一夏の友人は常識人の夢を見る   作:hggj

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第三十八話

「ここは・・・?」

 

 織斑一夏は一人呟いた。

 彼が眼を覚ました時、そこは病院のベッドの上などでは無く、何も無い何処までも続く青空と、空を映した鏡の様な世界だった。

 

「何なんだ?ここは」

 

 少し不安になって、もう一度呟いてみるが、一夏の言葉は深い蒼の世界に吸い込まれるだけで、応えは何も反ってこない。

 非常に幻想的で素晴らしい景色の筈の世界は、その実、寂しく切ない様に一夏には思えてならなかった。

 

「・・・」

 

 手持ち無沙汰に、グルリと周囲を見回してみた一夏は、その目に写る景色が何処を見ても同じ蒼の世界である事を確かめると落胆する。

 そうして、溜息でも吐こうかと息を一口吸い込んだ瞬間、不意に一陣の風が吹いて一夏を背後から押した。

 

「っ・・・」

 

 ニ秒か三秒ほどの風が吹き止んだ頃、一夏は恐る恐ると背後を振り返る。

 

「・・・アンタは」

 

「・・・」

 

 振り返った一夏の目の前には、一人の甲冑を纏った女性が立っていた。

 

「アンタが白騎士なのか?」

 

「・・・」

 

 荒く不鮮明な写真や画像で何度か目にした事の有るその姿は、目の前の人物の纏うISのそれと酷似しており、一夏はそれが白騎士なのだと言う確信を持った。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 一夏と白騎士、二人は暫し無言で見つめ合う。

 見つめ合うと言っても、一夏よりも幾分高い目線の白騎士は顔をバイザーで隠している為に本当に一夏を見ているのかは定かでは無く。

 一見すれば、ただ一夏が物言わない甲冑を見上げているかの様だ。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・って言うか」

 

 不意に一夏が口を開いた。

 

「千冬姉だろ」

 

「っ!?」

 

 一夏はその甲冑の正体が自身の姉だと確信を持って呼び掛ける。

 

「何やってんだ?そんな格好で」

 

「違うっ!」

 

「いや・・・千冬姉だろ・・・声もまんまだし」

 

「っ!!」

 

 否定しようとする白騎士が声を上げると、一夏は更に追撃で織斑千冬本人だろうと詰め寄る。

 事実、本当に織斑千冬本人なのだから、本人は面食らった。

 

「そんなんで隠せると思ってんのか?千冬姉」

 

「ち、違うぞ!私は織斑某とは無関係だ!」

 

「いや・・・それ無理有りすぎるって」

 

 何となく、一夏は元々からそうなのでは無いかと言う疑問は持っていた。

 だが、ここに来て、実際に目の前に来て見てみると、その疑問は確信に変わる。

 

「千冬姉・・・俺が千冬姉を見間違える訳無いだろ?」

 

「・・・む」

 

 一夏にとって千冬とは、この世の中で唯一にして無二の肉親である。

 ただ一人の血を分けた家族であり、自身がこの世で最も信頼し憧れている人物なのだ。

 その千冬を見紛う事は有り得ない事だった。

 

「・・・一体どう言う事情が有るのかは・・・まあ、何となく察しが付くけど、今は気にしないでおくとして」

 

「・・・」

 

「・・・千冬姉は自分が何をやったのかはちゃんと分かっているんだよな?」

 

「・・・」

 

 白騎士は何も答えなかった。

 頷きもせず、身動ぎもせず、何の反応も示さない。

 そんな白騎士を、一夏は暫く眺めて溜息を吐いて言った。

 

「・・・これ以上は何も言わないよ。千冬姉がお天道様に顔向けできない様な事はするはずが無いからな」

 

「っ!」

 

 一夏は完全なる信頼を姉に向けて笑う。

 その一夏の言葉と笑顔に一切答える事の無い白騎士は、その手が僅かに震えていた。

 

「で・・・何やってんだ?千冬姉?」

 

「・・・私は織斑千冬では無い」

 

「分かったよ。じゃあ・・・白騎士さんか?」

 

「・・・そう呼べ」

 

 漸く話がまとまり掛けた矢先、二人の下に新たな人影が近づく。

 

「デュフフフwwwお久し振りで御座るwww一夏氏www」

 

「小田!」

 

 この場に居るはずの無い豚の姿が有った。

 

「www」

 

「小田・・・と言うか久し振りって?」

 

「いやはやwww何となく一月半ぶりくらいな気がしてwww」

 

「?・・・昨日の今日だろう?何を言っているんだ?」

 

「デュフフフwww一夏氏にはまだ分からない世界の真実があるので御座るよwww」

 

 等と意味の不明な事を言って二人を困惑させるオタクは、しかし、何故ここに居るのかと言う疑問には全く答えていない。

 

「それで・・・貴様は何故ここに居る」

 

「wwwそろそろシリアス展開が続いていたで御座るからなwwwこの小説がコメディを目指しているのを忘れないためにwww」

 

「また訳の分からん事を」

 

「www・・・まあ、マジレスすると、拙者はここに居てここに居ないので御座る」

 

「どう言う事なんだ?」

 

 少し真面目なトーンになったオタクに、一夏が更に疑問を打つける。

 

「・・・多分、拙者の本体は今は、現実の世界で戦っている筈で御座る」

 

「現実?」

 

「そう・・・ここは現実ではない。ここは、一夏氏の精神の中の世界・・・要するにここは一夏氏の夢の中だったんだよ!」

 

「「「な、何だってー!!!」」」

 

「い、今どっからか声が!?」

 

「相変わらず訳の分からん・・・」

 

 某ノストラダムスのストーカーの様なポーズでオタクが言葉を放つと、何処からともなく驚愕の声が響く。

 一夏はその現象に驚いて辺りを見回し、白騎士は呆れた様に溜息を吐いた。

 

「じゃあ、この風景は?」

 

 一夏は辺りの風景を見回してオタクに尋ねた。

 

「ここは恐らくウユニ塩湖で御座ろう」

 

「ウユニ塩湖?」

 

「南米のボリビアに存在する塩原の事だ。ボリビア中央西部、アルティプラーノにある塩の大地、標高約3,700m、南北約100km、東西約250km、面積約10,582平方kmの広大な塩の固まり。現地での本来の呼び名はトゥヌパ塩原であり、これはウユニを麓に有する山、トゥヌパ山に由来する。塩原の中央付近で周りを見渡すと、視界の限り真っ白の平地であり寒冷な気候もあって、雪原の直中にいるような錯覚を起こす」

 

「以上、ウィキペディアよりwww」

 

「成る程」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 ここに来て、三人とも黙り込んでしまう。

 ここが夢で、場所がウユニ塩湖で、現実の世界がピンチなのは分かっているのだが、解決方法が全く浮かばないのだ。

 

「如何すれば良いんだ?」

 

「それは分からないで御座るなwww」

 

「如何して?」

 

「ここは夢の中・・・詰まり拙者もまた、一夏氏の見ている夢幻に過ぎないので御座る」

 

「即ち、私達はお前のイメージする私達としてここに居る。お前の分からない事は私達にも分からない」

 

「小説の中のキャラクターが作者以上に頭が良くなる事が出来ないのと同じで御座るなwww」

 

 非常に耳に痛い補足を付け加えて、オタクは嗤う。

 

「何だよそれ・・・」

 

「www」

 

 ガックリと項垂れる一夏を、オタクは指差して嗤う。

 一夏のイメージの為か、若干性格が悪い様だ。

 

「一夏」

 

 千冬が一夏に声を掛けた。

 千冬の方は、若干イメージが美化されており、僅かに優しくなっている。

 

「何だよ千冬姉」

 

「お前は・・・後悔はしていないか?」

 

「は?」

 

「お前は望まないままに学園へ来た。その事にお前は思うところは無いのか?」

 

 千冬に問われて、一夏は少し考える様な素振りを見せて、それから答えた。

 

「後悔は・・・無いって言ったら嘘になる」

 

「・・・」

 

「けど・・・けど、今は楽しいよ。千冬姉が居て、箒が居て・・・小田や皆が居て・・・大変なことも有るけど、こんな楽しい生活は他では出来ないよ」

 

「・・・そうか」

 

 一夏の応えを聞いて、姉弟は暫し無言で視線を交わす。

 

「俺・・・行かなくちゃ」

 

「そうか・・・」

 

 一夏は眼光鋭く空を睨む。

 最早、ここでこうして、のんびりなどしては居られない。

 今、外の現実で戦う友達の下に、行かなければならないのだと、一夏の心は炎の如く燃え上がる。

 

「一夏氏も立派になったで御座るなwww」

 

「そりゃ・・・まあな」

 

「まあ・・・拙者は所詮は一夏氏の想像でしか無いので御座るが・・・それでも、現実の拙者も、今の一夏氏を見れば同じ様に思うはずで御座る」

 

「小田・・・」

 

「あと、くれぐれも投稿が遅いとか、時間が掛かった割に文字数が少ないとか、キャラが少しブレてるとか、あんまり凹みそうな事は言わないで欲しいで御座るwww」

 

「何だよそれ・・・」

 

「一夏氏にも何時か分かる時がくるで御座るよ」

 

「・・・」

 

 それから一夏は自然と瞼を閉じた。

 何の気なしに、何の違和感も無く、そうすれば夢から覚めると言う確信を持って瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「・・・知らない天井だ」

 

 目が覚めて一夏は呟く。

 

「何を馬鹿な事を言っている」

 

 そんな一夏に、聞き慣れた声が掛けられた。

 

「千冬姉」

 

「織斑先生だ。馬鹿者」

 

 何時も通り、公私を別けろと言う千冬の言葉に一夏は笑みを浮かべる。

 

「なあ、千冬姉」

 

「織斑先生だと言っているだろう・・・で、何だ?」

 

「千冬姉って、白騎士なのか?」

 

「・・・!」

 

 一夏の問い掛けに千冬は何も答えなかった。

 だが、珍しく信条を露わにしてしまった千冬の表情を見て、一夏は納得して言った。

 

「答えなくて良いよ・・・誰にも言わない」

 

「・・・」

 

「けど・・・あんまり弟に心配掛けないでくれよ」

 

「・・・」

 

「って言う訳で・・・コレから千冬姉に心配と迷惑を掛けるけど・・・コレでお相子な?」

 

「っ・・・馬鹿者め」

 

 千冬の返しを聞いて、一夏はベッドから抜け出した。

 それから止めもしない千冬に目もくれずに病室を抜け出していった。

 

「・・・全く馬鹿者め」

 

 一人残った千冬は、自嘲する様に呟いて一夏の温もりの残るベッドに腰掛ける。

 嬉しい様な、しかし、何処か寂しい様な、そんな複雑な心境を現して窓から空を見上げた。


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