前回より長くなってしまったので前後編に分けて投稿する予定です。独自解釈がふんだんに盛り込まれていますが、楽しんで頂ければ幸いです。
ああ!嘘だ!嘘だ!!
お前達は何をしているのか分かっているのか?その御方が一体何をしたというのだ?
彼女は私たちを救った。それなのに何故こんな目にあわなければならない?
悲痛に顔が歪む。
だが私にはどうすることもできない。
今すぐにでもこの場の者全てを八つ裂きにして彼女を助け出したい。
しかし、彼女がそれを望んではいない。
「この先私に何があっても手出しは無用です。貴女は貴女の使命を果たしなさい」
彼女の言葉を思い出し、必死で自分を抑える。
仲間達の危機だというのに私は一体何をしている?
彼女らもまた、私に助けられることを望んではいない。
だからなんだ?私の立場がそんなに大事か?
こうなっては仕方がない。大事なのはこの先どうするかだ。
彼女たちを失って先も何もあるものか。こういうときのために力を授かったのではないのか?私には友を救う権利さえないのか?
歯の擦れ合う音が次第に大きくなる。握った拳から血が流れる。
彼女はこちらを見た。
言ってくれ。たった一言でいい。
「助けてくれ」と
そうすれば私は貴女を助けられる。
その力があるのだ。
頼む、たった一言でいいんだ。
言え、言ってくれ。
だが、彼女は私を見て微笑むばかりであった。
何故?何故!何故!!
こんな状況で貴女は笑っていられる?
私の思いを知った上でなお、耐え忍ぶというのか。
「毘沙門天様、邪悪なる僧侶はもうすぐ封印されます。こうなってはもう逃げられないでしょう」
私をその名で呼ぶな。私に希望の眼差しを向けるな。彼女は邪悪ではない。何故人ならざる者の味方をしただけでこんな仕打ちを受けるのだ。そもそも私とて人間ではない。なのに、何故私だけ助かっている?いや、それどころか恩人を封じようとするこいつらの希望として祭り上げられている。ふざけるな、私は、私は、私はーーー
結局、私は何もすることができなかった。恩人と同胞が封印されゆくのを眺めていただけだ。封印が終わると、彼女らがいた場所には何もなかった。魔界へ送られたのだという。
「偉大なる神、毘沙門天様。我らに加護を与えてくださり、感謝しております」
人間の長らしき男が言う。
何が神だ、救いたい者を救えぬ神などいるものか。私は唯の不忠者だ。
「かの者たちは二度と現世に現れることはないでしょう。魔界とは、この世ともあの世とも異なる地、不浄の者たちが生きたまま落ちゆく場所なのです」
男は自慢気に話す。
「そうか、よくやった」
私はそれだけ言うのに精一杯だった。仲間たちを不浄呼ばわりしたこの男を今すぐにでもあの世へ送ってやりたかったが、人間の希望として崇められている私が人間に牙を剥くわけにはいかない。
封印が終わると、人間たちは人里の方へ戻っていった。
静かになった寺の中で私は一人呆然としていた。何度も、何度も、後悔が頭を巡る。
あのとき、恩人の願いに背いてでも彼等を止めていれば、せめて彼女だけでも逃がすことができていれば・・・
思考は何度も同じように巡る。暗闇の中に落ちていく。
先日まで門徒たちで賑やかだった寺の中は今は私しかいない。いやに広くなったものだ。
「ご主人、いつまでそうしているつもりだい?」
伏せた頭の上から声が聞こえた。
顔をあげると、毘沙門天代理を務める私の部下ーーというよりはお目付役といったほうが正しいがーーであるネズミの少女が目の前に立っていた。
「ああ、ナズーリン、貴女は無事だったのですね」
「当たり前だろう。私は毘沙門天様の使いだぞ。私に手を出せばそれは神への背反だ」
「ならば、手を貸してくれても良かったのではないですか?貴女はただ見ていただけですか?」
声が荒くなる。彼女には聖を助ける義理は無いことは分かっている。それに、見ていただけというなら私も同じことだ。それでもやり場のない思いが語気を強める。
「私が守り従うように命じられているのはご主人、貴女だけだ。だが、まあ、あの僧侶は嫌いでは無かった。自分を律し、人妖に平等に接する姿は尊敬に値する。できることなら私も助けたかったが、当人がそれを望まないのであればどうしようもない」
少女は淡々と応える。
そうだ、聖は自分が助かることを望んではいなかった。仲間たちもそうだ。聖の思いに賛同するかのように皆封印される道を選んだ。妖怪である私たちが抗戦すれば、まず人間などに負けはしなかっただろう。だが、それで人間を殺してしまっては人妖の溝を一層深くしてしまう。自分が封印されるなら誰も死ぬことはない。
頭では彼女の考えは分かっているつもりだ。だが、気持ちの整理がつかない。残される者の身にもなってほしい。
「それで、どうするんだい?」
今度はナズーリンが私に問いかける。
「どうする、とは?」
私は質問の意味が分からず、聞き返す。
「やれやれ、ご主人は代理とはいえ神なのだぞ、このままここで寝ているわけにもいかないだろう」
彼女の言う通りだ。神は信仰無くしては生きられない。信仰を得るためには人々に恩恵をもたらさなければならない。
だが、私は恩人を封じた者たちに手を差し伸べる気にはならない。
「私は・・・」
答えられない私を見かねた彼女が口を開いた。
「魔界に行く方法が無いわけではない」
私は目を見開いた。
彼女がいま発した言葉は俄かには信じられないものだったからだ。
「ナズーリン、いま、なんと・・・?」
「魔界に行く方法はあると言ったのだ。たしかに魔界は、この世ともあの世とも違う。そう簡単に行き来できないし、封印されるにしてもこちらからあちらへの一方通行で戻ってくることはできない。封印が切れれば別だが、そもそも神であるご主人が人間に封印されるなどあってはならない。だが、ご主人が神であるからこそ、可能性がある。神は信仰を失えば存在できないが、逆に信仰を多く得ることでその力を増す。今のご主人には到底扱うことができないので黙っていたが、毘沙門天様の扱う神器に宝塔と呼ばれるものがある。その力を十分に使いこなせれば、魔界へ行き、封印を解いて戻ってくることも可能なはずだ」
世界が、蘇ってくる。
希望が、見つかったのだ。
虚ろだった目に光が灯る。
「本当に・・・?聖を助けることが可能なのですか・・・?」
震える声でもう一度聞く。
「そうだ。だが、そのためにはご主人、貴女は十分な信仰を得て、毘沙門天様に認められ、宝塔を扱えるようにならなければならない。それには長い時間を要するだろう。それこそ数百年などあっという間なほど、それでもやるかい?」
彼女は再び問いかける。答えは分かりきっているという顔だ。
当然、答えは一つしかない。
「やります。どれほどの時間がかかっても、私は彼女たちを助け出す。それが今の私の使命なのです」
迷いはない。彼女を救うためならば、私はどんな道でも進む。覚悟はできている。
こうして、私とナズーリンとの旅が始まった。
私たちは、この国の至るところを回った。仏の教えを伝え、貧している者を救い、導いた。
私の財宝を集める能力とナズーリンの探し物を見つける能力があれば、多くの人の悩みを解決することができた。
私は、人の役に立つという充足感とともに、信仰によって自らの力が増していくのを感じていた。
「正直なところ、ご主人がここまで根気強いとは思っていなかった」
とある茶屋で休んでいるとき、ふいに彼女が言った。
「なんですかそれ、自分が提案しておきながら酷くないですか?」
「いやいや、ご主人は今は毘沙門天代理とはいえ、元は妖獣だろう?妖獣は本能に忠実だからね、すぐ投げ出すのではないかと心配だったんだ」
「だとしたら、これが私の本能なのでしょう。恩人を助けたいという。今も昔も私は本能のまま動いているだけですよ」
「まあ、よく物を失くすところは理知的とは言えないね」
彼女がからかい気味に言う。この旅で彼女とは、上下の関係だけでなく、友人然とした関係を築くことができた。今では、お互い気兼ねなく接することができる。
それから、幾度もの季節が流れた。
「ご主人、朗報だ、毘沙門天様から宝塔を扱う許可が降りた」
彼女が、いつもより高揚しながら帰ってきた。
ナズーリンは私のお目付け役として、定期的に毘沙門天様へ報告に行っている。その度に、宝塔を扱うための許可を求めていたのだが、今回やっと認められたということか。
「おお!ついに!これで聖達を助けに行くことができますね!」
私は長年の思いがようやく報われるのだと、ここ数百年ないほどに歓喜していた。
しかし、彼女の口からは思ってもいなかった言葉が出てきた。
「すまない、ご主人。宝塔だけでは、魔界に行くことはできないそうだ」
申し訳なさそうにそう言った。
「・・・え?」
一瞬、思考が止まる。
「飛倉と呼ばれる物が必要なんだ。魔界へ行くために、とてつもない力を秘めた命蓮寺の秘宝だよ」
飛倉なら知っている。私も何度か目にしたことがある。聖の弟である命蓮の力が込められた神器級の代物だ。だが、それはーーー
「飛倉は聖白蓮の封印に使われ、今は村沙や一輪たちとともに地底に眠っている。彼女らの封印が解けなければ飛倉も手に入れることができない」
目の前が真っ暗になりそうだ。やっと、やっと恩を返すことができる、彼女を、聖を救うことができると思っていた矢先に、新たな難題を突きつけられたのだ。普通ならここで折れてもおかしくない。
だが、彼女は、寅丸星は諦めなかった。
毘沙門天代理として多くの徳を積み、人々の信仰を得た彼女はもはや本当に神と名乗れるほどの力と精神を身につけていた。
「地底に、行きましょう」
決意に満ちた表情でそう言った。今更、引くことなどできるものか。
「だめだ。地底は地上で忌み嫌われた者たちが集う場所。そこには規律も何もなく、荒くれ者たちが好き勝手に跋扈していると聞く。いくらご主人が力をつけたからといって、そんな危険な場所に行って無事でいられるとは思えない」
確かに、地底は無法者たちが住むという。そんなところに行けば、命の保証は無いだろう。だがーー
「この旅は、初めから安全なことなんてなかったでしょう。もともと賭けで始めた旅なんですから、今更危険がどうのだと言うのは不粋というものです。私には力がある。自由に動く事ができる。魔界や地底に封じられて幾百年がたった仲間たちを救うのに、今更、何を恐れるというのでしょう。ナズーリン、お願いです。地底へ行かせてください」
私は全力で懇願する。
ナズーリンは大きなため息をついた。
「やれやれ、しょうがないな、ご主人は。いや、ご主人の頼みを断れない私も同類か。分かったよ、行こう」
こうして、地底へ飛倉を探しに行くことが決まった。