「ここがパリか」
シャンゼリゼ通りの一角で、一夏が辺りを見渡しながら呟いた。
その背後からラウラが声を掛ける。
「嫁よ。余りキョロキョロすると笑われるぞ」
「そうか・・・所で良い加減に嫁って呼ぶのは止めないか?」
「そうは行かん」
一夏の要望を一蹴して、ラウラが一夏に行動を説明する。
「先ずは情報収集だ。デュノア本社はパリ北西のセーヌ川沿いにある。先ずはそこに行ってみよう」
「分かった」
一夏はラウラに返事を返して空を見上げる。
何故この2人がフランスのパリにいるのかと言えば、話は二日程遡る事になる。
「シャルがフランスに帰った!?」
シャルルが教室に来ていない事にクラスがざわめく中で、千冬がシャルルがフランスに帰国したと言った。
いの一番に反応した一夏は、叫びながら立ち上がって身を乗り出す。
「静かにしろ馬鹿者」
千冬の一言を受けた一夏が席に着くと、千冬は少しだけ話すと、本日は実習にするとだけ言い残して職員室へと戻ってしまう。
後に残された生徒達は一斉に話を始め、様々な憶測が飛び交った。
そんな中で、ラウラが一夏に近づいて話し掛ける。
「少し良いか」
「何だ?」
「デュノアの事についてだが、気になる情報が入っている」
「・・・」
「曹長も聞いて欲しい」
「おk」
教室では話せないと言う事で3人は場所を移し、一夏の部屋で話す事になった。
「それで少佐殿、話とは?」
「シャルの事で何か知ってるのか?」
「ああ、コレは本国の私の部下から届いた情報なのだが、近々デュノア社に国連からの査察が入る事になっている」
「国連?」
穏やかでは無い話に、オタクの表情が真剣味を帯びて、ラウラの話に集中する。
一夏は状況が良く分かって居なかったが、友人の事とあって、同じようにラウラの話に耳を傾けた。
「何故、デュノアに査察が?」
オタクが尋ねると、ラウラが説明する。
「以前から有った話なのだが、デュノア社が国際テログループに装備の横流しをしていると言う嫌疑があった。当然デュノア側は否定していて、フランス政府もデュノアの擁護をしていた」
「その話なら聞いた事があるで御座るが・・・結局証拠不十分だったのでは?」
「そうだったのだが、状況が変わったのだ」
「と言うと?」
「2ヶ月前、中東で活動中だったイギリス陸軍空挺部隊が大規模な輸送車列を発見、これを強襲した。その結果、車列からは新品のフランス製兵器が多数発見されて、フランス政府が国連及びEUから突き上げを喰らった」
ラウラの説明は更に続く。
フランス政府はテログループ援助への関与を否定、国内の兵器会社の製品輸出先の一覧を提出すると共に、デュノア社の不正な兵器の密輸に関する情報を提供して、政府への追及を躱す様に動き始めた。
当初は、何処の国も見向きもしなかったフランスの悪あがきだったが、事態が大きく変わる出来事が起こってしまった。
「この前の学年別トーナメント決勝戦。我がドイツの違法なシステムのISへの搭載問題が関係してくる」
VTシステムを不正に搭載していた事が件の大会で露呈してしまうと、ドイツは各国からの非難を浴びて苦境に立たされてしまう。
そんな時に、兵器密輸問題を早期に解決して終わらせようと言うフランスと、汚点払拭を狙うドイツの思惑が重なってしまった。
フランスはデュノア社を生け贄にする事でそれ以上の追求を逃れ、ドイツは国連の査察を主導すると言う事で手柄を立てて名誉挽回を狙っている。
「恐らく、デュノアが帰国したのもこの件に関わっているのだろう」
フランスとドイツの思惑が重なっただけかと思われたこの件には、更にややこしい裏があった。
それは、IS委員会と国連の対立問題である。
IS委員会は国連の下部組織では無く、完全に独立した国際機関なのだが、国連ではこのIS委員会を国連の下部組織としてISを国連の管理下に置きたいと言う考えが有った。
国連がこの様な考えを持つようになるのも、委員会の杜撰な管理態勢や委員会の憲章の有名無実化等によるISの軍事利用に対する懸念から来ている。
国連は、今回のデュノア社の査察でIS委員会に対して管理態勢の不備を始めとした委員会の杜撰さ等を追求して、委員会の権限を奪い取り、最終的には国連に取り込もうと画策している。
もっと言うと、この国連内部でも様々な団体や国の思惑が交差しており、デュノア社はありとあらゆる意味で割を食っている様な状態である。
「それで、ラウラは何が言いたいんだ?」
一夏が結論を求めると、ラウラが口許に笑みを浮かべながら言う。
「デュノアを助けたくは無いか?」
「どう言う事だ?」
「簡単な事だ。ドイツはより良い結果を求めている」
「・・・デュノア社一社のスキャンダルよりもフランス政府のスキャンダルの方がドイツに取って都合が良い。と言う訳で御座るな?」
「そう言う事だ。フランスには、ISコアの分配で煮え湯を呑まされた過去もある」
ドイツの保有するコアの数は10個。
それに対して、フランスは倍の20個を保有しており、他のIS委員会加盟国の中で、EUに加盟する国の中で最も保有数が少ないが、コレはフランスによる働きかけが大きかった。
特に、ドイツ軍はこのフランスによる工作を大変怨んでおり、ドイツ政府とはまた別の思惑でドイツ軍はフランスの更なるスキャンダルと失脚を狙っている。
「私に協力すればデュノアを助ける事が出来るかも知れないぞ?」
ラウラにそう言われた一夏は、直ぐに結論を出す。
「ああ、シャルが助けられるなら何でもするよ。国の事とか良く分かん無いけど、友達を助けるのに理由なんて要らないだろ」
「そう言ってくれると思っていたぞ」
2人が合意して、シャルル救出作戦を立てる事が決まるが、オタクは頷かなかった。
「拙者は少佐殿に協力する訳には行かないで御座る」
「何でだよ!?シャルがどうなっても良いのかよ!」
「まて、嫁よ・・・訳を聞かせてくれ曹長」
オタクに食ってかかる一夏を宥めて、ラウラがオタクに尋ねる。
オタクは、ラウラと一夏を見て答えた。
「拙者は陸上自衛官で御座る。日本の政府に属する人間としては余り勝手な事は出来ないので御座る」
ISと言う兵器を所持した陸上自衛官が他国で活動したとなれば、禁止されている軍事行動とも取られかねず、そうなれば国内での自衛隊への風向きはより強い物になってしまう。
オタクは、ラウラの提案に頷くには余りにも責任のある立場に着いていた。
「まあ、曹長はそう言うだろうと思っていた」
「済まないで御座る」
「いや、止めてくれないだけ良い」
この後、ラウラと一夏は部屋を出てフランスを目指し、オタクは教室へと戻った。
「・・・小田も来れば良かったのにな」
残念そうに一夏が呟くと、ラウラが言葉を返す。
「それは無理だろうな・・・曹長には曹長の立場がある。特に日本軍は厳しい立場だと聞いている」
ここには居ない友人の事を想い、肩を落とす一夏だが、背後からのギターの音色に思わず振り返った。
「パリは良いな~wwwパン固いけどwww」
「小田!」
「曹長!?」
赤いシャツに白いスラックスとジャケット、白いハットを被り黒いネクタイを掛けてギターを弾いてバゲットを頬張る男、明らかに周りのフランス人から不審者を見る目で見詰められている男、オタクの姿が一夏の目に写り込んだ。
「デュフフフwww待たせたなwww」
「な、なんでここに?立場があるからって・・・」
「www事情が変わったので御座るwww」
「事情?」
気になる言葉を口にしたオタクにラウラが尋ねると、オタクは答える。
「自衛隊として、IS委員会から権限が奪われるのは面白くないと言う事で、国連の思惑を邪魔しに来たで御座るwww」
日本のISの半分は自衛隊の所属であり、また、押し付けられたとは言え、IS学園も日本政府の管轄内にある。
もしも、ここで委員会が国連に飲み込まれると、今後の日本国内でのISの管理が自衛隊の手を離れてしまう事になり、そうなると、タダでさえ少ない予算を減額される材料になりかねない。
更に、学園も国連の管理下に移行されてしまい、日本国内に日本の司法の及ばない国連の土地が作られる事になり、日本政府としては決して容認できる様な事では無かった。
「まあ、要するに現状維持が日本的には望ましいので御座るwwwなので、全ての泥をフランス政府に被って貰う為に来たので御座るwww」
「何か・・・大人って汚いな・・・」
「そんな物だ」
ラウラが達観した言葉を吐いた後に、オタクに疑問に思った事を尋ねた。
「所で曹長はどうやって来たんだ?IS所持者が入国すれば直ぐに分かる筈だが」
極秘裏に動く必要の有るオタクだが、普通に入国すればその語気は直ぐにフランス政府の知るところとなり、思ったような活動が出来ないばかりか、何かしらの行動を見せれば、逆に日本がフランスに攻められる立場になってしまう。
ラウラと一夏はドイツの大使館を通じてフランスに入国しており、三日後の国連査察団のドイツからの先遣隊と言う名目で秘密裏に入国した。
この動きはフランス政府及びフランス軍にも伝えられているが、デュノアへの査察だと思っているため監視は非情に緩い。
だが、オタクの場合はその様な方法を取っても、この時期に大使館経由で入っても不信感を煽るだけで意味など無い。
「デュフフフwwwアレを見るで御座るwww」
そう言ってオタクが指を差したのは、近くのカフェに置かれているテレビのニュース映像だ。
「アレは?」
「明日は日本とフランスの首脳会談で御座るwwwその為に総理がフランスに到着した所で御座るwww」
「まさか・・・」
「拙者はここには居るはずの無い人間で御座るwwwそれにしても政府専用機の中は寒かったで御座るwww」
「それって・・・不法入国・・・」
「違うで御座るよwwwタダ箱の中で眠っていたらフランスに来ちゃっただけで御座るwww」
そう言うと、オタクは2人に背を向けて歩き出す。
「何処へ行くのだ?」
「それは秘密で御座るwww取り敢えず着いてきて欲しいで御座るwww」
オタクに言われた2人は黙ってオタクの後に着いて歩き、暫くの間、オタクはシャンゼリゼ通りを進んで凱旋門とエッフェル塔を観光した後、狭い路地に入り込んだ。
「観光はここまでで御座るwww」
「漸くか」
オタクは近くのポストに近づくと、その蓋を開けて中を漁る。
「おい、勝手に人の家のポストを漁るなよ」
「大丈夫で御座るwwwあったwww」
オタクがポストから手を引き抜くと、一通の封筒が掴まれていた。
その封筒を開けると中にはカセットテープが一つだけ入っており、疑問符を浮かべる2人を余所に、オタクは何処からか取り出したラジカセにカセットをセットして再生ボタンを押した。
『おはようオタク君。さて、今回の任務だが、フランス政府の人身御供にされ掛けているデュノア社を救い、国連の野望を打ち砕く事だ。君としても大事な友人のシャルロット・デュノアを助ける事にも繋がるこの任務は望むところだろう。フランス政府は武器の密輸に関して関与を否定しているが、実の所は幾つかの兵器会社と結託して秘密裏に武器を戦場へと流しており、その目的は、フランス国内の雇用の創出と財政の健全化を目指す事だった。その中心となった会社こそがデュノア社だが、当時デュノア社内部では不審な動きが幾つか見られ、CEOアルベール・デュノアの行動に不自然な点が見られた。恐らく、武器の密輸に反対したアルベール氏をフランス政府から送り込まれた役員達と一部の株主によって御飾りのトップにする事で事が露呈した場合の生け贄にするつもりだったようだ。このままでは、国連とフランス政府の考える通りの結果となり、デュノア社は倒産の憂き目に遭うだろう。何とかして君にはその結末を書き換えて欲しい。厳しい任務になるだろうが頼んだ。例によって、君あるいは君の仲間達に何かあっても当局は一切関知しないからそのつもりで。なお、このテープは自動的に消滅する。健闘を祈る』
直後に、カセットから煙が出てラジカセごと燃えた。
「コレは一体何だ?」
「・・・恐らく人首の悪ふざけだろう・・・」
「ミッ○ョン・イン○ッシブル?」
「いや、ス○イ大○戦の方で御座ろう」
若干、年齢層の高そうなネタに戸惑いつつ、3人は今後の行動を決める。
「取り敢えずさっきの話が本当ならばデュノア社は本当の意味での生け贄であり、フランス政府のスキャンダルは計り知れないだろう」
「ドイツ軍としての動きは如何するで御座るか?」
「どうとも言えん・・・恐らくドイツ政府も国連もこの位は掴んでいるだろう」
「じゃあ、なんで本当の事を言わないんだ?」
「真実などどうでも良いのだろうな。ただ自分達の利益を優先して、デュノア社に全てを被せて目的を達成したいだけだろう」
ラウラの言葉を聞いた一夏は、憤りを露わにして拳を固く握る。
そんな一夏を見て、オタクがラウラに問う。
「少佐殿は如何するで御座るか?自国利益優先なら態々面倒くさい事をしなくてもよいで御座ろう?」
「そうだな・・・」
オタクの言葉に、ラウラは少し考えてから言葉を発する。
「確かに、曹長の言うとおりだな・・・」
「ラウラ・・・っ!?」
「だが・・・私が命じられたのはフランス政府の弱味を握る事だ」
「www」
「諜報部の連中と外務省の連中の事など知った事では無い。私は私に命じられた任務を遂行するだけだ」
そう宣言して、ラウラは笑った。
「そうで御座るかwww」
そう言うと、オタクは路地の外へと顔を向ける。
「では、マルセイユへ行くで御座るwww」
「マルセイユ?」
「本社はパリで御座るが、今は蛻の殻で御座るよwwwアルベール氏はマルセイユにいるで御座る」
「何処からそんな情報を?」
「来る前に追加で貰ったで御座るwww」
そう言って、オタクは歩き出した。
2人も後を追って路地から抜け出し、パリの郊外を目指す。
公共交通機関は使用せずにひたすら歩き、人目に付かないパリ郊外の南西の林の辺りに着いた頃には丁度良く日が落ちていた。
「では、ここからは空を進むで御座るよwww」
「でも、バレないか?」
「流石に直線ではいけないで御座るwww」
「そうだな・・・一度ドーバーに出て海岸沿いに南下した後、ボルドーからスペイン国境付近を横断して地中海に出るのはどうだ?」
「異議無しで御座るwww」
「良く分かんねぇけど、それで良いんじゃ無いか?」
「決まりだな」
それから3人は飛び立った。
日の落ちたフランスを超低空で飛び、西のカーンからドーバーに出た。
「ここからは南下する。高度は20m以下だ!」
「そんなに低く飛ぶのかよ!」
「念には念をで御座るwww」
非常にサイズの小さいISではあるが、それでもレーダーに探知されるリスクを少しでも抑えるために常識外れな低高度を飛行する。
20mと言うと、アリーナ内での模擬戦ならば低いと言う程では無いのだが、音速に迫る速度で飛行する外の世界では僅かなミスで海面に叩きつけられる高度である。
「それにしても。あのテープはとんでもない間違いをしていたで御座るなwww
」
「間違い?」
「シャルル氏の事をシャルロットって言っていたで御座るwww幾らシャルル氏が可愛くてもアレはひどいで御座るよwww」
「そ、そうだな」
未だ真実を知らない友人に話すべきか否か迷いながら、一夏は夜の海を飛んだ。