一夏の友人は常識人の夢を見る   作:hggj

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第三十一話

「くあっ~・・・!」

 

 朝、旅館の心地よい布団から起き出した一夏は大きな欠伸をしながら廊下を歩く。

 昨晩のオタクと千冬の呑みに巻き込まれながらも、何とか二日酔いにはならずに起きる事が出来た。

 眼を覚まして部屋を見回した時の惨状は筆舌にし難く、思わず伯父になるのはもう少し先が良いな、などと現実逃避をしていたのだが、取り敢えず制服に着替えて外に出た。

 

「・・・」

 

 未だボンヤリと思考の定まらない頭で、朝風呂でも浴びようか、そんな事を考えながら歩いていると、視界の端に幼馴染みの姿が写り込む。

 

「ん?箒?」

 

 本人曰くファースト幼馴染みの篠ノ之箒は、庭の一カ所にしゃがみ込んで何かを見詰めている。

 一体何かを思いつつ、一夏は箒の側に近寄って声を掛けた。

 

「おはよう箒・・・何やってんだ?」

 

「ああ・・・」

 

 気のない返事を返す箒は、一夏に視線の先を見るように促す。

 

「ん?」

 

 促されるままに一夏がみてみると、地面からうさぎの耳のような物が生えていた。

 

「コレって・・・」

 

「・・・ふんっ」

 

 一夏が何かを言う前に、箒はきびすを返して何処かへと去ってしまう。

 

「・・・」

 

 後に残された一夏は、一人地面に埋没しているウサ耳を見詰めて頭を悩ませた。

 

「如何したのですか?一夏さん」

 

 悩みに悩む一夏に、今度はセシリアが現れて背後から声を掛けた。

 

「ああ・・・ちょっとな」

 

 何と言って良いのかと一夏が困惑していると、突如として地面が揺れ出した。

 

「っ!?」

 

 驚いて一夏が飛び退いた瞬間、空から巨大な人参が降って来て、そのまま地面に着弾する。

 着地の瞬間には轟音と共に土煙が巻き上がり、一夏もセシリアも何事かと身構えた。

 この時点で一夏は大変に嫌な予感がしていて、逃げ出したい気持ちで一杯だった。

 そんな一夏の気持ちを無視するように、視界が晴れると人参の一部に亀裂が入り、光と共に何かが飛び出してきた。

 

「やっはろー!ひっさしぶりだね!いっくん!」

 

「っつあ~・・・」

 

 やはりと言うか何と言うか、完全に自身の予想通りの人物の登場に、一夏は思わず額を抑えながら変な声を出した。

 そして、現れた人物をマジマジと見詰めて、一夏は吐き出すように名前を呼ぶ。

 

「束さん・・・」

 

「えっ?」

 

 一夏の告げた名前を聞いて、セシリアが驚きを隠さずに声を出した。

 今、目の前に居る人物こそ、インフィニット・ストラトスを作り出し、世界に混沌を齎した張本人。

 人類史上における希代の天災。

 世界一可愛い人物。

 永遠の17歳。

 白い悪魔。

 呼び名は様々あれど、現在は世界的指名手配犯である。

 

「束博士・・・」

 

「一体何しに来たんだよ束さん」

 

 驚くセシリアを余所に、一夏は淡々と束に用件を尋ねる。

 

「ん~?」

 

「?」

 

「いや~、何となく箒ちゃんとちーちゃんに会いたくなっただけだよ?」

 

「・・・相変わらずですね」

 

「束さんは何時でも束さんだからね~」

 

 そう言うなり、束はさっさと千冬に会うために旅館の中に入っていく。

 

「全く・・・」

 

 自分に止められる筈も無いと、一夏は去って行く背中を見送った。

 しかし、そこで何か一つ見落としている様な、何か起こりそうな嫌な予感に見舞われた。

 

「・・・」

 

「い、一夏さん」

 

「ん?ああ、セシリア。如何した?」

 

「い、いえ・・・何だかとても疲れてしまいましたわ」

 

 セシリアに取って、始めて目の前に現れた束と言う一人の天災は、直に会話もせず目も合わせていないにも関わらず、全身の気力を奪われる程に何かを感じさせる人物だった。

 ただ、セシリアは未だ気が付いて居ないが、束の目にはセシリアは一切映り込んでおらず、彼女にとっては石ころ程度の存在感しか感じていない。

 篠ノ之束と言う人物は自信の興味の有るもの意外にはとことん無頓着であり、要するに一夏と千冬と箒以外の人物は皆等しく無意味無価値なのである。

 そう言う意味では束は世界一平等な人物と言えるだろう。

 

「ん?」

 

 ふと、一夏の中に芽生えた違和感の様な物が大きくなる。

 何かを見落としている。

 それが一体何なのか、それはセシリアに言われて、内心で束の考えや思考をトレースしたときに、より大きく成った。

 そして、その末に、一夏は今朝の自分が目を覚ました瞬間から今までの記憶を辿った瞬間、全てのピースがはまり込んだ。

 

「っ!!」

 

 一夏は走り出した。

 束は千冬に会いに来たと言っていた。

 束が千冬の現在地を知らない筈は無く、彼女は最短距離で千冬の眠る部屋に向かうだろう。

 だが、そこには今、千冬だけが眠って居るのではない。

 

「不味い!!」

 

 一夏と千冬の宿泊する部屋には、昨日の夜に酔い潰れてそのまま眠ってしまったオタクが居る。

 未だ起きずに眠り続けている二人が居る。

 その光景を見た瞬間に束が何をするのかは、想像に難くない。

 一夏は己の友人の身を護るために一心に走って部屋に向かった。

 

「束さん!!」

 

 一夏の眼に束の姿が映った。

 束は既に二人が眠る部屋の障子戸に手を掛けている。

 一か八か、一夏は束に向かって呼び掛けた。

 

「ん?いっくん?如何したの?」

 

「い、いや・・・その」

 

 辛うじで束は一夏の呼び掛けに応じて振り向いた。

 何とか一夏は間に合うことが出来たのだ。

 

「いや、姉さんはまだ寝てるから」

 

「え~大丈夫だよ。私とちーちゃんの仲だもん。何なら一緒に寝ちゃえば良いんだよ」

 

 その千冬が今、別の人物と一緒に寝ている等と、口が裂けても言える筈も無く、一夏は自身の灰色の脳細胞をフル回転させて束を止めようとした。

 

「お、俺と寝よう!!」

 

 一夏は訳も分からず馬鹿げた事を口走った。

 

「・・・もう。しょうが無いな一夏君は」

 

 束は満更でも無い様子だ。

 混乱の余りにとんでもない事を口走ったと、後悔した一夏だが、その直後の束から発せられる色香に気圧されて、訂正も何も出来なくなって身体を硬直させた。

 

「じゃあ、一夏君も一緒に寝ようか」

 

 当社比で普段よりも80パーセント程湿った声を発する束に、一夏は図らずも興奮してしまった。

 それは、例えるならば思春期突入直後の小学生時代に、隣に住んでいる優しくて美人のお姉さんに優しくされて、からかい混じりに一緒にお風呂に入った時などに感じる淡い初恋の時の始めて感じる性的欲求の様な物か、若しくは、幼い頃から一緒に遊び回った同い年の幼馴染みが、高校生くらいになった時に始めて見せる女性らしさを垣間見てしまった瞬間の様な、僅かな背徳感の入り混じった感覚だ。

 一夏はシスコンでお姉ちゃん大好きな高校生だが、属性的には姉属性は余り入っていない。

 どちらかと言うと、属性として姉が好きと言うよりも、千冬個人に対して思慕と僅かな恋慕を抱いていると言うのが正しい。

 それが、ここに来て、垣間見てしまった束の女としての視線と声と雰囲気に、完全に呑まれてしまっていた。

 

「それじゃ・・・早くしよ?」

 

 最早、一夏には何も出来ない。

 ただ、この目の前の魅力的な女性に従うことしか出来ない。

 このままでは、この作品の一夏のヒロインが完全に束に決定してしまう。

 このままでは、一夏の青い果実がもぎ取られて他のヒロインズの惨敗が決定してしまう。

 コレまでの血で血を洗う一夏争奪戦が、新たに出現した束と言うジョーカーに寄ってひっくり返されてしまう。

 もしも、そうなればヒロインズは第一次世界大戦の後のヴェルサイユ条約を締結した各国代表の様な様相を呈するだろう。

 ただ一人勝利を手にした束に敗北した負け犬と成る。

 

「じゃあ、開けるよ」

 

 そう言って束が障子に手を掛けた瞬間、扉が内側から開け放たれた。

 

「・・・おう。一夏氏・・・水を一杯頼めるで御座るか」

 

 オタクが顔を出した。

 浴衣が開けた姿はほぼ半裸状態で、ボサボサの髪が何時も以上に乱れて荒み、髭が僅かに伸びている。

 真っ青な顔で力無く一夏に水を頼むオタクは、その有様を見るだけで、昨夜の様子が手に取るように知れる物だ。

 

「なっ・・・」

 

「小田・・・っ!」

 

 皮肉な事だ。

 一夏は自身が助けようとした人物に寄って助けられ、その結果、当初の目的を達する事が出来なかったのだ。

 

「な・・・な、なんで君が・・・」

 

「・・・?」

 

 目の前に居る女性が誰かも分からないオタクは、疑問符を浮かべながら、取り出したタバコを咥えて火を着けた。

 

「・・・どちら様で御座ろうか・・・何処かで聞いたような声の気も・・・」

 

 コレは束にも予想が着かなかった。

 何故にこの世で最も大好きな人物の部屋から、この世で最も大嫌いな人物が現れるのか。

 余りの出来事に、束も自分の目的を一瞬失念するほどに驚愕した。

 だが、この後に束は更に驚く事になる。

 

「ん~・・・もう、朝か・・・」

 

 オタクの後から、今度は千冬までもが顔を覗かせた。

 髪は乱れ目は半開きで口に火の着いていないタバコを咥え、乱れた浴衣の胸元に右手を差し入れて帯に掛け、左手で頭を掻いている。

 普段の様子からは考えられない程にだらしない姿だ。

 

「ちー・・・ちゃん?」

 

「うん?・・・束か?」

 

「な、なんでその男と・・・?」

 

「ああ・・・一夏・・・水を持って来い・・・」

 

 千冬は未だに寝惚けているのか、身体が水分を欲するのに忠実に従って一夏に水を持ってくるように求める。

 

「・・・っ~」

 

「?」

 

 ただ口を開けて言葉を失っている束の様子に疑問を感じつつ、千冬はタバコの火を探す。

 

「おい貴様・・・火を寄越せ」

 

 しかし、浴衣を着ているのにライターなどを持っている筈も無く、仕方なしに一番近くの火元に求めた。

 

「仕方が無いで御座るな」

 

「ん・・・」

 

「んなっ!?」

 

 オタクと千冬はタバコの先端を合わせて繋げると、器用に千冬のタバコに火を着けた。

 

「ちーちゃん・・・何してるの」

 

「うん?火を着けただけだ・・・」

 

 と言うところで、漸く頭が覚醒してきた千冬は、何処から火を着けたかを深く考えた。

 

「・・・おい」

 

「なんで御座るか?」

 

「何故貴様がここに居る」

 

「・・・そう言えば」

 

 互いに何故一緒に寝ていたのかと言う当たり前の事に漸く疑問を感じ、千冬の目に何時も通りの険しさが取り戻された。

 

「何故貴様がこの部屋で寝ている!!」

 

 火を噴かんばかりに怒りを顕わにする千冬は今の自分の姿なども一切顧みる事無く、オタクの胸倉を掴んで怒鳴り付けた。

 

「ち、千冬姉!前!前!」

 

「ちーちゃん!!前隠して!!」

 

 慌てて千冬の浴衣を直そうと擦る束と一夏だが、そんな事はどうでも良いと言わんばかりに、千冬は更にオタクを締め上げながら持ち上げて怒鳴る。

 

「またか!?またなのか貴様は!!」

 

「ちょっと待って!!またって何!?前にも有ったの!?」

 

 千冬の発した言葉に束が過敏に反応した。

 

「千冬姉!!良いから着替えて!!」

 

「織斑先生だ!馬鹿者!!」

 

「どう言う事なの!ちーちゃん!!前にもって・・・まさか!!」

 

 こうも騒いでいれば当然の事ながら、周囲にもその音が聞こえるわけで、四人の組んずほぐれつとした騒ぎには何時の間にか野次馬が集まって、その様子を覗っている。

 

「www」

 

 締め上げられながらも、一番冷静に状況を整理していたオタクは、取り敢えず千冬の方を見ないようにして、束と一夏の声を聞きつつ現実逃避する様に笑った。

 

「www訳が分からないよwww」

 

「小田!!現実逃避しないで戻ってきてくれぇ!!」

 

 旅館中に一夏の悲痛な叫びが木霊した。

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