「諸君、私は御飯が大好きだ」
オタクが口を開いた。
場にいる全員が息を呑むほどに言い知れぬ迫力をたたえて、オタクが言葉を紡ぎ出した。
そしてその言葉は更に続く。
誰もオタクを止める事は出来なかった。
「諸君!私は御飯が好きだ!」
「諸君!私は御飯が大好きだ!」
「・・・っ!」
オタクの声色が僅かに変わる。
嬉々満面の声は、まるで悪魔の声のように耳の奥の鼓膜を震わせ、無意識にからだを強張らせた。
「白飯が好きだ」
「玄米が好きだ」
「麦飯が好きだ」
「五穀米が好きだ」
「古代米が好きだ」
「炊き込み御飯が好きだ」
「混ぜ御飯が好きだ」
「おかゆが好きだ」
「インディカ米が好きだ!」
羅列する言葉は何故か込めに関することであるが、それでも、誰も言葉を発する事無く、ただオタクの声に意識を向け続けた。
「平原で、街道で、塹壕で、草原で、凍土で、砂漠で、海上で、空中で、泥中で、湿原で」
「この世の中で食べることの出来るありとあらゆる御飯が大好きだ」
オタクは一拍置いた。
それまでの流れを一度断ち切り、ゆっくりと静かに息を吸い込んでから、そして口を開いた
「整然と列べられた釜の蓋を開け、湯気を上げる炊きたての御飯が好きだ」
「釜から巻き上がった湯気が、覗き込んだ自分の顔を覆う時など心が躍る!」
つい先日、不思議の扉を開けたばかりの一夏は、オタクの言葉を聞いて、その情景を思い浮かべた。
そして、それは確かに心の躍る瞬間では無いかと納得し、自身の腹の虫が蠢くのを自覚した。
「定食屋の出す特盛りの山の様な白飯が、無謀な挑戦者を撃破するのが好きだ」
「歓声を上げて挑戦メニューに挑み掛かったバカが、大量の白米を前にして薙ぎ倒された時など胸が空くような気持ちだった」
尚、言っている本人は確りと完食する模様。
「轡を並べた体育会系の集団が、恒例の早食い大会で店を蹂躙するのが好きだ」
「恐慌状態の新入部員が、息絶え絶えになってお櫃の飯を何度も何度もかき込む様など感動すら覚える」
「小食過ぎる後輩達を気絶するまで食わせ続ける様など、もうたまらない!」
「泣き叫ぶ店員達が、私の振り上げた掌と共に、金切り声を上げるホールスタッフの注文に、バタバタと薙ぎ倒されるのも最高だ!」
一夏は思い出す。
以前にオタクと共に入ったファミレスで、オタクの度重なる注文に疲弊する店員の様を思い出す。
昼前に入ったのにもかかわらず、厨房はフル稼働だった。
「哀れな商店街が、雑多な大盛りメニューで健気にも話題作りをしているのを、友人の特科施設普通科を連れて区画毎食い尽くしてやった時など、絶頂を覚える!」
想像に難くない。
下手な大盛りメニューでは余り話題にならず、その上、採算も取れずに返って損するだけである。
そんな所に、腹を空かせた獣の群れが入ればどうなるのか、余りにも容易に想像が着く。
「炊きすぎた御飯で滅茶苦茶になるのが好きだ」
「必死に食べるはずだった御飯が、時間が経ってカピカピになって行く様は、とてもとても悲しいものだ・・・」
オタクは顔を伏せ、目尻と眉を提げて悲しみの表情を見せる。
その顔は、まるで嘗て本当にあった事を想いだしているかのようだ。
「店の無茶ぶりの物量に押し潰されて降参するのが好きだ」
「ゲボを堪えて害虫の様に地ベタを這い回るのは屈辱の極みだ・・・っ!」
オタクの顔に深く歪な皺が刻まれる。
そこから、オタクは、今度は問い掛けるように、一夏達に向かって言う。
「諸君、私は食事を地獄のような食事を望んでいる」
一体地獄のような食事とは何なのか、それを突っ込む物は誰も居ない。
それを良いことに、オタクは続けて言う。
「諸君、私に付き従うクラスメイト諸君、君達は何を望んでいる?更なる食事を望むか?情け容赦の無い糞のような食事を望むか?鉄風雷火の限りを尽くし、三千世界の全てを食い尽くす嵐のような闘争を望むか?」
その瞬間、一夏は思わず立ち上がって叫んでしまった。
「クリーク!!」
「よ、嫁!?」
一夏の凶行に真っ先に反応したのはラウラだった。
それもその筈だ、突然立ち上がった科と思ったら、戦争と叫ぶのだから、ドイツ人であるラウラが驚かない筈が無い。
その上、タブーとされている右手を真っ直ぐに掲げるナチス式の敬礼までやっているのだから、ラウラのみならず、欧州出身のセシリアとシャルロットも面食らった。
それでも、一夏は続けた。
「クリーク!!クリーク!!クリーク!!」
そんな一夏を見て、オタクは口許を歪めて微笑みながら言った。
「よろしい。ならばクリー「いい加減にせんか馬鹿者!!」」
その瞬間、今まさに、オタクの脳天に、満身の力を込めた握り拳が振り下ろされた。
「全く、貴様は最近は大人しくなったかと思っていたが・・・何をやっている」
「うごごごごごご・・・!!」
まるで催眠術から解かれた様に、オタクが倒れると同時に、生徒が一斉に溜息を吐いて身体から力を抜いた。
「織斑!!」
「はい!!」
「貴様も同罪だ!この馬鹿者め!!」
頭を抑えて転げ回るオタクと同様に、一夏も、直ぐにその後を追う事に成った。
千冬の振り下ろした拳は、一夏とオタクの二人を確実に仕留め、二人は揃って床を転げて埃まみれになる。
「まったく貴様は、良くもまあ、そこまで巫山戯られる」
「デュフフフwwwサーセンwww」
さて、この男、オタクがここまでテンションが上がっているのには訳がある。
それは、今日の授業が家庭科の調理実習だからだ。
「デュフフフwww楽しみで御座るwww」
「・・・」
未来のIS操縦者を育む学園とは言え、一応日本の高等学校で行われるカリキュラムは最低限実施する事になっており、家庭科もその例に漏れに。
だが、この学園に来る様な生徒と言えば、大概は運動なり勉学なりに心血を注いできたエリートばかりで、もっと言うのならば、普通科目重視の進学校出身者が殆どである。
その為、趣味でも無い限り、料理を得意とする生徒は非常に少ない。
「ハッキリ言おう・・・私も人の事を言えた物では無いが、料理は覚えておかないと後悔する」
珍しく語気を弱く生徒に向かって語りかける千冬は、何か、過去の苦い経験を思い出している様だ。
「千冬姉・・・」
「何があったので御座るかwww?」
「・・・実は、千冬姉・・・昔、電子レンジでゆで卵作ろうとしたんだ」
「おっふ・・・それは・・・」
「あの時は凄かった・・・」
気になる人は水蒸気爆発で調べてみよう。
「・・・と言うわけで、本日は山田先生の指導の下で授業を行う」
そう言うと千冬は下がり、エプロンの良く似合う山田真耶が授業の説明を始める。
「えーと、本日作るものですが、欧米出身の生徒も多いので、洋食をメインにしたいと思います」
本日のメニューは、仔牛の煮込み、ペパロニのピザ、猪のステーキである。
「真耶氏・・・」
「何です?」
何処かで聞いた事のあるメニューに、オタクは珍しく目眩を覚えるが、他の生徒達は対して不思議には思わなかった。
唯一疑問を抱かれたのは、何故猪なのかと言う点だが、近年のジビエブームを考えると、奇抜と言うほどでは無いらしい。
「猪なんて初めてだな」
「そうで御座るな・・・」
果たして突っ込むべきか否か、オタクは激しく迷いながら授業に挑んだ。
「それでは始めます」
真耶の宣言と共に始まった調理実習は、割と恙無く進み、途中、何処かの班がピザのトッピングにジャーマンソーセージを使ったり、仔牛の煮込みに蜂蜜を入れていたり、オタクの処理能力を大幅に超える事態に発展していた。
その結果、オタクは考えるのを止めた。
「www」
「曹長」
「www、www」
「曹長!」
「悪いなラウラ、小田は死ぬほど疲れてるんだ」
「そうか・・・では嫁で良い」
「なんだ?」
思考停止して食器を洗うだけの機械になったオタクを余所に、ラウラは一夏に何か相談を始めるようだ。
再び一人になって草を生やし続ける、オタクに新たに声が掛けられた。
「ねえタク」
「www」
「タク?」
「www」
「もう・・・」
シャルロットは、呼び掛けても応じないオタクに業を煮やし、思い掛けない行動に出た。
「えい!」
可愛らしいかけ声と共に、シャルロットは、一度オタクの頭を殴ってみた。
「・・・はっ!拙者は一体・・・」
「この手に限るね」
漸く再起動したオタクは僅かに頭に痛みが残るのを感じた。
しかし、それは恐らく千冬に殴られた時のせいだろうと決め付けると、自分に呼び掛けているシャルロットに応じる。
「何か様で御座るか?デュノア氏」
「う、うん・・・その、ちょっと味を見て欲しくて・・・」
「いいで御座るよwww」
快く、シャルロットの頼みを聞いたオタクは、早速シャルロットの班で作っていた仔牛の煮込みを味見してみる。
「仔牛の煮込みが死ぬほど食いたかったんだよwww」
「半年も真面な御飯を食べてなかったんだね」
悲報、シャルロット・デュノア、ニコ厨の可能性浮上のお報せ。
「では・・・頂きます」
「うん。お上がりよ」
味は言うまでも無いが、敢えて言うのならばオタクには評価A以上を与える権限が無いと言う事だ。
この日の午前中の授業は調理実習だけで終わり、午後からは普通授業だけだった。
何のことは無い普通の日常を過ごして、それから一夏達は放課後の自主トレを始める。
本来ならば、オタクもそこに混じるのだが、今は、オタクのダンボールが修理中のため参加できず、暇を持て余している。
「・・・如何すっかな」
何時ものベンチで黄昏れているオタクは、ふと口許が寂しくなって懐に手を伸ばす。
買ったばかりのラッキーストライクを取りだして封を開けると、一本を抜いて口にくわえる。
そして、愛用のジッポーを取り出そうと懐を探っていると、横から火の着いたマッチが差し出された。
「?・・・悪いな。助かる」
一瞬、不思議に思うが、オタクは一言返してからタバコに火を着けた。
「ありがとよ」
『いいや、どういたしまして』
「・・・ふう」
『良い吸いっぷりだな』
「ああ・・・アンタ誰だ?」
漸く、オタクは隣に座っていた人物に尋ねた。
何気なく、反応していたが、相手は日本語を喋ってはいない。
オタクが尋ねると、隣の人物は自身もタバコを取り出して口にくわえて火を着けた。
「クラリッサ・ハルフォーフ大尉、ドイツ連邦陸軍特殊作戦師団第31空挺旅団シュバルツェハーゼ所属だ」
「日本国陸上自衛隊陸上総隊中央即応連隊所属、小田宅陸曹長であります」
堅苦しい挨拶を交わしては居るが、二人ともベンチに座って背をもたれ、口にタバコを咥えている。
「・・・で、大尉殿は何しに来たので御座るか」
「私に対してキャラ付けは必要か?」
「いや、何となく・・・で御座る」
相当なグダグダ加減の二人が、真面に話を始めるのは、この数分後に咥えていたタバコを吸い終わる頃だった。