「はあ~疲れた・・・ったく、千冬姉め、何の証拠もなく二時間も説教しやがって・・・」
姉による折檻にくたびれた一夏は、ぼやきながら自室に入るなり、さっさとシャワールームに入る。
余程疲れていたのか、惨状と言うほか無い有様のベッドルームには一切目をくれず、何も異変に気が付く事も無くシャワーを浴びる。
そして、普段は烏の行水の一夏には珍しく、十五分程経ってから漸くシャワールームから出てくると、腰にタオルを巻いた状態でベッドに向かった。
「スゲー疲れた・・・」
良く見れば一夏の目の周りは微妙に窪んで黒く隈が出ている。
この後、この疲労も何もかもが吹き飛ぶような事が起きる。
と言うよりも既に起きている。
「ん?」
一夏は見てしまった。
自分のベッドの上に広げられた自分の秘蔵のコレクションを見てしまった。
「えっ?」
余りのことに一夏は一瞬気を失った様に硬直し、混乱する頭でベッドに広げられた本の中から一冊を手に取った。
「ええええ?」
紛れもなく自分の物だと断言できるその本が、何故ベッドの上に、それも、一冊だけではなく隠されていた筈の物が全て晒し出されて居るのか、一夏は余りの事態に困惑して声を上げることしか出来なかった。
その行動が、本人の明暗を分けるとも知らずに。
「入るぞ」
唐突に、一夏の背後で扉が開かれて姉である千冬が入ってくる。
「伝え忘れていた事が・・・」
「・・・千冬姉?」
言葉を掛けながら一夏に近付く千冬に、一夏の首が錆び付いたようにゆっくりと向く。
そして、千冬は、その優れた観察力を駆使して一夏の手に有る物を確認し、それからベッドの上に散乱している物を認識した。
「ち、千冬姉・・・違うんだ。コレは違うんだ」
「ほう・・・説明して見ろ」
一夏は本能的に悟っていた。
この姉に対しては如何なる弁明も通じず、釈明は完全なる無駄であると。
しかし、それでも一夏は口を開く。
無駄と分かっていても、無謀と悟っていても、一夏は目の前の偉大なる姉に立ち向かうしか無かった。
「・・・千冬姉。コレは」
「コレは?」
「・・・忍者の仕業なんだ」
「ハイクを詠め」
「アイエエエエエエエエエエエ!!」
慈悲は無い。
「一夏君すまない・・・」
何処からか聞こえてきた断末魔の叫びを聞いたオタクは、空に向かって一礼して侘びた。
恐らくは今頃、一夏は姉による折檻の第二ラウンドを受けている事だろう。
その原因を自分が作ってしまって事は間違いようのない事であり、年下の友人に対しては申し訳ない気持ちで一杯だった。
「さ、着いたわ」
そんなオタクの心中を知ってか知らずか、本音がある一室の前で立ち止まってオタクに告げる。
「今更だが、何時もみたいには喋らないんだな」
「当たり前でしょ。あんな馬鹿みたいな喋り方をする人間が実在するわけが無いじゃ無い」
「お、おう」
「入るわよ」
オタクが面食らって居るのを尻目に、本音は扉を叩いて室内へと入る。
「失礼します。小田宅を連れてきました」
あの衝撃の邂逅から暫くして、オタクは本音の案内によって生徒会室に連れて来られた。
「ほら、貴方も入りなさい」
本音に促されて、続いて生徒会室に入室するオタク。
だが、その室内に入ったオタクは再び面食らうことになる。
「初めましてかしら?良く来たわね」
短めの髪に小柄な身体の女生徒に迎え入れられたオタクは、取り敢えず会釈をする。
「そんな挨拶なんてしなくても大丈夫よ」
「・・・」
言われるまま、オタクは顔を上げた。
「初めまして小田宅さん」
「・・・」
「?」
「・・・一つ聞いても良いか?」
「何かしら?」
「この部屋のインテリアは・・・君の趣味か?」
「ええそうよ。素敵でしょ?」
生徒会室の室内は凡そ八畳ほどで、部屋の中には高級感溢れる執務机が奥に一つ備えられ、その前に向かい合うようにデスクが置かれている。
そこまでは普通の生徒会室と行った風な内装で、執務机の左側には校旗が立てられているのも実にそれらしい。
だが、それ以外の物が明らかに異質さを醸し出している。
「ここは何時からソ連になったんだ・・・」
まず、目を引くのは執務机の直ぐ後に飾られた巨大な書記長の肖像画だ。
ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチェ・ジョガシヴィリの威風堂々たるご尊顔が描かれた縦2m横1.5m程もある巨大な肖像画だ。
そして、更に良く見回してみると、部屋の右側の壁には他の歴代書記長の肖像画も飾られて降り、校旗の隣にも赤旗が立てられている。
「人類史上最も偉大な方よ」
そう言い放つ生徒会長の目は酷く澱んでいるように、オタクには見えた。
「まあ、座りなさい」
「いや・・・遠慮させて貰いたい。と言うか早く帰りたい」
「良いから、ゆっくりしていきなさい」
「いや、えんry」
「座りなさい」
「いy」
「跪きなさい」
幾ら行っても座ろうとしないオタクに対して、段々と彼女の態度も高圧的な物に変じていく。
「・・・いやry」
「跪け!」
「・・・」
オタクは無言でその場で跪いた。
「改めて自己紹介をしましょう。私がこのIS学園の生徒会長。更識楯無よ。よろしくね」
「・・・」
「さて・・・貴方とは何時かお話をしなければいけないと思っていた所だったのよ?」
「・・・」
「まあ、取り敢えずお茶でも呑んで落ち着きましょうか・・・虚、用意を御願い」
「Дах」
「ん?なんて?」
それまで、楯無の背後に控えていた女生徒が、随分と厳めしい声色で一言答える。
思わずオタクが尋ねると本音が答えた。
「ロシア語ではいって意味の言葉よ」
「いや、それは分かるが、何故ロシア語?」
「お嬢様の趣味」
行っている間に、オタクと楯無の前に紅茶が出された。
「ロシアンティーって奴か・・・」
「ええ、お茶は良い物を用意させているわ」
そう言って、楯無はジャムをスプーンですくってカップに落とす。
その様子を見ながら、オタクはスプーンでジャムをすくうと、そのまま口に運んで舐めた。
「何その飲み方?」
本音がオタクの飲み方を怪訝な眼で見て咎めると、オタクは何の不思議も無い様に答える。
「ロシアンティーだろ?」
「ジャムは紅茶に溶く物でしょう?」
「それはウクライナかポーランドのやり方だ」
通常、ロシアンティーと呼ばれる飲み方は、濃いめに煮出した紅茶をジャムを直になめながら呑むのが基本的な方法で有り、日本において広まっているジャムを溶かす飲み方はロシアでは余りやる人はいない。
主にウクライナやポーランドではこのジャムを溶かす方法で呑む人が居るそうだが、ロシアンティーと言うからには、やはりロシアで親しまれている方法を踏襲すべきだろう。
「日本では濃い紅茶が出る事も少ないから、まあ、この紅茶は濃いし、出し方は全く間違っていないな」
「じゃあ、お嬢様だけが間違ってたって事?」
「有り体に言えば」
「・・・」
オタクと本音の会話を聞いている楯無は、スプーンをカップに入れたままの姿勢で固まり、肩が小刻みに震えている。
少し俯きがちで分かりづらいが、顔も少し紅くなって頬が膨れている。
「まあ、お茶はその人の好きな方法で楽しむのが良いのでは無いかな?」
と、楯無をフォローしている風な事を言うが、オタクの顔は物凄いドヤ顔で楯無を煽りに煽っている。
「ん?んん?」
「で・・・」
「何だって?聞こえないなぁ?」
「出てけぇ!!」
一体何のために連れて来られたのか、僅か五分ほどの滞在時間で、オタクは部屋の主の手によって追い出された。
「wwwコwレwはwww素で草が生えるwww」
『何なのよあの男!!幾ら何でもあんなドヤ顔でぇ!!』
『お、落ち着いて下さい!!お嬢様!!』
『五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!』
部屋の中からは楯無と虚の遣り取りが聞こえてくる。
その声をBGMにして、生徒会室から本音が静かに出て来てオタクの隣の床に座り込んだ。
「まだ口着けて無いけど・・・お茶呑む?」
「・・・貰うわ」
「何か大変そうだな」
「・・・」
「あの生徒会長。かなりミーハーだろ」
「分かる?」
「書記長の肖像画にレーニンが混じってた。それとイワシコが入っているのにマレンコフが入ってなかった」
「・・・やっぱり気付いた?」
「教科書見れば直ぐに気が付くだろ。あの感じからすると、ブ○ク○辺りを見たな」
「正解。ちょっと前までは十三課に嵌まっていたわ」
そう言って、本音は一息に紅茶を飲み干し、て立ち上がった。
「そろそろ姉さんを助けてくるわ」
「ガンバ」
「・・・フライハイ?」
その言葉を最後に、本音は生徒会室に入っていった。
「今頃一夏君はどうなっている事やら・・・後でラーメンでも奢ろう」
そう呟いてオタクもその場所を後にした。
途中で何を書きたかったのか分からなくなった奴