印があった上腕を何度も見比べた後に、実感が沸かないまま列からずれた。

 

「ま、手間なのは認めるけど。まとめて解除出来ないから」

 

 言いながら、ほいほいと次々に刻印を消していく魔女の姿が信じられないのは奴隷達だけではない。自信の刻印を片手間で消されていく魔術師は、あんぐりと口を開け、

 

「ば……馬鹿な! この俺が……俺が何年もかけて生み出した奴隷術式だぞ! 複雑な式を何重にも重ねて、混ぜて! 俺以外に理解出来るはずが! そんな簡単に消せるはずが!」

 

 縛られたまま立ち上がろうとして即座に取り抑えられた魔術師は、それでもなおそう叫んだ。

 それに対し、魔女は。

 

「はん。よくよくいる低脳魔術師の典型だね。複雑な式が組めれば偉いとでも思ってるのか……それに、アンタのこれは複雑じゃない。ただの『雑』だ。砂に書いた文字を消すくらいには簡単に消せるよ。……まぁ、私には、だが」

 

 言いながら、それを示すように刻印を撫でるだけで消して見せる。

 それでも喚くのをやめないのに顔をしかめた彼女は、仕方無いと言わんばかりに顔を微かに歪め、その細い指先を軽く宙に踊らせた。

 

「身の程知らずに大サービスで見せてやるよ。これ、読めるかい?」

 

 そう言って宙に浮かべたのは、魔術言語で火を示す一文字だった。魔術を学ぶ者ならば、或いは少し見識の有るものならば誰でも読める文字。

 しかし、魔女の浮かべたその一文字は、『一文字』ではなかった。よくよく見れば、その文字は夥しい数の細かい文字の集合体であることがわかる。しかも、その全てが火に関連するもの。このたった一文字に、これでもかと火に関する情報が詰め込まれているということになる。

 それらが破綻せず、ただのひとつも乱れなく、理路整然と並び、寄り合わさってひとつの文字として成立しているのだ。

 それを、魔女は彼のすぐ近くに、指を向けて文字を差し向け、

 

「これが」

 

 その文字が地面についた瞬間に。そう、ほんの一瞬ではあるが、細く、しかし凄まじい熱量が圧縮された火柱が立ち上る。奴隷達が悲鳴を上げる中、目の前でまざまざと格の違いを見せ付けられた魔術師は一言も発することが出来なくなり。

 

「これが、所謂『複雑な術式』ってものだ。わかったかい? 愚かで可愛い、悲しいぼうや」

 

 魔女の無慈悲な言葉だけが、魔術師の耳に響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「父さん、母さんっ!」

 

 まだまだ小さな背中が駆けていき、念願であったであろう両親の腕の中に治まった。

 それをルミナスと共に見届けたところで、自分は無意識の内に息を吐いていたようだ。見上げてきていたルミナスの頭に手を置いて、改めて再会を果たした三人に目を向ける。

 その身に刻まれていた奴隷の刻印は綺麗に消え去っている。少女は当然として、両親もそこまでの衰弱は見られなかった。あれなら、領に戻るまでの不安も無いだろう。

 

 娘を抱きながら、両親は此方に向けて頭を下げた。捕まって奴隷にされたのだ。人間である自分に悪感情を持ったとしてもおかしくないであろうに。

 その腕の中にいた少女が、くるりと体を回転させて此方を向いた。その手の中にあったのは、いつもこちらを狙っていたあの短刀である。

 それを彼女は、何の躊躇いもなくこちらに投げ付けてきた。ここ何日かで急激に腕前が上がったその技術で、自分の顔面に真っ直ぐ向かってきたそれを、片手でルミナスを抑えながら逆の手で止めた。

 いらない才能を育ててしまっただろうか、と苦笑すると、何やら短刀に文字が書かれていることに気付く。これは、魔人が使う文字である。

 普通なら読めないものだが、生憎自分は読めてしまう。そこには、殴り書きだが──しかしとても可愛らしい文字で『ありがとう』と、そして『ごめんなさい』とだけ書かれていた。

 顔を上げて、ニッコリ微笑む。まさか読めるとは思っていなかったのか、少女の顔は見る間に真っ赤に染まり上がった。

 

 

 

 

 

 

 

「……主は、ちょっと優しすぎる」

「そうかい?」

 

 色々と予想外から始まった魔人の少女との生活は終わりを告げた。

 いつもの木陰でのんびりしていると、膝元にいるルミナスからそんなことを言われる。

 

「……また気にしてる」

 

 よくよく少女が潜伏していた頭上の枝を見上げ、気に入らないと言わんばかりに呟かれて苦笑した。頭上にはもはやこの木の主と化したリリアナがいるのみである。

 どうやら拗ねてしまった彼女の機嫌を直すためにその頭を撫でながら、自分を倒そうと躍起になっていた少女を思い返す。

 

 ──そういえば、アイツは今どうしているのだろう。

 

 今も魔族領にてその敏腕を振るっているであろう魔人。

 きっと少女も彼の教えを受けるのであろうことを考え、何だか面白くなってしまった自分は、久方ぶりに連絡でも取ってみようかと考えるのだった。

 

 

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