戦闘描写に挑戦してみました。また、キャラが若干増えています。楽しんで頂ければ幸いです。
地底へ続く穴は、妖怪たちの住む山を越えたところにある。
山には、天狗や河童などの妖怪が社会組織を作っている。そのため、彼等は山に入ってくる者にはあまりいい顔をしない。それどころか、問答無用で追い返される場合もある。
地底に行く前でも、安全では無いということか。
山の中腹までついた。ここまでは特に誰とも遭遇していない。
案外、すんなりいけるだろうか。
そんなことを考えていると突然、風が強く吹いた、目の前に天狗が立っている。
「いつまでたっても入山禁止の立て札が見えなかったかしら?」
天狗は優しく問いかける。が、その目はいつでも戦闘態勢に入れるように隙がない。
「待ってくれ、私たちは山を通り抜けたいだけだ。地底に用があるのでね」
ナズーリンが説得を試みる。
「あやややや!?あんなところに行きたいだなんてどうかしてますよ。まともな者がいくところじゃない」
地底、という言葉を聞いたとたん、天狗は驚いた表情を見せ、慌てた様子で言った。
「でしょうね、私たちはだいぶ前からまともではありませんよ」
「いやいや、まともじゃないのはご主人だけだろう」
「えぇ・・・」
相方の突然の裏切りに顔が引き攣る。ここは同調すべきところでは無いだろうか。
「面白い方たちですねぇ。できれば通してあげたいですが、これも規則なのでね」
風が一層強くなる。
「どうしても通りたいというのなら、私を倒して行きなさい。大丈夫、手加減はしますから、全力でかかってきなさい!」
どうやら、戦闘は避けられないようだ。
天狗は右手に持つ団扇を振りかざした。
突風が吹く。と同時に身体に無数の切り傷ができる。
「ご主人、鎌鼬だ!」
鎌鼬、旋風の中に生まれる真空波によって体が切り裂かれる現象だ。
「どうしました?この程度で面食らっているようでは、到底地底では生きていけませんよ!」
鎌鼬の嵐が容赦なく私たちを切りつける。それほど深い傷がないのが救いか。
しかし、このままではジリ貧だ。
「くっ・・そ!天狗風情が調子に乗るな!」
ナズーリンがロッドを構える。このロッドは探索に使われるものだが、戦闘時には魔力弾を射出する媒介になる。
ロッドの先からペンデュラムが出現する。
ペンデュラムが規則的に回転する。そこから無数の小さな弾が発射される。鎌鼬は粒弾とペンデュラムに当たって消えていく。
「ふーむ、少しはやるみたいですね。では、これはどうでしょう」
天狗は団扇を天高く突き上げた。同時に竜巻が発生する。
無茶苦茶な能力だ。こんなのに巻き込まれたらひとたまりもない。
竜巻は5秒ほどで収まった。長い時間は持続しないらしい。再び天狗が団扇を突き上げると、またもや竜巻が発生した。しかも今度はさっきより速い。
迷っている暇はない。やらなければこちらがやられてしまう。
私は独鈷杵を構える。これを回転させ、光線を作り出す。光線に撃ち抜かれた竜巻は一瞬で消滅した。
「おっと、これも凌ぎますか。意外と見所がありますねぇ。では次が最後です。これに耐え切ったら、通り抜けていいですよ!」
言い終わった瞬間、彼女の姿が消えた。
一瞬困惑した。瞬間移動の類か?いや、所々で砂埃が舞っている。これは高速移動だ。天狗は目にも止まらぬ速さで私たちの周りを縦横無尽に移動しているのだ。さらに、天狗は動きながら小さな魔力弾を撃ってきている。こちらは速さこそないが数が多い。
まずい、下手をすると天狗と弾の挟み撃ちでやられてしまう。
「一か八か、試してみましょう」
私は宝塔を掲げた。と、宝塔は眩いばかりの光を放った。宝塔を中心に、光の円が作られる。すると今度はその円から不規則な軌道で光が飛び出す。光線が、不規則な軌道を描きながら辺りに拡散する。
「ええ!?えええ!??」
天狗の声が聞こえる。どうやらこの動き回る光線の軌道を読めずに戸惑っているようだ。
「ちょ、こんなの初見で見切れるわけなーー
ズドン!
不規則な光線の一つが天狗を撃ち抜いたようだ。
天狗は自身の慣性と光線に撃たれた衝撃で明後日の方向へ飛んでいく。
ドカッ!
岩場にぶつかり、天狗の体がその場に落ちる。
「まさか・・・死んでませんよね?」
冷や汗が伝う。天狗の縄張りである山の中で天狗を殺したとあっては一大事だ。地底に行くどころではなくなる。
恐る恐る様子を伺う。
どうやら気絶しているだけのようだ。取り敢えず一安心。
ナズーリンが水を汲んできて、乱暴にぶっかけた。
私怨も混ざっているのだろう。天狗は咳き込みながら目を覚ます。
「ゲホッ、ゴホッ、いやぁひどい目にあいました。まさかあんな奥の手を持っていただなんて・・・」
「約束通り倒したぞ。これで、山を通り抜けていいのだろう?」
「仕方ありません。これも約束ですからね。他の者達には私から口利きしておきましょう」
そういうと、天狗は風とともに颯爽と去っていった。
その後、山の中では何事も無く進むことができた。あの天狗のお陰だろう。少々鼻につくところもあったが、割といい人?なのかもしれない。
地底に続く大穴が見えてきた。
穴は非常に大きい。命蓮寺の本堂が丸々収まるほどだ。そして、底が見えない。石を投げ入れても反響音すら聞こえない。飛べない者が落ちたら悲惨だろう。
私たちは、意を決して飛び降りた。
地底の住民の歓迎はなかなか手荒いものであった。つるべ落としに首を持っていかれかけ、土蜘蛛の巣にかかりそうになり、橋の上を通るときなど、嫉妬の情念が湧き上がり、そこらにいる人に襲い掛かりそうになった。後で知ったが、これも妖怪の仕業だったらしい。旧都では鬼に絡まれ、酒を飲む羽目になってしまった。鬼の酒量は凄まじく、私は二日間寝込むことになった。頭が痛い。
だが、その時に酒に付き合った礼として、地底に詳しい者の情報を手に入れることができた。
地霊殿と呼ばれる屋敷に住む主、名をさとりというらしい。
「地霊殿に行くなら気をつけな。さとりは相手の心を読む能力を持ってるからね。アタシらみたいな奴は大したことないが、アンタは色々抱えてるみたいだからねぇ。ま、機嫌を損ねてトラウマでも弄られなきゃ大丈夫だろう」
二日酔い、いや、三日酔いから醒めた私たちは地霊殿へと向かうことにした。
地霊殿は旧都の奥の方にあるらしい。
広い旧都の中を迷いながらもなんとか地霊殿までたどり着くことができた。なかなかに立派な屋敷である。
どう入ったものかと思案していると、入り口の横に荷車を引いた少女がいた。どうやら彼女はさとりのペットであるらしい。
「さとり様に用事かい?なら、あたいが部屋まで案内してあげるよ」
地底の住人というのは、初対面でも割と寛容らしい。
大層な扉を開け、中に入る。さとり妖怪の住処というだけあって、かなり異様な雰囲気が漂っていた。エントランスには、様々な装飾がなされており、中には形容しがたい奇異なものも混ざっていた。
「この辺にあるのはこいし様の趣味だよ。あまり深く考えない方がいい。あの方の考えは誰にも読めないからね」
こいしというのはさとりの妹らしい。妹がこんなに悪趣味だと少々不安が募る。
エントランスを抜け、廊下を真っ直ぐに進んでいくと、執務室と書かれたドアがある。
私たちを案内してくれた少女ーーお燐というらしいーーお燐は軽くノックして、ドアを開けた。
部屋の中は殺風景で、仕事をするのに最低限のものしか置かれていなかった。
そして、私たちが会いたかった人物は正面のデスクに向かっていた。紫の癖毛が目立ち、水色の服を着ている。体に巻きついている眼が特に印象的だ。
「あら、またお客さんかしら?」
彼女は作業中の書類から目を離さずに言う。
「ええ、実はお聞きしたいことがありましてーー」
「話さなくてもいいわ、貴女の言いたいことは全部わかりますから。ふむ、地底に封じられた飛倉と仲間たちの居場所が知りたいと。どうやら先刻の者たちと違って戦闘の意思はないようね」
驚いた。心を読まれることは知っていたがこうも正確に読まれるとは。
「結構便利なんですよ。この能力。相手の言いたいことも言いたくないことも全部わかりますし、何より言葉を持たない者たちとも会話ができる。他にも、こんなこともできます」
と、彼女のもう一つの眼が閃光を放つ。
「・・ッ!」
あまりの眩しさに目を瞑る。
光が止んだ。目を開けると、そこにはあの日の光景が広がっていた。
封印されゆく仲間たち、それをどうすることもできずに見ている自分。
なんだこれは、私は夢でも見ているのか?だとすれば、随分な悪夢だ。さとりの仕業か?そういえば、トラウマを弄るとか言っていた。
なるほど、私は試されているのかーー
恩人が封印される。私にとってこれ以上ないほど悲痛な光景だ。それでも私は目を背けない。これを乗り越えなければ先はない。一瞬も目を逸らさずに一部始終を見届ける。見届けなければならない。あの時犯した私の罪を。
封印が終わる。と同時に夢から解放される。
「ふむ、トラウマを想起されても毅然としていますね。素晴らしい」
さとりは感心したように言う。
「いえ、お陰で、私の使命を再確認することができました。ありがとうございます」
嘘ではない。本心だ。それ故にさとりは少し驚いた表情を見せた。
「貴女を試したことを謝罪します。半端者に優しくしてあげるほど私はお人好しではないのでね。でも、貴女はどうやら立派な精神をお持ちのようです。いいでしょう。情報を与えます。この地霊殿の裏から行くことのできる灼熱地獄跡へと向かいなさい。そこに貴女の望む物があるはずです」
「ありがとうございます」
「また、困ったことがあればいつでも相談に乗りますよ」
彼女が優しく微笑みながら言う。どうやら、気に入られたようだ。
私たちは地霊殿を裏から抜けて灼熱地獄跡へと向かう。お燐は私がトラウマを見ている間にいなくなっていた。
「全く、いきなり動かなくなるから心配したよ」
「はは、すみません、でも、もう大丈夫です」
「だいたい、ご主人はいろんなものを抱えこみすぎるんだ。鬼との宴会だって、私よりも遥かに呑んでいたじゃないか。少しは私に負担を分けてもいいんだぞ」
少し不満げな声で言う。
「いえ、ナズーリン、貴女はそうやって私の至らないところを指摘してくれる大事な部下であり友なのです。あの時だって、貴女が希望をくれなければ、私はずっと独りで塞ぎ込んだままだったでしょう。私が道を歩き、貴女が導く、それで良いと思うのです」
そう、彼女は優秀な部下であり、大事な友人だ。彼女には何度助けられたか分からない。
「そうかい、ご主人がそれでいいというのなら止めやしないさ」
素っ気ない態度を装っているが、内心嬉しそうなのが分かる。私はそれに笑って応えた。
しばらく歩いていると、周りの温度が急激に上昇した。ここが灼熱地獄跡か。やはり灼熱というだけあって相当な暑さである。
大きな爆発音が聞こえた。どうやら遠くで誰かが戦っているようだ。
ふと周りを見渡すと、ここから少し離れた場所に人影が見えた。まさか、あれはーーー
「一輪!!」
人影はこちらに気がついたようだ。一際大きな影も見える。間違いない、雲山だ。
気持ちが昂ぶる。間違いなく彼女だ。
「星?星じゃないの!なんでここに?」
「一輪たちを探しに来たのですよ。ああ、よかった!どうやら、無事だったようですね」
「まあ無事では無いけど・・・しかし、わざわざ地底まで乗り込んでくるとはねぇ。あんた、前と変わったね。神様らしいよ」
何百年ぶりかの再会に、私も一輪も顔がほころぶ。
と、再び爆発音が響く。
「ああ、そうだ、こうしちゃいられない。星、ナズーリン、向こうで村紗が地底を脱出するための船を用意しているから、急ぎましょう」
村紗も無事なようだ。私は数百年ぶりの再会に思いを馳せながら駆け出す。
「あれ?星?久しぶりね」
村紗は軽い口調で話しかける。数百年も会っていないというのに、相変わらずだ。
「久しぶりどころでは無いと思いますが・・・息災で何よりです。ところで、何をしているのですか?」
「ああ、最近になって、ここらで間欠泉が頻繁に吹き出すんだ。それに乗って、地上へ脱出する計画を立てていたんだ」
村紗たちも封印から逃れるために色々やっていたらしい。
「ちょっと待った、我々は君たちの封印を解く他に、飛倉を探しにきているんだ。それを見つけられないと地上へ戻るわけにはいかない」
ナズーリンが言う。そういえばそうだった。旧友に再会したことですっかり忘れていた。やはり、こういうところで頼りになるのだ。
「ああ、飛倉ね。実は、そいつも間欠泉にもってかれてね、どうやら地上に散らばっちゃったみたいなんだ。今持っているのは船を作った分しかない」
事はそううまく運ばないらしい。再び地上へ戻り、飛倉の破片を探さなければならないようだ。
その時、大きな地響きがした。
「おっと、そろそろだ。さあみんな、聖輦船に乗って!地上に飛び出すよ!」
私たちは船に乗り込んだ。
地鳴りが大きくなる。
と、地面から勢いよく間欠泉が吹き出す。
物凄い衝撃だ。飛倉の力がなければ木っ端微塵になっていただろう。
私たちは地上へ飛び出した。飛倉の破片を見つけ、聖を救うために。