獣人少女を救った話   作:風神莉亜

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渡り鳥は今日も飛ぶ

 渡り鳥である彼女は、特定の地域に留まることを基本的にすることがない。季節ともに風と共に、時には気の赴くままに。

 何事にも縛られない、雄大な空を飛び回る自由の体現者。

 

 しかし、そんな彼女は最近頻繁に羽休めとしてとある地域に訪れる。今日もまた、立派な翼を羽ばたかせながら、開け放たれている窓からひとつの部屋に降り立った。

 腕があるならば、胸の前で手を組むように翼をたたんだ彼女は、そろりそろりとその部屋にあるベッドに近付いていく。

 

「…………」

 

 そこに眠るのは、かつて自らの危機を救ってくれた一人の人間。静かな寝息を立てるその顔を、しばらくじぃっと見つめていた彼女だったが、やがていそいそと足で布団を動かし、その中へと潜り込んでいく。本来なら鋭い鉤爪を持つそれだが、彼女のそれには他を傷付けないように丸く加工されたカバーが付けられていた。

 

「……むふふ」

 

 やがて眠る人間の横にすっぽりと収まった彼女は、翼で口を抑えながらも満足そうに笑う。

 渡り鳥の鳥人である彼女は、普通高い木の上などで休息を取る。地上での戦闘能力が総じて低いとされる鳥人としては珍しくない習性だが、それでも危険が無い訳ではない。

 なので、行く先々の地域にて安息の地を求めるのもまた、鳥人の生きる術となる。

 生涯にて、番を見付けるまでは一人で過ごすのが彼女達の種族で、それまでは薄くなっていく家族の温もりを思い返しながら生きていくのが基本なのだが──

 

「暖かい」

 

 ひょんなことから、彼女は新たな温もりを見付けることが出来ていた。それを求めるがあまり、渡り鳥としては極端に活動範囲が狭まってしまっているのだが、そんなことは些末なことである。

 流石に毎日来ていると体調不良を起こしてしまうので一週間に一度程度の頻度にしているものの、身体が許すのならば毎日──それこそ、許されるのならばここで一緒に暮らしたい程度には、この温もりを彼女は求めている。

 当たり前のように一緒にいられる獣人と虫人が羨ましい。付き合いの浅い自分が何を言っているのかと思わなくもないが、この辺りの感情は理屈ではないと正当化にも似た何かであまり深くは考えようとはしなかった。

 

(眠ろう……この人が起きる前に、また空にいかなきゃ)

 

 もぞもぞと気持ち人間に身を寄せた彼女は、目を閉じて安心感と幸福感に身を委ねる。

 別に見付かってはいけない訳でもなく、実際半分公認のような形にも関わらず、彼女は人間が寝付いた後にこうしてやってきて、目覚める前にまた空へと飛び立っていく。

 ベッドには羽が残るし、何より自分のものではない暖かさが残るので人間にはもろばれなのだが、彼女にとって問題はそこではなく、単純に恥ずかしいから顔を見られたくないというだけなのだが。

 いつか、ここにいる彼女達のように真正面から向き合って、欲を言うなら羽根なんて繕ってもらえたら、なんて。

 そんな、願いというにはささやかな想いを胸に、彼女は穏やかな眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ」

 

 それからまた一週間が過ぎた頃。

 南の方へと足を──というよりは、羽根を伸ばしていた彼女は、また同じように彼の元で休もうと北上して同じ地域に戻ってきていた。

 最近肌寒さを感じてきたなぁ、なんて想いながら滑空していたところで声を上げたのは、珍しい人物を道端で見付けたからである。正しく言うならば、その人物自体はよく見るが、一人でこうして出掛けているのは初めて見る光景だった。

 

 人見知りとも言える彼女にしては珍しく、話し掛けてみようかと高度を下げて、数秒もかからずにその人物の元へと降り立つ。

 それを見た絹のような髪を持つ虫人は、驚いたように口元に手を当てたものの、すぐに柔らかな笑顔を見せた。

 

「おはようございます。珍しいところで会いますね」

 

 向けられた言葉に、コクりと頷く。

 虹色に輝く羽を見て、なんて美しいものだろうと思わず見いってしまったせいで返事が返せなかったことを少し恥ずかしく思う彼女だったが、そんなことは気にもならなかったらしいその羽の持ち主は、腰かけていた岩から立ち上がり服の裾を払った。

 彼女──シルクは、そのままてくてくと歩いて近付いていき、持っていた篭から果物をひとつ彼女に差し出した。

 

「良かったらひとつ、いかがです? ……食べれました、よね?」

「えっ、う、うん」

「良かった。種族的に食べれなかったらどうしようかと」

 

 ニッコリと笑うシルクの瞳が柔らかな黄色に変わったのを見て、ぱちぱちと目を瞬かせる。間近でこうして見ると、ただの虫人じゃないのは明白だった。

 そもそも、虫人は鳥人が苦手なことが多い。羽の形状を見る限り蝶の虫人だと彼女は考えていたが、目の前の存在は全く自分を怖がる素振りが無いことにも困惑していた。

 近付いた後にそれに思い当たるあたり、彼女も少し考えなしでもあるのだが。

 

「そういえば、しっかりと自己紹介したことは無かったですね。私はシルク。一応、妖精族です」

「妖精……あっ、わた、わたしは」

「ゆっくりでいいですよ」

 

 一瞬呆気に取られ、慌てて自分も名乗らなければと慌てたところで、そう言われて彼女はひとつ深呼吸する。今度はしっかり、噛まないで言うことが出来た。

 

「……ヒバリ。わたしは、ヒバリ」

「ヒバリ、ですね。ふふ、ようやく名前を知れました」

 

 コロコロと笑うシルクを見て、彼女──ヒバリも、そこでようやく緊張から解放されたように身体から力が抜ける。

 悪い人では無いことはわかっていたが、何せ人見知りで引っ込み思案な彼女である。何の緊張もなく人と接する、というのはヒバリにとって簡単なことではないのだ。

 その辺りのことは、自らの経験として覚えがあるシルクが相手だったからこそ、こうして上手くコミュニケーションが取れている部分もある。シルクとしても、たまに現れるヒバリと仲良くなりたいという思いがあったのだから、この出会いは渡りに船だったのだ。

 

「良かったら、家に寄っていきませんか? 夜には来るつもりだったのでしょう?」

「……えっ、と」

「今ならお父さんもいます。たまには、起きてる時に会ってみてもいいと思いますよ」

「……め、迷惑じゃない?」

「まさか。ルミナスだって喜びますよ」

「うっ……」

 

 ルミナス。その名を聞いて、ヒバリの身体から抜けていた緊張がまた顔を出す。

 初対面の時に敵意を向けられた覚えが強く、こちらも悪い人ではないと知ってはいるものの、シルクよりも苦手意識が強いというのがヒバリの認識である。もちろん、今の生活が始まる切欠となったのがルミナスであるのも確かで、感謝をしているのも事実なのだが……。

 

「無理に、とは言いませんが……」

「……ううん。い、行く」

「良かったぁ。じゃあ一緒に」

 

 

 

 

 

 意外と押しの強いシルクに連れられて家までやってきたヒバリだったが、彼女は取り敢えず座っていてと言われた椅子に小さくなって座っていた。

 連れてきた張本人のシルクは、ニコニコ顔で父を連れてくると言ってその場から消えていた。一体何が嬉しいのかわからないヒバリには、その羽根から溢れる虹色の鱗粉が綺麗だな、くらいの感想しか浮かんでいない。……浮かんでいないと言うよりは、これから会う人物の事を思うと緊張してしまうので、半分は現実逃避しているようなものなのだが。

 

「ヒバリ」

 

 そして、自分の名を呼ぶシルクの声。びくり、と身体が反応して、そちらを向く。相も変わらずニコニコと笑う彼女の隣には、いつも寝顔しか見ていなかった彼の姿があって。

 

「やあ。こうして明るい時間に会うのは久し振りかな」

「…………!」

 

 何か返事をしようとして、上手く言葉に出来なくて。何度か口を開けては閉めてを繰り返してから、結局は頷くことしか出来なかった。それがなんだか無性に恥ずかしくて、翼に顔を埋めてしまうヒバリ。

 それを見た彼は、クスクスと笑ってからしばらくまじまじと彼女を観察するように眺めた。そうして、どうやら以前の怪我の影響は無さそうだと判断するとひとつ頷いてその頭へと手を伸ばす。

 

「元気そうで何よりだ。ちょくちょく来ているのはわかってたけどね。どうせなら、今みたいに起きてる時にでも顔を見せにおいで」

「っ……は、はいぃ」

 

 頭に感じる優しい温もり。

 いつもは、自分から触れにいって求めていた温もりが、今は向こうから触れてくれている。それがなんだか無性に嬉しくて、泣き出したいような、思いっきり飛び回りたいような。この感情を何と呼べばいいのか、彼女にはまだわからなくて。

 

 

 その日は結局その家で休むことはなく、ヒバリは夜風を切って空を飛んでいた。

 思い返すだけでも頬が熱い。こんな状況でいつものように密着して眠るだなんて、頭が茹で上がって大変なことになると断念していたのだ。

 

「────わぁぁぁーーーーっ!」

 

 込み上げてくる熱を放出するように、彼女は限界まで高度を上げて大きく叫ぶ。

 知らない感情に支配されるままに、彼女は空を駆ける。ヒバリがその胸に灯っている感情の名をいつ知ることになるかは、わからない。

 

 

 

 

 

「主は、たらし」

「なんだいいきなり」

 

 ──当の本人よりも先に、察している存在もいるのだが。




次は何を書こうか悩む。新キャラか既存か。

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