一夏の友人は常識人の夢を見る   作:hggj

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第二十三話

 実の所、鈴は別に正気を失ってなどいなかった。

 確かにゲームにドハマリした挙げ句大量にカードを買い漁って課金しまくったのも事実だが、一度気を失った辺りで正気には戻っており、一夏の言っている事も確りと聞いていた。

 だが、更生のために一夏が常に側に居ると言う非常に都合の良い状況に鈴は歓喜して、更に長い時間一夏と過ごしたいと思った。

 その結果、鈴は正気を失った振りをして一夏の心配を利用した。

 要するに三味線弾いているのである。

 

「鈴!眼を覚ましてくれ!!」

 

 真剣な表情で自分に呼び掛ける一夏を間近で見ると鈴の頭は沸騰しそうなほどに興奮した。

 

(ふおっ!ふおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!キタキタキタ!!!キタコレッー!!!!!!)

 

「鈴っ!!」

 

 もっと呼んで欲しい。

 もっと自分の事を想って欲しい。

 もっと自分の近くにいて欲しい。

 そんな思いが鈴を狂わせ、一夏を独占しようという欲望を掻き立てて鈴を突き動かした。

 

「カードを寄越しなさいよ!!なあっ!!持ってるんだろカードをぉおお!!なあ!!」(ハアハアハア!!いいよぉおお!!一夏の真面目な顔良いよぉお!!)

 

 鈴の欲望に塗れた頭脳は、出来る限り一夏の思考を自分に向けようと全力を振り絞り、絶妙な力の配分で一夏に負けず勝たずの距離感を保ち続けた。

 そうする事で一夏の真面目で端正な表情を間近に見続けたいと言う、鈴の爛れた思考故の事だった。

 

「くそっ!如何すれば鈴は元に戻るんだ!!」

 

「課金課金課金課金課金課金課金課金課金課金課金課金!!」(はあああああああああ!!!一夏が!!一夏が私の事をおおおおおおお!!!おほおおおおおおおおおおお!!!!)

 

 今この瞬間、鈴は幸福の絶頂に立っていた。

 愛する男に最も想われていると言う自負と、その男とこれ程までに近づく事が出来ていると言う事実が鈴の脳髄から快楽物質を多量に分泌させた。

 

「一夏ぁ!!」

 

 しかし、そんな鈴の至福の邪魔をする者が現れた。

 

「シャル!!来てくれたのか!!」

 

「うん。タクに言われたんだ」

 

 シャルロットの到着により、鈴は戦力的な劣勢に立たされた。

 だが、本人に取ってはそんな事はほんの些細な事でしか無かった。

 

「ふしゅううううううううう!!!」(なによなによ!!一夏の奴!!あんなポッと出の子にデレデレしてぇ!!!)

 

 男だと思っていれば実は女で、しかも一夏と暫く同室で過ごした挙げ句、オタクを除けば一番中が良いと言われるシャルロットに鈴は強い敵意を抱いた。

 最も栄冠に近い位置にいる女、最も一夏から信頼されている異性、スタイル、容姿、性格、実力、何もかもが他の女性陣とは比べるべくも無く高く纏まった最強の敵。

 シャルロットは鈴にとっては一夏を勝ち取る上で最も大きな障害だった。

 

「行くよ一夏!」

 

「おう!」

 

「コロスコロスコロスコロスコロス!!!!」

 

 鈴は攻撃の対象を一夏からシャルロットに移す。

 

 一夏との触れあいよりも大敵の排除を鈴は優先したのだ。

 

「はああああああ!!」

 

 甲龍は衝撃砲と青竜刀を基本装備とした近中距での格闘戦主体の機体で、中遠距離での射撃戦を基本にするラファールとの相性はそれ程良くない。

 距離を取り続けようとする射撃主体のラファールに対して、甲龍は衝撃砲で応戦しつつ距離を詰めて接近戦に持ち込むのがセオリーになるが、シャルロット程の腕前なら、そう易々と近寄らせるような事は無いだろう。

 しかし、幾らカスタムされているとは言ってもラファールは第二世代の量産機であり、単純なスペックでは甲龍に対して一枚劣る。

 機体のスペック事態は甲龍が勝るのだから、そのスペックでゴリ押せばシャルロットのラファールに無理矢理近づくと言うのも無理な話では無く、また、鈴とて国家代表の候補生に上がる程度の実力はあるのだ。

 機体の性能で勝るのならば多少の実力差を覆す事も難しくは無い。

 

「潰す潰す潰す潰す潰す!!!!」(潰す潰す潰す潰す潰す!!!!)

 

 叫びながら、シャルロットに対して衝撃砲を連射する。

 久し振りに言動と思考が一致した瞬間だ。

 

「っ!」

 

 鈴の砲撃は当たりこそしなかった物の、周囲に着弾してシャルロットの動きを制限し、更には巻き起こった土煙が煙幕の役目も買った。

 この僅かな隙に乗じて、鈴は双天牙月を振りかざして一気にシャルロットに詰め寄った。

 

「シャルっ!!」

 

 一夏が叫ぶ。

 しかし、無情にもシャルロットに鈴の攻撃に対応する様な猶予は無く、精々、持っている銃をかざして衝撃に備えるしか無かった。

 

「きゃあああああ!!!」

 

 衝撃は予想以上に大きく強かった。

 ショットガンをかざして何とか受けようとしたシャルロットだったが、鈴の振り下ろした青竜刀はその守りを容易く打ち破り、ラファールの障壁に大きな打撃を与えて、シャルロットを吹き飛ばした。

 

「まだまだぁ!!」

 

 完全に体勢を崩したシャルロットに、更に鈴が追撃を掛ける。

 

「させるか!!」

 

 一夏は、シャルロットを助けるために鈴に向けて斬り掛かるが、その程度で止まる鈴ではなかった。

 

「甘いわぁっ!!」

 

 一夏の振るう雪片が鈴に届くよりも先に、鈴は、一夏に衝撃砲の砲口を向けて放った。

 

「ぐあっ!!」

 

 予備動作も兆候も無い不可視の砲撃は、鈴に近付こうとした一夏を容易く叩き落とし、邪魔する者の居なくなった鈴はそのままシャルロットに迫る。

 

「っ!」

 

 あと一歩、あと、ほんの僅かな距離に迫った鈴は、突如としてシャルロットから離れるように後に跳んだ。

 その次の瞬間には、鈴がいた付近の地面が爆ぜて小さいながらもクレーターが出来ている。

 

『済まない外した様だ』

 

「ラウラか!」

 

 果たしてどの様なメカニズムなのか、鈴は動物的な勘でラウラの砲撃を寸でで躱し、分が悪いと見て一旦その場を離れた。

 その隙にラウラがシャルロットと一夏に合流し、ラウラにシャルロットが礼を述べた。

 

「ありがとうラウラ」

 

「いや、此方こそ遅れてすまない。装備の換装に手間取った」

 

 直前の訓練の為に装備を降ろしていたラウラは、その装備の換装のためにシャルロットに遅れて到着した。

 

「小田は?」

 

 一夏はここには来ていないもう一人の姿を探してラウラに尋ねた。

 

「曹長はオルコットを呼びに行くと言っていた。同人誌の読み比べをしているから少し遅れるかも知れないと言っていた」

 このラウラの言葉の通り、オタクは友人の貴腐人達との寄り合いに参加していたセシリアの説得に時間が掛かっていた。

 

「って事は三人で相手しなきゃいけないって事か」

 

 正直に言えば、一夏は鈴がこれ程厄介な相手になるとは思っておらず、シャルロットもラウラも、何処か彼女を見くびっている節があった。

 だが、今この段に置いて、三人は鈴の実力に対する考えを修正せざるを得なかった。

 彼女は間違いなく強敵として今の三人に立ちはだかっている。

 

「取り敢えず鈴を探そう。このままじゃ鈴が職員室に突っ込んじまう」

 

 そう言った一夏の言葉に二人は頷き、三人は間隔を空けた逆三角形を作って鈴を探す。

 前衛を一夏とシャルロットが務め、ラウラが後方から火力支援を行う体勢で動き、微かな痕跡も逃すまいと一夏は神経を研ぎ澄ませた。

 

「何処だ・・・何処に居るんだ・・・!」

 

 そう呟きながら校舎の角に近付いた瞬間、一夏の右側の校舎の壁が爆ぜて鈴が姿を現した。

 

「なにっ!?」

 

 突然の事に一夏の身体が硬直し、また、跳んできたコンクリートの破片が一夏の動きを阻害し、それを狙い澄ましたかの様に鈴が青竜刀で斬り付ける。

 

「っぐおぉおお!!」

 

 持ち前の反射神経の良さ故に、何とか雪片で受ける事が出来た一夏だったが、そのまま鍔迫り合いに入ると、勢いと力の差で押し切られてしまう。

 地面に背中を着けて雪片を構える一夏は尚も圧力を増す鈴に何とか抵抗を試みるが、如何せん体勢が悪く身体を動かす事もままならなかった。

 

「一夏っ!!」

 

 一番最初にに反応したのはシャルロットだった。

 

 彼女は、鈴が姿を現した時点で手に持っていたショットガンを構えるが引き金を引く事は出来なかった。

 何故ならば、鈴と一夏が余りにも密着しすぎており、このまま撃てば一夏にも当たってしまう。

 シャルロットは味方への誤射を恐れて撃つことが出来なかった。

 そして、それはラウラも同じだった。

 彼女の強力なレールキャノンでは、間違いなく一夏にも被害を与えてしまうため支援が出来ないでいた。

 

(ふおおおおおおおおおおお!!!!一夏ぁっ!!一夏がこんなに近くにぃぃぃいいいい!!!)

 

「クソっ!!正気に戻れ鈴!!」

 

(ハアハアハア、一夏の真面目な表情!!一夏の焦った表情!!良い!!ベネ!!ディ・モールトベネ!!!!)

 

 鈴は敢えてそれ以上は圧さなかった。

 

 圧倒的に優位に立ちながらも、決して一夏を完全に制圧する様な事はせず、普段は見られない一夏の表情を間近で舐め回すように視姦した。

 そんな、鈴に取っての至福は何時までも続くわけでは無かった。

 

「一夏!」

 

「嫁ぇ!!」

 

 一拍遅れながらも、シャルロットとラウラが近づいてきて鈴を取り抑えようとする。

 それを察知した鈴は直ぐに体勢を入れ替えて一夏を引き起こした。

 

「うおっ!!?」

 

「なあ!!?」

 

 一夏を引き起こした鈴はその勢いを利用して、迫ってくるラウラに一夏をぶつけると、直ぐにシャルロットに向いた。

 

「チェストオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 近接を得意とする鈴に自分から近づいていたシャルロットはまたしても、鈴の得意な土俵での戦いを強いられる。

 

「くっ!!」

 

 凄まじい力で振るわれた双天牙月は、シャルロットの格闘能力では防ぎようは無く、申し訳程度に構えられたナイフも容易くへし折られて、再びシャルロットは衝撃を受ける事になった。

 

「きゃあああ!!」

 

「シャル!!」

 

「もう一度ぉおおおお!!!」

 

 鈴がシャルロットに追撃を掛ける。

 一撃一撃が重い鈴の攻撃をこれ以上受ければ、シャルロットは戦闘不能に陥る可能性が高く、しかし、この場で鈴の攻撃を防ぐ術も躱す余地も助ける方法も無かった。

 

「っ!!」

 

 シャルロットは衝撃に備えて身を固め、目を瞑った。

 

「・・・?」

 

 しかし、幾ら時間が経ってもシャルロットを襲うはずの衝撃は無く、恐る恐る目を開いた。

 

「・・・タク・・・?」

 

「私は豚では無い」

 

 シャルロットの呟きは直ぐに否定された。

 そして、シャルロットは自身を助けた人物の正しい名前を呼ぶ。

 

「箒?」

 

 彼女の言った通り、シャルロットを助けたのは打鉄を纏った箒だった。

 箒は刀を構えて鈴と鍔迫り合いをしながら言う。

 

「豚に頼まれてな・・・奴の言う事を聞くのは癪に障るが、こうなってはそうも言ってはいられん」

 

 そう言うと、箒は目の前の鈴に向かって叫ぶ。

 

「おい!凰!貴様好い加減にしろ!!依ってたかってチヤホヤされるからと言って甘えるな!!」

 

「あああああん!!!?」

 

 箒は鈴を弾いて距離を離すと、更に続けて言う。

 

「好い加減に下手な芝居は止めろ。お前は端から正気のままだろうが!」

 

「ええっ!!?」

 

 一夏の驚く声を余所に、鈴は箒に向かって言い返しながら斬り掛かる。

 

「だったら何だって言うのよ!!」

 

「人の厚意を食い物にする様な事はするなと言っているんだ!!」

 

 箒も鈴の言葉に真っ向から返して切り結んだ。

 重厚な青竜刀の一撃を流れる様に受け流すと、返す刀で反撃に転じる。

 

「アンタに何が分かるって言うのよ!!何時も何時も一夏の近くにいて!!私の気持ちなんてこれっぽっちも分からないクセに!!」

 

 鈴も、箒からの剣戟を巧みな機体操作でいなし、再び嵐の様な連撃で箒を圧倒しようとするが、それに対しても箒は刀で受けて流す。

 

「知った事か!!人の気持ちなど言われても分からんわ!!」

 

 互いに言葉をぶつけ合いながら手にした刀を振るい、激しい心情を吐き出す。

 

「アンタ達は何時も一夏の近くにいて!!何時も一夏と楽しそうにして!!私だって一夏と一緒に居たいわよ!!」

 

「それはお互い様だ!!お前の方こそ私の知らない一夏を知っている!!私も一夏と一緒に学校に通いたかったぞ!!!」

 

「アンタが勝手にいなくなったんでしょうが!!」

 

「アレは姉さんの所為だ!!私は望んでいない!!」

 

「関係ないわよ!!!」

 

 他の三人をそっちのけにして、鈴と箒の戦いは激しさを増しながら、最早、二人の個人的な対立の様相を呈し、鈴も周りの事など一切考えずに目の前の箒に食ってかかる。

 一体如何したものかと二人を黙って見詰めるしか無かった三人の後から、新たな人物が現れた。

 

「あっ!」

 

「千冬姉!」

 

 誰有ろう、名実共に人類最強を叫ばれる人物、本物の霊長類最強の織斑千冬が現れたのだ。

 

「間に合ったで御座るな」

 

「タク!」

 

 千冬に続いて、オタクも現れて三人に並ぶ。

 

「セシリアは如何したんだ?」

 

「オルコット氏は結局連れて来れなかったで御座るwww遅すぎたんだ腐ってやがるwww」

 

「どう言う事だ?」

 

「分からないなら知らない方が良いで御座るよ・・・」

 

 などと話している内に争う二人に対して千冬が声を掛ける。

 

「好い加減にやめんか馬鹿共」

 

 普段ならばこの一言で即座に動きを止めるのだが、今回ばかりは違っていた。

 

「五月蠅い!!」

 

「口出ししないで!!」

 

 周りの見えていない二人はあろう事か、千冬に対して恐ろしい口調で言い返してしまった。

 

「あっ・・・」

 

「あ~あ・・・」

 

 ほぼ同時に一夏とオタクが声を上げて目を覆い、その直後には、重々しい打撃音が二つ続けて響いた。

 

「御願いしているんじゃ無い。命令だ」

 

 静かに、しかし重々しい迫力を伴って千冬が再び口にすると、地面に倒れた二人は黙って機体を解除した。

 

「流石世界最強・・・素手でISを倒すとは」

 

「チフユ・チフユ」

 

 一夏とオタクが静かに呟くと同時に、この事件は静かに終わりを迎えた。

 全員が反省文の提出を言い渡され、鈴は追加で千冬による対面の面談と指導が行われ、オタクは顔面に胴回し回転蹴り喰らった。

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